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World End  作者: nao
第5章:ファレス武闘祭編
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ジンvsジャット1

 観客席は人で溢れかえっていた。誰もが1年の、それもEクラスの生徒が本戦まで勝ち上がったという珍事に関心を抱いたようだ。ところどころでジンのことを囃し立てる声や声援が聞こえてくる。


「先輩、今日はよろしくお願いします」


「………」


 ジンの言葉に静かにジャットは頷いた。寡黙なタイプなのだろうか、はたまた喋るのが苦手なのだろうか。そんな益体のないことをぼんやりと考える。


【ご来場の皆様、本日はファレス武闘祭にお越しいただき誠にありがとうございます!ここでざっと両選手のプロフィールを紹介させていただきます。まずはジャット・ミリタリス!2年Bクラスに在籍し、卓越した槍術と体術を身につけた選手です。昨年は予選で敗退したものの、満を辞して再挑戦し見事本戦出場を果たしました。去年からどれほど成長しているのかがとても楽しみな選手です。もう一方はジン・アカツキ!なんと1年、それもEクラスに所属している生徒です。これは本武闘祭始まって以来の快挙であり、恥ずかしながら10年以上この大会の司会を務めている私としても想定外であります。情報によると体術と闘気の扱いに秀でているとのことですが、如何せんデータがありません!一体どのような実力の持ち主なのか全く想像がつかない!だからこそたまらない!だからこそ面白い!彼がこの試合でどこまでその才能の片鱗を私たちに見せてくれるのか、大いに期待しましょう!】


 客席の方から司会者の声が響いてくる。空を見上げると水でできた鏡が4つ、四角形を作るように浮遊しており、舞台上が映し出されている。


「両者準備はいいな?」


 審判はすでに何度もお世話になったあの男性だ。ジンとジャットはその声に頷く。それを確認した審判は高らかに宣言した。


「それではファレス武闘祭本戦第一試合、始め!!!」


 その声に両者は武器を構える。ジンは一対の短剣、ジャットは簡素だがよく手入れをされた槍を。だが互いに無理やり突撃はしない。お互い、データがほとんど無いために迂闊に動くことができないのだ。しかしそれもつかの間である。ゆらりとジャットが体を動かした瞬間、強烈な突きがジンに伸びてきた。どうやら穂先に集中しすぎていたらしい。ジャットがすり足で近寄っているのに気がついていなかった。というよりも、そもそも会場の空気に飲まれていたようだ。足の動きがぎこちない。


 なんとかそれを回避するも、追撃とばかりに回避した方向へと槍を凪いできた。慌てて後方に飛び下がることでそれも回避する。


「『岩起』」


 ぼそりと呟いた声とともに着地点が突如隆起したことに、槍に集中していたジンは気がつかなかった。結果、それがかかとに引っかかり、バランスを崩して無様に転んでしまう。観客席から笑い声が響く。


【おおっとジン選手、いきなり転んでしまいました!】


 司会者の声が耳に入ってきて少々腹立たしいが、それに気を取られていられる相手ではない。即座に起き上がろうとするも、すでにジャットは接近してきている。体勢が崩れた彼に向かって突きが放たれるが、必死に転がってそれを回避する。だがジャットは執拗にジンを追いかける。


「『岩針壁』」


 進行方向に岩で構築された何本もの針を携えた禍々しい岩壁が隆起した。


「くっ」


 ジンは咄嗟に持っていた左手の短剣を舞台に突き刺して体を強引に止める。それが想定外だったのかジャットは一瞬動を鈍らせるがすぐさま槍を放つ。しかしその一瞬の隙で余裕ができたジンは地面に突き刺してある短剣をパッと手放すと、落ちてきた槍の穂先を強化した拳で横から殴りつけた。普通なら腰が入っていないため大した威力にはならないはずだが、闘気の扱いに特化した拳だ。ジャットはその予想外の攻撃と、想像以上の力に思わず槍を手放してしまう。


 カランカランと舞台に転がる槍の音ともにジンはすかさず起き上がって体勢を立て直した。


「ふぅ、なかなかえげつないっすね先輩。危うく開始数秒でリタイアするところでしたよ」


「…………」


 ジンを睨みつつ、その声に無言で返してくるジャットを見て思わず苦笑いする。だが槍を手放した今、このチャンスを逃すほどジンは愚かではない。槍を回収しようとしてかチラリと目を向けたのを確認した瞬間、一気に接近すると右手に持った短剣で斬りかかる。


 そのスピードに驚きつつも、ジャットはあくまで冷静であった。


「『岩盾』」


 その言葉がジンに届いた瞬間、すでにジャットの左腕に小盾が構築されていた。しかしそれを視認してもジンは止まらない。たかだか厚さ数センチの盾など強化した彼にとっては紙にも等しいからだ。


「っ!?『風返』!」


 それに気がついたジャットはすぐさま盾を風でコーティングする。分厚い風に覆われた盾は見事ジンの剣を弾き返すことに成功し、却ってジンは右手を弾かれ上体を反らしてしまう。


「『岩槍』!」

 

 ジャットはすぐさま岩でできた槍を一つ作り出すと、それを投擲せずにそのまま片手で構える。どうやら槍盾での戦い方も納めているらしい。なかなかに堂が入っている。


 岩槍がジンの隙だらけな胸元に伸びる。だがジンは弾き飛ばされた体を流れに任せてバク転することで回避する。そしてそのまま連続でバク転し距離をとった。両者は睨み合う。


『失敗したなぁ』


 ジンは思わずそう考える。武器を手放させたところまではいいが、まさか岩槍をその代わりに用いるとは。確かにただ放つだけが法術ではない。武器を手放すことになったとしても代用品を作り出して戦えばいいのだ。意外にもそこに考えが至らなかった。


『そういえばウィルが昔言ってたっけ』


 ふとウィルとの訓練を思い出す。あれはいつ頃だっただろうか。武器を奪った後にあり得る相手の行動として可能性があるものを彼から教わっていた。しかしこの体たらくだ。よくよく考えると、こちらに来てからこんな風に戦う相手とは初めてだ。1年生の訓練を見ても皆武器を手放したら、基本的には法術を放つ方向に考えをシフトする。どうやらそれに毒されていたようだ。ジンは戦闘の勘を取り戻すリハビリも兼ねて相手の様子を注意深く観察し始めた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 顔には出さないがジャットは内心驚いていた。相手を見下したつもりはない。1年、それもEクラスとはいえここまで勝ち残ってきたのだ。それもあのグランを倒して。後から試合内容を聞いた時はドッと疲れた気分だったが、それでもジンの強さは侮れない。事実普通なら入れば誰もが意識を失うであろうグランの一撃を受けても目の前にいる男は立ち上がり、隙だらけだったとはいえ倒したのだ。それだけで十分警戒する価値はある。


 しかしそれでも認識が甘かったのかもしれない。緊張に体を強張らせているようだったが、転んだ後の反応は素晴らしいものだった。ジャットの攻撃を巧みに回避し、その上想像もしなかった方法で不利を覆したのだ。挙句自分は武器を取り落としてしまった。武を修練し、高みを目指す者として甚だ情けない。


 さらに一回戦では隠す予定だった盾まで使わされることになるとは。今までの予選相手とは一線を画す強者だ。法術を使用するのはあまり得意ではないためそう何度も何度も行使することはできないが、自分が全力で立ち向かうにはもってこいの相手である。だがもちろん負ける気はない。なにせジャットはこの試合に勝てばこの学園最強の男と戦う権利を得られるのだ。相手が今年卒業するためこれが最後のチャンスである。だからこそ絶対に負けられない。


 腰を落として武器を構える。相手の動きを観察しつつ、頭の中でいかに倒すか、より深く戦略を練り始めた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ジンは空中に炎の弾を作り出す。如何せんまだ完全にものに出来ていない無神術で構築するため、その生成速度は遅く、威力も弱い。ただそれでも相手に対しては威嚇することができるはずだ。ジンはそう考えてそれを相手の顔に目掛けて撃ち放った。


 当然のことながらジャットはそれを盾で払い落とす。だがその一瞬、視界が盾で覆われた。戻った時にはすでにジンは居なくなっていた。


「………!」


 獣のごとき勘でジャットはしゃがむ。その頭上をジンの短剣が通り過ぎた。


「はあ!」


 しかしジャットの背中にものすごい衝撃が響く。そのまま舞台の端まで一気に弾き飛ばされた。痛みをこらえてすぐさま振り向いて武器を構える。どうやら蹴り飛ばされたらしい。それに気がついてゾッとする。舞台は100メートル四方となかなかに広い。だがたった一発の蹴りで数十メートルも吹き飛ばされたのだ。つまり体術、それも威力においては自分は圧倒的に劣っているのだろう。


 思わず冷静な彼も内心で舌打ちをする。どうにかして彼の攻撃を回避しなければならない。しかし問題なことに彼はあまり遠距離戦が得意ではない。ジャットの武器は槍を用いた中距離戦と、体術を駆使した近距離戦である。自分の頭の中で素早くジンの情報を書き換えて警戒度を上げる。そんなジャットを見ながらジンは先ほど舞台に突き立てた短剣を回収する。そして一気に駆け出した。

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