血雨
初めて来た街で勝手に歩き回るのはあまりよろしくない。何が言いたいかっていうと、
「しまったなあ。完全に迷っちゃった」
周囲はいつの間にか人気がなくなり、薄気味悪い道をいつの間にか私は歩いていた。
「エルマーともはぐれちゃったし、どうしよう?」
そばを歩いていたはずのエルマーは気がつけばどこにもいなかった。そんな彼を探して歩き回り、さらに迷子になったようだ。今どこにいるかも分かっていない。
「とにかく動かなきゃ」
どこからか観察されているかのような視線を感じる。気のせいかもしれないけど、薄気味悪くてその場から逃げたくなって、歩くスピードが徐々に上がり、ついには走っていた。だけど、どんどん道は見たこともないようなものになって、今自分がどこにいるかもさらに分からなくなっていく。
「おいおい、姉ちゃん。そんなに慌ててどこに行くんだよ?」
「ヒッヒッヒッ、俺たちと遊んでくれよ」
「お、結構美人じゃねえか。久々に当たり…って、貧相な胸だな、おい」
「いや、俺はこれくらいでも、美人なら全然構わないぜ」
「俺もだ。むしろ大歓迎だ。それで、誰から行く?」
突然、行く手に柄の悪そうな5人の男たちが現れた。各々武器として角材やサビだらけの剣を持っている。血走った目は私を獲物として定めている。その下卑た視線のせいで背筋に冷や汗が流れる。
「ど、どいてください!人を呼びますよ!」
精一杯の勇気を振り絞って、叫ぶ。私の言葉に、男たちは一瞬目を丸くした後にゲラゲラと下品に笑い始めた。
「ギャハハハハ!馬鹿かお前、誰も来るわけねえだろ!」
「来ても俺たちに混ざりたい奴らだけだっての!」
「いやいや、素敵な騎士様が偶然現れるかもしれねえぞ?」
笑いを堪えているような表情を浮かべて1人の男がそう言うと、他の男たちはまたしても一斉に笑い出した。
「ヒッヒッヒ、違いねえ!」
「ギャハハハハ!そんな奴来てもぶっ殺してやるよ!」
「悪いな姉ちゃん。そういう訳で一緒に楽しもうぜ?そんで駆けつけた騎士様に見せつけようぜ!」
そう言った男が、私が羽織っていたマントを、もう1人が私の服の右袖を掴み、思いっ切り引っ張った。マントが落ち、ビリッという音とともに肩口から服が破ける。恐怖のあまり私は力一杯叫んだ。
「いやあああああ!」
「おっと、大人しくしてろって」
別の男が私の後ろから抱きついてきて、強引に口に布を詰めこんできた。私は唸り声しかあげられなくなる。気がつけば私は押し倒されて、1人に馬乗りにされていた。男たちが下卑た視線を私に向けながら、私の服に手を伸ばしてくる。私は必死に暴れるが手足を押さえつけられてすぐに動けなくなった。そうして私の服を掴んだ男たちは一気に私の服を破った。手を拘束されているため抵抗も出来ず、口を布で塞がれているため声を上げることもまともに出来ない。あまりの恐怖に私の意識はそこで途切れた。
〜〜〜〜〜〜〜
『触れるな。屑どもが』
突然目の前の女の雰囲気が変わり、男達は息を飲む。尋常でないほどのプレッシャーが彼女から発せられ、呼吸すらまともに出来なくなる。感情の見えない瞳で、彼女は自身の上に乗っていた男に目を向けた。
『どけ』
その言葉に、男達は凍りつく。自分達とは格そのものが違う生物を目の前にして、彼らは体の底から恐怖に包まれて、動くことも考えることもまともに出来なくなる。
『どけと言った。消えろ』
女がそう言ったと同時に、彼女に馬乗りしていた男が言葉通り「消失」した。
「ふぇ?」
目の前の現実に理解が追いつかず、1人の男が間抜けな声を上げる。ゆらりと立ち上がった女性は露わになった胸を隠すことなく、男に手を伸ばした。
『爆ぜろ』
次の瞬間、男が内側から膨れ始める。
「ヒッ!?嫌だ、や、やめてくれ!やめて……」
男の懇願も虚しく、彼は風船のように膨れ上がると、ボンッという小気味良い音と共に周囲に飛び散った。辺り一面に血の雨が降るも、不思議なことに一滴も女性の体を汚さない。否、降りかかった血雨は彼女を包む何かに阻まれて、滴り落ちていく。彼女はゆっくりと残っている3人に目を向けた。
「ひっ、ひゃあああああ!」
真っ先に体の硬直から解放された男が逃げようと動き出す。だが恐怖のあまり気が動転し、すぐに転んだ。その様は傍目から見ればひどく滑稽だった。それを見て女はクスクスと口に手を当てながら嗤い、もう片方の手を男に向けた。
『絡み付け』
その言葉が男の耳に届いたと同時に、男の下から岩で出来た無数のトゲの生えた蔦が伸び、生き物のように男の体に巻きつくと男をそのまま締め付けた。
「ひ、ぎゃああああ!」
男の悲鳴が辺りに響き渡るが、それも一瞬だった。開いた口に幾本もの蔦が進入していく。そうして男は岩のトゲに内臓を掻き乱されて絶命した。
「い、嫌だ、嫌だ!」
「う、うわああああああ!」
目の前の光景を見ていた男たちが一斉に駆け出した。何とか自分だけでも助かろうと相手を押し除け、掴み、引っ張り倒そうとして、お互いに転ける。女はそんな彼らを何の感情も含んでいない、無機質な瞳で眺めてから彼らに、彼らの死に方を告げた。
『潰れろ』
突如、男たちが何かに押し潰されるかのように、地面に沈み始めた。
「あ、がががが!」
「痛え、痛えよ!許して、許してください!」
だがその叫びも虚しく、やがてブチュッという生々しい音とともに、彼らの命はこの世から永遠に失われた。
『カカカカ!』
女は一頻り無邪気に笑うと自分の手に目を落とした。
『ふむ、此度は随分と変わった体に宿ったものじゃ』
先ほどまでの様子とは打って変わって、興味深そうに自分の体のあちこちを触る。
『ふむふむ、複製体の上に調整がされておるな。これは……魂を結びつける術、それに降魔の儀のための術か。どうやらこの術者は魔人を生み出したいようじゃな。随分と無駄が多いが、まあ及第点といったところか』
1人で関心したような顔を浮かべていた女は、突如眉間にシワを寄せて顔に怒りの表情が浮かべた。
『この魂は何じゃ?欠けているじゃと?』
女の髪がまるで操られているかのように浮き始める。それはまるで彼女の怒りに呼応しているかのようだった。
『ちっ、これでは仕方がないか。もう暫し眠るしかあるまい』
そう言うと女は目を閉じた。
〜〜〜〜〜〜〜〜
目を開けて周囲をキョロキョロと見回した。いつの間にか私は立ち上がっていたらしい。
「あれ?何これ?」
辺り一面が血だらけだった。そして、私のすぐ近くには先ほどまで生きていたはずの男たちが様々な死に方をしていた。私は薄気味悪くなって慌てて、すぐそばに落ちていたマントで自分の体を包む。痛みはないため、なぜかは分からないが乱暴はされなかったようだ。うっすらと血のようなもので濡れているマントに不快感を感じるも、肌を隠すためには我慢するしかない。それから私はまた道を探すために、その場から逃げるように走り出した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
しばらくして、私は道端で、微かな呼吸を繰り返しながら寝転んでいる男の子に出会った。
「君、大丈夫?」
先ほどのことがあったのにもかかわらず、思わず私はその子に声をかけた。年の頃は7歳ほどだろうか。どうも不思議なことに、私はこのぐらいの男の子に弱い。何と言うか庇護欲に駆られるのだ。男の子は苦しげに浅い呼吸を繰り返しながら、僅かに、本当に僅かに首を振った。
「どうしたの?どこか痛いの?」
そう尋ねつつ、私は男の子の様子を観察する。お父さんの仕事を手伝っているから、私はこれでも医療に少し覚えがある。すぐに男の子の体中に鞭による擦過傷や殴られた跡がそこら中にあることに気がついた。特にどこかの臓器を痛めているらしく、先ほどから咳をしては血を吐き出している。
「待ってて、私が助けてあげるから!」
病気でない限り、私は治すことができる。早速私は光法術による治療を始めた。傷はどんどん癒えていき、数分後、男の子の顔色は正常な色に戻り、呼吸も穏やかになった。すると突然、私のことを誰かが突き飛ばしてきて、私は尻餅をついた。
「痛っ!?」
お尻を強く打ったので涙目でお尻をさすりながら立ち上がり、突き飛ばした相手を確認しようと顔を向けると、そこには18歳ほどの少女が威嚇するように歯をむき出しにしながら私を睨みつけていた。
「カルルに何した!?」
「何って……」
「あたしの弟に何したって聞いてんだよ!」
少女は私に掴みかかる。マントが引っ張られ、胸元が見えそうになるが何とか防ぐ。
「ち、治療!治療したの!」
「治療だと!?』
このままだと殺されるのでは、と思うほどの様子だったので、私は必死になって叫んだ。その時、後ろで誰かが何かに躓いた音がした。私とその子がそちらに目を向けると、そこにはどこか懐かしい風貌の青年が、まるでお化けでも見るかのような顔を浮かべて私を呆然と見つめていた。
「ね…えちゃん」
小さく呟いていたはずなのに、その声はなぜか私の耳に響いた。




