第十八話 俺は普通の健全な男子
朝と言うには遅く、昼と言うには早い時間。
最近まで悩まされていた肩凝りと腰痛が綺麗に無くなった事により、俺は何時も
より爽やかな目覚めを感じていた。
もちろん俺の悩みを解決したのは先日のティアナ様による魔法なのは言うまでも
ない。
だが俺はそんな事で怒るような心の狭い人間ではない。
一流の冒険者であり紳士だからだ。
よく考えればレイラがもう虐められる事無く、そして当分はお城で裕福な生活が
送れるのは喜ばしい事だ。
俺は朝食を摂る為にリビングへ降りると、俺を見るなり同じ人間とは思えない言葉
を発している同居人を無視する。
何を言ってるか分からないが恐らく爽やかなこの太陽を見て興奮しているの
だろう。
気持ちは分かる、後で市場に出向いてバナナの一つでも与えてやろう。
俺は何て優しい人間なんだ。
冒険者たるもの、市民の模範となる人間にならなければならない。
「ちょっと話聞きなさいよ」
俺は昨日買っておいた食パンにバターを塗り、口に入れてコーヒーで流し込む。
バターの塩気をコーヒーのサッパリとした苦みで流し込む。
何とも贅沢なハーモニーが口いっぱいに広がる。
「おい、聞きなさいって」
この者はきっと太陽の素晴らしさについて説いているのだろう。
動物というのは日向ぼっこが好きだと聞いた事がある。
きっと俺の事を誘ってくれているのだろうが、俺はこれからギルドに赴いて妹の
仕事ぶりを見守るという義務がある。
悪いが聞こえなかった事にしよう。
「聞きなさいって!このロリコンクソ冒険者!!」
そう言ってこのよく分からない生物が俺を殴ってきた。
「何すんだよ!俺は素敵な朝を堪能してるんだから邪魔すんなよ。というか普段
この時間起きてないお前が何で今日は起きてんだよ、そのせいで調子が狂うんだ
が?」
そんな俺の言葉を聞いて何故か悠々と胸を張る舞。
「啓太は基本この時間にしか起きないから知らないのね、私は基本的にこの時間に
一度起きてるのよ」
そんな意味に分からない事を言う魔法が苦手なウィザード。
「じゃ何でリビングに来ないんだよ、俺もたまに早く起きる事もあるけどお前の姿
見た事無いぞ?」
「そりゃそうでしょ、リビングに下りてないもん。せっかく温まったベッドを
冷ますような事をしないといけないのよ。私クラスになると二度寝が日課なのよ」
自信満々にそんな人間の屑発言をする舞。
いや、昼前に起きている俺が言う事じゃないんだが。
俺だって本当は二度寝したいが、最近までレイラの朝ご飯の用意とかしてたせいで
この時間に行動してるのが癖になってしまった。
二度寝をするのに罪悪感を感じる。
「そんな話をしたいんじゃないのよ、あんたこの前ビオラと飲んだの?」
何だ唐突の、確かに飲んけど記憶が曖昧だから何とも言えない。
「飲んだけど、それがどうかしたのか?そう言えば魔道具店の店主のミケさんって
人まで紹介してもらった」
俺の言葉を遮るように顔を近づけ鼻息を荒くする舞。
何でこんなに朝からテンション高いんだよ。
「その魔道具店に行きたいのよ!私も魔法少女を志す者、この街の魔道具店と
聞いて行かない訳にはいかないじゃない」
二度寝が日課とか言ってる奴が魔法少女とまだ言うのか。
いっそ酒乱とかにジョブチェンジした方が上手くいきそうなものだが。
「今日はギルド行って可愛い妹の仕事を手伝ってやろうと思ってるからまた今度
にしよう。大丈夫、急がなくても魔道具店は逃げたりしないたたたたた」
俺の耳を持ち前の馬鹿力で引きちぎろうとする。
最近言う事を聞いてくれないと実力行使してくるのが癖づいてる気がする。
「クエストを受けるのなんて私達くらいしか居ないんだから今は私の言う事聞いて
よ!言う事聞いてくれたら良い事してあげるわよ」
今ので行く気が無くなった。
何一つその言葉にトキメキを感じない。
といか自分の事を魅力的とか勘違いしてるのが逆に腹が立つ。
「地図書いてやるからお前一人で行って来いよ、さっきも言ったが俺は忙しいん
だ。お前の趣味に付き合ってる暇は無い」
俺はそう言って舞に魔道具店サタンまでの地図を書いてあげた。
人の店だからとやかく言いたくないが、サタンと書いてて少し恥ずかしくなった。
だがサタンという名前は舞の琴線に触れたらしい。
「何て素敵な名前なの!私この店と運命を感じるわ、この店と出会うべくして出会
ったというか。兎に角今から言って来るわ!後で来てね!」
そう言うと舞は走って家を出て行った。
俺は食事の続きを済ませてギルドに向かった。
前の雑な造りと違い、しっかりとした造りのギルドに入ると、最近生活に潤いが
出てどこからか優越感が滲み出てるアンネさんが声を掛けてきた。
「おはようございます啓太さん、クエストの受注ですね、こちらにどうぞ」
何故か頑なに俺をクエストをやらせたがる。
金には困ってないはずなのに、どこまで貪欲なんだ。
「クエストには今日行かないですよ、今日は可愛いレイラの様子を見に来たんで
す。レイラは今どこにいるんですか?」
「レイラさんなら今奥の事務室でティアナ様の教育を受けています」
教育ってどういう事だろう。
「じゃあ少しお邪魔しますね、レイラ元気にしてるか?」
ドアを開けて中に入ると室内には椅子に座り大きいマニュアル本に目を通すレイラ
と、いつもクエストに向かう時の服装では無く、シャツとパンツスーツという家庭
教師みたいな恰好のティアナ様が文字通り教育していた。
「さ、今日は全部覚えるまで帰しませんよ?」
鬼の様な台詞が聞こえてきて俺は思わず声を掛ける。
「まだ働き始めて間もないんですからうちのレイラを虐めないでくださいね」
俺のそんな軽い言葉を真剣な面持ちで返すティアナ様。
「啓太さんはレイラさんに甘すぎるんです、これから働くならこれくらい覚えない
とダメなんですよ」
確かに働く上で大事な事はあると思うが、この絵面は完璧に教育熱心な母親と
泣きながら勉強する娘だ。
「でもレイラちょっと泣きかけてますよ?やり過ぎなんじゃないんですか?」
やれやれと言う顔で俺が言うとティアナ様は俺を事務室から連れ出し、これまた
真剣な顔で俺に。
「啓太さんはご存知ないでしょうけど、レイラさんはハーフビーストな中でも希少
な能力で『魅了』という能力の持ち主なんです」
なんだそれ?そんなもの女性なら誰しも持ってるんじゃないか?
まあ俺は女性に簡単に魅了される男ではないが。
「レイラには魅了されてますけど、それが能力だなんて。俺はレイラを妹として
見てるだけで女性とは認識してないですよ?」
疑いの目を向けられているが大丈夫俺は普通だ。
「啓太さんがロリコンかどうかは置いといて、魅了と言うのは話しただけで
文字通り相手を魅了して自分の虜にするんです。男性は特にその能力を受けやすく
て啓太さんがその代表例です」
その代表例という言い方は悪い代表例でしょ?という疑問はさて置き。
「あんな小さい子ですよ?いくら俺が女性と付き合った経験が無いとは言え、そこ
まで手玉に取られているつもり無いですけど」
「そんなつもりが無くてもその能力のせいでレイラさんにお願いされるとどん
な男でも言う事を聞いてしまうんです、啓太さんも身に覚えがあるでしょう?
まだレイラさんが自分自身で気付いてない為啓太さんは甘くなってしまうんです。
後レイラさんはその制御が出来ませんので気を付けてください。あと啓太さんが
女性の経験が無い事は知っています」
「おい、最後に言った情報をどこで聞いたか教えろ」
何も聞こえないとばかりに無視をして話を続けるティアナ様。
「兎に角レイラさんに甘くするのは厳禁ですからね!絶対ダメですよ!」
「分かりましたよ、では今日のとこは名残惜しいですが帰ります。これ以上居ても
レイラの為にならなさそうなので」
レイラにそんな能力があったとわ・・・では俺が最近悩んでいた女性に対して
チョロイという悩みは解決だな。
だってその能力のせいだし、俺は普通の健全な男の子な訳だ。
まあでも、全然気にしてないけど、俺のあられもない情報を流した奴を探しに行く
事にしようかな。
全然気にしてないけど。
アンネさんに挨拶だけして帰ろうとした時何故か舞が号泣しながら。
近所の子供に虐められた時に母親に泣きつく勢いで俺に泣きついてきた。
「啓太さああん!!啓太さあまああ!悪魔が!!人間の姿なのに顔だけ悪魔の
モンスターがでたあああ」
何を言ってるのか理解が出来ない。
「ちょっと落ち着け、怖い夢でも見たのか?そんな意味の分からない人がこの
街に住んでる訳無いだろう」
俺はとりあえず涙で顔をがぐちゃぐちゃの舞をギルド内に椅子に座らせて話を聞く
事にした。
「啓太から貰った地図通りに行ったらちゃんと魔道具店があったのね、店主は
優しそうな人って言ってたしビオラの友達とも言ってたから軽いノリで入ったら
・・・悪魔が居たの」
話が急展開過ぎるだろう。
確かにミケさんは病的に細い人だったから人間じゃなく見えても仕方ないが。
あれを見間違えるならどちらかと言うと死神とか骸骨だと思う。
「イマイチまだお前の言ってる意味が分からんが、悪魔ってどんな感じだったんだ
よ、てか死神の間違いじゃないのか?」
アンネさんから貰った暖かいお茶を飲みながら、いまだ小刻みに震える舞は
ゆっくりと話し出した。
「あれは死神だなんて生優しい生き物じゃないわ、黒に近い紫の皮膚に赤い眼を
していて、何より立派な角が生えてたのよ」
なるほど、さっぱり分からん。
舞の言う通りそんな悪魔が居たらご近所はパニックになる事請け合いだと思う。
「お前店の商品と見間違えじゃないだろうな、仮面の魔道具とか」
「そんな見間違いしないわよ!!!ねえ、お願い一緒に来て?」
舞の切迫した表情から嘘ではないと思うが。
本当にいるなら行きたくないのだが、もしかしたら店に入った強盗という線も
あるかもしれない。
何より滅多な事では泣かない舞がここまで恐怖を植え付けられてるのが気になる。
「お前がそこまで言うなら気になる事もあるし行くか、これで何もありませんでし
たとかだったら今度お前一人でクエストに行かせるからな」
「絶対居たもん悪魔!!」
ギルドから出ようとしたら息を切らしたギルドの前でミケさんが手に膝をついて
いた。
「あ、ミケさん無事でしたか。今舞が店に行ったら」
悪魔が居た報告をしようとしたら最後まで聞かずに、ミケさんが慌てて。
「そっちに頭がおかしそうな女性が行きませんでしたか?僕の顔を見るなり
店を飛び出して行ってああああああ!!!!」
舞を見るなりコイツだと言わんばかりに大きい声で叫ぶミケさん。
「あの服装!あいつよ啓太!!あの人間に化けたあいつが悪魔よ、啓太の魔法とか
剣術とかで早くやっつけて!さ!」
ミケさんを見るなり興奮して支離滅裂な舞。
もう訳が分からん。
俺は状況を理解する為、興奮した二人を落ち着かせる為に話を聞くことにした。
ミケさんは舞の話を聞いてゆっくりと。
「その頭のおかしい女性に言う通り、悪魔の顔をした人と言うのは僕です」
頭がおかしいと言われて喧嘩を売られたと思う舞。
「誰が頭おかしいよ、というかやっぱりこの人黒じゃない。啓太ギルドに報告する
わよ」
自分の言う事が正しいと証明されてどこか勝ち誇った舞が俺の手を引っ張る。
俺はその手を軽く払いミケさんに詳しい話を聞く。
「でもミケさんの身体細くて病弱そうだし、それで悪魔みたいな顔って言われても
納得出来ないというか」
「じゃあちょっと店まで来てください、しっかりと話すので」
俺達はミケさんに連れられてサタンまで来た。
やっぱりネーミングセンスがどうかと思う。
店に入るなり話を忘れて商品を物色する舞を俺は放置する。
また喚きだしても面倒くさい。
「若干一名話を聞く気が無い人がいるけど。啓太君、落ち着いて驚かないでね?
後ビックリするから大きい声を出さないでね」
俺が返事をするとミケさんは深呼吸をしてリラックスする。
そして身体が黒紫のオーラに包まれて、店内が魔力に満ちた風で吹き荒れる。
俺は思わず顔を両腕でガードする。
そして風が収まり両腕をゆっくりと下げると、目の前には舞の話と酷似した
正真正銘の完璧な悪魔が佇でいた。
その顔を見て思わず俺は話しかける。
「どちら様ですか?」