驚愕
短めです。
「なんだてめえ?」
ジンの目の前には泣いているティータを押さえつけて、犯そうとしている男達がいた。その様子を見て、ジンは不快感を露わにする。
「ちっ、胸糞悪いな。おいハゲ、そいつから離れろ」
ジンはカルボを睨みつける。
「ああ?なんて言ったてめえ?」
「そいつから離れろって言ったんだよ。耳まで遠いのかハゲ」
カルボはそれを聞いて青筋を立てながらも立ち上がり、怒りを抑えて笑う。
「なあ兄さん、悪いんだけど今からこいつを教育しなきゃなんねえんだ。わかるだろ?だから、さっさとどっか行ってくんねえかな?」
「教育…ね。俺にはとてもそんな風には見えないけどな」
ちらりとティータの方を見る。啜り泣きながら、ジンに助けを乞うような目を向けているように感じた。
「お前あんまり舐めてっとぶっ殺すぞ!」
ティータを押さえつけているレスコが怒鳴る。だがそんなものに恐怖は感じない。ジンはレスコを無視してカルボの顔を睨み続けた。
「俺もここではないけどスラムの出だ。お前らがどんなクソ野郎で、その餓鬼がどんなことをやらされてきたか理解している。だけどな……」
遠くから聞こえた話で、ジンにはティータと姉が重なっていた。手段は異なるとはいえ、ティータは弟のために自分を犠牲にしていた。
「弟のために命かけてる奴の想いを踏みにじってんじゃねえ!」
ナギが自分の命をジンのために費やしたように、目の前の少女は弟のために身を売り、盗みを働いてきたのだ。そんな彼女の行いを、想いを、目の前の男達は嘲笑い、貶めてきたのだ。許せるはずがない。
気がつけば、ジンの拳がレスコの腹に深々とめり込んでいた。
「がはっ」
レスコは一瞬にして意識を失った。
「ちっ」
それを見たカルボはジンから迸る殺気を感じ取り、目の前にいる男が危険だと判断すると、すぐさま近くにいたティータのそばに駆け寄ると、その首元にナイフを添えた。
「近寄るんじゃねえ!近寄ったらどうなるか分かってんだろうな?」
グッとナイフを押し付けると、首筋にたらりと血が一筋流れた。ティータが恐怖のあまり青ざめる。だがジンは彼女の命に興味がないかのようにスタスタと歩き寄る。
「な!?本当にこいつを殺すぞ!」
予想外の行動に、カルボは混乱する。
「やってみろよハゲ。だけどその瞬間お前を殺す。お前が泣いて殺してくれと懇願したくなるまで痛めつけてから殺す。もしこの場を大人しく退くなら見逃してやる」
「くそが!」
カルボはジンの言葉に本気を感じ、ティータを突き飛ばした。ティータは思わず地面に尻餅をつく。それからカルボはレスコの頭を軽く蹴った。
「おい、起きろ馬鹿。てめえ、覚えてろよ」
カルボの怒りの籠もった視線を無視し、ティータに近寄った。カルボはその様子を見て、ジンが自分を無視していることを理解すると、舌打ちをして歩きさり、レスコが慌ててその後に続いた。
「おい。大丈夫か?」
ジンは上着を脱ぎながら話しかける。
「く、来るな!」
ボロボロになり、もはや衣服ともいえない服を必死に手繰り寄せて自分の体を隠し、その場でティータはうずくまった。
「そ、それ以上近づいたら、ぶっ殺すぞ!」
「心配すんな。なんもしねえよ」
ジンはそう言ってティータに上着を投げ渡した。バサリと彼女の体に掛かった。その行為はティータにとって予想外のものだった。この数年、自分に近づく男は、自分を犯すか、痛めつけるか、そのどちらかだった。だが目の前にいる少年はただただ優しかった。瞳に涙が浮かび、それが止まらなくなるのに時間はかからなかった。
「お前がどんな気持ちで今まで生きてきたかなんて分かんねえ。でもな、お前はすげえよ」
ジンはさらに一歩近づき、泣きじゃくるティータにそっと手を伸ばした。その行為にビクッとティータが震えるも、ジンはそのまま優しく彼女の頭を撫でた。
「よく頑張ったな。だからさ……泣くなよ」
今の境遇になってから、誰も彼女を見てこなかった。母親は心を壊し、話しかけても反応をしてくれない。弟は幼いため、彼女にとって庇護する対象でしかなく、慰めてはくれない。誰も彼女を褒めることはなく、彼女はこの世界で辱められ、貶められるだけのモノだった。救いのはずだった家族はいつの間にか重荷でしかなくなり、そんな風に考える自分が嫌だった。ずっと誰かに褒めて欲しかった。自分の行いが正しいのだと肯定して欲しかった。
「う、うわああああああああ!」
ジンはティータが泣き止むまで優しく頭を撫で続けた。
〜〜〜〜〜〜〜〜
「改めて、自己紹介といこう。と言うことで、俺はジンだ」
「……ティータ」
スンスンと鼻を鳴らし、目を腫らしながらボソリと呟く。ジンはそんな彼女に笑いかけた。
「よろしくなティータ。それで、遠くから聞こえたんだけど、弟が怪我したんだって?」
「うん」
ジンは腰に差してあった短剣を触る。治癒の力が込められている剣だ。ある程度なら治すことができるはずである。
「傷の程度によるけど治せるかもしれない。そこに連れていってくれるか?」
ジンの言葉に下を向いていたティータの顔がバッと上がった。
「本当か!?本当に治してくれるのか!?」
「かもしれないってだけだ。あんまり期待はするなよ」
「それでもいい!一緒に来て!」
ティータはジンの手を掴むと駆け出した。グイグイとジンを引っ張り続け、あっという間に彼女の弟がいるという廃墟のそばまで来ていた。
「あとちょっと……あっ!?」
突如ティータはジンの手を放し、さっきよりも早く走った。その理由が何かすぐに分かった。彼女の弟に何者かが接近していたのだ。ティータはそれに気がついたのだろう。彼女はそのまま勢いをつけて、弟に触れていた女性を突き飛ばした。
「カルルに何した!?」
ティータが叫ぶと、女性は混乱したような声を上げた。マントで顔を隠しているため、ジンには顔が見えなかった。
「何って……」
「あたしの弟に何したって聞いてんだよ!」
ティータが女性につかみかかる。その瞬間、深く頭に被っていたマントが落ちて女性の素顔が露わになった。綺麗なアッシュグレーの髪に、茶色の瞳、とても白い肌。その全てに見覚えがあった。ジンの心臓が跳ねる。
「ち、治療!治療したの!」
女性の言葉はジンには届かなかった。目の前の現実を理解できず、足元にあった木箱に躓き、転びかける。その音を聞いた女性がジンの方を向いた。
忘れかけていた記憶が一気に呼び覚まされる。10年も前に死に分かれた最愛の姉が、もしあのまま成長していたらこんな風な容姿だったのではないか。そう思わずにはいられない。それほどにその女性はナギに似ていた。
「ね…えちゃん」
自分の口から言葉がこぼれ落ちたことに、ジンは気がつかなかった。




