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World End  作者: nao
第8章:王国決戦編
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ナギの記憶1

 私は家族を喰べた。喰べて喰べて喰べて。一番喰べたいあの子が帰ってくるのを待った。


 あの子が帰ってくると、準備していた料理を振舞った。でも逃げようとしたから、追いかけて喰べた。今までにないほど甘美な味がして、それと同時にぼんやりとしていた意識が戻ってきた。


「グッ、ガァァァア……!」


 ジンから離れて、私は地面を転げ回る。


「ジン、ジン、ジンジンジンジンジン、食べたくない食べたくない食べたくない。イヤだイヤだイヤだヤだヤだヤだヤだヤだ、ヤだよぅ。助けて誰か助けてよぅ。あぁジンころして、あたしを殺して!!」


 幼い弟にそう叫んだ。視界の端で怯えた表情のジンを捉える。


「はやくはやくはやくはやくはやく、こ、ころして、ころしてっ! ジンンンン!」


 口から溢れる言葉の、その意味を考えず、私はジンに願う。それがどれだけ彼にとって呪いになるかを心のどこかで理解していても。


 ジンが私の首を絞める手に徐々に力が入ってきて、息苦しさを感じた。可能な限り、意識が消える前に伝えたい事を全て話そうとする。でもやっぱり時間は無くて、伝えたい事の内の数%しか言えなくて。だけどこれだけは言わなければならないと思って、ジンに伝わる事を願いながら呟いた。


「愛してるよ。ジン」


 そこで私の意識は途切れた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 次に目覚めると、私は暗闇の中にいた。周囲から悲鳴が響きわたってきた。次第に目が慣れてきたのか辺りが見えるようになってきた。目の前に広がっていたのは、昔、御伽噺で読んだ事がある地獄の風景そのものだった。


 切り刻まれ、絞められ、潰され、焼かれ、殴られ、轢かれ、抉られ、溺れさせられ、射られ、喰われ。様々な手段で人々が殺されていた。殺された側からまた起き上がり、元の姿に戻ってまた殺されて、それを延々と繰り返していた。


 私は怖くなって逃げようとした。でも足が勝手にそちらに進んでしまった。


 最初、私に行われたのは斬られる事だった。身体中がバラバラになる痛みを味わい、それらが元に戻っていく悍ましさに吐き気を催した。


 次に私が放り込まれたのは、夥しいほどの数の気味の悪い何かが蠢く空間だった。私の体を這いずり回る何かに、犯されながら喰べられた。涙を流しながら助けを呼んでも、誰も助けてなどくれなかった。


 それから私は様々な責苦を受けた。御伽噺で書かれていた地獄の管理をしている鬼達が私をおもちゃのように犯し、身体中が汚された。殺されながら犯された。息つく暇もなく、彼らが行為に飽きれば、また別の死を経験させられた。


 でも心のどこかでこれが報いである事を理解していた。地獄に落ちて、多くの事を思い出したからだ。ミシェル、レイ、ザック。彼らだけじゃなかった。私は無意識の内に、スラムにいた人を何人も喰い殺していた。それどころか、通りの外の人々も何人も何人も。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 どれほど時間が経ったのか。突然私の前に男の子が現れた。不気味なほどに綺麗な彼は、私に声をかけてきた。


『やあ。君がジン君のお姉さんのナギさんだね?』


 私を犯している鬼を無視して、にこやかに話しかけてくる彼の言葉の中で、ただ一言、決して聞き逃せない言葉があった。


『話すのに邪魔だなぁ。ちょっと君消えてくれる?』


 パチンと指を鳴らすと、鬼は苦しみ出して、そのまま頭が弾け飛んだ。吐き気を催すような光景のはずなのに、私は何も感じなかった。ただ呆然とその死体を眺め、それからゆっくりと男の子の方に顔を向けた。


「……あ、あなたは?」


『僕はラグナ。君達の世界の3番目の神様だよ。ここはちょっと話しづらいから場所を変えようか』


 次の瞬間、私たちは何も無い白い空間にいた。それから、ニッコリと笑う彼から、この世界の真実を聞かされた。心が摩耗していた私には、正直誰が悪いのかなんてどうでも良かった。


『ちなみに、君がいたのは冥界って言って、死んだ人の中でもとんでもない罪を犯した人達だけが閉じ込められる場所なんだ。創ったのはオルフェとフィリアの創造主。混沌が大好きな狂った、愛すべき神だよ。なんてね。まあ、それでオルフェとフィリアに倒されたんだけど、それは今はいいや。それで、君の弟君の為に、一肌脱ぐ気ない?』


「弟……ジン?」


 あの子の名前を口にして、徐々に私の意識が戻ってきた。途端に今まであった事が受け入れられなくなり、激しく泣きじゃくった。ラグナ様はそんな私を優しく慰めてくれた。


〜〜〜〜〜〜〜〜


『落ち着いたかい?』


「……はい。ありがとうございました」


 正直、そう言ったとはいえ、身体中を未だに悍ましい感覚が包み込んでいた。でもなんとかそれを堪えられたのは、ジンがどうなったか知りたかったからだ。


「ジンは……あの子はどうなったんですか?」


 スラムで一人、生き残るのは大変だ。マティスおじさんが面倒を見てくれるかもしれないけど、そうでなかった場合、あの子一人で生きていけるとは思えなかった。でも幸いな事にラグナ様の話では、あの子は無事なようだった。だけど、心に大きな傷を抱え、憎しみに囚われている事を知った。


『あと少ししたら、彼、瀕死の状態でこの空間に来る事になるんだけど、その時、彼に意志の確認をしてもらいたいんだよね』


「意志?」


『そそ、本気でフィリアを殺す覚悟があるかっていうね。言葉ではそのつもりでも、本心は違うってよくあるじゃん? 彼の気持ちが知りたいんだ。それだけ覚悟が必要な戦いになるからね。大好きなお姉ちゃんの誘惑も断ち切れるほどのものかを確認したいんだ』


「……分かりました。私は何をすればいいんですか?」


 それからラグナ様は私にして欲しい事を簡単に説明した。


『それと、注意して欲しいんだけど、君は彼を犠牲にする事で、あの地獄から抜け出す事ができるんだ。だけど決してそんな選択はしないでくれよ』


 なぜ唐突にそのような事を言うのか理解出来なかった。だけどその言葉は酷く魅力的だった。あの世界から逃げ出せるなら、何を犠牲にしてもいい。そう思った。もう2度とあそこに戻りたくなかった。例えジンがあの世界に囚われる事になったとしても。だって、あの子を今まで育てたのは私だ。あの子の為に全てを犠牲にしてきたのは私だ。あの子の為に命を削ったのは私だ。私だけ苦しむなんて不公平だ。最後くらい私の為にあの子が犠牲になってくれてもいいじゃないか。そんな考えが頭に浮かぶ。心がどんどん冷たくなっていった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 だけどやっぱり無理だった。白い空間に突然現れたジンを見て、そんな暗い気持ちが全て吹き飛んだ。大好きなジンを見て、あの苦しみがどうでもよくなった。この子だけが私の希望で、私の生き甲斐だった。


「姉ちゃん、俺決めたよ! 俺はもう自分だけの命じゃない。この半年間、いろんな人に支えられてきたんだ。だから、寂しいけど姉ちゃんとは一緒に行けない。俺は生きるよ。生きて、精一杯生きて姉ちゃんと約束したみたいに。いつでも笑っていられるような強い男になるよ!」


 いつも私に甘えていたこの子がそんな事を言うようになった事が嬉しかった。


「よーし、よく言ったジン! もし私と一緒に行くなんて言ってたらぶん殴ってやるところだったよ。あんたは私たちのことは気にしなくていいから、精一杯人生を楽しみなさい。お姉ちゃんは天界からあんたのこと見守っていてあげるから」


 心配させないようにそう嘘をつくと、やっぱりまだまだ幼いジンは私に抱きついてきた。それから少し私たちは話をした。


「それじゃあ本当に最後、あのときちゃんと伝えられなかった言葉を今伝えます! 『愛してるよジン』」


 もう一度言いたかった言葉を口に出して、改めて私はジンをどれだけ愛しているかを理解した。それを知れただけであの地獄も乗り越えていけそうな気がした。


「バイバイ!」


 私がそう言うと、ジンの体が透け始め、やがて完全に消えた。


『本当に良かったのかい?』


 ラグナ様が尋ねてくる。


「なにがですか?」


『弟君に本当のことを話さなかったことさ。君はその罪によって決して天界には行けない。再びあの真っ暗で痛みの溢れた世界に戻るんだ。もしそこから逃げたいなら、ジン君を死ぬように誘導して、君の代わりの人柱にすればいい。そうすればきっと君は天界行きのチケットが手に入る。たぶんだけどジン君ならその話を聞いたら二つ返事で『うん』と言うんじゃないかな?』


 でもそんな事、聞くだけ無駄だった。だってもう私にはジンを犠牲にするなんて考え、これっぽっちも無かったから。


「ラグナ様の言うこともそのとおりかもしれません。だからこそ私はあの子にそんなことを言いたくない。あの子にとって私は、恥ずかしい話ですけど、善の象徴みたいなんです。立派な姉なんです。だからあの子のその思いを壊したくない。それに私の罪は私のもの。たとえあそこが私にとって苦しくても、それを誰かになすりつけるなんてとんでもありませんよ」


『……たとえそれがフィリアによって無理矢理やらされたことでもかい? それでも君は納得できるのかい?』


 そんな事、もうどうでも良かった。それよりも、後悔している事があった。


「納得はできません! だからジンに復讐をやめろということは言えませんでした。やっぱり私はずるいと思います。たぶん必死に止めればやめてくれたかもしれない。それでも私の暗い部分が、あの子を止めることを許さなかった」


『君くらいの年齢なら普通のことだと思うけどね』


「そうかもしれません。それでもそれは私の罪のように思います。だからやっぱり罰を受けなくちゃいけないんです。フィリアにやらされた家族殺しも、他の殺しも、これから死ぬかもしれない弟を放置する罪も、全部私の心にあった暗い部分のせいな気がします。それにザックやレイ、ミシェルや他の殺してしまった人達にとって私はいまでも加害者です。彼らにはフィリアは関係ありません。だから彼らへの贖罪のために、どんな罰があっても私は全てを受け入れてみせます!」


 そんな決心を言葉にする。


『まったく、君という子はどこまでも強くて、優しいんだね。まるで本当の女神のようだ。どうしてそんなに強くあろうとできるのかな?』


「当然ですよ、だって私はお姉ちゃんですから!」


 私がそう言うと、ラグナ様は静かに笑った。それも禍々しく。


『いいねぇ。気に入ったよ。さすが叔母さんが選んだだけはある。その精神性はまさに悲劇のヒロインそのものだよ』


「え?」


『君を救ってあげよう』


「それは、どういう?」


『僕は神だよ? たかだか人間1匹の魂をあの世界から掠め取るなんて訳無いんだ。どうする? 逃げたいかい?』


「は、はい……はい!」


 その提案はとても魅惑的だった。だからさっきまでの決意なんて嘘のように消えてしまった。だって、仕方ないじゃないか。誰だって好き好んであんな所にいたくはない。私はまだ15歳で、そんなに達観出来るほど生きていない。ジンを犠牲にするぐらいなら残るつもりだったけど、そうでないなら、私だって救われたかった。


『あははははは、あれだけ大見栄きったのに、すごい掌返しだね。そうそう、人間はそうでなくちゃね』


 恥ずかしくて顔から火が出そうになった。ラグナ様からは先程までの優しそうな雰囲気は消えて、今はもう私の事をゴミでも見るかのような目で見ていた。その変化にゾッとしたけど、差し伸べられた手を払う事はできなかった。


『まあいいや。君の魂を、君の魂に最も近い器に入れてあげよう。残念ながら、記憶は持っていけないけど、それは我慢してくれよ』


「は、はい……」


 私はラグナ様の気配に気圧されながら頷いた。すると、ラグナ様は手を伸ばして私の額に触れた。


『それじゃあ、蘇るといい。大丈夫。どんな形であれ、きっとまたジン君にも会えるだろうさ』


 その言葉を聞きながら、私の意識は遠のいていった。


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