第二十六話 お前の腹時計ってどうなってんの?
どれ位走ったか、どの辺まで登ったか分からないが、俺と舞は走ってる
途中で見つけた大きな岩の陰に隠れている。
ケルベロスに見つかった時そこそこ距離は離れていたが、あの子脚早いんだな。
あのケルベロスの必死な顔、もう帰りたくなってきた。
舞が持参していた唐揚げを遠くに投げて注意を逸らさなければ、もしかしたら
今頃俺達がお昼ご飯になっていた事間違いなしだ。
山の麓で見た白骨遺体は俺より先にご飯になってしまったのだろうか。
「うっうっう、私のお昼ご飯だったのに・・・私の・・・」
舞はと言えば、余程唐揚げが楽しみだったのか、少し泣きながら俺の方を
チラチラ見ている。
「唐揚げ・・・楽しみにしてた唐揚げさんが・・・チラ」
チラチラといい加減鬱陶しい。
「おい、何か文句あるのか?ああでもしなかったら俺達今頃胃袋の中だったかも
しれないんだぞ?その事を思えば唐揚げぐらい安いもんだろ!もう諦めろ」
「でもあの唐揚げはお肉屋さんのボトムズさんがハイキングに行くなら持っていき
な!って言って渡してくれて、私とっても楽しみにしてたのよ!?」
誰だよその装甲騎兵みたいな名前の人。
「街に戻ったら俺が買って来てやるからあの唐揚げさんは忘れろよ。それよりこれ
からどうするんだ?元の道を戻ろうにもケルベロスがまだいるかもしれないし」
「そんなの魔剣探しを続行するに決まってるでしょ!魔剣を見つけてあのケルベロ
スに痛い目を見せてやるのよ、私の唐揚げを奪った罪を身をもって味合わせてあげ
るんだから!むしろ唐揚げにしてやる!!」
そんな唐揚げ食いたくねえ。
というかチート紛いの魔剣で切りかかるつもりなのか、流石にケルベロスが可哀想
に思う。
食べ物の恨みもここまでくると正直引く。
「取り敢えずケルベロスさんの事は置いとくとして、正規のルートから外れたけど
ここからどう行けば良いか、地図を持ってるのはお前なんだから早く案内してく
れ」
忘れてたと言わんばかりの表情で地図とにらめっこをする舞が自身満々で。
「どうやら思った程私達は迷子じゃないみたいね、ここから真っすぐ行けばむしろ
正規のルートより早く着くみたいよ!」
「俺の経験上から推察するに、近道とか言われるルートは危険な罠とかあると思う
んだけど、大丈夫か?」
「何弱気になってるのよ啓太、もしかしてケルベロスが思いの外怖くて帰りたく
なっちゃたのかしら?」
そうじゃないけども・・・まあ昼間だし道の見通しも良いから変な罠に掛かる心配
はないか。
舞のそんな煽りを無視して頂上の方へ歩き出したが、俺のそんな安易な考えは
物の数分で打ち砕かれた。
「あああ!あああ!あああ!!助けて啓太!!!早く引き上げてええええ!!」
最初の罠はベタな落とし穴だった。
山から見える景色はやっぱり綺麗ねとか、緊張感の無い腑抜けた発言を舞が言った
瞬間、舞の足元に魔方陣が浮き上がり地面が消えたのだ。
そして今、間一髪のとこで落ちまいと穴の縁にしがみつき俺に助けを求めている。
「だから俺言ったじゃん、経験上危険な罠とかあるって、でもお前俺がビビってる
とか言ってたよな?それに関してまず言う事があると思うんだ俺わ」
俺は細かい事をグチグチいうような女々しい男ではないが、やっぱり間違った事
を言った仲間を叱るのもリーダーの仕事というものだ。
「ごめん!ごめんなさい!!私が悪かったから早く助けて!あああ!今がピキッて
、今ピキーッて鳴っちゃいけない音が鳴った!!」
「しょうがないな、ほらってお前なかなか重たいな」
片手で大丈夫と思ったが無理だ、俺は両手で力いっぱい舞を持ち上げる。
「ありがとうって言う気が無くなるような事をサラリと言うのは止めてくれない
かしら、次言ったら啓太が大変な目に合っても助けないわよ?」
「冗談に決まってるだろ、舞さんってばすぐ本気にするんだからあ、あはあはは」
(―ポチッ)
そんな軽い冗談を言いながら、また炭鉱に向かって歩こうとした時、俺の右足が不
自然に地面に沈んだ。
俺は何か踏んではいけないボタンを踏んでしまったらしい。
「ちょっと啓太さん、私の耳が変になって無いのであれば今ポチッって聞こえたん
ですけど?」
「そんな訳ないだろう、俺がそんなヘマをする訳ないじゃないか」
「そうよね!私がおかしいの、ねえ何でいきなり走るの!?」
舞ごめんな、お前とはここでお別れだ。
どんな罠か分からんが、さっきの本気の落とし穴を見ただけで次の罠がどんなに
恐ろしい物かは容易に想像できる。
きっと地面から無数の槍が飛び出すとか、頭上からの落石とかそんな所だろう。
伊達にゲーム漬けの廃人生活を送って来た訳では無いからな、ここは頂上に
向かって全力疾走すれば・・・あれ?何か頂上の方から大きい物音が。
舞の方を振り返ると何故か舞は元来た道を走って行く。
馬鹿め、きっとすぐに俺に助けを求める羽目になるとも知らずに。
舞は馬鹿だなと心底関心しながら前を見ると。
「あああ!!ああああ!!!」
勢いよく転がって来る岩を背に、俺は舞を追い掛けて死に物狂いで走る。
こんな罠とは予想外だ!あんなのに潰されたらマジで死んでしまう!
「ちょっと啓太!付いて来ないでよ!私の事が好きなのは分かるけど一緒に潰され
るのは嫌よ!あっち行って!!」
「そんな冗談言ってる場合か!?というかお前がこの前使ってた魔法であの岩
破壊しろよ、俺自慢じゃないが破壊力のある魔法覚えてないんだよ!」
「この前はかっこつけたけど、あの魔法も一日一回しか使えないし、今はお腹が
空いて力が出ないのよね」
「お前はどこの国民的キャラクターだ!!」
「ところでこの道元来た道じゃない気がするんだけど、もしかして啓太道間違えた
の!?」
「え!?俺お前が道覚えてると思って一生懸命走ってるんだが?って行き止まり
じゃねえか!!」
俺と舞はお互い目を合わせてから恐る恐る後ろを振り返ると・・・。
「もうダメだ!!潰される!!!」
「こんなとこで死にたくない!わあああ!!!!」
(―ムッニュ)
え・・・何これ柔らかい・・・。
冷静さを取り戻した俺は、先ほどまで岩だと思っていた物を両手でどける。
舞はというとあまりの恐怖に白目を向いて気絶していた。
これモンスターじゃあないよな・・・この柔らかいのはなんだ?
まじまじと観察していると、白い札に黒い文字で訓練用と書かれていた。
俺は山を登る前に舞が言っていた事を思い出し目を細める。
そういえばこの山は兵士が訓練で使用するとか言ってたな、もしかしてさっきの
落とし穴も訓練用だったりして。
そう考えるとさっきまでの大慌てが恥ずかしくなってきた。
「おい起きろ、おいって!もう大丈夫だから起きろって!」
なかなか起きないダメな仲間の頭を撫でて優しく起こす。
「痛い!もっと普通の起こし方出来ないの!?こんな美少女に手を上げて起こすな
んて頭がどうかしてるわ!」
美少女・・・?目が覚めたようだが頭を強く打っているらしい。
俺はそれ以上何も言わずに再び歩き始めた。
立て続けに罠にはまったせいで時間を食ってしまった。
先日購入して使う機会がなかった、大体の時間が分かる魔道具に目をやると、今は
おやつの時間らしい。
日が沈む前に魔剣を見つけて帰りたいものだ。
「小腹が空いたわね、きっと今おやつの時間よ」
「・・・お前の腹時計ってどうなってんの?」
「自慢じゃないけど、私クラスのウィザードになれば各種ご飯の時間は感覚で
分かるのよ!」
全く持ってウィザード関係無いだろうとツッコミたいが長くなりそうなので
止めておく。
そして俺の願いが届いたのか、何のトラブルも無く俺達は無事炭鉱の入り口に
着いた。
外から伺うに案の定炭鉱の中は暗く、灯りが無いと進め無さそうだ。
松明を持ってくれば良かったな。
そんな途方に暮れていると舞が一人で炭鉱の中に入って行き、そして昔使われてい
たであろう松明を持って来て。
「これまだ使えるんじゃないかしら?ちょっと啓太、魔法で火を点けて見てよ」
コイツのこんな時の頼りがいときたら一体・・・。
「『トイフレア』お、ほんとにまだ使える」
「私の目に狂いは無かったようね、じゃあ冒険と行きましょうか!」
中に入って行くと、外の暖かい春の様な気温と違い湿気がすごくそこら中に蜘蛛の
巣が張り巡らされて気味が悪い。
何か良く分からない鳴き声とか聞こえるし。
「ちょっと、もしかして啓太さん震えてるんですか?震えちゃってるんですか?
かっこ悪ひゃあ!!」
「あれえ?舞さん?今の声なんですか?ひゃって、ひゃあって聞こえたんですけ
ど」
「違うわよ!上から水滴が落ちてきたのよ、まったく冷たいわね」
舞は首筋に手を当てて落ちた水滴を拭き取ろうとすると、その水滴は糸を引き。
「何だその水滴、本当に水なのか?何かの体液だったりして」
「ちょっと変な事言わないでよ、ひゃあ!また落ちてきたわ鬱陶しいわ・・・え」
水滴の原因を調べようと舞が天井を見たが、すぐに顔を引きつらせた。
俺も舞と共に天井を見ると。
「グギガガガガガガ!!!」
「なんだこいつら、というかこの数キモイ!!!!!」
天井にはトカゲの様な顔に蛙みたいな身体、そしてコウモリの羽を生やしたモンス
ターが口を開けてぶら下がっていた。
しかも一体ならまだしも天井中に数十体、いや数百匹も。
「早く逃げるわよ!!確かこの使われていない洞窟にはリザードフロッグが卵を
産み、そして孵化させると聞いた事があるわ。一体一体は弱くてもこの数は相手に
出来ないし早く逃げるの!!」
モンスターを目にしながら逃げるのは屈辱だ、なんて俺は思う事は一ミリも無く
後退りをする。
あんなキモイの戦いたくない!剣で斬りかかるにも変な体液とか出て来そうで何か
嫌だってあれ?全然襲って来ない、もっと勢いよく飛んでくると思ったのだが。
「ガガガ・・・ガー」
「寝てんのかよ!ビックリさせやがって」
「でもチャンスよ、今の内に一気に最深部まで行きましょう」
そして真っすぐな道を進んでかなりの時間が経ち、俺達は無事炭鉱の最深部に
辿り着いた。
最深部は昔のゲームで見たような四角い正方形の部屋になっていた。
「地図によるとこの部屋が最深部だよな?何もないみたいだが」
地図を松明の光で照らし確認するが何も描かれてはいない。
「甘いわね啓太、こうゆう何も無い部屋にこそ仕掛けがあるものなのよ」
そう言って俺から松明を奪い壁をくまなく調べる舞。
「なあ、まだ見つからないのか?お腹空いて来たんだが」
流石に疲れてきた、昼ご飯も食べてないし、そこまで高さは無いとは言え山道を
走ってきた訳だし体力も無くなるってもんだ。
「なあ、もう諦めて帰らないか?きっと誰かがもう持って帰ってここには無いんだ
よ」
「ここまで来て何ぼやいてるのよ!てかアンタもちょっとは探しなさいよ」
そうは言われてもな俺にはただの壁にしか見えないし。
俺は床に転がった小石を蹴りながら適当に。
「もしかして忍者屋敷みたいに端っこを押したらクルッて回るんじゃないか?」
「そんな単純な仕掛けな訳ないでしょう、まあやってみるけど・・・あらま」
今日の俺の勘はとても冴えてる様だ、冗談で言ったつもりだったが下へ続く階段
が出てきた。
「秘密に部屋って感じでワクワクしてきたわね、私の勘によればこの下にありそう
よ」
冒険者と名ばかりの、少し魔法が使えるだけのひ弱な俺でさえも、この階段の
下からとてつもない魔力を感じる。
さすが魔剣と言われるだけあるぜ。
俺は武者震いを抑えながら、ゆっくりと階段を下りた。