勝負の結末
仕事等が忙しく、今月は1話だけです……
戦いを止めるというアスルの突然の宣言に、ジンは眉を顰める。
「割に合わないだと?」
【うむ。手合わせまでならまだしも、これ以上すれば貴様を殺す事になる。初めに言ったであろう。あくまでもこれは我にとって体の機能を試す為の戦いだ】
その言葉を聞いて、ジンは武器を改めて構える。
「俺を殺すだと? どんな致命傷を受けてもこの剣さえあれば俺は死なねぇ。それにあんたは再生力が落ちている。つまり、復活するのも有限って事だろ。なら、このままいけばあんただって殺せるはずだ。いや、世界の為にもあんたはここで殺さなきゃいけねぇ」
【ふむ、剣のおかげで死なないか。それは本当に気づいていないのか? それとも気づかないふりをしているのか? それに世界の為だと? まさか本気でそのような法螺を吹いている訳ではあるまいな?】
アスルが不思議そうな顔を浮かべる。その顔はジンの嘘を全て理解している事を物語っていた。
「……いいだろう。これで仕舞いにしてやる」
そう言ってジンは両手に持っていたヴェルード・エンドゥスを鞘に戻す。
「だが、まだあんたをここから出す事は出来ない。そんな事をすれば、奴らがあんたを殺そうとするだろう。確かにあんたは強いが、正直な所、到底ラグナにもフィリアにも勝てるとは思えねぇ」
【ふむ。確かにまだ我は完全な力を取り戻していない。なればこそ力を集める為に、我はこの結界の外に出なければならない。改めて問おう。我に協力せぬか? 我ならばお前に更なる力を与えてやれる。それに、決してお前から自由意志を奪う事は無いと、我が魂にかけて誓おう】
魂にかけて誓うという行為には重い意味が含まれる。それを破れば力を大いに奪われるのだ。ジンはそれについてよく理解していた。
「……一つ条件がある」
【その前に、覗き見が好きな愚か者を排除するとしようか】
「どういう意味だ?」
アスルの言葉にジンが疑問を投げかけたと同時にアスルが指を鳴らした。
直後、僕の視界がぶつりと切れる。
【全く、やってくれたなぁ】
僕は思わず苦笑してしまった。それから10分の間、僕には彼らが何をしているのかを知る術がなかった。
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もう一度パチンと指を鳴らす音とともにアスルが張っていた結界が解除される。そこにはアスルと、ラウフ・ソルブの鏡を持ったジンがいた。
「それじゃあ、こっちだ」
【うむ】
ジンの言葉に従って、アスルは彼に続く。2人はそのまま、ミコト達の元へと向かい、しばらくして彼女達と合流した。
「無事だったのね!」
ミコト達がジンの姿を見て駆け寄ってくる。だがジンの背後にいる人影に気づき、距離をとり、それぞれ武器を構えた。
「おい、ジン。後ろのそいつは誰だ」
ゴウテンが眉間に皺を寄せてアスルを睨み付ける。
「原初の神アスルだ」
事もなげにジンが答える。その答えを予測してはいたが、ゴウテン達は衝撃に思わず息を呑んだ。
「そいつはこの世界を憎んでいるんだろう? そんな奴を連れて、どうするつもりだ?」
ゴウテンがきつい口調でジンに質問する。
「協力してもらうんだよ」
だがジンはその警戒心に気づかないかのように肩をすくめて答えた。
「冗談だろ? フィリアを倒す前にこの世界を滅ぼすつもりか?」
そう質問するゴウテンを見て、ジンは思わず吹き出す。
「あはは、何を今更言ってんだ。神を殺すって言うのはつまり世界の秩序を壊すって事だ。この復讐を始めるって決めた時から、俺はどれほど犠牲を払ってでも必ず達成すると決めている。例えそれがこの世界を終わらせる事になろうともな」
「……お前、変わったな」
ゴウテンは噛み締めるように言う。
「変わってないさ。戻っただけだ。幸せな夢にまどろんでいた時は本当にもう終わりだ」
じっとジンの目をゴウテンは見つめる。しばし刻が過ぎ、やがて仕方がないとでも言うように深く溜息をついた。
「わかったよ。お前が大将だ。俺はお前の決定に従うよ」
「ゴウテン!?」
その言葉にミコトが驚く。クロウも声は出していないが代わりに大きく息を吐いた
「そうか。感謝するよ」
ジンはニコリと笑う。
「ちっ、よく言うぜ」
ゴウテンが吐き捨てるように言った。
【ふむ。話は終わったか? それではそろそろ行くとしようか】
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夜も更けてきた頃、不寝番として焚き火をいじっていたゴウテンの横にミコトがやってきた。
「どうして、ジンの言葉を受け入れたの?」
ゴウテンならばジンに歯向かうと思っていたのだ。それほどに彼の主張は彼らにとってあり得ない事だった。ジンはアスルと魂の誓いをしたと言っていたが、そんなルールすら容易に破る事が出来るのが原初の神という存在のはずだった。それよりも寧ろジンは操られているのではないかと、ミコトは疑っていた。
「……あそこで否定していれば、多分あいつは俺達を皆殺しにしていたはずです」
「まさかそんな事……」
ミコトは思わず言葉に詰まる。以前のジンならばきっとそんな事はしないと断言できる。だが彼女はこの数ヶ月間の彼の事を何も知らない。もしかしたら自分達を切り捨てる事すら選択出来るようになる程、彼にとって衝撃的な事があったのかもしれない。よくよく考えると、先ほどクロウが大きく息を吐いていたのも、ジンが微かに放つ殺気を感じ取っていたからなのだろう。そこまで考えてミコトは押し黙った。
「これから俺はあいつの言葉に従い、多くの罪を犯すかもしれません。ミコト様、あなたはそんな事に付き合う必要はない。だから今すぐ国に帰った方が良いと思います」
しかし、そんなゴウテンの言葉に、ミコトは首を横に振った。
「あなたが最後まであいつに付いて行くというなら、私だって行くよ。私はあいつのいとこで、ゴウテンの婚約者なんだから」
ゴウテンの右手に左手を重ねる。2人の手はやがて絡み合った。
「たとえこの身が滅びようと、最後まであなたを守り続ける事を誓います」
持ち上げた左手の甲にゴウテンは頭を下げてキスをした。
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【ふむ。あやつらは恋人なのか】
アスルが張られたテントの中で寝転びながら呟く。
「覗き見とは趣味が悪いな」
そんな彼に、ジンがそう苦言を呈した。
【それにしても、よくあの男も聞き入れたな】
「そりゃあ、死ぬかもしれない状況にいるなら、そうならない様に選択をするだろうさ」
ちらりと近くにおいた双剣を見る。もし、ゴウテンが拒絶するのなら、本当に斬るつもりだった。今のジンに必要なのは絶大な力を持つ協力者だ。心を通わせた仲間ではない。
「そんな事より、あんたをあそこから出して、神を殺す協力もするんだ。約束は守れよ」
【うむ。必ずお前の願いを叶えてやろう】
「それならいい」
そう言ってジンは寝袋に潜り込む。
【さてと、それでは我も肉体を休めるとするか】
ちらりと外を見ると、ゴウテンとミコトが口づけをしていた。
【……ラーフよ。お前は今の我を決して許さないのだろうな】
ボソリと呟く彼の無表情の顔の中に、僅かに悲しみの感情が漏れ出していた。
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【いやぁ、原初の神を仲間にするとはねぇ。不完全体とはいえ、ちょっと戦力過剰すぎじゃないかなぁ】
ちょっと想定していなかった結末だ。おじいさんのおかげでジン君が武器を手に入れるまでの段階を省略出来たけど、それよりもやばい武器を手に入れるなんてね。まあ、諸刃の剣だから使い方には困るけどさ。
【あら、あなたのおもちゃについて何か面白い事でもあったの?】
背後から声をかけられたので振り返ると、そこにはフィリアおばさんがいた。まだ原初の神が復活した事すら気づいていない、哀れな神だ。ちなみに、せっかくだからおばさんがおじいさんの存在を認識出来ない様に隠蔽の術をかけようかとも思ったけど、おじいさんは既に存在感を希薄にする術を発動していた。そこにいる事を知っている僕ですら、見失うほどに強力な術だ。愚かなおばさんは気づかないだろう。
【いや、ジン君が最強の武器を手に入れたのさ。だからきっとこれからもっと面白くなるはずさ】
僕はニコリと彼女に笑いかける。その言葉を信じた彼女は待ちきれないとばかりに嬉しそうに笑った。




