地獄行1
少々間が開きすみません。これからも頑張って更新していきます!
【よーぅ、ヴァーロンのおっさん。1ヶ月ぶりだなぁ】
旧アルケニア王国の城にある玉座の間には今、2体の魔人が対峙していた。
【うむ。して、何用だ? まだ開戦したばかりだがもう殺し合うつもりかね、グティス?】
右目にかけたモノクル越しに死魔ヴァーロンは目の前にいる獣魔グティスを睨みつける。それと同時に死魔ヴァーロンから凄まじい力が噴き出し、城全体が揺れる。その場にいた彼の配下達は皆恐怖で体を震わせた。
【そいつも面白そぉだが今日は違ぅ】
グティスは肩をすくめて首を横に振った。それを見てヴァーロンは解放していた力を緩める。
【それならば、何の為に来たのだ?】
その問いを聞いて、獣魔は頬を吊り上げる。
【今回の戦いによぉ、ふさわしい実力を持たねぇ奴が一人紛れ込んでるんだが、まずは一緒にそいつをぶっ殺さねぇか?】
ヴァーロンはすぐに誰の事か理解する。龍魔ノヴァは憑依した人間に飲み込まれ、今回の戦争には参加しないという立場になっている。それをわざわざ殺す必要はない。それに相性の関係からも龍魔には優位を保っているので、ヴァーロンとしてはどちらでも構わない。それよりも注意すべきは目の前にいるグティスだ。自分が不死の軍を作ろうと、それは所詮魔物だ。魔物となった時点で獣魔であるグティスに支配される可能性があるのだ。
【ふむ。しかしそれは我輩に利点があるか? 法魔は確かに弱体化しているが、それでもまだあやつの配下が優れているのは事実だ】
グティスの目的が何なのか、それを把握せずに何も考えずに手伝えば今回の戦いに敗北するかもしれないからだ。
【確かにあいつの配下は優れているよなぁ。法魔が作ると魔物であるのに理外の存在になるから俺には支配できなぃしなぁ。全くもって天敵って奴だぁ】
【だからこそ、弱体化しているうちに滅ぼすという事か。しかし我輩がお前と組むと思うか? 我輩の配下を操る事の出来るお前と】
ヴァーロンはグティスを睨みつける。一対一ならば不死である自分がグティスに負けるはずがない。だが物量こそがグティスの本質だ。対応も出来ない程の数で来られれば負ける可能性が高くなる。
【お前と手を組むよりも、法魔と手を組んでお前を殺してから法魔を殺す方が楽に勝者になれると思うのだがな】
誰でも分かる事だ。法魔は現在明らかに弱体化しており、『龍麟』を持たなくとも勝てる可能性が高い。その一方で、法魔の力はグティスには有効である。弱体化している法魔を補佐する方が旨味は大きい。
【いいやぁ。あんたはそんなつまらなぃ決断はしねぇはずだぁ。なんせ、堕ちたとはいえ誇り高き元勇者なんだからな】
その挑発にヴァーロンは反応する。まだ四魔が龍魔しか存在していなかった頃、それを打ち果たしたのが初代勇者として選ばれたヴァーロンだった。だが彼は堕落した。死を恐怖し、永遠に生きる事を、永遠に美しいままでいる事を望んだ。そしてその願いをフィリアは聞き届けたのだ。結果として、彼は不死者となり、他者の血を啜る事でその美を維持する吸血鬼へと成り果てた。しかし、その心には未だ強者としての誇りがあった。愚かな謀など弱者がすべきものだ。
【……ふん。我輩の性格をよく理解しておる。いいだろう。ただし、我輩は法魔攻めには参加はせん。その代わりお前があの者を攻撃している間、お前とお前の陣には責めないでやろう】
ヴァーロンの言葉を聞いてグティスは満足そうに頷いた。元々ヴァーロンと組めるとは考えていなかったのだ。何せヴァーロンはプライドが高すぎる。グティスが気に入らない事をすれば必ず邪魔をしてくるだろう。だからこそ、彼にとっての最善は彼が法魔を攻めている間、ヴァーロンに邪魔をされない事だった。龍魔がいたのなら彼と組んで法魔を攻める手段もあったのだが、それも今回は無理な話だ。何せ龍魔ノヴァの魂は永遠に失われ、今の龍魔は何を考えているのか分からない。
【それでいいさぁ。そんじゃぁ俺はこれで失礼させてもらうぜぇ】
そうしてグティスはヴァーロンの城を去る。城の窓から彼の後ろ姿を眺め、ヴァーロンはもはや死が目前に迫っている法魔レトの麗しい顔を思い浮かべ嘆息した。
【中身を知っているとはいえ、あの美しい顔が失われるのは実に惜しいな】
しかし彼は動かない。たとえレトが救援を要請したとしても。舞台に相応しくない者は早々に消え去るべきなのだから。
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「やぁまを越えって右へ左へ! あっちやこっちに駆けずり回れ! 素材が欲しけりゃ穴を掘れ! 見つけた素材はおいらのもんだ! 触れた奴からぶっ飛ばす! 魔剣が欲しい、聖剣が欲しい? うるせぇ、そんなら金と素材を持ってこい!」
フルングニルが陽気に歌う。酷くしわがれ声で正直上手くないのだが、彼は楽しそうに大声で歌った。しかし、当然の事ながらエルミアが不快そうな顔を浮かべる。
「さっきから音痴な上に歌詞も意味不明ねぇ。もっと上手く歌ってよ」
「ババアがいちゃもんつけてきた! 若作はしようとも、体は土くれ、心にささくれ! やさぐれババアは口閉じろ!」
だが、それに対してフルングニルは小馬鹿にするように即興の歌を作って返した。
「何ですって! このクソドワーフめ、とっちめてやる!」
エルミアは武器を構えてフルングニルに飛びかかろうとしてエルサリオンに後ろから両脇に腕を入れられて抑えられる。
「まあまあ、フルングニルの歌が鬼どもの認識を阻害しているのだから、歌詞はどうあれここは堪えてくれ」
「くっ……でも!」
悔しそうなエルミアを見てフルングニルはニヤリと笑う。
「フルングニルも久々のお客で嬉しいのは分かるが、あんまりエルミアをからかわないでくれ。もっといろんな歌を知っているだろう?」
エルサリオンの言葉にそっぽを向く。しかし、歌は相変わらず意味不明で音痴ではあるものの、エルミアを揶揄う内容ではなくなった。
「……今はどこに向かっているんですか?」
そんな彼らを見ながら、ゴウテンを肩で支えて歩いていたミコトが尋ねる。エルサリオンは彼女に振り返る。
「安心しなさい、とは言えないか。何せ今向かっているのはこの地獄に無数にある刑場の一つだ。正直見ない方がいい光景が広がっている」
その言葉にミコトはごくりと唾を飲み込んだ。彼女とて地獄でどんな事が行われているのかというおとぎ話は知っている。見ない方がいいという光景という事はそれが事実なのだと暗に示している。しかしそこにジンがいるかもしれない。そう考えたからこそ、エルサリオン達は今その刑場に向かっているのだという事も理解した。
「……分かりました」
恐怖を抑え込んでゴウテンの体にしっかりと自分の体をくっ付ける。彼の呼吸は荒く、顔からは脂汗が滲み出ている。今にも意識を失いそうだ。しかし、彼は何とか意識を保ち続けている。
「ここからどれくらい離れているんですか?」
「あと1キロほどかな。このペースだと30分ほどで着くと思うよ」
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ジンは刑場の中に侵入する事を決断した。そこに見知った顔を見つけたからだ。彼は今まさに1匹の鬼に切り刻まれていた。苦悶に顔を歪めているとはいえ、ジンがその顔を見間違えるはずがなかった。ジンは素早く鬼の背後に接近するとその口を左手で押さえ、右手に持った短剣でその首をかき切った。鬼は悲鳴をあげる事なく息絶えた。
「ウィル!」
鬼を音もなく横たえるとジンは十字架に磔にされている義父に駆け寄る。
「ん……あ……」
虚な瞳で顔を上げたウィルはジンをぼんやりと見て、徐々にその目に活力が戻る。少し成長し、風貌も変わったとはいえ、見間違えるはずがなかった。だからこそ、衝撃は大きかった。
「あ……ああ、そんなお前まで死んじまったのか」
ジンはその言葉に首を振る。
「いや、まだ死んでない。だけどここに転移させられたみたいだ。とにかく今降ろすから」
しかし十字架にウィルをはりつけている杭に触れる事が出来ない。それどころか十字架にも、それにウィルの体にもだ。まさに幽霊としか形容できない。
「クソ、なんで!」
悪態を吐きながら、何とかウィルを解放できないかとジンは足掻く。しかし、それを見たウィルは却って冷静になった。
「確かに俺に触れられないって事は、肉体があるって事か。まだ本当に生きているんだな。よかった……本当によかった」
ウィルは心の底から嬉しそうに呟いた。
「俺の事は別にいいよ。それよりもどうすればウィルをここから降ろせるんだ?」
「お前には無理だ。ここにあるものは全て霊的存在か鬼しか触れる事が出来ない。鬼は俺達を拷問にかけているが、お前の目には人間を傷つけているように見えても、その実、魂を責めているんだ。生者には止めようがない」
その言葉を聞いて、ジンは唇を噛み締める。切れたところから血がこぼれ落ちた。
「俺の事はいいから今すぐここから離れろ。鬼はまだ死んでいない。あいつらには死という概念が存在しないんだ」
ウィルの言う通り、ジンの背後で何かが動き出す。先ほど首を切り裂いたはずの鬼だ。ジンは振り向いて改めてその顔を見て気味が悪くなった。吐き気がするほど醜悪なのだ。同じく鬼と言われるオーガとは全くの別物だった。
身長は2メートルほどあり、筋肉質で、腰布以外には何も着ていない。その額には一本の歪んだ黒い角が生えていた。顔の中央には巨大の一つの複眼があり、さらにその周囲には大小様々な人間のような目がまるで黒子のように乱雑についてキョロキョロと忙しなく動いている。鼻はなく、口は大きくて丸く、縁に沿って牙が生えている。よく見ると口内にも牙が生えている。肩まである髪は一本一本が太く、その毛先には蛇のようなものがついて蠢いている。
「これが地獄の鬼なのか」
呆然とジンは呟いた。まるで自分の知る生物と異なっていた。ただただ醜悪さが凝縮されたような外見だ。
「キェェェェェェ!」
突然鬼が顔を上げて大声を出した。
「まずい! 逃げろ、仲間を呼んでいるぞ!」
「で、でも!」
ウィルを見捨てていく事をジンは躊躇う。しかしそんな彼を見てウィルは優しく首を振った。
「俺は死人だ。触れもしない死人に命を使うんじゃねぇ。行くんだ」
もう一度深く唇を噛み締めると、ジンはそこから駆け出した。
「次は死ぬまで来るんじゃねぇぞ」
背後からそんな声が聞こえた気がした。




