カムイの記憶4
王とその側近を失ったアカツキ王国は、しかしそのまま滅びなかった。姫巫女に取り憑いたラグナは、儂を新たな神輿にして王国を再建したのだ。ラグナから与えられた力を用いて、儂は隣国を攻め落とし続けた。その都度国力が増して行き、わずか10年ほどでこの島国全土を統治する帝国へと変わった。
ハルを忘れるためにただ無心になって戦地に出て、敵を討ち滅ぼし続けた。10年の間に子供と過ごした日数など片手で数える程度だろう。儂はその子に会う事が怖かったのだ。だが戦争は終わってしまった。こんな島国ではもう儂が逃げる場所はなかった。
突然、激しい後悔が儂を覆い包んだ。10年もの年月を、ただ現実から逃げる為に費やして、残ったのは多くの人々の絶望と怨嗟だ。これほどまでに業が深い者も中々いないだろう。儂が直接殺した数は優に100万を超える。それだけの人を殺し、さらに多くの命が戦争を通じて失われた。
それを理解して、儂は何もかもが嫌になった。だからあの世にいるハルに会おうと思い、自刃しようとした。
しかしそんな愚かな儂を止めたのは、あの子だった。一度も抱いてやった事も、名前を呼んでやった事もない。そんなあの子、アサヒはまさに腹に剣を突き立てようとしていた儂に飛びついて必死になって止めようとした。
「父様! だめ!」
短い言葉だったが、儂がアサヒに目を向ける切っ掛けには十分だった。それまで、アサヒに話しかけられる時は、「陛下」と呼ばれていたからな。だからその時初めてあの子から「父様」と呼ばれた気がする。
そこにいたのはハルによく似た面差しで、儂と同じ黒い眼、黒い髪だった。確かにアサヒは儂とハルの子供だった。憑き物が落ちたかのようだった。
ハルが命をかけて残した、愛すべき子供。あいつが生きた証。そして儂が命を懸けて護らなければならない存在。
目の前にいるアサヒに父と呼ばれて、その時になってようやく、儂はこれからの生をどのように生きるべきなのかを理解した。
それから儂は少しずつ、アサヒと時間を過ごすようになった。10年の歳月は長く、アサヒは儂を警戒していた。どうせまた放置されるとでも思っていたのだろうな。儂もどう接すればいいかわからず、柄にもなく部下に子育ての相談などもした。
1年が経って、ようやくまた儂を「陛下」ではなく、「父様」と呼んでくれた時は本当に嬉しかった。アサヒが幸せになれるのなら、こんな命など捨ててやると思うほどに。
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やがてアサヒは16歳になった。ハル同様優しく美しく育ったアサヒは、男達の目を惹いた。儂はそんなアサヒを誇らしく思うと同時に、ハルを思い出して、心のどこかでアサヒをハルの様に失うのではないかと恐怖した。
好いた男と結ばれ、幸せな家庭を築くのならば何の問題もない。だが、もしハルの時の様に、悪意がアサヒを包んだなら。そんな益体のない事を想像し、儂はラグナに縋った。縋ってしまった。
ラグナが取り憑いた姫巫女は、魔性の美を備えた妙齢の女性へと成長を遂げていた。
【娘の未来を護りたい……ね。いいだろう。その望みを叶えてあげよう。ただし、それには条件がある】
ニヤニヤと笑いながら、ラグナは儂に条件を提示した。それは大陸に現れた四魔を討伐する事だった。それさえすれば、アサヒに大いなる加護を与えるという事だった。
【どうだい? 四魔を倒してくれるかな?】
四魔がどんな存在なのかは聞いた事があった。超越的な力を有した化け物達。儂の力を持ってしても、生存出来る可能性は低い。それでも、儂が奴らを倒せたのなら、アサヒの命は保障される。そう信じた儂は、ラグナと取引を結んだ。
そうして儂は、信頼出来る部下に国を任せ、引き止めるアサヒの声を無視して、四魔を倒す為におよそ20年ぶりに一人で大陸へと渡った。
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その旅は4年に渡った。まず儂は獣魔を倒す事に成功した。配下の数が多く、動物的な動きや性質を携えた厄介な相手ではあったが、所詮は生物の域を出なかった。空間全てを操れる儂の敵ではなかった。
次に目指したのが死魔だ。死を司る不死の化け物だった。しかし、儂は隙をついて奴を棺に封印する事に成功した。そして奴が眠る城を結界で覆い隠したのだ。
厄介だったのは法魔だ。あらゆる事象をあやつは捻じ曲げる。空間で覆ってもそれを破り、全てを吸い込む黒球は転移して回避する。最終的に術を互いに使えない空間を作り出し、体術で倒す事になった。
そうして、最後の龍魔を倒す為に情報を集めていた儂の元に、国を任せていた部下から連絡が届いた。それは龍魔と名乗る化け物が、帝国の首都に現れ、宣戦布告したというものだった。
儂がいたのは大陸の端。どれだけ急いでも、アカツキに着くのは数日かかる。長距離転移は精神力を激しく消耗するので、何度も扱えないからな。
ようやく儂が海を渡り、帝国の端に辿り着いた時、首都の方向から激しい爆風と、大きな黒い雲が伸び上がった。一眼で全てが無くなったのだと理解した。アサヒも、最近生まれたというアサヒの娘、つまり儂の孫も。部下も民も、何もかもが吹き飛ばされたのだ。
絶望に崩れ落ちた儂の横に、いつの間にか姫巫女が立っていた。空に広がる死の証を楽しげな表情で見つめていた。
【あ〜あ、残念だったね。君がちゃんと国に残っていれば、大事なアサヒも生まれたばかりの赤ん坊を残して死ぬなんて事はなかったのにね。どんなふうにあの子が死んだか知りたいかい?】
ラグナは楽しそうに、儂にアサヒの死に様を話して聞かせた。
【陛下がいないから、代理として担ぎ上げられてね。戦う力なんて持ってないのに龍魔との交渉の席に連れていかれたんだ。結果として、龍魔に頭からパクリと食べられちゃったんだけどね。龍魔は人間形態だったから、アサヒも死ぬまでかなり時間がかかっていたよ。痛い痛い! 早く殺して! って泣き叫びながら、君の事をずっと呼んでいたよ。その上、龍魔は首都を攻撃して、あそこに住む人全てを殺し尽くしちゃったってわけ。今立ち上っているあの爆煙は殺し尽くした後のお片付けだね】
儂は怒りと絶望のあまりに、ラグナを殺そうと術を放とうとした。
【おっと、そんな君へのお届け物が一つ。アサヒから託されていたんだよ】
そう言ってラグナはまだ1歳ほどの赤子を異空間から取り出して渡してきた。
【さあ、また1から始めようじゃないか! 今度こそ、大事な人を護りきるんだ! 一緒に頑張ろう!】
それはまるで20年前の再現だった。儂はゾッとした。目の前にいる神は儂の人生を劇か何かの様に捉えていて、退屈に感じたら梃入れするかのように儂の人生を掻き乱すのだ。そしてそれに混乱し、絶望し、苦しむ儂を見て楽しんでいるのだ。
儂は理解した。本当に為すべき事は何なのか。ラグナだ。ラグナを滅ぼさなければ、また多くの命が目の前にいるこの神の気まぐれで失われる事になる。だが、儂にはその力がない。
ならば、託す。未来に。
これは儂一人の為の戦いではない。神から人々の人生を、運命を取り戻す戦いだ。
「くそ喰らえ」
一言そう言って、儂はラグナから子供を奪うと、儂の全能力を賭けて、巨大な結界を張った。神とそれに類する力を持つ者の侵入を許さない結界をこの島国全域に。ラグナは目を丸くして、結界から弾き飛ばされ、外の荒海に飛び落ちて姿が見えなくなった。龍魔も同様にこの結界を乗り越える事は出来なかったようだ。つまり、龍魔も儂と同様、神によって生み出された存在だったのだと理解した。
「ラグナは恐らく、儂と同じ様な存在を創り出し、それで遊ぶのだろう。ならば儂は神の力によらない強さを持つ者達を育て続けよう。やがてそ奴らがあの者の首を切り落とすその日まで」
腕の中にいる小さな命に儂は誓った。
仕事や引越し等が重なり、バタバタして大分時間が空いてしまいました。
また更新頑張っていきます!
次回からようやく現代に戻る予定です!




