カミーラ
カフマン家はリュカ王国の男爵の一族であり、地方の弱小貴族の一つであったが、領主であるコルネリウス・フォン・カフマンはその人望から人々に厚く支持されていた。彼の妻であるシェイン・フォン・カフマンは元々絶世の美貌を持つと称された踊り子であったが、コルネリウスとの大恋愛の末に結婚した過去を持っていた。そんな彼女は夫を立て、彼のためになる事を第一に考えて行動する良き妻であり、子供達を優しく育てる良き母でもあった。
コルネリウスとシェインの娘であるカミーラ・フォン・カフマンは母親譲りの容姿もさることながら、父親や母親同様の優しい性格から、まだ若干13歳ではあったが多くの人々に慕われていた。そしてカフマン家の末っ子であるオーラム・フォン・カフマンはまだまだ7歳と幼いため、腕白で甘えん坊ではあったが、優しい両親と姉に育てられ、すくすくと育っていた。
まともな贅沢も出来ない彼らの生活は、他の貴族からすれば悲惨なものだったが、彼らは家族と彼らを慕ってくれる人々によって満ち足りていた。全てが滅んだその日までは。
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宙に浮かぶ魔人はたった一撃でその街を吹き飛ばした。カミーラはその瞬間を偶然に見ていた。
彼女と母親のシェインは邸宅を出て、近くの街に買い物に来ていた。まもなくオーラムの誕生日であり、そのプレゼントをこっそり買いに来ていたのだ。様々な店を覗きながら、何がいいかの相談をするその時間はカミーラにとってとても楽しいものだった。
ふと空を見上げると、そこに黒い点が浮かんでいた。よく見るとそれが人間であるように彼女には見えた。直後、その黒点から光の球が放たれた。それは彼女達がいる街の南側に落ちて巨大な火柱を上げた。
「え? な、何?」
混乱するカミーラを他所に、またしても黒点から光が落ちてくる。
「カミーラ!」
「きゃっ!?」
突然シェインに体当たりされて、近くにあった噴水の中に突き飛ばされた。さらにシェインが何かを唱えると、カミーラの体を噴水の水が覆った。
「お母さ……!」
カミーラがシェインに顔を向けると、優しそうな笑顔を残して、彼女は爆風により吹き飛ばされた。
恐る恐る噴水から顔を出すと、それと同時に彼女を覆っていた水がパシャンと音を立てて噴水に落ちた。発動していた術が解けたという事が意味するのは一つ。
「お母様! お母様!」
声を枯らしながら、必死にシェインを探す。しかして彼女らしきモノはすぐに見つかった。以前より父であるコルネリウスに買ってもらったとカミーラに嬉しそうに教えてくれて、将来カミーラが結婚する時に譲ってくれると言っていたルビーの指輪を左手の薬指らしき所につけた黒炭がすぐ側に倒れていたのだ。
「お母様!」
美しい顔はもう炭化して判別する事もできず、一目で死んでいる事など誰でも理解できた。しかしカミーラは必死になって彼女の名前を呼び続けた。ふと視線を感じ、顔を上にあげると、赤髪で黒い服を着た15歳程の少年がつまらそうに宙に浮かびながら彼女を観察していた。
カミーラは母親だったものを抱えながら、思いつく精一杯の罵詈雑言をその少年に投げかける。とは言っても、所詮は貴族の令嬢なので、大した悪口など言えないのだが。
それからすぐに謎の少年はその場から飛び去って、カミーラの家がある方角に行った。しばらくの間、彼女はシェインの亡骸を抱きしめて、声を出して泣いた。やがて立ち上がると、後で迎えに来ると母の亡骸に伝え、周囲の様子を確認する事にした。
街は炎に包まれ、そこかしこから悲鳴が聞こえてくる、まさに地獄だった。その中を一人、彼女は歩き続けた。この状況を知れば父親のコルネリウスが必ず来てくれると彼女は信じていた。街から邸宅までの距離は馬車で1時間ほどだからだ。しかしコルネリウスはいくら待っても来なかった。
母を残していく事を忍びなく思いながらも、突然、カミーラの胸に、今はこの事を父親に伝えなければならないという使命感が燃えてきた。それで彼女は重い体を引きずるように10キロ程ある距離を歩き始めた。何度も何度も倒れそうになりながら。普段の彼女ならば不可能なはずなのに、胸に燃やした使命感は彼女に、その不可能を可能にさせた。
ようやく見えてきた家を見て、彼女は膝から崩れ落ちた。遠目からでも自分の邸宅が無くなっている事が見えた。家に残してきた父と弟も死んでしまったのではないか。そんな恐怖に包まれながら、必死に足を進め、ようやく辿り着いた。家は潰れ、そこかしこで火が燃えている。家の周りをよろよろと歩くと、小さな子供の右腕が瓦礫の下から飛び出ていた。その手は血溜まりの中にあった。
「オーラム!」
カミーラはその腕を握ろうとする。だが予想に反して、その掴んだ腕はなんの抵抗もなくするりと持ち上がった。
「きゃあああああああああああああ!?」
弟のモノだった腕を思わず放り投げる。それはドチャリと音を立てて地面に落ちた。
「そんなはず、そんなはずない!」
そんな事を呟きながら、カミーラは父と弟を探す。しかしいくら探しても、二人は見つからなかった。街での事件があってから1日経って、ようやく彼女は家族全員が死んだ事を理解した。
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彼女の朝は早い。毎朝邸宅内にある少し離れた小川まで行って身を清めると、自分の主人の元に顔を出す事になっている。一応は貴族としての教育を受けた彼女にとって吐き気がするほど品性下劣な、はしたない衣装を身につける。それは先端だけ隠さない胸の下着と、秘所を曝け出したショーツだった。だがどんなに嫌でもそれらが奴隷として買われた彼女の制服だ。
13で奴隷となり、リュカ王国の東端にあるヴァトーク侯爵家に買われ、母から大切にして大好きな人に捧げるようにと口を酸っぱくして言われてきた初めてを奪われた。そもそも奴隷売買はこの国では禁止されているのだが、王都と距離があるために、彼らがそれを行なっても女王の元まで話は届かない。それに誰も彼女のことを知っている者はいないため、この地獄から救い出してくれる者はいないだろう。
カミーラは執務室とは名ばかりの寝室のドアを覚悟を決めてノックする。中から入るようにとの声が聞こえてきたので、「失礼します」と小さく言いながら中に入る。
むわっとする甘いお香の匂いと煙の先にあるベッドには、呪いで豚になったと言われても信じられるような醜く太った男が、カミーラと同じぐらいの少女達とまぐあっていた。吐き気を抑えながらカミーラが挨拶すると、ヴァトーク家当主のコーション・フォン・ヴァトークはいやらしい目を彼女に向けてベッドに来るように言った。
心の中で精一杯の罵詈雑言を吐きながら、コーションの指示に従う。逆らいさえしなければ、コーションに気に入られている彼女は暴力を振るわれる事はない。実際に部屋の隅にはピクリとも動かない少女が転がっており、どうやらコーションのお気に召さない事をしたのだとカミーラは予想した。
気に入ってもらうためにはどうすればいいのかなど、カミーラは元々知らなかった。しかし、もう2年もこの生活を続けていれば、流石にある程度の知識と技術は身についた。男を喜ばせる方法を知っている事を彼女の両親が知ればどのように思うだろうか。そんな事を考えると、カミーラは悲しいやら恥ずかしいやらで、いつも泣きそうになる。自分から豚の腹の上で良がる演技をしつつ、いつになればこの状況から救われるのかと絶望し、2年間妊娠しないでいる幸運に感謝した。
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その日も朝早くから、カミーラは身を清めていた。昨日の汚れを体内から掻き出そうとする。効果があるかは分からないが、少しでも意味があるのならと、毎日カミーラは身を清める。手に付く滑った感触の気持ち悪さに思わず涙が出るものの、それに耐えながら体を熱心に洗っていると、後ろでガサリと音がした。
反射的にカミーラは後ろを向いた。
「だ、誰ですか?」
その質問に反応は無かった。コーションが何かしに来たのかと思ったが、そういう訳では無いらしい。カミーラは自ら上がると持ってきていた古く小さいタオルで体の前面を隠しながら、恐る恐る音が鳴った茂みをかき分けて覗き込んだ。
そこにはひどい怪我を負った赤髪で黒い服を着た見覚えのある青年が、荒い息を吐きながら倒れていた。




