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2 出会い




 2ヶ月前のことだった。


「なぁ、いいだろ、ちゃんと返すって言ってるじゃん? ちょっと貸してくんないかな?」


 僕の目の前には2人のスーパー野菜星人が立っていた。いや、正しくはまっキンキンの髪の正統なスーパー野菜星人は一人で、相方は茶髪だ。


 小人閑居して不善を為す、っちゅうからな。ええかぁ、寄り道とかして、アホな金髪に絡まれんなぁ。

 時折怪しげな関西弁が混じる担任の声が脳裏に蘇った。先生、ごめんなさい。先生は正しかったです。


 もっとも、彼らをスーパー野菜星人と呼ぶのは色々な意見て適切ではない。まず宇宙最強の戦士と違い、そこまで強力ではないし、何より正義の味方ではあり得ない。また、金髪である純粋種のほうも、金髪を逆立てているという特性よりも、耳と鼻に突き刺している金属の塊の方が目立っている特徴といえるかもしれない。西アフリカの伝統を頑なに守る部族でならもしかしたら敬意を払ってもらえるかもしれないぐらい勇気が溢れる行動だと思う。ピアスでなくて釘を刺しているのは、その方がかっこいいと思っているからなのか、お金がなかったからなのか、金属アレルギーを引き起こす誘惑に駆られているからなのか僕にはわからない。

 茶髪の相棒の方は、それに比べると常識的な装いだった。短く刈り上げ、雷型のソリコミを入れているのは、エグザイルのボーカルを意識しているのだろうか。髪型もサングラスも憧れのなんとかさんを真似しているのだから、体型も似せる努力をすればいいのに、残念なことに基本的な努力を怠っているのが痛い。すっきりした髪型に不似合いのたるんだ頬と二重顎は、偽エグザイルとして認識するより、玄界灘部屋の力士見習い候補と見なしたくなる。

 ともあれ、不良少年たちは僕に難癖をつけていた。


「オレたちさ、財布落としちゃって困ってるんだよ、わかる?」

 全然わからない。宇宙の戦士の日本語は理解できなかった。財布を落とした、といっている当の本人のずり下がったズボンの後のポケットに、革製の折りたたんだ物体が見えるんだけど、それって、財布じゃないの?

「君さぁ、澄西中だろ? 地元じゃん。いいよねー、交通費かからないしさ」

 髪だけエグザイルは、フレンドリーに僕の肩に手を回して笑いかける。僕も、ははは、そうですね、と笑い返した。もちろん、エグザイルモドキ君も僕も目は笑っていない。奴は、僕から巻き上げる額の上限を検討中。僕は、逃亡の機会を検討中。やっていることはともに思索にふけっているのだけど、中身は正反対だ。こういうのなんて言ったっけ、どうしようキム兄? じゃなかった、同床異夢だっけ。


 僕のいるのはビルの谷間。「ゲーセン」と、子供が近寄っちゃいけない映像媒体がたくさん売っているお店の隙間の細い路地。

 背中には、業務用大型エアコン室外機が絶賛稼働中。屋内を快適に涼しくするために僕に熱風を吹き付けている。肩にはエグザイルもどきの腕がある。もちろん腕の先には持ち主もいる。正面には目の前でこれ見よがしにタバコに火をつけているのが釘ピアスのスーパーサイヤ人。そして、左手には、駅に続く通り。いつも歩きなれた歩道がある。その歩道は、今では有刺鉄線付きの国境並みに遠い。

 たまに国境の向こうから「紛争地域」に目を向ける人がいるのだけれど、その国境線には、立ち塞がる国境警備隊ならぬスーパーサイヤ人鉄釘ピアス装備型の存在に自発的進路変更を余儀なくされていた。

「なぁ、ダリぃし、早くしようぜ」

 不機嫌なサイヤ人の言葉には、ご丁寧に舌打ちと唾吐きまでついている。その意見に同調して、肩に回してきたソリコミジグザイルの手が力を増した。

「オレ達さぁ、一人1000円あればお家まで帰れるんだよ、3000円でいいからさ、貸してくれないかなぁ」

 計算が合わない。口調と顔つきと性格が悪いと、やっぱり頭も悪くなるみたいだ。

 ちゃんと返すからさぁ、そうそう、返す返す、というへらへらした笑い声とともに、二人が僕の体を小突きはじめた。正直、ちょっと、というかかなり痛い。僕も決断の時を迎えていた。

 十分引っ張ったと思う。そろそろ頃合いではないだろうか。


「ご、ごめん、今、ほんとにそんなに持ってないんだ」

 制服のポケットからよれよれの合成革の包みを取り出す。多少手が震えているのは、残念なことに演技ではない。

 おぉ? いくら入ってるんだよ、とスーパーサイヤ人が検分をはじめた。よれよれの夏目漱石が1枚、桜の白銅貨が2、3枚、平等院鳳凰堂が5枚ほど。それに、名前の入っていないドーナツ屋やら文房具店やらの会員カードが数枚。僕はうつむき目を合わせないようにしながら、必死に奴らの気配を探っていた。

 頼む、これで終われ。

 「ち、しけてんなぁ」というサイヤ人の声が聞こえる。「ま、こんなもんじゃねえの」と、笑いながら劣化エグザイルが肩から手を外し、背中をばんばん叩いた。

 うまくいった。僕はうつむいたまま、そっとその場を離れた。


 やつらに差し出したのは、こういうときのための小銭入れをかねたダミー財布。本命の札入れ財布は別にある。

 頭を下げて、金を払って痛い目にあわなくてすむのならそれに越したことはない。

 たかが中学生の分際で、「それが人生さ」などとかっこつけたくはないのだけれど。脳みそは使わないより使うほうがいいに決まっている。馬鹿な生き方はごめんだね。そうだよ、ムキになってどうなるんだよ……。どうせ、僕が頑張ったってできることなんてしれてるんだし。

 いつものように自分自信に、「信じていくべき正しいこと」を言い聞かせているそのときだった。


 うつむく僕の視界を、赤く、丸い物体が横切った。


 なんだ?

 続けてもう一つ。


「あぁ!?」 

 物体は、戦利品の獲得でご満悦の二人組に向かっていたようだ。彼らは、その赤い物体を受け止めていた。彼らの手の中にある物体をみる。赤く、丸みを帯びていて、表面に光沢があり、一部緑の物体が放射状に延びている。

 トマト、だよな。何でこんなものが?


 彼らもそう思ったのだろう、思わず受け止めてしまったであろうトマトらしき物体を確認しようと、手の中のブツに顔を近づけた。次の瞬間。


 ブシュン! バシュン!


 トマトが爆散した。時限爆弾が仕掛けてあったのではない。何かが、高速で彼らのトマトを打ち抜いていた。


 そのとき、僕が真っ先にトマト爆弾の直撃を受けた悪玉ブラザーズの間抜け面を見ていたのなら、きっと僕の人生は何も変わらなかったことだろう。けれど、なぜだかわからないけど、僕の目は、トマトを打ち抜いた物体の来た方向を見ることが出来た。


 暗いビルの谷間の先、人々が足早に通り過ぎる大通りに、おっちゃんが立っていた。逆光に浮かび上がる小柄な人影は、左手にちょっとごついY字型の金属フレームを持っている。

 あれはもしかして、と僕がその手の物体に気を取られたとき、おっちゃんと目があった。一瞬だけ僕を見たおっちゃんは、にやりと笑った。実に楽しそうな笑顔。暗い路地に差し込む強い逆光の中で、確かにその笑顔が見えた。


「あぁああ!?」

 謎のスナイパーの存在に気を取られ、というか心を奪われていた僕の耳に、危険なうなり声が聞こえてきた。妙に抑揚が聞いて、語尾が奇怪に上がっていくそのうなり声は、生物の本能に危険を伝えてくる。声の主を見なくても、奴が眉間にしわを寄せ両眉と鼻筋とを近づける怒りの威嚇モードに入っていることが推測できた。

「誰だぁ、こんなふざけた真似した奴はぁ?」


 僕じゃありませんよ、えっとですね、先ほどそこに、男の人がいましてね。

 そんな解説をしたところで、巻き添えを食らうだけなのは目に見えている。僕は一目散に逃げ出した。

 意外にも、奴らはすぐには追ってこなかった。おそらく、トマトまみれの顔で人前に出ることは、彼らの特殊な方向に発達した美的感覚が許さなかったに違いない。

 だから、僕だけが芸術的な狙撃の名人を見つけることが出来た。


 あの人だ。

 後で考えると、どうしてその時に大勢の人通りの中でおっちゃんを見つけることが出来たのかはわからない。襲撃を終えた後のおっちゃんは、確かに気配を消し、人混みの中に同化していたはずなのだから。

 けれど、僕の目はモノクロの世界の中に紛れた、唯一のカラー映像を見つけ出すような明快さで、古ぼけた野球帽をかぶり、薄汚れたジャンパーを羽織る小柄なおっちゃんを見つけ出していた。


「あの、待ってください」

 小走りに追いかけたあと、自分でも思っていない声が出た。

「お前さん、ワシになんか用か?」

 おっちゃんは、足を止めることなく、僕を見ることもなく聞き返した。

 思わず呼び止めてしまってから、気付く。さて、何の用があるのだろう。

「悪いことは言わん。お前さん、ワシみたいな奴にはかかわらん方がいいぞ」

 そういって一瞬だけ僕をみたおっちゃんは、残念なことにひどくみすぼらしい人だった。


 猛牛をあしらった野球帽子、今はなき関西の私鉄球団のマークだ、それもよれよれの奴をかぶり、無精ひげを蓄え、シミが浮いている化繊のジャンパーを羽織っている。

 これは、その、あれだ。

 いわゆる、ホームレスという奴じゃないだろうか? うん、関わりたくない相手ではある。


「いえ、その、さっきは助かりました、ありがとうございました」

 とりあえず。なんだかよくわからないけど、お礼を言ってみた。

「別に、ワシはお前さんを助けたりしとらんよ」

 確かに。むしろ巻き添えを受けかけている。

「まぁ、その心意気は受け取っとくよ。それじゃあな、お前さんも元気で」

 一瞬のひるみの隙をつき、おっちゃんはひょいひょいと歩いていく。やや猫背気味の姿勢からは想像がつかないほど速い。

 そのまま見送ってしまえ。僕の中を支配する冷静で賢い自分は、そう決断を下していた。けれど、なぜだかわからないけど、僕の中にもかろうじて生き残っていたなんだかよくわからない「賢くない僕」が、おっちゃんの後を追いかけることを選んでいた。


「あの、ちょっと。待ってくださいよ」

 逃げるから追うんだよ、などと「賢い僕」は懸命に理由づけをしようとしていた。けれど、追いかける内に、だんだんと僕の中の主導権は「賢くない僕」が強くなっていく。


 どうやら、おじさんは僕を本気で振り切る考えに切り替えたようだった。不意に、大通りを外れ路地裏に入っていく。コンクリートの壁に囲まれ陽の当たらない路地裏は、ひんやりとした湿気と独特の酸えたこもる匂いに溢れている。嫌だな、ちょっと近寄りたくないな、と賢い僕が拒否反応を示した瞬間、一気に引き離された。


 畜生、やってやろうじゃないか。

 その距離感が、僕の中の何かに火をつけた。

 黄色く変色した吸い殻が、吐き捨てられた唾が作ったシミが、何か確かめたくもない液体でできた水たまりが、ここはお前の来るところではないと無言の圧力をかけてくる。けれど、その異空間に臆することなく、僕はおっちゃんの追跡をはじめた。



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