ソールの実力
空から降り立ったソールは次の瞬間、姿が消え、気づけばクロウの前に立っていた。
「なっ!?」
だがクロウ以外誰もそれに気づかず、ソールが直前までいた空間を見ていた。クロウは咄嗟に大楯を構えるも、直後凄まじい衝撃を受けて盾を支えていた左手が砕け折れ、そのまま吹き飛ばされた。その音が聞こえて漸くジン達はソールがどこにいるかを認識し、クロウが立っていた方に目を向けると、そこには地面に倒れ伏したクロウと、粉々に砕け散った盾を見るソールがいた。彼女はゆっくりとジン達の方を向くとニタリと笑う。
「クソ、何しやがった!』
ゴウテンがそれを見て叫ぶ。するとソールは彼に向かって指を指した。それを彼らが認識した瞬間、今度はゴウテンが吹き飛ばされた。地面に転がる彼の右腕は防御した為か前腕と上腕が折れ、さらに彼は気を失っていた。
「ゴウテン!」
それを見たミコトが彼の名を叫び、駆け寄ろうとするも、ジンはそれを制した。
「動くな。相手の能力が分からない以上、常に対応できるよう準備するんだ。大丈夫、あいつらは気絶しているだけだ」
先に倒されたクロウも胸を上下させており、気を失っているだけのようだった。
「単に高速移動しただけか……いや、それにしてはあまりにも……」
ジンは相手の能力を考察する。ソールはラグナの使徒であり、神術が扱える。先にデータとして聞いていた話によると、雷、木、氷の3属性が扱えるそうだ。この中で高速での移動を可能にさせるのは雷神術の一つである【雷化】という術だ。だが、その術を発動する際に生じる特徴が彼女の体には見られなかった。
「とりあえずミコト、疲れているだろうが、あいつらとお前自身に結界を張っとけ」
その命令に彼女は頷くとすぐさま強固な結界を張った。
「さてと、ソール。あんた死んだんじゃなかったか?」
頭の中で考えを巡らせながら、時間を稼ぐためにジンが話しかける。
「ああ、死んださ。だけど、あの御方は私が役に立つからと言って、こうして蘇らせてくれたんだ」
ソールは素直に答えた。そしていつの間にか10メートルほどあった距離を詰めてジンの目の前に現れ、彼の首に向かって右手を伸ばしてきた。
「くっ!?」
ジンは咄嗟に上半身を引き、そのままバク転して距離を取る。
「ようやく分かったぜ。その動き、『転移』しているな。だが個人単位の転移は過去に無神術の使い手のみが扱えた業だ。それ以外だと法魔にしかできないはずだ」
ちなみにこの世界には各地に転移門というものが存在しているが、それはかつて無神術の使い手であり、卓越した頭脳を有したエルフの女王サエルミアが生み出した封術具を奪った人界のある法術師が真似て作ったものとされている。ただ、なぜ系統の異なる力を再現できたのかは不明であり、失われた技術であるため、誰も作り方を知らないとされている。
それはともかくとして、ソールの動きには起こりがなく、いつの間にか距離が縮められている。『雷化』する際に生じる体を纏う稲妻もない。そこから下される結論は一つ。空間を跳躍しているのだ。
「よく分かったね。そう、これは『転移』の力さ」
「なぜお前が使えるんだ?」
「簡単な話だよ。あの御方が私を蘇生させる際に新たな力を与えてくださったのだ」
ジンは内心で舌打ちをする。転移できる敵との戦いはほとんど無い。無制限に自由に転移できる人間などエデンにも人界にも存在しなかったからだ。無論法魔は別なのだが。
『どの程度連続で跳べる? 直後に別の術を発動出来るのか? 距離はどれくらい跳べる? 何よりも回数に限界はあるのか?』
頭の中で多くの疑問が過ぎる。しかしどれも明確な答えはない。情報が足りないのだ。この状態でジンに出来る事など一つしかなかった。体を闘気で強化する。さらにそこで無神術を発動して、肉体の強度を上げて、元の5倍まで力を向上させた。
「行くぞ!」
腰の短剣を2本引き抜いて、その内の一本をソールに向かって投げる。物凄い勢いで彼女の眉間に向かって飛来してきたそれを、ソールは躱すのではなく、右手の人差し指と中指で挟んで止めた。だがジンはその隙に既に彼女の背後をとっていた。音もなく忍び寄り、彼女の背にもう一本の短剣を突き立てようとする。
しかし、その攻撃は空を斬った。ソールが転移して距離を取ったのだ。一瞬だけ彼女がどこに行ったのかを見失うも、視界の端で何かが動いたのを確認し、すぐにジンは右に飛ぶ。微かにソールの足が彼の左腕にかすり、その骨を砕いた。
「くっ」
ジンは片腕からくる痛みに顔を歪めながらも、それを無神術で直しながら情報を整理する。ソールの転移は脅威だ。しかしこの4回の攻撃における使用で共通するものが一つあった。それを確認する為に、ジンはもう一度ソールに術を使わせる事を決意して地面を蹴る。
「はあああ!」
雄叫びを上げながら走る彼の姿はまるで黒い稲妻のようだった。視認すらも難しい。実際、ソールはジンの動きを目で追えず、容易く背後を取られる。だがそこは長く戦ってきた者だ。背後からの攻撃を躱し、距離を少し開けると、そのままジンに向かって『雷蛇』という術を放った。
蛇の様に蛇行した雷がジンに飛んでくる。完璧なカウンターにも関わらず、ジンはそれを僅かに体をずらすだけで避けた。そしてそのまま、術を放って伸びた状態の彼女の左腕を肘の辺りから斬り飛ばした。その直後、ソールが『転移』を発動し、姿が消える。
ジンは即座に彼女の闘気を追いかける。彼女がジンの後方20メートル先にいる事に気づき、そちらを向いた。するとそこには腕を斬り飛ばされたのに顔色一つ変えていないソールがいた。
「痛みを感じないか……それとも、そもそも無いのか」
ジンはそう呟いてから、ふと自分が斬り飛ばした彼女の腕を見下ろした。するとその腕は砂のように崩れ去り、それと同時にソールの左腕が瞬く間に修復した。
「なるほど、まああんだけ元の体はこんがり焼けてたんだ。普通の体じゃねぇよな」
ソールの死体はアスルの術によって完全に炭化していた。つまり、普通であれば元に戻るはずがない。それなのに肌が薄黒くなっているとはいえ、ほぼ元通りの外見になっているのだ。つまり、その肉体は元の彼女の物とは完全に別の物なのだろう。
「だが、少しだけ推測できたよ。あんたの『転移』の条件がな」
その言葉にソールが眉根を寄せる。どうやら感覚も鋭敏になっているようだと考えて、そこで彼女の種族を思い出して、考えを改めた。彼女はハーフエルフであるため、元から耳がいい可能性があるためだ。勝手な思い込みは大きな危険を生み出す事がある。だからこそ事実のみを把握しなければならない。それでもある程度の推測は立つ。それをどれほど信じるかは自分次第だが。
「一つ、転移直後に他の術は使えない。二つ、転移は連続して使えない。数秒のインターバルが必要だ。三つ、距離はせいぜい20メートル。四つ、転移の対象先は視界で決まる。そんな所か?」
ジンはあえて自分の推測を口にする。それを聞いてソールが警戒する事を望んで。彼女はまだ力を御しきれていない。突然与えられた力を十全に扱うことの困難さを彼はよく知っていた。
「さあ、どうだろうね」
ソールは肩をすくめたと同時に『氷槍』を計10本瞬時に作り出す。一本の長さは1メートル近くあり、その太さはジンの首ほどもある。それが射出され、物凄い速度でジンに迫る。しかし、肉体を強化しているジンの動体視力は同様に向上しており、その槍は彼にとって容易に視認できる物だった。軽業師のように身軽に体を動かして全て回避すると、着地しそうな所で今度は足元から拘束する為の『荊棘』が生えてきた。咄嗟に空中で膝を曲げた彼は足を束縛しようとする荊棘を、無神術を用いて瞬時に凍らせ、その上に着地する。
直後、ジンは頭上から雷が落とされた事を感知する。目がソールから離れた隙に、彼女は空に跳んでいたのだ。ジンは上空に向けて直径2センチ程の『黒球』を放った。魔人を消すのであれば、人の頭ほどの大きさで、尚且つ力を溜める時間が必要だが、雷を消すのであれば、その程度の大きさでも可能である。事実落雷は『黒球』に全て吸収され、その姿を消した。
お返しとばかりに今度はジンが空中で無神術を用いて1本の剣を生み出すと、それを掴んで彼女に向かって全力で投げた。その速度は音速にすら達し、空中で身動きが取れないソールの腹部を貫通した。彼女はその勢いに押され、墜落する。
「……いくらなんでも弱すぎないか?」
ジンは思わず呟いた。
明日は外伝の方の更新をする予定です。
まだお読みでない方はぜひ!
「World End外伝 ハヤトの章」
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