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World End  作者: nao
間の章
167/300

強くなりたい

「シオンいるの?」


 コンコンとドアを叩く音とテレサの声が耳に届き、ベッドから体を起こし、騎士団に割り当てられている部屋のドアを開けた。そこには相変わらず、優しそうな表情のテレサがいた。しかしすぐに顔をしかめる。ボクの格好を見てだろう。訓練の後でボサボサになった髪や、疲れたせいで中途半端に脱ごうとして半ばまでボタンを外したシャツや、ズボンを脱いで下着姿になっているボクの姿を見て、慌てて中に入るとドアを閉めた。


「もう、もう少し女の子だっていう自覚を持たなきゃ!」


 そう言ってテレサは表情を変えて、ボクを叱り始める。


「わ、わかった。わかったってば!今度から気をつけるって!」


「……それもう何回言ったか覚えてる?」


「えっと、5回くらい?」


「はあ、20回を越えてからはもう数えていないわよ」


「あ、あはは」


 呆れたような表情を浮かべるテレサに思わず苦笑いをしてしまう。確かに何度も言われてはそう答えている気がする。とにかく話を変えようと思い、ボクはのそのそとテレサの小言を聞き流しながら、着替えを始めた。


「そうだ!最近アスラン先輩とはどんな感じなの?」


「えっと、まああの人優しいからね。どんな感じかっていうと……いい感じ?大切にしてくれているのはよくわかるわ」


 そう、そうなのだ。まさかテレサとアスラン先輩は学校を卒業する前に、婚約を発表したのだ。元々、アスラン先輩は王族だ。というより第一継承権を持つ王子だ。それを、身分を隠して学校に入り、社会勉強していたのだった。二人はもう何年も前から婚約していたのだが、そういったこともあって、ひた隠しにしてきた。もちろんボクはテレサから聞いていたので、ずっと知っていた。


 けど、学校の生徒たちは知らなかった。阿鼻叫喚の嵐とともに、多くの生徒たちが泣き叫んでいたのを覚えている。身近な例だとマルシェかな。あの子、アスラン先輩を崇拝している節があったし、でも最近はなんだかルースと仲がいいみたいだけどね。どこかボクに遠慮している感じがするのは気のせいじゃないだろう。二人は仲がいいけど付き合っているとは決して言わない。


 確かに、ジンがいなくなった時のボクはひどく取り乱した。だけど流石に大切な友人たちの幸せを妬むほどには落ちぶれてはいないはずだ。おそらく、たぶん、きっと。


 背中のあたりまで伸びてきた髪を雑に一つにまとめるとテレサが頬を膨らませた。


「シオンダメよ。せっかく綺麗な髪なのにそんなに雑に扱っちゃ。ほらおいで、梳いてあげるから」


 普段は優しいテレサだが、意外と頑固だ。やらなくていいと言っても、いつも最終的には彼女に髪を梳かれている。今日も結局ボクが根負けして、頭を差し出した。テレサに髪を梳かれるのは嫌いではない。小さい頃病気がちだったボクとよく遊んでくれたお姉さんを思い出して優しい気持ちになるし、安心してなんだか眠くなってくる。だけど今日は話題のせいで眠くならなかった。


「……ねえ、シオン。本当にいいの?」

 

 言い淀むテレサの言葉で、すぐに彼女が何を言いたいのかわかった。


「いいんだよ」


 自分でも思った以上にぶっきらぼうな言い方になった。


「あなたが本当にディアスのことが好きなら、私はむしろ率先して応援するわ。でも本当にこれでいいの?」


 自分でもこれでいいわけがないことぐらい分かっている。そんなことは分かっているのだ。


「いいって言ってるだろ!」


 イライラして思わず怒鳴っていた。


「ごめん、テレサ。でも本当にいいんだよ。それに今年までに婚約するのがお父様との約束だったし、ボクが使徒になった以上、ボクは早く子供を産まなきゃいけないんだ。ボクの家を継ぐね。だってもしまた奴が攻めてきたときに、生き残れる可能性はわからないんだから」


「シオン……」


「それに、以外といいやつかもしれないだろ?」


 ディアスの悪い噂などいくらでも知っている。だがそれでも、貴族間のパワーバランスを考えると、彼が結婚相手にベストなのは確かだ。お父様はひどく反対してくれたし、子供のことは養子を取るとまで言ってくれたけど、ここまで自由にさせてくれたお父様のためになることをボクはしたい。


「でも……」


「いいんだ。本当に大丈夫だから心配しないで。それよりもさ、早く髪を梳いてよ」


「……わかったわ」


 テレサはしばし逡巡したのち頷いて、再び手を動かし始めた。いつもの優しい手のはずなのに、どこか重たかった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「精が出ているな」


「サリカ様!?」


 訓練場で剣を振っていると、後ろから声をかけられた。振り向くと水色の髪の美しい女性が立っていた。


「どうかしましたか?」


「何、少し暇なんで、可愛い後輩に稽古でもしてやろうかと思ってな」


 手には既に木刀が握られている。


「本当ですか!?ありがとうございます!」


 強くなるには強い人と戦うのが一番だ。それが超一流ならなおさらだ。サリカが剣を構えただけで、周囲の温度が数度下がったような感じがする。剣技の冴えも法術の扱い方も向こうが上だ。法術の多彩さなら自分が優っているのは確実だが、それ以外があまりにも足りない。


「それでは、行くぞ!」


 いつの間にか接近していたサリカが木刀を振り下ろす。それを剣で防ぎにかかり、すぐに悪手だったことが分かった。


「ほう、よく受け止めたな、と言いたいところだが、まだまだ甘い」


 次の瞬間、ものすごい負荷が剣にかかり、罅が入る。密接している状態なのに膂力だけでこんな芸当をして見せるのは、超一流である所以だろう。


「くっ!」


「まだまだ」


 慌てて離れようと私は後退し、やはりそれも悪手だという風に思わせる。そのまま押し込まれて、バランスを崩し、尻餅をついた。だがすぐさま反撃に出て、倒れた時にこっそりと拳の中に土法術で創っていた砂をサリカ様の目に向けて投げつける。


「おっと」


 だがそれを予測していた彼女は、容易にそれを法術で創った水で包み込むと、お返しとばかりにその水球をボクの頭の上で破裂させた。適度に砂が混じった水がボクに降りかかる。一瞬視界が奪われ、はっきり目が見えた頃には目の前にサリカ様の木刀があった。


「わざと倒れて隙を作ろうとしたのはいいアイディアだったな。だがもう少し、演技力を身につけたほうがいいぞ。転んだのに拳を握っているのは流石に不自然すぎるからな」


「は、はい」


「あとは筋力かな。法術や闘気の扱いが得意な奴には一貫して言えることだが、どうもそういった力に委ね過ぎる。体は全ての根幹にある。鍛えることでそもそもの能力値が上がるからな」


「はい」


「ただ法術のチョイスは良かった。体勢を崩されても、相手の目さえ封じれば、立て直す隙が作れる」


「でも、サリカ様には届きませんでした」


「そうだな。でも、まあ今回のは私がお前の力を知っているからできたことで、普通の相手になら通用するだろうけどな」


「それじゃダメなんです。ボクは誰にも負けない強さが欲しい!」


 サリカ様は突然大きな声をあげたボクに目を丸くすると、すぐさま言葉の裏にある真意を理解したようだ。


「あの化け物を倒したい、か」


「はい」


 ボクが頷くと、サリカ様は少し顔をしかめる。


「目標があるのはいいことだが、はっきり言って、今のお前には無理だ。あいつに勝てる可能性があるのは現状で陛下だけだろう。だがそれもいつまでの話か。あれは成体ではなかった。つまりまだまだ強くなる。おそらく2、3年もしないうちに手がつけられないほどになるだろう」


 その言葉を聞いてボクは唇を噛み締めた。弱いボクが憎い。何も守れないボクではあの化け物と戦おうとするあいつを救うことなんてできない。それが憎い。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 サリカ様との訓練の翌日、1週間ぶりにボクは学校に行くことになった。早く鍛錬をしたいのだが、陛下から直接学生なのだから学校に行くようにと言われた。歯がゆい気持ちではあるが、同時にホッとしているボクもいる。マルシェたちと話す時間に安らいでいるボクがいるのだ。


 そんな他愛のないことを考えていると向かい側からディアスが歩いてきた。いつものお供を引き連れながら、ボクを見てニヤニヤと笑っている。不快な気分に一気になる。こいつが何を考えているのか容易に想像できて吐き気がする。どうしてこいつの父親は立派な人なのに、こいつはここまで歪んでいるんだろうか。


「おいシオン、ずいぶん久しぶりじゃないか」


「ああ」


 言葉少なにさっさと行こうと横を通り過ぎたボクの腕をディアスが掴む。誰かに触られるのがここまで不快になるのもなかなかないだろう。


「放せ」


「そうあんまりつれない態度をとんなよ。俺とお前の中だろう?」


 ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながら、ボクの体を上から下まで舐め回すように見てくる。


「まだボクはお前と何にも関係ない」


「直にそうなるって。お前から了承したことはつまり俺を受け入れたってことなんだろ?」


 その言葉に吐き気を催す。こいつは自分のことを魅力的な男だと勘違いしている節がある。誰よりも自意識過剰だ。こいつの顔を殴れたらどれだけいいだろうか。


「放せ」


 もう一度ボクが言って睨むと、少し怯んだような顔を浮かべたのち舌打ちをした。


「ちっ、あんまり調子に乗ってるとどんな目に合うかしっかり考えておくんだな。おい行くぞ!」


 ディアスは捨て台詞を吐くと歩き去って行くのを見ながら、思わず両手で体をぎゅっと抱いた。


「ジン。どこにいるんだよ」


 ボクはポツリと呟いた。強くなりたいと心の底から思った。


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