エピローグ
カロレの街に戻ったジンは早速事の顛末を各都市の代表達に伝えた。
「……という事で、ソールを倒した謎の存在は原初の神という存在だった。だがもう大丈夫だ。そいつは無事に討伐出来たからな」
当然のようにジンは嘘を報告する。
「なるほど。では、鏡の方はどうなったのかしら」
ウーインにあるアカデミーの学長である狐人であり、ミコトの祖母であるエコール・ルターがそう尋ねる。
「ああ、ここに」
ジンはそれに対して背負っていたザックから布で雑に包んだ鏡を取り出して長机の上に置いた。人の頭程度の大きさで、飾り気がなく簡素でありながら、怪しく光る美しい円形の鏡だ。
「瘴気はもう発していないようね。それに何の力も感じない」
エコールは興味深そうに鏡に触れた。ソールを含め、アカデミーの予想はこの状態になるまで後100年ほどかかるはずだった。
「多分、瘴気を発していた根源が鏡の中から消えたからだと思う」
「どうやらそのようね」
「ところで、その鏡はどのようにするんかのう?:
ミレス戦士団のドワーフの団長ストラティオ・ソルダードが二人の会話に入ってくる。
「俺が持って行く。構わないな?」
質問しているようで、その声は断固とした意志が込められていた。
「うむ。それならばそのように。儂らが口出していい物でもあるまい」
その言葉にその場にいた皆が頷いた。それを見たジンは鏡をしまおうと、立ち上がって長机の上に置かれたそれに手を伸ばした。
「それではこれで話は終わ……」
そこで、ジンの意識は突然闇の中へと落ちていった。
他の者たちが慌ててジンの様子を確認する。微かに呼吸しているものの、その体温は死人のように冷たい。
「急いで医者を呼ぶんだ!」
誰かがそう叫んだ。
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宵闇に紛れ、空いた窓から原初の神であるアスルが部屋の中へと入ってきた。
【やはりこうなったか】
ちらりとジンの横に立てかけられた一対の短剣を見る。そこには強大な力を内包した界滅双剣ヴェールド・エンドゥスが置かれていた。
【こんな怨念の籠った禍々しい魔剣を使うなど、強くなる為とは言え、何と愚かな事を】
視線をジンに戻し、アスルはボソリと呟く。
【やはり混じっているな】
ジンの体には異常はない。問題があるとすればその魂だ。
【あとせいぜい……】
使えば使うほどジンの魂は剣と混じっていく。その先にあるのは確実な死だ。
【我の目的が達成されるまで、死ぬでないぞ】
そう言って、アスルはジンの額に手を置く。するとジンの体は徐々に熱を取り戻していった。
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夢を見る。
少女がたった一人、血の海の中で顔を血まみれの手で覆い隠し、嘆いていた。
彼女に手を伸ばしても、決して届かない。
いつの間にか、彼女の後ろには巨大な獣が牙を剥き出し、涎を垂らして彼女に一歩一歩近づいていく。
彼女の元へ駆け寄ろうとしても、足には重い枷がつけられているようで、動く事が出来ない。
大きな口に今まさに彼女は飲み込まれようとしていた。
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「……ここ……は?」
ぼんやりと目を開けると、知らない天井が目に入ってきた。体を動かそうとしても、手足が鉛にでもなったようだった。
「あ、目覚めた!」
すぐ近くにミコトとゴウテン、クロウ、そしてアスルがいた。
「ようやく目ぇ覚めたかよ」
不安そうな顔を浮かべるミコト、ゴウテンとクロウとクロウは安堵した様子だ。一方でアスルは相変わらずの無表情だった。
「俺はどうなっていたんだ?」
「1ヶ月も気を失っていたんだよ」
「1ヶ月も?」
ミコトの言葉に目が丸くなる。通りで体が鉛のようになっているはずだとジンは納得する。
「……原因が何か分かるか?」
ゴウテンがジンに尋ねる。ジンは頷く。
「あの剣の力を使ったからだろうな」
【うむ。あの短剣はどうやらお前の魂を侵食するようだ】
感情の籠らない声でジンの言ったことにアスルが同意する。
「あとどれくらい使えると思う?」
【解放時間、力の程度、状況等で大きく変わるので断言は出来ん。この前の程度であれば十数回は問題ないであろう。だがそれ以上の力を扱うなら数回、あるいはそれ以下になる事もあり得るだろうな】
「そうか」
限界を越えればどうなるかなど、聞かなくても理解できた。
「その剣は使わなくちゃ駄目なの?」
ミコトが不安そうに尋ねる。
「ああ」
その質問に、ジンは気負いもなく頷いた。
「俺の体がどうなろうと構わねぇ。この復讐が叶う以上に望むことはない」
「……分かった。これ以上はもう何も言わない。そうだ、話は変わるけどお父様から連絡があったの」
「伯父さんから?」
「ええ。国に来てほしいそうよ。あるお方があなたに会いたいそうよ」
「あるお方?」
「そう。アカツキ皇国始祖、カムイ・アカツキ様があなたをお待ちしているわ」
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崖下には20万を超える魔物と、100万もの魔獣達が蠢いていた。
【ぎゃははははは! さぁて、クソったれ法魔よぅ。今から会いに行くぜぃ!】
獣魔は大きく口を開けて笑う。彼の背後には4人の魔人が控えていた。獣魔グティスが目覚めた時に最後まで生き残った魔人、1万の魔物を生贄にして生み出した10体の魔人をさらに戦い合わせた結果生き残った2体の魔人、そして最後に気まぐれに犯し、孕ませた女から生まれた自分の息子。半人半魔であり、魔の部分が色濃く出ており、その力は魔物から生まれた他の魔人よりも数段上だった。生まれてまだ数ヶ月であるのに、既にその外見は12、3歳にまで成長している。他にも子供は生まれたのだが、その子供よりも皆脆弱だったため、母体共々配下の餌になっている。
【さてと、そんじゃぁ進軍するとしますかねぃ】
グティスはそう言ってから咆哮する。それに呼応したように崖下の化け物達は雄叫びを上げて動き出した。
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「レト様、獣魔が動き出したそうです」
法魔レトの前には白い翼を生やした配下の魔人がいた。
【……そうか。それで、未だにあの赤子は見つからないと?】
「も、申し訳ございません」
レトから放たれた殺意に怯みながらも魔人は震える声で謝罪した。それを見たレトは怒りのあまり、目の前にいる魔人を殺そうかと考えて、何とか思いとどまった。
【相手の手勢はどの程度か分かるか?】
「は、はい、およそ100万以上との事です」
【違う。我が聞きたいのはそのような有象無象の話ではない。魔人は何人いるのかという事だ】
「魔人はおよそ4人との事です。数だけで言えば我々の方が多いようです」
【馬鹿が。あちらは最精鋭だ。こちらの者より遥かに強大であろう。今の我では手こずるかも知れぬ】
「そ、そんなに強力なのでしょうか?」
【あやつは蠱毒を好むからのう。どうせ数万以上の魔物や魔獣を贄にして生み出したのだろうよ】
レトはそう言ってから親指の爪を噛んだ。戦力が足りなすぎるのだ。秘密裏に死魔ヴァーロンに連絡を取り、協力を仰いでみたものの、その返答は拒絶だった。その性格上、獣魔と組むとは思えないが、どうやら獣魔と何らかの密約をしたようだった。
【やはり、あの忌み子を早く見つけなければならぬようだな】
子供を喰らい、その身に宿した自身の力を取り戻す事が出来れば、獣魔相手でも苦労せずに戦う事が出来るはずだった。
【早く探しに行くのだ。もしまた見つからなかったという報告を持って来れば、貴様の命を奪う】
冷酷に言い放つレトに頭を下げてから、慌てて配下の魔人は駆け出した。




