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World End  作者: nao
第2章:魔物との遭遇
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再会と決別

 その攻撃は一瞬だった。左腕を伸ばしてきた主の手を交わそうとしたジンに、右側から地面に叩きつけられるような角度から激しい衝撃がぶつかる。体が思いっきり地面にぶつかる。結界が張られているため怪我はしないが、それが地面に擦れた、ガリガリという嫌な音が聞こえてきた。


『フェイント!?』


 それはジンにとってさらなる絶望だった。目の前にいる化け物は冗談抜きでの化け物だった。人を欺く術を持ち、その一撃は地面に穴を開け、素早い動きは自分と同等かそれ以上だ。そう認識した途端に先ほどの恐怖がぶり返してきた。たった一撃。しかし今までとは全く質が違う一撃。それはジンの心を挫くには十分すぎるものだった。そしてさらに結界がとけてしまい、彼は一撃ももらうことなく魔物を倒すか、ここから逃げるかしなければならなくなった。


『ああ、ここで終わるのか……』


『悔しいなぁ……』


『何もできなかったなぁ……』


 諦観の念が彼の心を埋め尽くす。だがそれでも


『だけど、それでも……』


ジンの目が前を見据える


『それでも。最後まで姉ちゃんとの約束を果たしたい。あれから強くなったかはわからない。けど立派に困難に立ち向かったんだって、頑張ったんだって言いたい!』


 そうして再度ナイフを構える。もはや体の震えは止まらない。それでも彼は目の前の死に対峙する。主はそんなジンを見て、破顔した。ジンにはそのように感じられた。


 そして次の一瞬で二人の勝敗は決した。


 ポツポツと雨がジンに降り注ぐ。朦朧とする意識の中で、空を見上げる。その瞳には、あの最後の日と同じ空が映った。


『姉ちゃん俺頑張ったよ……褒めてくれるかな? それとも怒るかな? ザックやレイ、ミシェルはどうだろう? ザックは褒めてくれそうだな。レイはお疲れ様って言ってくれそう。ミシェルは顔くしゃくしゃにして泣くんだろうな』


『ウィルとマリアには迷惑かけたのに、ティファ様たちにもお世話になったのに結局恩返しできなかったな』


『ピッピは助かったのかな。あいつのおかげで一人じゃなくなったのは本当にありがたかった。でもあいつももっと落ち着けばいいのにな。そうしたらモテるだろうに』


ジンは口元に微かな笑みを浮かべる。それから


『悔しいなあ。みんなにもう一度会いたいなぁ』


目からボロボロ涙が落ちる。しかしその願いは叶えられない。彼の体からは急激に血が抜けていき、体温が下がっていく。


『死にたくないなぁ』


 彼の左半身は肩からえぐれるように吹き飛んでいた。



 対峙した瞬間先に動き出したのはジンであった。フェイントを仕掛けられたら、今の自分ではおそらく避けることは叶わない。それを読むには圧倒的なまでに戦闘経験が足りない。だから唯一の機は先に動き出すことだ。そうすれば相手は自分の動きに対応しなければならない。それは相手の行動の選択肢を削ることにつながるはずだ。そう考えての行動であった。確かにそれは正しかった。彼の攻撃に森の主は構える。


『多分さっきの目への攻撃が効いているんだろう。こっちは左側の死角から攻めよう。そうすれば少しは勝機があるかもしれない』


そうしてジンは右側からツッコミ、相手の左手が伸びてきたところを鋭く直角に曲がって左側に一気に詰めようとした。ここまではジンになんら非はなかった。片目の見えない敵にはそちらから攻める。それは定石通りと言えた。惜しむらくはやはり戦闘経験の差。長い時を闘争の渦に身をおいてきたその獣の野生的な直感は、ジンに傷つけられたことで却って冴え渡っていた。そしてジンの方に爪を尖らせて、抜き手を放ってきた。


 それは今までにない攻撃だった。今までの立会いで相手は基本的に、殴るか握りつぶすか、何かを投げるか、叩き潰すか程度の単純な動作しかしてこなかった。だからこそジンは相手が高い知能を持っている可能性のある敵だということを失念していた。その攻撃は予想していなかった。軌道がわずかに異なり、直前で避けようと必死になって右側に体を戻そうとしたが、無理だった。


 かすっただけである。森の主のつめ先がかすっただけで彼の左半身は肩口から吹き飛んだのである。そして今、まさに死にかけているジンを森の主は見下ろしていた。まるで勝者が敗者をいたわるように、そんな目で自分を見ているような気がジンはした。森の主は死に体の彼に止めをさすのをためらっているようだった。まるで人のような行動にジンは少しおかしくなった。そしてだんだん意識がなくなった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『おーい起きて。ねぇねぇ、おきてるんでしょ? ほらほら、顔に落書きかいちゃうぞ! チューしちゃうぞ!』


なんだか懐かしいような、切ないような声が聞こえる。ジンはこの声を知っていた。


『ほらほらいつまで寝てるの? いつも言ってたでしょ? ちゃんと起きなさい! ほら早く』


その懐かしい声に涙が出てくる。そしてようやくその声が誰なのかに気がついた。


 おずおずと目を開けると、そこは以前ラグナにあった時のような白い空間で、目の前にはラグナともう一人、


 少々胸回りは寂しいが綺麗なアッシュグレーの髪に、茶色の瞳、真っ白な美しい肌を持ち、誰よりもジンを愛し、またジンが愛した女性、誰よりも優しかったのにその人生は最後まで報われることのなかった最愛の女性。


白百合の花のような笑顔で微笑みかける、ジンの姉、ナギの姿があった。


「久しぶりだねジン」


「ねえちゃん…姉ちゃんなの!? どうして? なんでこんなところに?」


『おいおいこんなところは失礼じゃないかな?』


「うるさい! ……姉ちゃん、会いたかった!」


そう言ってナギの胸にジンは飛び込む。そして声を上げて泣き出した。そんなジンの頭を優しく撫でながら、ナギがぎゅっとジン以上の力で抱きしめ返してきた


「んー、これこれ。ジンだぁ、ジンの匂いだぁ、クンクン。あ〜幸せ〜」


そう言って蕩けたような表情をして頭を撫でていた手を離し、ジンの髪の毛に頬ずりしてきた。


「あー、ちくちくする。ふふ、ジンはかわいいなあ」


そうしてしばらく、二人で抱き合っていると、


『おほん、そろそろいいかな?』


とラグナが横入りしてきた。


 本当なら横入りなどしてもらいたくない。しかし先ほどまでの現実が彼の意識をラグナに向けさせた。


「なんでまたあんたが出てきたんだ? それになんで姉ちゃんがいるんだ? もしかしてこれは夢なのか?」


『いんや、これは現実だよ。君は今絶賛死にかけてる途中なんだよ』


そういうとジンの目の前にガラスのようなものが広がり、そこにジンと森の主が映されている。


『ほらね。このままいくと君は死んでしまうというわけだ』


「じゃあなんで俺はここにいるんだ? それに姉ちゃんはなんでいるんだ?」


「それはあなたが生きたいと願ったからよ、ジン。私はあなたが生きるか死ぬかを見定めるために、ラグナ様にこの空間に呼ばれたの。」


ナギの言葉にさらに困惑する。


「え? どういうこと姉ちゃん?」


『あらあらジンくんたらやっぱりシスコンなんだね♪ 少しは自分で考えるとかしてみようよ笑』


「うるさいぞラグナ!」「ごめんなさい少し静かにしていてもらえますか?」


『おっとぉ、ナギお姉ちゃんも意外に怖い』


茶々を入れてくるラグナを無視してナギが話を進める。


「あまり時間がないから手短に話すね? ジンは意識がなくなる瞬間に死にたくないって思ったでしょ?」


「うん」


『それを僕ちんが聞き届けてこの場を用意しました!』


「……とりあえずそこのラグナ様の言う通りなんだけど、理由が……」


『理由はね君に選択肢を与えるためでーす』


「……それで選択っていうのはね……」


『はいはーい。選択っていうのはね、君がこのまま生きるか死ぬかを決めさせてあげるってことだぎゃ……』


神様にも容赦なくナギのゲンコツが炸裂した。


「ラグナ様、人がしゃべっているときは黙りましょうね?」


ナギがニコニコしながら言う。ジンは知っていた。このときの彼女が一番怖いと。


『ひぃぃぃ、ごめんなさいナギ様もうしません。許してつかぁさい』


人相手に様扱いをする神様がいるとは、世界は広い。ジンはそんなことを思い、ふと気になった。


『なんだろうこれ。どこかで見たことがある気がする』


ジンはふとそんなことを思った。


「はぁ、まあいいでしょう。えっとそれでねさっきラグナ様が言ってたようにこれからジンには選んでほしいことがあるんだ」


「生きるか死ぬかってこと?」


「うん、その通り。具体的に言うとね、生きることを選んだ場合はこのまま意識は元に戻ります。そしたらあら不思議! ジンの体は治っています」


「それじゃあ死ぬことを選んだら?」


「私と一緒にあの世に行きます! そこでみんなと一緒に暮らします」


「それを選べっていうこと?」


「そういうこと。ジンはどっちがいい? お姉ちゃんといくか、それとも地上に一人で戻るか?」


「……姉ちゃんならどっちを選ぶ? 俺と一緒にいたい?」


「そりゃもちろん一緒にいたいよ!」


「それじゃあ……」


「でもねジン、それは私の勝手な思い。貴方はもっと自分勝手に生きていいの。別に私のことは関係ない。自分がどっちを選ぶかは、自分が決めなさい。もう死んでいる人間に何かを委ねるのはやめなさい。貴方はまだ生きているんだから」


 その言葉がジンの胸に突き刺さる。思えば自分は姉が死んでからは何度も死にたいと思った。あれから何度も死にかけた。それでもなぜか最後には生きたいと思っていた。ジンにとってナギはすべてだった。今でもそれは変わっていない。それでもあの日から新たに知り合った人たちは彼にとって確かに大切な存在になっていた。


 傷ついたジンを優しく見守ってくれた、寝られない時、悲しい時は力一杯抱きしめてくれた母親のようなマリア。いつもは大雑把だけど妙に料理がうまくて、釣りや体術などいろんなことを教えてくれた、まるで父親みたいなウィル。二人はジンのことを家族のように受け入れてくれた。


 知り合って間もないが気さくに話すことができ、普段は本当にふざけているが、本当に困っている時は頼りになるピッピ。他にも3日間という短さではあったが、綺麗なティファや豪快なトルフィン、変態のサリオン、レギンさんやメネディルさんにもお世話になった。あれから半年、自分の世界は想像以上に広がり、たくさんの新しい出会いがあった。


 未だに家族が死んだ日のことを考えると胸が痛む。それでも今は未知の世界を知りたいという欲望が自分のうちに芽生えかけていることがわかった。新たな家族を、友人を大切にしたいと思っている自分がいることにも気がついた。そして未だに心の中でくすぶっているこの復讐心にも。ジンの瞳に活力が戻っていく。


「姉ちゃん、俺決めたよ! 俺はもう自分だけの命じゃない。この半年間、いろんな人に支えられてきたんだ。だから、寂しいけど姉ちゃんとは一緒に行けない。俺は生きるよ。生きて、精一杯生きて姉ちゃんと約束したみたいに。いつでも笑っていられるような強い男になるよ!」


ナギがその言葉を聞いて瞳を潤ませ、鼻をすすりながら、


「よーし、よく言ったジン! もし私と一緒に行くなんて言ってたらぶん殴ってやるところだったよ。あんたは私たちのことは気にしなくていいから、精一杯人生を楽しみなさい。お姉ちゃんは天界からあんたのこと見守っていてあげるから」


そうして満面の笑みを浮かべた。そんなナギにジンは再び抱きつく。


「それでもやっぱり寂しいよぉ……」


「私だってそうだよ。ごめんね、一人にしちゃって。本当はもっと一緒にいてあげたかったけど、無理になっちゃった。でもお姉ちゃんはあんたにまた会えてすごく嬉しかったよ。これもラグナ様のおかげだね」


『いやー、照れ……』


「ほら、よく顔を見せて? あぁあぁ、そんなに涙と鼻水で顔ぐちゃぐちゃにして、ジンは寂びしんぼだなぁ」


「そういう姉ちゃんこそ、顔がすごいことになってるよ」


「ふふ、そっか。さすがは姉弟だね。あ! やっぱり少し背も伸びてる。きっと後数年したらお姉ちゃんの身長も超えちゃうんだろうなぁ」


「うん。いっぱい食べて早く大きくなるように頑張る」


「よし、いい子だ……」


『ジン、ナギ、申し訳ないけどそろそろ戻らないと、完全に死んでしまう』


「はい、じゃあこれで本当にお別れだね。でも約束! 次に会うときはジンがちゃんとおじいちゃんになってから! じゃないとお姉ちゃん会ってあげないからね!」


「うん、わかった。おじいちゃんになるまで頑張って生きる」


「それと復讐をやめろと言いたいところだろうけど、きっとジンはやめないだろうからもう一つ約束! 無理だと思ったら絶対に絶っ対に、何があっても復讐は諦めなさい。いいね?」


「うん、姉ちゃんの言うとおりにする」


『まだかな?』


「それじゃあ本当に最後、あのときちゃんと伝えられなかった言葉を今伝えます!『愛してるよジン』」


そういってナギはジンを抱きしめながら、そのおでこにキスをした。ジンの体を白い光が包み込む。いつもナギが治癒してくれた時の暖かい光だった。


「バイバイ!」


その声を聞いて、ジンの意識は遠のいていった。


『本当に良かったのかい?』


「なにがですか?」


『弟君に本当のことを話さなかったことさ。君はその罪によって決して天界には行けない。再びあの真っ暗で痛みの溢れた世界に戻るんだ。もしそこから逃げたいなら、ジン君を死ぬように誘導して、君の代わりの人柱にすればいい。そうすればきっと君は天界行きのチケットが手に入る。たぶんだけどジン君ならその話を聞いたら二つ返事で『うん』と言うんじゃないかな?』


「ラグナ様の言うこともそのとおりかもしれません。だからこそ私はあの子にそんなことを言いたくない。あの子にとって私は、恥ずかしい話ですけど、善の象徴みたいなんです。立派な姉なんです。だからあの子のその思いを壊したくない。それに私の罪は私のもの。たとえあそこが私にとって苦しくても、それを誰かになすりつけるなんてとんでもありませんよ」


『……たとえそれがフィリアによって無理やりやらされたことでもかい? それでも君は納得できるのかい?』


「納得はできません! だからジンに復讐をやめろということは言えませんでした。やっぱり私はずるいと思います。たぶん必死に止めればやめてくれたかもしれない。それでも私の暗い部分が、あの子を止めることを許さなかった」


『君くらいの年齢なら普通のことだと思うけどね』


「そうかもしれません。それでもそれは私の罪のように思います。だからやっぱり罰を受けなくちゃいけないんです。フィリアにやらされた家族殺しも、他の殺しも、これから死ぬかもしれない弟を放置する罪も、全部私の心にあった暗い部分のせいな気がします。それにザックやレイ、ミシェルや他の殺してしまった人達にとって私はいまでも加害者です。彼らにはフィリアは関係ありません。だから彼らへの贖罪のために、どんな罰があっても私は全てを受け入れてみせます!」


『まったく、君という子はどこまでも強くて、優しいんだね。まるで本当の女神のようだ。どうしてそんなに強くあろうとできるのかな?』


「当然ですよ、だって私はお姉ちゃんですから!」


顔に広がったその笑みに一片の曇りもなかった。

それを聞いたラグナは静かに笑った。

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