第二十話 黙りなさいこの豚野郎
「そもそもミケさんは幾らでこの塩を仕入れてるんだ?」
俺のそんな言葉を聞いてキョトンとした顔をする。
間抜け顔のミケさんは塩の入った小瓶を眺めながら目を細める。
「あまり大きな声で言えないんだけど、この塩は僕が作り出したゴーレムから
採取してるから仕入れ値はタダなんだよね」
凄い事を聞いてしまった、この美味しい塩がタダだと・・・。
という事は売れば売るだけ利益が出るという事か、にしても製造方法も気になる。
タダで作れるからと言っても製造に時間が掛かったり、かなりの労力が必要なよう
では意味がない。
「採取の仕方は分かったが、その他はどうやって作ってるんだ?まさかゴーレムが
何から何まで作ってる訳じゃないんだろ」
人件費も掛けられない以上俺も手伝ってどれだけの利益が出るのやら。
「本当は企業秘密なんだけど、啓太君は僕のお店の救世主になる人だし教えて上げ
よう。まずゴーレムを召喚する、そしてそのゴーレムを一日中外で天日干しする
、日が沈みはじめた頃にゴーレムの頭部を紙やすりで削ると出来上がり」
思わず俺は口に含んだお茶を噴出した。
汚いなと言わんばかりに顔を拭きながら苦笑いするミケさん。
「それだけなのか?もっと何か丁寧に厳選するとか手間の掛かる工程とかない
のか?」
自分のお茶を飲み終わり、またベッドに包まるミケさん。
「そんな面倒くさい事しないよ、僕が何から何まで何となくで作ったものだから
ね、もしかして啓太君はあれを僕の店の主力商品に据えて売り上げを伸ばす気
なのかい?」
ミケさんは不満げに頬を膨らませているがその気持ちも分からなくはない。
店は一応魔道具店なのだから魔道具で勝負したいのがミケさんの本音というもの
だろうが・・・そうなんだろうが。
「勝負するも何もミケさんの店に置いてる魔道具は戦闘用の魔道具や回復用の
ポーションとか、一般人が生活する上で必要無さそうな商品ばっかりじゃないか」
そんな言葉を聞き先程まで気怠そうにしていたのに声を荒げて俺の肩を揺さぶる
ミケさん。
「そんなの魔道具店なんだから当たり前じゃないか!というか今時の子って何で
冒険者にならないの?何でクエストに行こうとしないの!?人間たるものロマンを
求めて外の世界に飛びたって行くものじゃないのかな、なのにこの街の人間と
きたら」
そう言いながら人間とは何かを長々と説明し説教まで始める大悪魔様。
このままでは話が脱線して終わりが見えない。
「分かった、分かったから落ち着いてくれ。今日のとこは俺帰るから作戦会議は後
日にしよう、早く風邪を治してくれよな」
深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、ベッドに戻るミケさん。
「いきなり大きな声を出してごめんね、たまに興奮して自分でも何が何やら分から
なくなる時があるんだ、今日はありがとう。僕の方でも何か売れる物が無いか考え
ておくよ」
普段温厚な人が怒ると手がつけられないとは本当なんだな。
「是非そうしてくれ、あと悪魔でも風邪を引くと言う貴重な事実をありがとう」
俺はひとしきりのお礼を告げて店を後にした。
店の外に出ると何やら外が騒がしい気がした、この店の周りは空家が多く、ミケさ
んには災難な事に人通りもかなり少ない。
ここが空家では無く人がちゃんと住んでいる民家に囲まれていたら状況は少し
変わったかもしれないが。
そんな事より大通りからだと分かる程に大勢の人間の声がするのはいった
い・・・。
俺がそんな疑問を浮かべていると買い物袋を持ったおばさん達が。
「この街に例の大罪人が運ばれたらしいわよ」
「今大通りを檻に入れられてちょうど運ばれてるらしいわね」
貴重な情報をありがとうおばさん達と俺は心の中で呟く。
例の大罪人とはどんな罪を犯した人なのだろう、俺達も前に犯罪者を捕まえた事が
あるが、これだけの規模で犯人を見せしめにしながら運ぶんだから相当な悪人
なんだろうな。
そんな人間は関わらないのが一番だ、こんな時こその触らぬ神に祟りなしという
ものだろう。
今は売り上げの事を気にして対策を考えねばならない。
考えてみれば店の再建を託されるなんて少し立場的にカッコいい気がする、そして
どうやったら儲かるかと考えているこの時間に充実を感じる。
よし、こうなったら魔道具サタンをあんな寂れた店ではなく、もっと大きな
ビルに変えてみせる。
俺は誰も居ない裏通りで拳に力を込めてガッツポーズをした。
舞が家に帰っておらず、以前に買っておいた新鮮な野菜を炒めて軽く晩御飯を
済ませた俺は、一人寂しく俺はベッドの上でウトウトしていた。
普段から頭を使って行動していればこんなに脳が疲れる事は無いのだろうが。
こんな時に経営者とか利益を考えて仕事をする人は凄いなと思う。
もし俺が経営者にでもなろうものなら二週間で会社を潰してしまう気がする。
というか経営に関しては口だけでふんぞり返る舞の方が向いてるかもしれない。
「いやそれは無いか」
俺はそんな独り言を呟いて電気を消し目を閉じた。
(―深夜二時)
トイレに行きたい、そんな理由で起きた俺は話声に気付き足を止める。
「ここが啓太の部屋よ、もう寝てると思うけど私が居るから変な事しないでね?」
「ちょっと舞さんは私を何だと思ってるんですか、これでも列記とした姫ですよ、
寝ている男性に変な事をする、最近流行りの日焼けエルフと一緒にしないでくだ
さい。いい加減私も怒りますよ」
「なに?世間の常識もろくに知らないお姫様が天下の大大ウィザード様に
喧嘩を売るっていうの?良いわよ買おうじゃないのよ表出なさい、私の空中回し蹴
りをお見舞いしてあげるわよ」
「それって魔法じゃないですよね?常識を知らないのは舞さんじゃないんです
か?」
「お二人ともお止めください、啓太さんが起きてしまいます」
いや、そんな大きい声で言い合いしていたらすぐに起きるに決まってるだろ。
まあ話を聞く前からトイレに行こうと思って起きてたけど。
俺はベッドから足音が響かないように下りてドアに近づく、どんなつもりかは
知らないが俺の誕生日はもう終わっている、サプライズではない事は確かだ。
ドアに耳を当てて聞き耳を立てようとした時。
「む、この気配・・・もう起きてますね?」
この声はアルゼウスさんか、てかバレるの早すぎだろ!
アルゼウスさんのそんな声を聞いて舞をティアナ様が。
「「突撃!!!」」
ドアが勢いよく開けられて俺はやっと外の状況をやっと把握する。
「何でこんなに兵士が来てるんだよ!!」
部屋の外に待機していた無数の兵士が俺に飛び掛かって来た。
瞬殺され捕らえられて、床に倒された俺の前にティアナ様が申し訳なさそうに俺の
顔色を伺いながら話し始める。
「申し訳ありません啓太さん、これは決して啓太さんを逮捕しようとしてる訳では
無くてですね、こんな夜分に失礼なんですが今からお城に来ていただきたく
こうして逃げられないように捕まえさして貰いました」
「俺だって大人ですから口で言ってもらえれば素直に行きま」
「黙りなさいこの豚野郎!汚い口を開く暇があったら私に命乞いをして足を舐めて
見せなさい!あははははは」
俺の言葉を遮りなんちゃって女王様を演じる舞を軽く無視して俺はティアナ様に
質問をする。
「そもそも何で俺がお城に行かないといけないんですか?言っときますけど俺は
理不尽で傲慢な権力には屈しませんから、正当な理由が無い限り立派に抵抗
しますからそのつもりで」
俺の悲痛な訴えを聞いて若干顔を引きつらせるティアナ様。
「その辺は大丈夫だと思います。啓太さんは最近巷を騒がせていた最悪の料理人を
ご存知ですか」
なんだその完全無血の中二病臭い名前の料理人わ。
「もしかして邪眼とか神に選ばれし右腕とかで料理する奴ですか?」
「いえ、そんなダサい人ではありません。見た目をあれなんですけど、食べた人間
を完全に惚れさして自分の物にし下僕のように扱い潰れたらゴミの様に捨てる、
そんな料理人です。因みに被害者は数千とまで言われています」
ほほう、少し興味が出てきた。
そんな人数を惚れさせるんだから、きっと料理だけじゃなく料理人もかなりの
美人なお姉さんだろう。
というかお姉さんであってほしい。
最近ちょっとレイラを可愛がってるからという理由で俺の事をロリコン扱いする、
一部の心無い人間が存在しているが、俺は本来年上のお姉さん好きなのだ。
「そんな犯罪者が存在している事は知りませんでしたけど俺にどんな関係があるん
ですか?もしかしてその料理人が俺の惚れたんですか?」
「いえ、それは無いと思います」
このお姫様も俺の扱いが雑になってきた気がする、というか口が悪くなってきて
ないかと思っている。
俺は心の中でその内反撃しようと誓う。
「その大罪人が今この王都の留置場で厳重に拘束されていて、今まさに尋問官が
尋問している最中なんですが・・・その尋問官が啓太さんを連れてきて欲しい
と言ってるんです」
なんだろう、嫌な予感しかしない。
最近尋問に使いそうな仕事道具を買った人に心当たりがある。
「事情は分かりましたけど何で今俺は強引なやり方で床に倒されているのんです
か?」
そんな問いかけに高圧的な態度で俺を見下ろす舞がゴミでも見るかのような目で。
「そんなの私がやってみたかったからよ!!」
「表出ろこの野郎!!」
この街に住んでそれなりに日にちも経つが。
「初めて来たけど・・・嫌な雰囲気の建物だな留置場って」
野球場並みの大きさがある留置場は石レンガ造りで何故か黒く汚れており、かなり
不気味な建物だ。
二階建てに見えるが地下二十階まである、他国からの犯罪者も収容されている
大きな施設らしい。
留置場の上を何十羽もの鴉が飛び回り目を赤く光らせている。
「私もう帰って良いかしら、ここは夜中に来て良い場所じゃないわ。それに私
そろそろ眠たくなってきたし呼ばれているのは啓太だけだし私要らないわよね?」
そう言いながら静かに後ずさりをして帰ろうとする舞の服の襟を俺は掴む。
「お前、俺を無理やり連れて来といてすんなり帰れると思うなよ?俺の用事が終わ
るまで死んでもこの襟を離さないからな」
観念した舞は俺に引っ張られながら留置場に足を踏み込み。
大きな門を抜けると、また大きな門とドアがあり中に入ると意外な事に受付の女性
が紅茶を飲んで夜勤をしていた。
そして俺達を一瞥し。
「こんばんは、啓太様とティアナ様とお付きのお方ですね、こちらにどうぞ」
「ちょっとアンタ、私がお付きって認識を改めないと酷い目に合わせるわよ。
ねえ、アンタちょっと聞いてるの?」
突っかかる舞に舌打ちをして案内を始める受付の女性。
長い階段を降りてる途中、ティアナ様が心配そうに俺に耳打ちをする。
「啓太さん良いですか、私と舞さんは大罪人が尋問されてる部屋に入れません。
だから今の内に言っておきますが簡単に誘惑されないでくださいね?少し刺激的
な恰好をしていますし、無駄に甘いセリフを吐くかもしれませんが大罪人という事
を決して忘れないでくださいね」
最初は小さい声だったのに大きな声を張り上げるティアナ様。
いくら俺が男性だからってそんな簡単に誘惑される男だと思われるのは心外だ。
どれだけ刺激的な服装をしていようと俺の心は乱れたりしないし、もしかしたら
全然俺の好みじゃないかもしれない。
「俺だって選ぶ権利がある訳ですし大丈夫ですよ、それに俺の事をどう思ってるか
知りませんがもっと信用してくださいよ。俺そんなにちょろい男じゃないですから
ね」
疑いの目を止めないティアナ様と目線を合わせているとやましい事は何もないのに
心が痛む。
長い階段を下りて一番したの階に着くと。
「うわあああああ!!!」
「何!?何なのこの悲痛な叫び声は、私ここにいちゃダメな気がするんだけど」
慌てる舞を見て軽くほくそ笑む受付のお姉さんが。
「ここは大罪人が拷問されていたりするのでその叫び声でしょう。ティアナ様と
ビビりなお付きのお方はこちらのお部屋でお待ちください、啓太様はこちらです」
俺は言われるがまま隣の部屋に連れていかれ、鉄製の頑丈そうなドアを開ける。
すると十字に貼り付けられて、手と首と足を鎖で拘束されたお姉さんがうっとりと
した表情でこちらを見ている。
なんだろうこの胸騒ぎは・・・ドキドキが止まらない。
そしてお姉さんの恰好を見て俺はティアナ様の心配の意味を理解する。
細い脚に張り付いた革製のズボンに黒色の下着のみという悩殺されてもおかしくな
い服装、そしてまごう事なき巨乳だ。
この世界に来てからというものこんな巨乳を見た事があっただろうか。
本当に感謝が止まらない。
そんな完璧なプロポーション女性が慈愛顔で俺に向かって。
「こっちに来てくれたらお姉さんが良い事して上げるわよお兄さん」
俺は普段より十割増しの紳士的な態度と声で。
「喜んで」
俺に理性など無かった。