遺跡
崩壊した都市に次々と生物が集まる。彼らは皆望むように瘴気に身を投じていった。瘴気に触れる度に彼らは生命力を吸い上げられたかのように急激に力を吸収され、瞬く間に干からびたミイラのようになった。吸い上げられた彼らの魂や生命力はそのまま瘴気に乗って、その源へと向かう。結界に開いたわずかな隙間から瘴気は吸収した魂と生命力を、中にいる存在へ届ける。
【これで30か。まだ先は長いな】
アスルは吸い取った瘴気に含まれている魂から記憶を読み取る。
【くだらんな。こんなの奴らが生み出される為にラーフは死んだのか】
アスルがふと顔を上げてこちらを見る。離れているはずなのに目が合っているのが分かる。心の底からゾクゾクする。
【ふっ】
まるで僕の事を鼻で笑うかのようだ。それからアスルはまた運ばれてきた魂に手を伸ばし、それを吸収した。
【これで31】
そう呟きながら、アスルはまた魂に刻まれた記憶を読み込み始めた。
〜〜〜〜〜〜〜〜
【何しているの?】
突然後ろから話しかけられたので、振り向くとおばさんがいた。おじいさんに関心を向けすぎていたみたいだ。
【少し下界を見ていてね。おばさんも……】
そこまで言って僕は言うのを止めた。おばさんはまだおじいさんの復活に気づいていない。これほど世界が狂いだしているのに、彼女は自分の見たいものだけしか見ない。それならば僕がすべき選択は一つだけだ。
【私も、何?】
【いや、なんでもないよ】
だってこっちの方が絶対面白い。
【そう? それにしても早くあの子達戦いを始めないのかしら】
おばさんは呑気にそう言って、これから四魔達によって引き起こされる戦争を思い浮かべて微笑んだ。それを見て僕も微笑み返した。だっておばさんがどうなるのか、今からも楽しみで仕方ないからさ。
なんてね。
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アルツの話を聞いた後、ジンとイブリスはソールに連絡を取り、ラウフ・ソルブの鏡の様子を見に行く事を伝えた。ソールはそれを聞いて鏡の封印の地で合流する手筈となった。
「取り敢えず、車で移動する事にしたけど、あんた運転大丈夫なのか?」
ジンがイブリスに尋ねると、彼女は自信満々に胸を叩いた。
「馬鹿にするなよ。これでもこの国にいる運転手の中で一二を争う腕だと自負している。おっと、あったあった」
今彼らがいるのはイブリスの部屋の中だった。部屋の中はしばらく掃除がされていないのかかなり汚かった。彼女は下着やら衣服やら、食べたゴミやら資料の束やらといった様々なものが散らばった部屋の中を漁って鍵を見つけ出した。
「さてと、自慢の車を見せてやる」
そう言うとイブリスはジンを引き連れて車庫に向かった。
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その車の形状は他の物と比べてかなり異質だった。他の車は馬車に近く、箱のような形をしている。しかし目の前にある車は全く違った。まず車の高さが低い。せいぜいジンの胸元あたりまでしかない。車体は横に長く流れるようで、青空のように冴えた青色をしている。それにタイヤも他の物と比べて倍以上に太い。まるでこの自動車だけ未来にあるようだ。
「最高速度は馬の平均速度の約2倍! 1日でまあ燃費が酷くて他の車が雷球一つで済む距離を進むのにこいつは5つ必要なんだけどな。だけどとにかく速い。それに尽きる」
そう言いながら、イブリスは自動車の前についた蓋を開けて燃料が入ったエンジン部分を見せながら説明を始めた。だが複雑な機械であるため、ジンには何も理解できなかった。ただ彼の心はとてもくすぐられていたため、彼女の説明を熱心に聞いた。
「なあ、運転してみてもいいか?」
ジンはワクワクしながら尋ねる。運転した事は一度も無いが、それでもそんな欲求に駆られた。イブリスはそんな彼にニコリと笑う。
「調子こいてんじゃねえぞ。カスが」
静かに紡がれた言葉の中に潜んだ背筋の凍るような殺気を感じ、思わずジンは怯んだ。
〜〜〜〜〜〜〜
「見えてきたぞ」
自動車に乗って街を出た二人は3時間程して、ラウフ・ソルブの鏡が封印された遺跡にやってきた。そこには何本もの折れた石柱が立ったり倒れたりしており、家の跡のような壁の名残もそこかしこに見られた。ソールが言っていたように、ここがかつて栄えたとされる、デゼルト王国の名残である事が見て取れた。
遺跡に車で近づくと、遺跡の前にはソールがいた。どうやら先について待っていたらしい。
「ようやく来たか。久しぶりだね、イブリス」
「ああ。それで鏡はどうなっていた? もう確認したんだろう?」
イブリスの質問に、ソールは深刻そうな顔を浮かべた。
「……それがまずい事になった。身を屈めて付いて来てくれ」
その言葉をジンとイブリスは不思議に思うが、ソールに「早く」と言われたので彼女に付き従った。そうして彼らは異常な光景を目にする事となる。
「なんだ、あれは?」
ジンがボソリと呟く。だがイブリスも言葉を失っていた。
「結界の中から瘴気が溢れ出しているようだ」
代わりにソールが答える。
「いや、そうだとしても、なんであんなに人が死んでいるんだ?」
彼の言うように、結界を囲うように人々の死体が転がっていた。その数をざっと数えると30人程だった。影から覗いていると、隠れている自分達の横を誰かが横切った。そちらに目を向けると10歳ぐらいの少女が意思のない人形のようにゆらゆらと瘴気に引き寄せられるように近づき、それに触れる。途端に彼女は生命力を奪われたかのように干からびて倒れた。ピクリとも動かない事から死んだ事が容易に想像できた。
「分からない。だがさっきあの結界の中に誰かがいるのを確認した」
「どういうことだ? あの結界は誰にも触れさせない為に張ったんだろう?」
「ええ、つまりは……」
「その人影とやらは鏡の中から出てきたという事か」
イブリスの言葉にソールは首肯する。
「何が出てきたのかは分からないが、碌でもなさそうなのは間違いない」
「……アスル」
「何か知っているのか?」
ボソリと呟いた言葉に、イブリスが質問する。
「いや、具体的な事は知らない。ただフィリアとオルフェが倒した原初の神で、あの鏡にはその時に封じたその神の魂が眠っているらしい。鏡の呪いと、この砂漠はその魂によって引き起こされたそうだ」
「なるほど、つまり今結界の中にいるのはその原初の神であり、何かしらの理由で瘴気を操って人々の力を吸収しているんだね」
ソールが興味深そうに言う。
「多分な。だが倒すなら弱体化している今しかない。オルフェとフィリアが協力してようやく半分を封じたんだ。とてもじゃないがこの機を逃せば倒せなくなるかもしれない」
「……イブリス。あんたはこの事をカロレの街にいる司令部に伝えてくれ。非常事態が起こったとね」
「分かった。ソール、ジン、気をつけて」
イブリスはそう言うと遺跡の入り口まで戻り、車に乗ってカロレの街を目指した。
「さてと、少し近づいて様子を見ようか」
その提案にジンは頷き、ソールに付いてもう少し結界が見えやすい位置に移動した。




