風変わりな三人組
「ふ、ふざけっ……くっ」
声を出そうとしたゴウテンが顔を歪めて胸を押さえ、そのまま倒れ込む。
「ゴ、ゴウテン!」
ミコトが慌ててゴウテンに駆け寄る。
「あら、あなた。肉体を持っているのに、この世界に僅かばかりだけど順応しているのね。そっちの男の子はそうでないみたいだけど」
Xと名乗る女性は物珍しげに自分を見ているようにミコトは感じた。
「それってどういう事なの?」
「さあ、ただあなたのお仲間はこのままいけば持って後2、3日という所かしらね。あなたは……そうね、2週間ぐらいは持つんじゃない?」
興味なさそうに肩をすくめてXはミコト達の余命を伝えてくる。
「そ、そんな! どうすればいいんですか!?」
それを聞いたミコトは思わず声が大きくなる。自分の命も大事だが、ゴウテンの時間はもはやほとんど残されていないのだ。右も左も分からぬ世界で、死にゆく許嫁の為に彼女にも出来る事がある事を願って尋ねる。
「そうねぇ……」
女性は考える素振りを見せるも、なかなか彼女の問いには答えてくれない。
「私に出来る事ならなんでもしますから、だからゴウテンを助けて!」
その言葉を聞いて女性がクスリと笑った。
「女の子がなんでもなんて言っちゃダメよ。もし私が悪い人だったら、その体を奪う事だってあり得るんだから」
「か、体を奪うってどういう事ですか?」
「どういうって、ここ、死者の世界だからね。みんな肉体を求めているのよ」
「死者の世界?」
「そう。別の言葉で言うなら地獄、または冥界、冥府、あるいは原初の世界カオス。アスルが生み出し、神々によって封じられ、忘れ去られた哀れな世界よ」
「地獄……私は、私たちは死んだって事?」
ミコトがボソリと呟く。だが女性はそれを聞いて首を横に振る。
「いいえ、あなた達はまだ生きているわ。その肉体が証拠。本来ならこの世界に肉体を持った生命は入る事が出来ないの。そのように神々が世界を書き換えたから。だからカオスにいる生命体は皆精神体なのよ」
「それじゃあ、あなたもそうなんですか?」
「ええ。私も死者。だけど他の死者とは少し違うの。なぜなら私にはこうして体があるから。ま、作り物なんだけどね」
「作り物って?」
「まあ、それはおいおいね。それよりも放っておいていいの? 彼、このままだとすぐに死ぬわよ」
そこでミコトはゴウテンが倒れたままである事を思い出した。
「そうだ、私に何か出来る事はないんですか?」
「その子の体を覆っている結界を強くするしかないわ。そしてその子の命が尽きる前にこの世界から抜け出す。これしかあなた達が生き残る術は無いと思う」
「どうやったらこの世界から出る事が出来るんですか?」
「さあ? 試した事がないから分からないわ。出られるかもしれないし、無理かもしれない」
「そんな……」
ミコトはそれを聞いて絶望する。
「うむ? なんじゃ、随分と妙ちくりんな奴らがおるのう」
そこに女性同様フードを目深に被った男性がやって来た。その背丈からドワーフであると推測できる。またフードで顔は隠れているものの、立派な赤茶色の顎髭が腹の辺りまで伸びており、それを無造作に三つ編みにしてまとめている。
「あらフルン、久しぶりね。何しに来たの? 相変わらず胡散臭くて鬱陶しい髭をしているわね。ドワーフって、なんで死者になっても不潔なのかしら」
その姿を確認した女性の気配が刺々しいものへと変わった。
「ふん、相変わらずババアの癖に口の悪い奴じゃ。久方ぶりにあった知り合いにもそんな態度じゃから婚期を逃したんじゃろうて。知っておるか? お主の股の緩さと男運の無さは後世でも伝説となっておるぞ。ハイエルフの癖に性に奔放なぞ情けないにも程があるわい」
そこまで言うとドワーフの男と女性は声に出して笑った。だが次の瞬間、両者はどこからか武器を取り出して、互いに襲いかかった。ドワーフの方は彼の背丈ほどもある巨大な両刃斧を。女性の方は柄の豪奢な装飾とは裏腹に先端に鋭い棘がついたメイスを。
数回ほど彼らは武器をぶつけ合い、やがて、ドワーフの斧が女性の右肩から入ると、そのまま斜めに一気に斬り下ろされて、彼女の体は薄皮一枚で繋がっている状態になる。一方女性の方はというと、その凶悪なメイスを見事ドワーフの頭に叩きつけて頭蓋骨を陥没させる。彼らはそのまま地面に倒れ伏した。
どう見ても両者ともに即死級の攻撃だ。だが不思議な事に彼らからは一適も血が流れなかった。さらに数秒もすると体の修復が始まり、1分ほどで元に戻った。
「全く、死なないと分かっておるのに無駄な事を。相変わらずの鳥頭じゃな」
「いえいえ、あなたほどではないわ。鳥の知性すらも持たない虫みたいなオツムのあなたほどではね」
二人は改めて睨み合う。するとそこにさらにもう一人の男がやってきた。今度はフードを被っていない。その美しい顔を堂々と晒している。その耳の特徴からエルフである事がすぐにミコトには理解できた。
「やれやれ、君達はまたそんな事をしているのか。会うたびによくそんなに喧嘩する内容を思いつくね。そちらのお嬢さんが驚いているではないか」
そう言うと、エルフの男はミコトにニコリと笑いかけた。その美しさに一瞬目を奪われる。
「あら、エル、あなたも来たの? 珍しいわね。いつもは山に籠って修行しているのに」
「この世界に何かが入り込んだのを感知したからさ。それにしても、僕たち以外にも体持ちが現れるとは。それも僕らのように偽体ではなく、本物の肉体を持った者が二人もね」
エルフの男はミコトとゴウテンをまじまじと見る。その視線にミコトは恐怖する。まるで自分がまな板の上に乗せられているようだ。今から自分がどうなるのか。それが不安だった。
「そんなに怯えなくてもいい。僕達は君らと敵対する気はないよ。この世界では争いなんてしても無意味だしね」
そう言ってエルフの男は肩をすくめた。
「それよりも、君とその青年は随分と消耗しているみたいだね。少しだけど回復させてあげよう。何もしないよりはマシだろう」
エルフの男はミコトとゴウテンに近づくと、彼らの頭に手を乗せた。すると彼の手から柔らかい緑色の光が溢れ出し、二人の体を包み込んだ。
「こ、これは……」
ミコトが自分の体を見ると、先ほどまで失われていた活力がみるみるうちに戻ってきた。
「一先ずは応急処置だ。根本的に問題を解決するには君たちがここから出るしかない」
ぽんぽんと頭を叩くとエルと呼ばれた男は後ろで未だに睨み合いを続けている二人に声をかけた。
「いい加減、喧嘩はやめろ。それに、いつまでフードを被っているんだ。彼女達に失礼だろう」
「……分かったわよ」「仕方ないのう」
そんなふうに言葉を発して両者はフードを外す。女性の方は耳が長く、エルフである事は一目瞭然だ。男性の方もやはりドワーフである。
「さてと、自己紹介と行こうか。僕の名前はエルサリオン。生きていた頃はこれでも勇者をしていたんだ」
「私はエルミア。ハイエルフの女王で、ティターニアという国を統治していたの」
「わしはフルングニル。刀匠にして鍛治神と呼ばれた者じゃ」
三人はそれぞれ簡単に自分の事を説明する。三者共に共通しているのは、彼らがエデンの出身である事だった。
「それで、君達は一体誰なのかな? それに、どうしてここにいるんだい? 生者はこの世界に踏み入る事ができないのに」
エルサリオンがミコトを見て尋ねる。
「私はミコト、こっちはゴウテン。私達はアカツキという国に住んでいるの。ここに来たのは、敵に転送されたせいみたい」
「それ本当? この世界と上の世界を繋げるなんて神にしかできないわよ」
「はい、アスルという原初の神と戦おうとした所で、突然足元に法陣が展開して、気づけがここにいたんです」
「アスルって、あのアスルかい? あれが蘇ったのかい?」
「正確には蘇っている最中だそうです。力が徐々に増しているみたいで」
「ふむ、それならまだ封印する事も可能なはずじゃ。ラーフ・ソーブの鏡を再起動させれば良い」
「どうやったら使えるんですか?」
「分からん。ただ封印の言葉を放つ必要があった事だけは覚えておる」
フルングニルは首を振って答えた。
「それよりも、ミコトちゃんはここにはゴウテンくんと二人だけでここに来たの?」
その言葉にミコトはハッと思い出す。
「そ、そうだ! もう一人一緒に来た奴がいるんです。探さなきゃ!」
「人探しか、面白そうだ。僕達も手伝おう」
「ええ、娯楽が全くない世界だからね。少しは楽しみたいわ」
「誰が最初に見つけるか、競争でもするかのう?」
その提案に他の二人も頷く。彼らはミコトからジンの特徴を聞き、彼を探すために動き出した。




