6 ミッション・ポシブル
「任務完了しました!」
初めての単独いたずらが成功した僕は、これまでになく上機嫌だった。
「ああ、見事だ」
おっちゃんも、手放しで誉めてくれた。よし。
「ねぇ、次はどんなことするの?」
「そうだな、もうちょっと大人の路線を攻めてみるか?」
「大人の路線!?」
魅惑的な単語に、僕の心は躍った。
僕の初任務、実践修行の幕開けは、おしるこトラップからだった。
単純におしるこがある自動販売機を探せばいい、というものではない。狙撃地点の確保、逃走経路の確保。それが出来なければいたずらに取りかかることは出来ない。
けれど、それもまだ準備段階に過ぎない。待ち伏せていて、単に人が通りかかるのを待つだけではいけない。いたずら名人になるには、任意の獲物を罠にかけなければいけないのだから。
そのためには、獲物の習性を知り、行動を予測する必要がある。時には、獲物の移動経路にある全ての自動販売機のコンセントを抜いて、使用不可に陥れ目標地点に誘導する必要だってある。
いたずらは、単なる遊びではないのだ。
そこまでの準備が整い、初めてスリングショットの出番となる。
暑さに乾きを求めるリーゼントヘッドに奇声を出させるまでには、かくも険しい道があったのだ。
*
ブルルンとエンジンの始動音を確認する。それが合図だ。
僕の対角で、腹這いになり双眼鏡を構えていたおっちゃんが親指を立てた。僕は黙って頷く。
移動目標の狙撃。難易度は飛躍的に跳ね上がる。
しかも、今回の「弾」には、牽引索がついている。もちろん、極細の釣り糸程度ではある。しかし、わずか0.8インチの鉄球に対して、その空気抵抗はあまりにも大きい。
エンジン音が近づいてくる。
布で視界を遮られたガレージから、目標がゆっくりと姿を現す。距離は5m強。車高の高い4WD・RV、運転席には中年の男、助手席には若い女。
まだだ。
車がゆっくりとハンドルを切る。僕にその後ろを見せた。今だ。
引き絞った指を静かに離す。リールを曳航した鉄球は、都会では無意味なごつさでしかないRV車のリアバンパーの隙間に吸い込まれていく。
かかった。
8mほどの曳航索が延びきる。そして。
ガランガランガランガラン!
ガラン、というより、グワラン、とでもいうべき豪快な音を響かせて、空き缶が音を立てる。即席ブライダルカー作成任務完了!
ファッションホテル、などと誤魔化した名前がついているが、逢い引き用の連れ込みホテルから出てきた不倫カップルの門出を盛大に祝ってあげようじゃないか。確かに、これは大人の路線だ。
「おっちゃん、うまくいったね」
「ああ、うまくいった」
僕たちは笑った。駐車場に止まっている間に仕掛けたらいいじゃん、とかそんな理屈はどうでもいいんだ。なんだろう、この無意味な爽快感は。
「ねぇ、次は? 次は何するの?」
おっちゃんは、にやりと笑った。
「今度は、お前さんが自分で考えてみな」
自分で。僕が自分で、か。
「わかった。やってみる」
それから、僕は精力的に研究を重ね、実践を行った。たとえばこんな感じ。
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子供向けガチャガチャを大人買いする「大きなお友達へ」の制裁として、瞬間接着剤弾によるガチャガチャカプセル封印任務は、瞬間接着剤弾の開発失敗により未遂に終わった。
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母親をはじめ近所の奥様方を困らせていた訪問販売員に対する、スーパーピンポンダッシュ計画。獲物が集合住宅を通りかかったところで、僕が一斉に呼び鈴を鳴らした。お隣さんにお向かいさん、同時に4件の応対をする羽目になりパニックに陥ること3回。奴はこの界隈から姿を消した。
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精密射撃ばかりも何だからと、大質量遠距離砲撃を思いついた。うちの近所に、偏屈なじいちゃんが住んでいる。ちょっとでも気に入らないことがあると、すぐ怒鳴るんだ。でも、そういうじいちゃんに限って実は寂しがりやなんじゃないか、と推理した。そこで、頑固老人宅への癒し系動物誘致計画を立案。おっちゃんに相談すると、いつものことだけど、どこからともなくマタタビを大量に持ってきてくれた。
結論。大成功。猫ちゃんたちに囲まれて、デレデレするじいちゃんの姿に、ご近所の奥様方の評判も上昇。じいちゃんの庭は子供たちの遊び場となった。じいちゃんが自分で猫を飼いだしたので、マタタビ散布も終了。
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初めてのお使い、をみて思いついた。隣のばあちゃんが買い物に行くのに苦労している。そこで、ばあちゃんのお買い物が大成功、わたしゃ幸運だね計画。
押しボタン信号を事前に押し込み、ジャストタイミングで青に変えておくのは基本。よそ見をしている車があれば、運転席近くにゴム弾を撃ち込みドライバーの注意を喚起。歩道を我が物顔で通過する自転車は、タイヤの空気入れを破壊し強制停車。ちょっとかわいそうだが、ばあちゃんのためだ。こうして、ばあちゃんは海を渡るモーゼのごとく、無事にスーパーにたどり着いた。もっとも、店の中ではスリングショットを使うわけに行かないし、荷物を軽くすることも出来ないから帰り道は僕が声をかけて荷物持ちをしたけど。
………こんな感じで、僕は精力的にいたずら研究を重ねたんだ。
そして、わかったことがある。
そのことを、どうしてもおっちゃんに話したかった。話さないといけないと思った。