第二十八話 お金ください
この世界に迷い込み、モンスターや犯罪者を狩ったり捕まえたりする冒険者という
職業に就いて早一年。
辛い事も楽しい事も辛い事もあったが、今以上に辛い事があるだろうか。
いや、無いと俺は思う。
「第二等級ロングソード一点で三十五万レイズになります」
「すいませんローンとかって」
「三十五万レイズになります」
「分割払いをお願いし」
「三十五万レイズになります」
剣の相場がここまで値上がりしてるとわ・・・。
店員のお姉さんの曇りの無い眼と満面の営業スマイルが目に染みるぜ。
これ以上値段についての議論の余地は許されないだろう、後ろの店長の視線が俺に
そう語りかけている。
どんな鍛え方したらそんな太い腕になるんだよ、丸太で出来てるのかと思ったわ。
「毎度ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております!」
もう来ねえよ!と大きい声で言う度胸も無いので、気持ち強い力でドアを閉めて
ちょっとばかしの腹いせを済ませて外に出る。
先日の魔剣探しの茶番中に舞が俺の剣を折ったせいで、俺はこうして剣を新調した
訳なのだが。
貯金が底についてしまった、すっからかんだ。
ちゃんと職業に就いてるのに貯金ゼロって何の冗談だよ、久しぶりに実家に帰った
時にお母さんでももっとマシな冗談言うぞ。
まあ元ニートで実家暮らしだから知りませんけど。
因みに舞に少しくらい払わせようと貯金通帳を奪おうとしたら普通に殴られた。
そんな面白くもない現実に直面していると。
「久しぶり!こんなとこで何してるの?もしかして私との結婚した後の未来を見据
えてたの?」
「お、レイラじゃないか!残念ながら妹とは結婚できないって法律が俺の元居た国
にはあってな、というか今日は仕事じゃないのか?」
レイラは俺の右腕に抱き着き、俺はレイラの小さい胸の感触を右腕に感じながらそ
う質問すると。
「そうだった!私これからお城に行かなきゃならないんだった、ギルドの改装工事
が終わって事業を拡大する事になったから、その報告と書面を貰いに行くの」
俺達が活躍をする度に大きくなるのは良いが、事業拡大ってうちのギルドは全力で
変な方向へ事業を進めてる気がする。
「因みに飲食店の次は何するんだ?」
「舞さんの提案で観光案内?ってのをするみたい、私は詳しい仕事内容聞いてな
いんだけどアンネさんが大きい笑い声を上げていたから大丈夫だと思う」
俺が憧れていたギルドの理想を大きく壊してくれてありがとう。
最初はもっと普通の人だと思ってたのにアンネさんは金の亡者街道まっしぐらだ
な、今度お金くれないか聞いてみようかな、どうせくれない事は目に見えてるがク
エストを受けないと財布も今晩のご飯も寂しい。
「レイラも嫌な仕事は嫌ってちゃんと言うんだぞ?もし断ってもダメなようなら
お兄ちゃんが全力で守ってやるからな!」
「ありがとう、でも私これでもお姫様だからどちらかと言うと私が守る立場な気が
するんだけど」
少し申し訳なさそうにモジモジしてるのが逆に傷つくぜ。
「妹より頼りない身分という現実にお兄ちゃんは涙が止まらないよ」
でもお兄ちゃんはお前が幸せなら何でも良いんだよ・・・。
俺がそんな妹愛に溢れた事を考えていると、遠くに見える八百屋さんの前に全身黒
ずくめの男が。
皆王都というだけあってそれなりに服装には気を付けているのに、あんな怪しくて
目立つ格好珍しいな。
ん?目が合った、俺は軽く会釈をすると会釈を無視して遠くに居る仲間を呼んでる
みたいだ。
黒いのが四人に増えた。
その四人の中のリーダーと思わしき一人が二人に指示を出している。
本当街中で変な奴過ぎるだろ、黒いの二人はどっか行っちゃったし。
俺があまりにも黒いのを見てるからレイラも気になるようだ、そして黒いのが
戻ってきて。
「黒いの十人くらいに増えたな」
「増えたね・・・ねえ、私のハーフビーストとしての視力から見るに、あの集団
啓太の事を見てるみたいだけど」
「怖い事言うな・・・よ・・・ってあいつらこっちに向かって走って来てない?ね
え?こっちに向かってるよね。あれ?レイラ?」
気付くと後ろで俺の服の裾を愛らしく掴んでいたレイラが居ない。
「じゃ、私仕事があるから!啓太また今度デートしようね!!」
俺はレイラに返事をする間を惜しんで黒い集団とは逆に方向へ走りだした。
「「ターゲットが逃げたぞ!!!」」
見事にすぐ捕まった。
「放せ!!俺の事をどうするつもりだ、身体か、俺のまだ誰の物にも染まってない
綺麗な身体が目当てなのか!?」
まだ色々と未体験なのに、事務所的理由から詳しくは言えないけど未体験なのにっ
て事務所なんか入ってないけども!
「何とか言えお前ら!どうしてあんだけ走ったのに汗一つ掻いてないんでよ、お前
ら何て言うモンスターだコラ!!後胴上げしながら運んでんじゃねえよ!!」
俺の問いかけは一切答えられる事無く、まだ真新しい新築のギルドに連れてこ
られた。
こんな時に考える事ではないが、新築の家に入った時のほのかに香る木の匂いって
落ち着くものだ。
俺もそろそろ新しい家に引っ越そうかな?
あ、俺貯金無いんでした。
悲しい現実に打ちひしがれる間も与えずに、入り口のドアが開けられ、暗くて
よく見えないが、奥からコツコツとこちらに足音が近づいてくる。
「指示通りに傷一つ無くターゲットを確保しました、舞様」
「よくやったわね、ここじゃ目立つから中へ運びなさい」
またお前か・・・、もうつっこむ気力もねえよ。
中に運ばれるとギルドはどこもかしこも昔の面影はなくなっていた。
一階が受付とクエスト掲示板、後はソファや机などなど。
二階が昼は洋食屋で夜は酒場にもなる、何とも都合の良い飲食店。
そして三階が事務所と。
「ようこそ新ギルドに社長室へ金づ・・・啓太さん」
「もう金づるで良いですよ、で、俺何か悪い事しました?」
この社長室、俺の部屋より広くないか?
ソファに暖炉にでかい本棚に立派な社長机、どこまで豪華なんだよ、おい。
そして仲間のはずの舞は、どこで作ってもらったのか知らないが、黒いジャケット
に黒いタイトスカート白いシャツという秘書の様な格好で俺の事をジッと見たまま
黙っている。
冷静を装って社長の横で背筋良く立っているのだ舞の秘書像なのだろう、手に何か
持ってるし。
「手荒な真似をしてしまって申し訳ありません、実は啓太さんに朗報があって部下
に連れてくるように指示をしました」
朗報・・・?ろくでもない様な報告、略してろう報じゃないだろうな?
俺は疑惑に満ち満ちた目をアンネさんに向ける。
「そんな目で見ないで下さい、きっと喜びますよ。ではさっそく、冒険者啓太殿、
貴殿を冒険者兼ギルドマスターに任命します!」
・・・なんじゃそりゃ。
「じゃギルドマスター権限でお金をください」
「却下します、報酬などの金額は高くしますけどちゃんと働いてからです」
いよいよ今晩の夕食のアテを探さなくてはならなくなったな、自称金持ちのミケさ
んに頼んでみようか。
おだてておけば奢ってくれるだろう。
「で、ここからが本題なのですが、ギルドマスターとしての初仕事です。最近啓太
さん舞さんの活躍を小耳にはさんだカモ共・・・市民が自分も冒険者になりたいと
申してまして、啓太様に面接をお願いしたいんです」
この俺が面接、どうしよう、すっごく断りたい。
日本ではニート、ここでは肩書だけ立派な職業の冒険者、ロクにちゃんと働いた
事ない俺が面接官だなんて務まるだろうか?
その答えはノーだ、務まるはずがない。
可愛い彼女が居るイケメンとか来たら三秒で不採用する気満々だもん。
いや待てよ、可愛い女の子だけを採用すれば良いのではないだろうか?
ギルドマスターの俺に、大人の魅力に溢れたお姉さん盗賊、妙に距離間の近い同い
歳のツンデレ女騎士、そしてか弱くモンスターを見ただけで涙目になるような弓使
い。
もう考えただけで完璧ハーレムギルドの完成じゃね?
「面接お願いできますか?」
「僕に任せてください社長、このギルドを世界一のギルドにして見せますよ」
「ちゃんと戦力などを考えて採用してくださいね、面接は三日後なのでお願い
します」
ふっふっふ、面接が楽しみになってきた。
「あら啓太ったら、こんな朝早く起きてくるなんて珍しいわね」
眠たくて言う事を聞かない瞼と怠くて重苦しい身体を引っ提げてリビングに下りる
と、コーヒーを啜りながら窓の外を眺める舞が。
「今日が面接の日なんだよ、てかお前こそ珍しいな、というか昨晩いつ帰って来た
んだよ」
お陰で、お金無いから一人で寂しく食パンの耳をかじる羽目になった。
食パンの耳も案外いけるという現実に少し泣きそうになったのは内緒だ。
「そういえばそんな仕事もあったわね、私は今さっき帰って来たのよ、朝まで市場
の人達と飲んでて、気づいたら朝になっていたわ」
舞が俺以上にご近所さんや街の人達を仲良くやってるのは気のせいだろうか。
市場の人達なんて買い物の時以外話した事無いし、正直楽しそうで羨ましい。
「お前も大人だから言うまでも無いが、変な人に着いて行かないようにしろよな」
「私を何だと思ってるのよ、あと言っておくけど面接でモヤシみたいな役に立たな
い男と、見た目だけしか取柄の無い様な女は採用しないでね?」
「お前こそ俺を何だと思ってるんだよ、俺程に最高な面接官は居ないだぞ」
俺は見た目だけでは無く、ちゃんと性格まで重視する完璧な男だ。
「お姉さん・・・ツンデレ・・・ロリッ娘・・・ふふふ」
「何ぶつぶつ言ってるのよ気持ち悪い、私今夜も市場の集まりがあるから寝るわ
ね。夕方あたりで起こしてちょうだい」
舞はそう言い残して自室に戻った。
時計を確認すると今は朝の七時、面接は昼の二時からだ。
本来なら十一時頃起きるという、とてもゆっくりした朝を過ごすのだが、今日は待
ちに待った面接だ。
シャワーを浴びたり歯磨きに髪型のセットにタキシードの準備、可愛い女の子と会
うというのだからやる事は山程ある。
初対面は挨拶と清楚な見た目が大事なのだ、嫌でも気合が入るぜ。
一通りの用意を終えて、時計を確認しながら紅茶を淹れていると、ドアをノックす
る音と共に女性の声が。
「すいません!冒険者の啓太様さんはいらっしゃいますか?」
誰だこんな忙しい時に、というかこの家を訪ねてくる人が居るなんて珍しいな。
ティーカップを机に残し、玄関に下りるとご近所でこの街の有名人である、金色の
長い髪が特徴的なエルフで超絶美人のシルフィさんが。
シルフィさんが有名なのは美人だからという理由だけではない、旦那さんを若くに
亡くして未亡人なのだ。
未亡人というのは男性からしたら支えてあげたくなるもの、そのため街の男性から
はお近づきになりたいという理由で、女性からは恋のライバルという理由で有名人
なのである。
俺は軽く緊張で死にそうになりながらも紳士的に応対をする。
「僕がビスマス最強の冒険者啓太ですが、どういったご用件ですかな?」
シルフィさんは俺に一礼をしてから。
「初めまして啓太さんシルフィと言います、あの失礼かとは思いますがここでは
ちょっと言えない事もありますので中に入れてもらっても良いですか?」
「どうぞどうぞ!」
昨日あまりにもやる事が無くなったので、夜中に部屋の大掃除大会を繰り広げてい
た自分を褒めながらシルフィさんをリビングに案内する。
「ソファにでも座ってください、今暖かい紅茶を淹れますので」
「そんないきなり押し掛けたのは私なので悪いで」
「気にしないでください、どうぞ紅茶です」
「あはは、随分紅茶を淹れるの早いんですね」
目にも止まらない速さで紅茶を淹れる俺に引きつった笑顔を見せるシルフィさん。
「で、さっきの続きなんですが、僕に何の御用でしょうか?」
「用というのは、最近私の弟がこの街に引っ越してきたんですが、二百歳を過ぎて
も職に就かずに「俺は勇者なんだ、勇者は働かないんだ」などと意味の分からない
文句を言ってまして」
そういえばエルフって長寿の種族で有名だったけど、二百歳のニートって最早
ニートが職業なのではないだろうか。
「そんな弟が今日冒険者の面接を受けると言うんです。啓太さんは面接官なんです
よね?どうか人生を舐め切った弟を不合格にしてください!!」
そう言って頭を下げるシルフィさん。
「落とすのは構わないんですが、冒険者になればクエストによって報酬も出ます
し脱ニート出来て良いのでわ?」
「それはそうなんですが、弟はその・・・容姿は良いんですが女癖が悪くナンパが
趣味と公言してまして、このままではギルドにも女性冒険者にも迷惑かけると思う
んです」
チャラ男か・・・男の敵だな。
「よし、僕がその舐め切った弟を構成させてあげましょう」
もし宜しければ評価の程お願い致します。