第一話 正社員になりました
どれくらいの時間を過ごしただろう、俺はバス停に設置されてる
木造のベンチでうなだれていた。
そう・・・このベンチが自宅近くのバス停のベンチなら何の問題も
無い、黙って帰ればいい話だ。
だがそうじゃない、俺の目の前に広がる世界は間違いなく自宅近くじゃない。
まずさっきから俺の前を通るのが人間じゃない、トカゲみたいな顔の大男や
耳の尖ったいわゆるエルフだったり、身長が幼稚園児くらいしかない
おじいちゃん達も通っていった。
そうか夢だ、目が覚めればきっと世界一落ち着くアノ自室に戻るはずだ。
試しにエルフのお姉さんのスカートをめくってみた、夢でなら許されるはず。
「何すんのよ!!!このゴミクズ変態!!!!」
ものの見事な回し蹴りを受けて危うく一昨年亡くなったおばあちゃんと
再開するところだった。
「ゆ、夢じゃないのか・・・パンツ良かったぜ・・・」
分かった、啓太よ一回冷静になろう。
俺はまたバス停に座り涙目になっていると、バスが来て一人の女性が
下りてきた。
髪が黒く長髪の眼鏡をかけた綺麗な女性だ。
俺はこの俺と同じ境遇であろう女性を少し見守る事にした。
まず目をこするよね、そして数分通行人を抜け殻のように観察して・・・そうそう
自分の顔をつねってからのベンチで寝ようとする。
ほぼ俺と一緒の行動をした彼女は寝られるはずもなく涙目になっている、俺は
少し緊張しながらも話かけた。
「あの~もしかして混乱してますよね?」
「当たり前じゃない!ここどこ?なんで人間じゃない何かが存在してるの?なに?
どっきりなの!?」
もしかしなくても相当混乱している。
「落ち着いてください、一回!一回深呼吸しましょう!」
ようやく落ち着いたところで俺達はお互い軽く自己紹介をすることにした。
「俺の名前は斎藤啓太二十二歳です、職業はニートです」
俺は去年から職業をニートと答えることに抵抗がなくなっていた。
「私は舞、年齢は二十三歳で君と同じニートよ」
まさこの同業者だった。
「これからどうしましょうか・・・」
「まず街を歩いて・・・話が出来そうな人に話を聞きましょ、あと同じニート
だから上下関係も無いし敬語じゃなくて良いわよ・・・」
街を歩いてみると見た目が派手な生き物に注目がいきがちだが、俺達みたいな
普通の人間もちゃんと存在していた。
少し安堵しながらも俺達は誰に声をかけようか悩んでいた、下手に若い人に
声はかけられない。
「ここは俺に任せてくれ、市場のおばちゃんというのは若い人間に優しいと
相場は決まってるんだ」
俺はこの国に引っ越してきた外国人という設定で話しかけた。
おばちゃんの話だと俺の予想通りこの街にはギルドが存在してるらしい。
異世界といえばギルドだ、俺は日本で言う市役所的な場所だと思っている。
だがギルドに行ってみなさいと言っていたおばちゃんは笑いを堪えながら
去って行ったのが少し気になった。
「とりあえず行く当ても無いしギルドに行くしかないわ!」
「そうだな、これからの事も誰かに相談しないといけないしな」
そんな俺達の希望はすぐに踏みにじられた、ギルドとは名ばかりのボロボロで
今にも潰れそうな居酒屋みたいな建物だった。
「ナニコレ・・・俺の危険感知センサーが入るな危険と言ってるんだが」
入口にはドアがなくバスタオルみたいなのがぶら下がっていて絶妙に不安を
を煽ってくる、俺は目で本当に入るのかと視線を送った。
「仕方ないじゃない、それともこれから行くとこがあるっていうの??」
確かにそう言われると何も言い返せない、俺達は藁にもすがりたい
気持ちだ。
意を決してバスタオルを手でめくり入ってみると、少し大きめの木で出来た
看板とギルドの外見とは不釣り合いなスーツのような服装の女性が椅子に
座っていた。
「ようこそ、冒険者志望でしょうか?それともクエストの発注でしょうか?」
さっきまで椅子で死にそうな顔をしていたのに俺達を見ると獲物を見つけた
猛獣のように食いついてきた、この人きっとヤバイ人だ。
「い、いえ、俺達は訳あってこの国に来たばかりなんですけど」
「じゃ冒険者登録を致しましょう!!!!!!」
何だこの必死の勧誘わ、そもそも俺は冒険者になるつもりはない。
数年間家からほぼ出てないし身体も動かしてない俺だ、モンスターなんて
相手にしたら数秒で餌になれる自信がある。
俺が悩んでいると舞がちょいちょいっと袖を引っ張ってきた。
「ちょっと冒険者なんて中二臭いの私やりたくないんですけど、出来ることな
ら自宅警備員とかの方が」
確かに俺も働きたくはないのだが妙に勧誘が激しいのが気になる。
俺は必死にギルドから出ようとする舞を説得して話を聞くことにした。
「何でそこまで必死に俺達を冒険者にさせたがるんですか?そもそも俺達
何かと戦えるほどの力無いですけど」
もしかして異世界でお馴染みの魔王やその他の何か強大な敵に脅かされてる
のでわ・・・
「いや、なんて言うかその・・・別に」
何だ、さっきまでギラギラした眼光をしていたのにいきなり照れだして
ちょっと気持ち悪いぞ。
「正直に言いますと・・・魔王が倒されてしまいまして~こちらとしましても
魔王が倒されると思ってなくて・・・誰もやらないんですよ冒険者」
つまりこーゆう事か、魔王は死んで平和になったから命の危険がある
冒険者なんて廃業して穏やかに過ごそうという奴しかいない、冒険者がいない
ならクエストも発注されないからギルドの財政が危ないという訳か。
「いまなら冒険者になると手数料無料で武器防具一式を差し上げます、さらに
こちらで凄腕のインストラクターも手配いたします」
もうここまでくると何か慈悲の心が・・・俺は涙腺の崩壊している舞を
集合させて会議をすることにした。
「どうする?この人困ってるし何より平和なら命に危険もないし冒険者やって
みるか?」
「ご、ごみぇんんぬえわぢじ・・・わだじぃぃぃぃぃ」
もう何言ってるかも分からないコイツはほっといて俺達は冒険者になることに
した。
「で、ではこちらの紙に必要事項を記入してください」
名前などは分かるのだがクラスというのは何だろう。
「それはですね、言ってみれば魔法使いや盗賊などのことです。そこに
記入していただくだけで何でもなれます」
なんでもだとう!!!!この場合最強のクラスを書けば良いのか、それとも
盗賊とか少しワイルド路線が良いのか悩むな。
舞は何を選んだのだろう、え、なんでコイツはウィザードとか普通の
書いてるんだ。
ウィザードって言ってしまえば魔法しか使えないんだぞ、もっと他に魔法剣士
とかあるだろうに。
「啓太、私ウィザードにするわ!いくら命の危険が少ないにしてもゼロって
訳にはいかないでしょう?なら遠距離から攻撃できるウィザードに
なって魔法少女とか呼ばれたいの!!」
あぁコイツ日本ではアニメオタクだったんだな、魔法少女という尊い存在に
なりたいのは分かるが年齢がちょっと・・・まぁ良いか。
「啓太は何にしたの?下僕?」
だんだんコイツ口が悪くなってきたな、まぁ良いか、俺は何にしよかな。
やっぱり成り行きで異世界に来てしまったとはいえ出来るだけカッコいい
のが良いよな。
「あの~言いにくいのですが、啓太さんはもう決定しております」
え、俺には選択肢が無いのか。
決められないなら決めてもらった方が早いが緊張するな、自分のこれからを
決定するものだかな。
「啓太さんは冒険者です」
「なんで俺だけそんな何も取柄の無さそうな冒険者なんですか!?」
「啓太さんにはこのギルド専属の冒険者になってもらってお金をたっぷり
稼いできてもらいます」
「あの~俺に選択肢は無いんで・・・」
「ありません」
「でも~」
「ありません」
こうして俺達はめでたくニートから正社員になった。