プロローグ
その夜は冷たい雨が降っていた。
汚く饐えた、ドブ臭い路地の一角に幼い血まみれの少年が、羽の生えた血まみれの少女の上に跨り、その首を絞めていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…」
何度も繰り返し謝りながら、少年は暴れる少女に顔を殴られ、髪の毛をひっぱられ、手を引っかかれて血が出ても、その手を緩めることはしなかった。次第に少女から力が抜けていき、ついには動かなくなった。
ふいに少年が彼女から手を離す。二人はポツポツと会話をし始める。まるで最後の時間を惜しむように、少年は彼女の言葉を聞き逃さぬよう、顔を近づけていた。やがて少年は再び彼女の首を絞め始める。
「 」
とかすれ声でなにかをささやきかける。だがその言葉は少年には届かない。降りしきる雨の音が、彼女の最後の言葉を彼に聞かせることを許さなかった。口が動いたのに気づいた少年は、その言葉を聞こうとして慌てて顔を少女の口元に近づける。だがすでに彼女は事切れていた。
彼女の最後の言葉を聞くことは叶わなかった。諦めて卑屈そうな笑みを浮かべた少年は、もうすでに命を失ったはずの少女の首を、力を込めて締め付ける。ちゃんと殺しつくすこと。それが彼女との約束だったからだ。
しばらくしてポキリと何かが折れた音がした。約束を果たした少年は彼女にまたがったまま見下ろし、泣きながら歪んだ微笑みをこぼしていた。常に笑顔であること。逆境に負けないこと。それが彼女の、目の前で事切れている最愛の姉の願いだったからだ。
そして少年は糸が切れたように地面に崩れ落ちる。途切れつつある意識の中で、姉の顔を見やり、その顔に微かに浮かんだ柔らかな笑みを見つめながら、気を失った。彼らの周囲には赤黒い羽が絨毯のように広がっていた。雨は未だに降り続けている。まるで気絶した少年の思いを代弁するかのように、いつまでも降り続けていた。
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