予選初日終了
本編通算100話に達しました!
これも偏に読んでくださる皆様のおかげでモチベーションを維持し続けられたおかげです。
本当にありがとうございます。
今後もよろしくお願いしますm(_ _)m
「くそ、一回戦からなんてついてないんだ」
レーベンは目の前の相手を見て思わず泣き言を言ってしまう。それもそのはず、彼の一回戦の相手はSクラスでも指折りの実力者であるフォルス・ビルストだ。王国騎士団長のアレキウス・ビルストの息子の一人であり、何歳も年上の兄達よりも武勇で優れていると言われている少年だ。まだ16歳と言われているが到底信じることのできない容姿をしている。服の上からでも分かるぐらい筋骨隆々の体と、190センチメートル近くの身長。首から覗く炎の意匠が凝らされた刺青。そのどれもが彼に強者の風格を纏わせていた。
「おいおいどうした雑魚。来ねえのか?」
目の前の獲物を値踏みしている瞳だ。いつ襲ってくるかわからない。レーベンの緊張を前に、フォルスはニヤリと笑う。
「来ねえなら、こっちから行くぜ?」
その言葉に剣を構えたが、彼が気づいた時にはすでに目の前にフォルスがいた。
「はっ、遅えよ鈍間!」
慌てて斬りかかろうとしたレーベンを一笑にふすと、その鍛え上げられた巨大な拳を彼の腹部にめり込ませた。フォルスが移動前に立っていた地面はその強靭な脚力によって破壊され、抉れていた。
タリスマンによる防壁が発動するほどのその攻撃は、レーベンに死を感じさせた。
「おっ、まだ起きてんのか。いいね、もっとやろうぜ!」
「ひっ!」
再び高速で移動を始めたフォルスに肩を縮こまらせて必死に防御しようとする。
「おいおい雑魚、少しは反撃しようとする気概ぐらい見せろよ…な!」
凶悪な右蹴りがレーベンの顔面に飛んでくる。だが恐怖に体が固まっている彼にはそれを避けることができない。当たるか当たらないかという瞬間、フォルスは脚を止めた。レーベンの顔に風圧がかかる。
「ちっ、おい審判こいつ気絶してるぜ」
「ふむ、勝者フォルス・ビルスト」
レーベンは死の恐怖から逃避するために自らの意識を手放した。フォルスはそれを冷めた目で眺めていた。相変わらず自分が全力を出す前に試合が終わってしまう。全力を出せないことへの苛立ちを解消できるのはおそらく…
「あー、早くあの女とやりてえな」
うざったい取り巻き達がタオルやら飲み物やらを持って駆けてくる。今の試合のどこで汗をかいたというのか。いちいち反応していても仕方がないのは分かっているが、いらつくのは止められない。
「てめえらさっさと行くぞ!」
荒々しくお供を付き従えて歩き始める。試合を見ていた観客達はその殺伐とした空気に触れて自ずと道を開けた。彼の願いは一つのみ。強者を、自分が全力を出し尽くせる強者との試合を。ただそれだけだった。
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「あ、あれ?」
レティシアが目を開けると、医務室の天井が目に飛び込んできた。
「ふむ、起きたか」
声のした方に顔を向けると、そこには校医のサール・イアートが椅子に腰掛けて本を読んでいた。
「わ、私は……っ!」
レティシアは目の前の状況をまだ理解できず、混乱する。
「私は確か試合に……」
そこまで考えてから、自分が二回戦のことを何も覚えていないことに気がついた。まるでその記憶だけ綺麗さっぱり消されたかのようだ。それどころかひどい頭痛がする。
「ふむ、記憶の混濁か。まあ落ち着け、しばらくしたら思い出すはずだ」
「は、はい。あの、私に何があったのか聞いてませんか?」
「いや、だが怪我の感じからしてタリスマン越しでも吸収しきれない強力な攻撃を頭に受けたんだろうな」
どうやら先ほどの試合で強烈な攻撃を受けて、なんとか生き延びたのだろう。徐々に記憶も鮮明になってきたことで先ほどの試合で感じていた恐怖が再度彼女を襲う。
試合開始と同時に却ってゆっくりと見えるほどの神速の拳が彼女の顔に打つかると、そのまま強引に振り切った。吹き飛ばされた彼女は地面に転がり、荒い呼吸を吐きながら、素早く立ち上がろうとしたその時点で、男が彼女の前に立って見下ろしていた。彼女の瞳に恐怖の色が滲む。それに気がついたのかレティシアに向けて何の感情もこもっていない眼差しを向けて、もう一撃、上から下へと剛撃を彼女の顔に叩き込んだ。それから気がつけば医務室だ。助かったことは嬉しいが、クラスメイトの期待に沿えなかったのは少し悔しい。というよりも一回戦も二回戦も誰も見にきてくれなかったのはどういうことなのだろうか。レティシアはものすごく悲しかった。
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「はあ?レーベンが負けた?」
クラスメイトからの報告にジンは唖然とする。言い出しっぺが真っ先に負けるとは一体全体どういうことだ。
「相手は誰だったんだ?」
「うん、Sクラスのフォルス・ビルストだよ」
その名前を聞いて納得する。確かにあの男相手ではレーベンには荷が勝ちすぎている。
「ああ、なるほどな」
「うん、だからジンくんは頑張って、Eクラスの意地を先生に見せてやろうよ!」
「え?いや、俺は…」
「じゃあ、私たちは他の子達のところに行ってくるから、バイバイ!」
「あ、ちょっと!……行っちまったか」
ジンに報告するだけして、彼は別の会場にいるアルとルースにも話に行った。
「本戦まで勝ち残る気は無いっての」
先ほどのクラスメイトにそれを言っても聞いてくれるかは怪しいところではあるが。
「さて、そろそろ俺の試合かな」
リング前まで移動すると一つ前の試合がちょうど終わったところだった。選手達が降りたのを見届けるとリングの上に上がって相手を待つ。しかし一向に相手選手が来ない。
「なあ審判、いくらなんでも遅く無いか?」
決められていた開始時刻からすでに10分は経過している。
「ふむ、ちょっとここで待ってろ」
審判がリングから降りたタイミングでスタッフが彼に駆け寄ってきて耳元で何かを囁いた。彼はそれに一つ頷いてから再度リングに上がるとジンに告げた。
「対戦相手が棄権した。よってお前の勝利だ」
「はあ!?」
どうやら一回戦で足の骨を折ったらしく、まだまともに動くことができないのだそうだ。何もせずに三回戦進出を決めた彼は予想外の事態にただただ言葉を失った。
「嘘だろ…」
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二回戦、ルースは一回戦とは異なり、最初から高火力で相手を押し切り、試合に勝利した。やはりマルシェによる治癒は素晴らしく、対戦相手が未だに傷が残っている状態だったのに対し、彼は肉体的には完全に復活している。目に見えて動きが鈍い相手を彼は一蹴したのだった。
一方アルの方はというと、すでに一回戦に勝ったことでもうマルシェとの約束も果たしたから、と早速棄権することにした。しかしマルシェに、今後何かしら外国の本が欲しい時は輸入してくれるという約束につられ、二回戦も一回戦と同様、動くことなく勝利した。
「今日勝ち残れたのはお前達3人だけだ」
レーベンが腕を組んで教壇の前で語る。その様に負けたくせに偉そうだなとジンは思う。
「残念ながら俺とレティシアは負けてしまった」
後から聞いた話によると、レティシアの相手は2年でBクラス所属の生徒だったそうだ。進級試験を突破した実力の通り、圧倒的な強さで彼女を負かしたらしい。ただその生徒も続く二回戦で3年に敗北したそうだが。
「やぱりこうやって結果を見ると2、3年生が強いな」
ジンは黒板に貼られたトーナメント表の写しを眺める。敗北した名前に×印が上書きされている。表からはいかに2、3年と1年生の実力に開きがあるかを示しているかのようだ。全体の4分の3は2、3年生だ。
「まあとにかく明日の試合に備えようぜ。もう対戦相手は決まってんだろ?」
「ああ、俺は2年のルアンとかいう人だ。ルースは?」
「俺か?俺はディナっていう女だ」
「嘘、ディナ先輩!?」
「マルシェ知ってるのか?」
「ジンくんまさかディナ先輩知らないの?」
「ああ」
ディナ・スキュローンは2年生筆頭の女生徒だ。昨年、1年生ながら武闘祭でベスト4にまで残った逸材である。稀有な光法術師であり、さらに火、風法術を操る法術師である。剣技の方はからっきしで接近戦は弱いがその圧倒的な術の技量と火力に、対戦相手は接近することもできないのだそうだ。
「ふ、ふーん、面白そうじゃねえか」
マルシェの説明を聞いてふてぶてしい態度を取っているルースではあるが、その手はわずかに震えている。それは武者震いからか、強敵に対する畏怖心からか。
「じゃあ、アルは誰とやるんだ?」
ジンがアルに目を向けると、彼女はやる気のなさそうな顔を本から上げた。
「いや知らない」
「うぉい!なんで知らねえんだよ!」
声がでかいルースの言葉にアルは顔をしかめる。そもそも二回戦を突破したこと自体、彼女にとっては奇跡に等しいのだ。これ以上疲れることはしたくない。明日は余程のことがない限り、棄権するつもりだ。もうマルシェに何を言われてもこの決意を変えるつもりはない。
「ま、まあとりあえず今日は解散だな。3人は明日に向けてしっかり休んでくれ」
「ああ」「おう」「うい」
レーベンの言葉にジン、ルース、アルは頷いた。
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下校の準備が整い、まさに帰ろうとしていると教室の入り口に見慣れた銀髪の少女が立っていた。
「あ、シオンくんだ!」
目ざとく見つけたマルシェが彼女に駆け寄ると抱きついた、というより腹部にタックルを敢行した。
「げふっ」
なかなか良いところに入ったのか、少女らしからぬ声を上げた彼女に気がついた様子もなく、マルシェはきつく抱きしめる。
「マ、マルシェ、痛い、ちょっと放して!」
「えー」
シオンの言葉に渋々と離れた彼女の横までジンが歩み寄る。
「どうしたんだ?」
とりあえず不満そうな顔を浮かべているマルシェを無視して話を始める。だが妙に彼女は口ごもり何度も何かを言おうと口を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返す。ジンはそんな彼女を訝しげに眺める。
「だからどうしたんだよ?」
もう一度聞かれたことでようやく意を決したのか、一度深呼吸するとジンを上目遣いに見上げてきた。
「あ、うん。あのさ、えっと明日だけど絶対負けるなよ」
「はぁ?」
「だ、だから、絶対に負けるなよって言ってるんだ!それだけ、じゃあね!」
顔を赤らめながらジンに真剣な眼差しを向けると、シオンは言うだけ言って走り去った。
「なんだったんだ?」
何がしたくてわざわざEクラスまで訪ねてきたのか、意図が分からない。
「はぁ、まあジンくんはそうだよね」
「そうね、そういうところよね」
気怠げに本を読んでいたはずのアルがいつのまにかマルシェとヒソヒソと話している。ただ声が妙に大きいので全て丸聞こえなのだが。
「なんだよそういうところって?」
「別にー、ね?」
「ねー」
よく分からないが二人は真面目に答える気がないようだ。少しため息を吐くともう一度黒板に貼られたトーナメントを眺める。シオンの次なる対戦相手は……。その名前を確認して思う。
『何もなければいいけどな』
未だ未知数のカイウスが一体どれほどの実力者なのか、只只それが気になった。彼のことを考えているジンは、自分が武者震いしていることに気がつかなかった。
『強いやつと戦ってみたい』
そんな思いが彼の心の片隅で密かに燃え始めたことにジンはまだ認識していなかった。




