地獄からの脱出
ちょっと体調を崩してしまい、しばらく期間が空いてしまいました。
またこれから頑張っていきますのでお付き合いいただければ幸いです。
「さてと、それじゃあ、この世界から出るとするか」
ジンはミコト達がいる洞窟に戻ると彼女達に向かってそう言った。
「どうやって戻るの?」
「ああ、この世界から抜け出す方法があるのか?」
フルングニルの工房に張られていた結界のおかげか、ゴウテンは体調は未だ悪そうなものの、普通に寝起き出来る様になっていた。
「ああ、エルミアから方法は聞いている。俺達がここに送られてきた時に形成されたパスを通れば元の場所に戻れるそうだ」
「どういう事?」
ジンの説明を理解出来ず、ミコトが不思議そうな顔を浮かべる。
「パスっていうのは簡単に言うと、空間に出来た裂け目だ。俺達はバラバラの場所に飛ばされはしたが、俺達が通ってきた空間の裂け目は一つだけだ。もう一度、今度はこちら側からその裂け目に入る事が出来れば、向こうに戻る事が出来るはずだ」
「転移門と同じ原理って事か」
その説明でゴウテンが納得する。しかしまだミコトはピンときていない様だった。
「空間の裂け目には入り口と出口があるんだ。転移門は複数ある入り口と出口を強引に繋ぎ合わせて、目的地点に飛べる様に設定されているってわけだ。だからやろうと思えばエデンにある転移門と他の国にある転移門を繋げる事も可能だ。ただそれが出来るのはエルミアしかいないけどな」
そこでジンが詳しく話す。
「どうして?」
「空間の裂け目を繋げる為には超高度な計算が必要になるんだ。何せ失敗すれば空間の裂け目に取り残されて二度と出て来れなくなるからな。だがそれは【叡智】の権能を持っていた彼女だから出来た事であって、普通の人間には無理だ。だから設定された門と門の間でしか今は転移できないってわけだ」
「ふぅん、よく分からないけど、とにかく今から私達が通ってきた空間の裂け目に入って向こうの世界に出るって事でいいのね?」
「まあそういうことだ」
ミコトの言葉にジンが頷く。
「それじゃあ、今すぐに行くか?」
ゴウテンからの質問にジンは少しだけ逡巡する。ウィルの事を思い出したのだ。彼はここで様々な責め苦を味わっている。彼を救えるのならば、ジンは救いたかった。しかし、それは同時にこの世界にいる全ての鬼神達を倒さなければならないという事だ。途方もない時間がかかる事は間違いない。つまりジンの目的は果たせないかもしれないという事だ。
「……ああ。行こう」
何が大事なのかを天秤にかけて、ジンは決断する。育ての親を見捨てたとしても、最愛の人を救う事を彼は選んだ。
「少し離れていろ」
そう言ってジンは左の腰に差していた短剣を右手で掴み、力を発動させる。イメージするのは空間を切り裂く一筋の斬撃だ。短剣から【叡智】の権能による力が溢れ出したのを感じた瞬間、ジンは短剣を一振りした。すると彼の目の前にあった何もない空間に突如線が生じ、それは瞬く間に広がって、人が数人入れるほどの大きさの円となった。
「さあ、行くぞ」
〜〜〜〜〜〜〜〜
ジン達が突然消えて5日、クロウはひたすら待っていた。それはジン達を信頼していたという訳ではなく、世界各地に散らばっているアカツキの、ヤミと呼ばれる隠密部隊に助力を仰いだからである。
ヤミは高い戦闘力と諜報力が求められる、国の選りすぐりの6つある部隊である。各部隊には一人の隊長とその部下となる20人が所属しており、さらにその下部組織として、彼らの補佐を行う300名ほどの名すら与えられていない集団がある。彼らにはその集団同様名前はなく、徹底して感情を配するように育てられ、強くなる為に非人道的な訓練が行われる。そしてヤミに欠員が出れば、彼らの中から補充が行われるのだ。
国の暗部であると同時に、アカツキの先代の皇帝の弟であり、ジンの実父であるハヤトの父親だったリュウゴ・アカツキがかつて率いていた部隊だった。今現在、血縁としてはジンの叔母であるフウカという女性がその役職を秘密裏に管理している。
今回クロウが彼らに協力を仰いだ所、幸運な事にヤミの中でも最強と呼ばれる第一部隊が都合良く動く事が出来るとの事で、こちらに向かってくれる事になったのだ。ただし、いくら彼らでも国に保管されている転移の秘宝を用いても、6日はかかるとの事で、その間何かしらの動きがある事を考慮して、こうしてジン達が消えた場所が見える位置を結界の縁ギリギリの所から監視していた。
そして5日目になった今日、突然ジン達が消えた場所に異変が生じたのだ。クロウは慌てて移動しようとする。ここ数日で、どの様に動けばアスルがクロウを感知するかは実験して判明していた。アスルは一定以上の音、速度、高さを認識しているのだ。つまり反応されない程度の音を立てながら、体をしゃがめてゆっくりと進めばいい。
5分もかけてそこに移動すると、彼の目の前にある円形の空間に出来た穴から片足が出てきて、ついで見知った顔が現れた。それも次から次に現れ、いなくなった3人が無事に帰還したのだった。
「戻って来れたみたいだな」
ジンがそう言って辺りを見ると、足元にクロウが這いつくばっていた。
「何してんだ?」
その言葉に、クロウは咄嗟にジン達の腕を引っ張って地面に引きずり倒す。
「痛ぇな!」
「きゃっ!?」
「痛い!」
「お静かに」
ジン達が声を上げた瞬間にクロウが嗜める。その真剣さに何かがある事を感じ取ったジン達はそれ以上声を上げずに押し黙った。それを確認したクロウは自分が発見した事を地面に書いて説明する。それを見たジンはミコトの方に顔を向けた。その意図を理解したミコトはすぐさま彼らを覆う結界を作成した。
「音も遮断できる結界を張ったよ」
そうミコトが言った事でようやく一息つく。
「よくぞご無事でお帰りになられました」
クロウがジンに頭を下げる。
「ああ、まあな。でもお陰で良い事もあったよ。何よりも少しだけ四魔や神を打倒できる希望も見えた」
そう言ってジンは両腰に下げた一対の短剣の柄にそれぞれ手を乗せた。
「それは?」
「まあ、秘密兵器ってやつだ。これを手に入れられた事だけはアスルに感謝しなきゃな」
【ふむ。ならばさっさと我が元に来るがいい】
そこで、突然彼らの頭の中に声が響いてきた。
「なっ!?」
ジンが思わず短剣を引き抜いて辺りを警戒する。
「まさか!」
ミコトが張った結界により、声は外に漏れないはずだし、アスルからジン達は認識出来ないはずだった。それなのに本能的に頭の中に響いた声が誰なのかを、ジンは理解していた。
【哀れな道化師よ、もはや罠はない。さっさと来るが良い】
その言葉を最後に、自身の頭の中から何かが出ていく様にジンは感じた。
「今のはなんなの?」
ミコトが不安そうな顔を浮かべる。ゴウテンとクロウは深刻そうに眉を顰めた。
「どうやらアスルは俺と対話したいらしいな」
相手が何を求めているのかをジンは理解する。
「ちょっと一人で行ってくる」
その言葉にミコトもゴウテンもクロウも反対する。しかしジンはそれを無視する。
「奴が用のあるのは俺だ。俺以外もいけば何をされるのかわからねぇ。だからお前らはここに残れ。何、心配すんな。多分殺す気はねぇよ。あるなら罠なんか解除しないし、さっさと攻撃もしているだろうしな」
ジンはそう言って笑う。そんな彼を見て、ミコト達はそれ以上何も言わなかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜
「それで、ようやく会えたな。あんたがアスルか」
アスルを封じた結界の中に充満していた瘴気は跡形もなく消え去り、半透明な壁を跨いで、ジンはついにアスルと対面した。結界の周りにはアスルに取り込まれ、養分として全てを吸い取られて乾涸びた死骸が無数に転がっていた。その中には明らかに子供もおり、思わずジンは顔を顰める。
【子が死ぬのは嫌か】
「ああ」
【ふむ。勇敢で優しく、強い。まさに勇者の様だな】
アスルが表情を一切変えずに呟く。
「道理にもとる事が嫌いなだけだ。そんな大層な人間じゃねぇ」
【そうか。それならば確かに我の行いは不快に映るかもしれぬな。だがこれは決して我が望んでしたい訳ではない。力を取り戻す為にせざるを得ないから行ったまでの事だ】
ジンはアスルがあまりにも理性的である事に内心驚く。フィリアやラグナを見て、もっと異常な存在だと勝手に思っていたのだ。しかし目の前にいる神は表情こそ変わらないが、その声には慈しみの様なものが滲んでいた。
「あんたの目的は、やはり復讐なのか?」
【ああ。我が妻を殺し、我をこの様な場所に閉じ込め、ラーフと我が創造した世界を塵溜めへと変えた忌むべき息子達を、我は決して許さぬ】
その言葉を言いながら、アスルの表情にようやく怒りの感情が現れる。
「それで、あんたは俺をどうしたいんだ?」
ここにきて、ジンは理解した。あの世界にジン達が送られたのはアスルの意思であり、恐らく短剣を手に入れる事までを彼が計画していたという事を。全ては神の掌の上だったという事だ。
【わかっているだろう? 我には手足となる兵が必要だ。そしてそれはお前の様に我と同じ願いを持っている強者でなければならない。自分で創ればその分だけ回復した力が弱まる。お前は強く、深い憎しみをあの簒奪者達に抱いている。だからこそ、お前は我の協力者となれる】
「それで、俺がお前に協力したとして、そのメリットはなんだ?」
【お前の望みをどんなものでも一つだけ叶えてやろう】
その言葉にジンは心を惹かれる。
「……それは具体的に何が出来るんだ?」
【なんでもだ。ラーフがいない為、流石に世界の創造などは出来ぬが、望むのならば巨万の富でも、最強の力でも、永遠の命でも、死者の蘇生でも、新たに命を創る事でも、なんでも叶えてやろう】
つまり、アスルの提案に乗ればシオンを取り戻せるかもしれないのだ。そこまで考えて、ジンは一つ深呼吸をしてからはっきりと告げた。
「断る」
アスルの眉がピクリと動いた。




