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World End  作者: nao
第10章:四魔大戦編
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カムイの記憶2

 そやつの名はハルといった。歳の頃は20歳を少し過ぎたばかりだったか。美しい銀の長い髪に、好奇心の強そうな切長の瞳。バランスの整った鼻に、薄い唇。すらりと伸びた手足、背丈はおよそ160センチ程だった。ただただ美しく、その顔に心を一瞬奪われた。


「あれ、まだ死んでいませんよね? おーい、大丈夫ですかー?」


 そう言いながら彼女は儂を指で突いた。


「う……るせぇ、喋るのも……辛ぇんだよ」


 息も絶え絶えにそう言った儂を見て、彼女は一つ伸びをしてから回復の術を儂にかけてきた。その光を受けながら、儂は意識を失った。


〜〜〜〜〜〜〜〜


 次に目覚めると、儂は「奥の院」と呼ばれる屋敷で寝かされていた。


「あ、やっと目覚めましたか」


 声のした方を見るとそこには彼女がいた。


「体はもう大丈夫そうですね。痛い所はありますか?」


 そう言われて、儂は体から痛みがなくなっている事に気がついた。


「いや。特にはねぇ」


「それはよかった。あなた、本当に危ない所だったんですよ。見つけるのに時間がかかっていたら死んでいたはずです」


「そうか。感謝する」


 正直な所、儂はあの場で死ぬつもりだった。もう切った張ったの人生にうんざりしておったからな。


「私はハルって言います。一応このアカツキ王国で姫巫女って立場なんですけど。それからここは私が暮らしている屋敷です」


 彼女は聞いてもいない事をペラペラと話してきた。話し相手に飢えている様子だった。


「本当はここ、男子禁制なんですよ? 男性では陛下しか入ってきちゃいけないんです。でもあなたはどういう訳か屋敷の裏にある林の中で倒れていたので、ついつい連れてきちゃいました」


 アカツキ王国の姫巫女というのは噂で聞いていた。アカツキ王国は吹けば飛ぶような小国であったが、姫巫女の存在によって生きながらえていた。予言から結界、果ては極大破壊法術を扱う人智を超えた存在。それが姫巫女だった。かく言う俺にも幾度か姫巫女の暗殺依頼が回ってきた事もあった。どうせ失敗すると思っていたので無視したがな。


「それで、あなたのお名前はなんですか?」


 その質問に、儂はなんと答えようか迷った。今まで使っていた名前を言うか。だが儂はもう何もかもが嫌だった。あの名を出せば、また儂は血と闘争の螺旋に戻るのだろうと思った。だからこう答えた。


「名は捨てた。好きに呼べ」


 不思議そうな顔を一瞬浮かべてから、ハルはニコリと笑った。


「名無しの権兵衛さんだったんですね。それじゃあ……私があなたの新しい名前をつけてあげます」


 しばしハルは腕を組んで考える様子を見せてきた。


「あ、ポチ……」


 犬のような名前を聞いて、儂は思わず彼女を睨んだ。そんな名を表で呼ばれたら敵わんかったからな。


「あ、あはは……。それじゃあ、タマ……」


 またしても儂は彼女を睨んだ。


「じょ、冗談です、冗談。えぇっと」


 真剣にうんうんと唸りながら、彼女はパッと顔を上げて満面の笑みを浮かべた。


「カムイ! カムイにしましょう!」


「カムイ? まあ先の二つよりはマシだが、なんでそんな名前を?」


 儂の質問に、したり顔で、腰に両手を当ててハルは笑う。


「あなたを救えたのは神様から下されたお告げによるものだからです。だから神の意志でカムイ。どうですか? 気に入りましたか?」


 彼女の自慢げな言葉に儂は思わず苦笑する。姫巫女という大層な役割に似つかわしくないほど明るく、無邪気な様子が儂には眩しかった。


〜〜〜〜〜〜〜〜


「奥の院」に隠れ棲み始めてから、1ヶ月が経った。その間分かった事は、ハルの置かれた環境の異常さだった。まず、ハルが生活する空間には国王以外誰も入って来なかった。屋敷自体は綺麗にされていた。しかし、ハルと一緒に過ごしている時には誰にも会う事はなかった。監視している気配はあったが、儂らからは見えない所に監視者はいるようだった。


 それから、国王がハルに向けるねっとりとした不快な視線。二人が会う際にバレないように謁見室を除いた時に理解した。国王との謁見後に毎回ハルが悪態をついていた理由をな。幸いな事に姫巫女は力を維持する為に穢れてはならないとされていたらしく、この戦国の世の中では流石に国王も手を出してこようとはしなかったらしい。


「本当に不快でした。カムイ〜、労ってぇ。よしよししてぇ」


 国王との謁見後には、毎回儂がハルを慰めた。その度、彼女はひどく満足した顔を浮かべた。


「そんなに嫌ならさっさとぶっ殺して、別の国にでもいけばいいじゃねぇか」


 儂の言葉に一瞬目を丸くしてから、ハルはケラケラと笑った。


「むかつきはするけど、一応この国はあの方の外交力で保っているからねぇ。殺しでもしたら国が一気に滅んじゃう」


 アカツキ王国の王は娘達を嫁がせる事で周囲の国家との関係を作り上げていた。いわゆる姻戚外交というやつだ。


「お姉ちゃんも妹達も皆、他の国に売られて行った」


 当時の国王はハルの叔父だったそうだ。兄であったハルの父は10年も前に亡くなったらしい。叔父に殺された可能性が高いとハルは考えていた。ちなみにハルの言う姉妹とはハルの従姉妹達である。好色な国王は子供が合計20人もいるのだそうだ。


「自分の姪すらもそういう対象として見るなんて、本当に気持ち悪い」


 ボソリとハルは呟いた。


〜〜〜〜〜〜〜〜


 そんな風にのんびりと過ごし、気がつけば半年も経っていた。大きな問題もなく、平和な日々に、儂は油断しておった。


「カムイ、起きて」


 夜、儂の部屋にハルが入ってきた。


「なんだ、夜這いか?」


 そんな軽口を言うと、ハルは真剣な顔で首を横に振った。その張り詰めた空気を感じ取り、儂は意識を切り替えた。


「何があった?」


 ハルはその質問に少しなんと答えればいいのかという風に迷いつつも、意を決したように儂の顔をじっと見てきた。


「新しい姫巫女が誕生したの。私はこれで用済みになる。この「奥の院」からも追い出され、恐らく陛下の妃にされると思う」


 姫巫女は王族の中から一代につき一人生まれる。もし当代の巫女が存命中に新しい姫巫女が生まれると、当代の姫巫女は徐々に力を失い、ただの人となる。


「それで、俺にどうして欲しいんだ?」


「……ここから逃げて。このままだと、あなたは捕まってしまう。そして、ありもしない罪を捏造されて、きっと殺されてしまうわ」


「お前はどうするんだ?」


「私は……私は所詮籠の中の鳥。この屋敷から出る事も出来ず、ただ陛下に命令されるがままに生きるだけよ」


 ハルはどこかすがるような目で儂を見てきた。その心の奥にある思いに、気づかないわけがなかった。


「もしお前が本当に逃げたいと願うのなら、戦の神とまで呼ばれたこの儂が力を貸そう」


 儂の言葉にハルは悲しげに微笑んだ。


「この屋敷に張られた結界を破らない限り、私はどこにも行けないの」


 屋敷を中心にして、半径300メートル程の球状の結界が張られているのだそうだ。だからこそ、結界をすり抜けて裏の林に倒れていた儂を見つけた時に驚いたのだそうだ。神からのお告げとやらがあったらしいが、結界を越えられた者など誰もいなかったから。


「結界がなければいいのか?」


「え? う、うん」


 その言葉を聞いて、儂は立ち上がり、ハルの頭をポンポンと叩いた。


「ならば問題ない。戦の神という名が伊達ではない事を教えてやろう」


 そうして儂は、まだ一体なんの力なのか分からなかった不思議な力を使い、結界を破壊し、ハルを外の世界へと連れ出した。

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