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World End  作者: nao
間の章
171/300

胎動

「うらっ!」


 ゴウテンの拳はジンの頬をかすめるだけで終わる。わずかに顔を動かすだけで回避する。ジンはこの数ヶ月の間に体と力の不一致に苦労し続け、最近になって漸く望み通りに体が動く様になってきた。そこからの伸びは劇的だった。ゴウテンとの模擬戦も勝利する回数が増え、今では半々の確率で勝てる様になった。だがまだ足りない。遥か高みにいる敵を倒すにはもっと別次元の強さが必要だ。


 そんなことをぼんやりと考えながら、ゴウテンの攻撃を回避し、お返しとばかりに顔目掛けて蹴りを放つ。ゴウテンはそれを顔を引いて避けようとすると、突如起動が変わり、脇腹に突き刺さった。思いっきり口から息が吐き出され、あまりの痛みに苦悶の表情を浮かべる。


「あ、悪い」


「て、てめえ」


 ジンたちが行っていたのは寸止めの稽古である。お互いに所々で避けなければ確実に当たる攻撃をしていたのはご愛嬌というものだ。


「しかし、ジン様も大分上達なされましたな」


 外から眺めていたハンゾーが話しかけてくる。


「まあ、流石にもう1年以上も鍛えていればな。だがまだまだ足りねえ」


 この程度ではレヴィにも、その上にいるフィリアにも届かない。時間がレヴィにも平等に流れている以上、少なくともレヴィは以前よりも遥かに強くなっているはずだ。それを考えると、今戦ってもジンはきっとレヴィには届かない。


「しかし、最後までは行けなさそうだな」


 学校に戻るまでの時間を考えると、あと2ヶ月しか残っていない。それにあくまでも2年というのはアイザックの発言と彼が失踪していた時期から逆算したものであり、正確かどうかもわからない。だからこそある程度の余裕を持って行動しなければならない。恐らくこの試練を超えられるかどうかというところだろう。確実に最終試練までは間に合わない。


「ほっほっほっ、2年程度でそこまで達成されてしまうとわしらの立つ瀬がありませぬよ」


「それもそうか」


 ハンゾーを始め、ここ100年以上、第10の試練を突破した者はいない。その上ジンは天才というわけではない。そんな彼が2年で最終試練を達成できるなど夢物語の類だ。現実はそんなに甘くない。それよりも現状にしっかりと向き合うべきだ。ただ1年半の修行でかなり地力を伸ばせたのも確かだ。今はそれを認識し、その上でどう戦っていくかを考えることの方が現実的だ。


「それに、問題を終わらせたらまたここに戻って修行をすれば良いではないですか」


「確かにその通りだ」


 よくよく考えてみると、別にここを永遠に去るわけではないのだ。全てを終えたらまた戻って来ればいい。そしてその時こそ第10の試練の突破を目指すのだ。何故か分からないが、彼にはこの試練を突破する事が自分にとって非常に重要な事であるという確信があった。それこそ自分の在り方そのものを変える様な。


「どうでもいいけど、続きすんのか?すんならさっさと準備しろよ」


「ああ」


 ゴウテンの言葉に頷くとジンは再び武器を構えて闘気で包み、一気に接近した。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ふ〜ん、ふふふ〜ん」


 美しい女性が鼻歌を口ずさみながら通りを歩く。彼女の魔的な美は儚すぎて、却って生きているという雰囲気を感じさせない。綺麗なアッシュグレーの長髪に、茶色の瞳、白磁のような白い肌、薄すぎる胸。歳の頃は20代前半だろうか。


 その女性、ナギ・レナウスは久々の外出に心が踊っていた。お気に入りのお供である少年と共に市場の端から端まで見て周り、興味深いものを見つけては繁々と眺めたり、父親から貰ったお小遣いで買い物をしたりしていた。


「買い物なんて本当に久々だなぁ。今日はありがとうね」


 くるりと振り向いて背後を歩いていた少年に声をかける。身長は低く150センチあるかないかだ。鈍色の髪を伸ばし、その可愛らしい顔からパッと見ただけでは少年とは思えない。全体的に筋肉質であるわけでもなく、むしろ子供特有のぷにぷにとした肉体である。


「エルマーも何か買ったらよかったのに」


 ナギがエルマーにそう言うとエルマーは首を振った。


「ナギ様にお世話になっている身でそんな事は言えませんよ」


「むぅ、別に気にしなくてもいいんだよ。このお金だってどうせ父さんのだし」


「それでもですよ」


 エルマーは見た目の可愛らしい印象と違って、口調もぶっきらぼうで、憎しみの炎が目の奥に見え隠れしている。なんとか聞き出した話によると、敬愛する姉が魔物になった上に、友人に殺されたのだそうだ。何となくかわいそうに思って、本来なら父親の元に連れて行って実験体にするところを、無理を言って自分のお付きにしてもらったのだ。最近この理由を考えて、ふと気づいたのは、どうやらナギは年下の弟の様な存在が欲していたのではないかという事だった。数多くの姉と妹はいるが、彼女らは魂がないのでつまらない。それよりもべたべたに弟という存在を甘やかしたいし、甘えてもらいたい。この不思議な感情がどこから起因するのか、彼女には分からない。


 当然のことだが、エルマーはナギとその父親が何をしているのか知らない。ナギは自分たちが行っていることを彼に話すつもりはなかった。姉が魔物になったことを苦しんでいる少年に、自分たちが人間を魔人にする研究の過程で、多くの魔物を生み出している事を伝えてはいけない気がしたからだ。エルマーもナギ達が何をしているのか気になっているのか、遠回しに聞いてきたこともあったが、決して教えなかった。


「ナギ様、これからどうするんですか?」


「んー、もう少ししたら父さんのところに行かなきゃいけないんだよねぇ。面倒だなぁ」


 この後の予定は父親の所に行って、実験の手伝いだ。というよりも数ヶ月後に大きな実験を行うらしく、その準備を手伝っている。よく分からない薬品やら、罠やら、何やらかんやら何に使うのか分からないものを言われた通りに用意する。父親の手伝いは構わないが、如何せん人手が少ないので面倒だ。姉や妹達は複雑な命令を実行する事ができない。そのためどうしてもナギの負担が大きくなる。


「では如何いたしますか?」


「サボっちゃおうかなぁ。なんてそんなことしないけどね」


 ぺろっと舌を出すその姿は年齢以上に幼く見える。それを見てエルマーが少し笑う。1年前なら考えられなかったことだが、彼は徐々にナギのおかげで姉であるサラの死を受け入れ、前を向きつつある。そのためか最近気がつけば笑みを浮かべている事がある。それを見たナギはいつも満面の笑みを浮かべる。それにエルマーも笑みで答えた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 数ヶ月ぶりに会ったマルシェやルース、アルトワールと談笑をしていると呼び出しがかかった。話によると魔物が近隣で発生したらしい。


「またなの?」


「みたいだ」


 シオンの様子に気がついたマルシェの質問にシオンは肯定する。


「なんか最近多くねえか?」


 ルースの言う通り、ここ数ヶ月魔物の発生件数が異常だ。昨年と比べて十倍以上になっている。何かしらの裏があるのではないかと国としても捜査しているのだが、一向に原因は不明だ。唯一わかっているのは、ここ数ヶ月で異常に行方不明者数が上昇しているという事だが、まるで神隠しにあったかの様に消えるため、調査しても何も見つからない。結果、行方不明者が次から次へと魔物へと変貌して現れる。魔物の中には合成獣など、自然発生しない魔物もいるので、確実に裏に誰かがいる。しかし一向に手掛かりがない。


「うんうん。魔物ってそんなポンポン出てくるものだっけ?」


「いや、完全に異常事態でしょ」


 マルシェの疑問にアルトワールが本を読みながら答える。相変わらずのマイペースの様で先ほどからページをめくる手が止まっているあたり、関心があるのだろう。


「とりあえず僕は行かなくちゃ」


「おう、頑張れよ」「頑張って」「がんばれ〜」


 3人の声を背に詰所へと向かった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「くは、くはははははは!」


 実験の構想を練っていた男は手元にあった資料を見て笑い出す。


「そうか!生命力と力の譲渡!何故今まで気がつかなかったんだ!」


 見落としていた事に気がつき、思わず笑ってしまう。


「こんな簡単な事に気がつかなかったとは!つまり人為的に!」


 誰もいない暗い部屋の中で狂気に満ちた笑い声が響き渡った。


これで一先ず間章は終了です。次話から本編に戻ります。

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