第十五話 女心の分かる魔法があれば良いのに
「何か食べたい物あるか?レイラの好きな物食べさせてやるぞ」
レイラは家を出た時から俯いたまま元気が無い。
時折俺に何か言いたげにしてる姿をみるに何か事情があるのだろう。
最近ようやく外に出てクエストだの散歩だの行くようにはなった俺だが、元
引きこもりニートの俺にはこの空気感は耐え難い。
ここは少し無理してでも何か話して大人の対応というものを見せなければ。
「い、いやレイラがお姫様だなんて俺全く気付かなかったよ。言ってくれれば
お姫様扱いしたんだぞ?」
俺は空気を明るくするために言ったこの言葉。
自己採点をするなら七十点くらいの、良くも無く悪くも無くと言った感じだろう。
「啓太ごめんね黙ってて・・・私啓太を騙してた事になるんだよね、ごめん」
やってしまった・・・盛大にやらかしてしまった。
空気を明るい方へ持っていくつもりが暗い方へいってしまった。
女心というものについて考えてこなかったのが不味かったのかもしれない。
乙女ゲームにも関心を持っていればこんな事には・・・。
いや、そんな物に頼らなくても大丈夫な人生楽しんじゃってる系はいくらでも
居るんだ、単に俺が下手なだけこもしれない。
「でもね啓太聞いて、私がこの街に来たのは」
「あれえ?啓太さんじゃないれすかあ?こんなとこで何やってんのよお」
何か言いかけたのにレイラの言葉を遮るようにかなり酔っ払った舞が見知らぬ
女性と肩を組んで話しかけてきた。
せっかく話してくれそうだった空気を壊しやがって。
「これから飯でも食いに行こうとしてただけだよ、ていうか酒臭い!!」
「臭いだなんてひろいじゃないのよお、ていうかまたレイラばっかり甘やかして
・・・ぐがああ」
コイツ俺が文句言う前に寝やがった!
毎日毎日酒飲んで酔っ払わないと死ぬ病気か何かなのか?
家に帰ったらコイツの部屋にある酒全部水に変えといてやろう。
「あのさ、この子どうしたら良いかな?」
この泥酔酒臭ウィザードに気を取られてて話す余裕が無かった、この人が舞の
言ってた友達か。
よく見たら俺より身長高いし髪が長い、そして言葉では言い表せない威圧感が
ある女性だ。
「うちのが迷惑かけてすいません。そこら辺の道端に捨てといて構いませんので」
そう今はレイラと楽しい食事に向かう途中だ。
酔っ払った舞の介抱で元気のないレイラを励ますチャンスを無駄にする訳には
いかない。
俺達の仲をぶち壊したコイツとはこの時間会わなかった事にしよう。
「あはは君おもろいな!でも可愛い女の子にそんなん言うたらアカンで?」
かなり明るい女性だな、というかこの世界にも関西弁なんてあるのか。
「舞を可愛いだなんて変わった目をお持ちですね」
「え、舞可愛いやん!兄ちゃん冗談キツイで!?それより道には捨てて行けへんか
ら今日はうちの家に泊めとくわ!」
「こっちこそ冗談キツイですよあはは、じゃお言葉に甘えてそいつの事よろしく
お願いします。でわ」
「ほなまた!」
俺は渇いた笑い声を上げて別れを告げる、あんなに明るい人なら舞の暴虐も寛大に
許してくれることだろう。
今度お礼を言って・・・関西弁の勢いに押されて名前聞けなかった。
俺達は結局いつもの酒場に行き家に帰ったがレイラの口から何も聞くことは
出来ず、家に帰るとレイラは疲れたからとすぐに自分の部屋に行ってしまった。
―そして翌朝。
「はああぁぁ」
「何よ鬱陶しいわね朝から溜息ばっかり、私みたいな大人を見習って定期的に
ストレスを発散して来れば良いじゃない」
朝起きると何時帰って来たのか、舞がリビングのソファでティアナ様から貰った
幼児でも分かる魔導書という絵本を読んでいた。
「お前って魔法に関してはプライドとか無いのか?幼児でも分かるってタイトルが
俺は恥ずかしくてそんなに堂々と読めないぞ」
「そんな一レイズにもならないプライドより大切な事がこの世にはあるのよ」
お前が大切にしてる事は酒の事だろう。
「幼児でも分かる魔法より今俺は歳頃の娘を持った父親の気分だ。女の子の気持ち
が分かる魔法とかあれば良いんだが娘の気持ちが分からない」
「そんな魔法あっても啓太がモテる事は無いと思うわよ。そんな事よりビオラに
聞いたんだけど昨日私を道端に捨てて良いとか言っ」
「知らない」
「いやでもビオラが」
「知らない」
俺は嘘なんてついてはいない、確かに昨日関西弁の女性には会ったけど名前
聞いてないし。
「そんな事より俺今日はレイラと出かける予定あるからクエストはお休みって事で
よろしく」
そう、昨日言われた通り今日はお城に行くのだ。
本来ならパーティーメンバーである舞を一緒に連れて行っても問題は無いのだが、
初対面の時からお姫様であるティアナ様に微塵も敬う気持ちが無いコイツだ。
お城に行ったら何をやらかすか分からない。
こんな奴のせいでまだ若いのに処刑なんて御免だ。
王様に会う訳では無いが不安要素をなくすのは何においても鉄則。
「え~今日の私はやる気だったのに、どこ行く気なの?」
「い、いや別に、レイラにそろそろ服でも買ってやろうかなっと思っただけだよ」
「それなら私も行きたいんだけど」
「絶対ダメだ!!お前はそのビオラさんとでも遊んで来い」
舞は頬を掻きながら少し困った様に。
「あの子今日仕事なのよ、だから暇だったんだけど。まぁ良いわ適当に出かけて
来るわよ」
ん?そういえば昨日何から何まで聞くの忘れてた。
「ビオラって何してる人なんだ?無駄に明るいから飲食店とかか?」
「そういえば私も詳しく知らないのよね、前に聞いたときは悪い人を懲らしめる
仕事をしてるとか言ってたわ」
あの威圧感で悪を懲らしめる仕事だなんて、なんだかあの人とは関わらない方が
良い気がする。
「ところで啓太、そろそろレイラを起こさないともうお昼なんですけど」
「もっと早く言えよ!!」
「やあ!啓太君!まさか君を通すことになるとは初めてここで君と出会った時には
考えもしなかったぞ」
朝に散歩してた時に知り合った門番さんが嬉しそうに話しかけてくる。
そんなに喜ばれても功績を上げた訳じゃないから何か心苦しい。
「俺も思いもしなかったですよ、緊張するので本音は来たくないんですけど」
「一市民が城の中に入るのは珍しい事だからそう言うな、それより粗相がないよう
にするんだぞ」
そう言い合図をすると大きい門が軋みながら開く。
「生きて帰ってくるんだぞ!!」
何で不安を煽ることを言うんだよ。
もし一人なら緊張でトイレに逃げ込んでたかもしれない。
城内に入ると俺の落ち着かない態度とは真逆の落ち着いた雰囲気の筋骨隆々とした
初老で白髪の執事と思わしき方が待っていた。
「私は執事のアルゼウスと申します。冒険者の啓太様とレイラさんですね、
ティアナ様が自室にてお待ちです」
服の上からでも分かる程の立派な背筋、そして腕太!
俺はアルゼウスさんのただならぬオーラから思わず話しかける。
「あの、初対面で失礼とは思いますが本当に執事ですよね?数多くの死線をくぐり
抜けてきた戦士のようなオーラが見えるんですけど」
俺のそんな言葉に対して紳士的な笑いを見せるアルゼウスさん。
「ははは、もちろんでございます、私はただの老いぼれです」
俺の事なんか小指で捻り潰しそうな老いぼれが存在してたまるか!
「この部屋です、どうぞごゆっくりなさってください」
部屋に入ると普段のクエストをこなしてる時の動きやすい恰好ではなく、シンプル
ながら気品の溢れる白いドレスを纏ったティアナ様が椅子に座り紅茶を嗜んで
いた。
あれ?なんか後光が差し込み女神に見える。
「啓太?デレデレしないでよ、私拗ねるよ?」
あまりにも俺の顔がだらしなかったのかさっきまで無言だったレイラがティアナ様
に聞こえないように小さい声で囁きかける。
「ゴホン、ところで今日はどんな要件でしょうか?」
焦って変な話し方になってしまった。
止めてティアナ様、俺をそんな呆れた顔で見ないで。
「もちろんレイラさんの事でお呼びしました。単刀直入に言いますがレイラさん
今すぐにアジュライトにお帰りください」
あまりの唐突な言葉にレイも負けじと言い返す。
「あなたには関係ないし私がどこで何しようと勝手でしょ?」
まだ子供だが一応はお姫様、ティアナ様にも負けられない何かがあるのか
少し熱くなってきたように見える。
「そうはいきません、ビスマスとアジュライトは友好関係であっても同盟国では
無いんです。もしレイラさんに何かあったら国同士に軋轢が生まれかねないん
です」
ヤバイ、女同士の戦いになってきた、この場に居づらい。
レイラって大人しいように見えて意外に血の気が多いからな。
「だったらお姫様という名ばかりの肩書なんて捨てるもん!!私は啓太と一緒に」
「そんな事公式の場で宣言しないと意味が無いことぐらい分かるでしょ!!」
バンッというティアナ様の机を叩く音が部屋中に響き渡る。
ティアナ様が向きになったとこを初めて見た。
「ちょっとティアナ様落ち着いてください」
そんなに大きい声で怒鳴ったら泣いちゃうからと言うのが遅かったようだ。
「うわあああああぁぁ!!!」
いくら気が強くてもまだ十歳程度、大の大人に大きい声で怒鳴られれば泣いてしま
うのは当たり前だ。
俺は大泣きしながら助けを求めるように抱き着くレイラを抱っこする。
「怒る気持ちも分かりますけど泣くまで言ったらダメじゃないですか」
ティアナ様も舞みたいな大人げない部分もあるんだな。
「そ、そんなつもりじゃなかったんです。というか私にも立場というものがあって
ですね?」
確かにお姫様としてはビスマスの平和を維持するのは義務みたいなものだろう。
それに行方不明の娘、それもお姫様が犯罪に巻き込まれたらとなったら問題になる
のは避けられない。
そんな事を考えながら俺はレイラの言った名ばかりの肩書というのが気になった。
「レイラがこの状態じゃ話も出来ないのでちょっと中庭を散歩してきても良いです
か?一時間もすれば大丈夫だと思いますので」
子供を泣かせてしまったという事実に普段冷静なティアナ様も流石に落ち込んで
いる。
「私も頭を冷やしたいので少し時間を置きましょう」
抱っこの次はおんぶをしながら綺麗に整えられた中庭を歩く俺達。
もし何も知らない人が俺達を見たら妹と兄の仲睦まじい貴族に見えるのだろうか。
いや、このいつも着ているボロボロの服じゃダメか・・・収入も安定してきたし
新しい服でも買おうかな。
「啓太もう大丈夫、ありがとう」
可愛い妹の暖かさが名残惜しいがゆっくりとレイラを地面に降ろし次は手を繋ぐ。
「何もお礼されるような事してないよ、ところでちょっと聞きにくいんだけど
さっき言ってたお姫様が名ばかりの肩書ってどうゆう意味か良ければ聞かせてくれ
ないか?」
レイラは目元を服の袖で拭いながら落ち着いて話してくれた。
「私は本当の王族じゃなくて拾われた子なの」
予想外の事実に俺は黙って話を聞く。
「だからお城でもお姉ちゃん達に虐められたり、お父さんも私が虐められてのを
見ても助けてくれなくて・・・それで私は絶えれなくなって国を出たんだ」
ちょっと俺は会った事も無いアジュライトの国の王族にカチンときた。
俺のレイラがまさかそんな扱いをされていたなんて許されるだろうか、いや許され
てたまるか!!
ひとしきり話し終えたレイラと一緒にティアナ様の待つ部屋に戻る。
「レイラさん先程はすいませんでした、で話の続きなんですがやはり」
「ちょっとまってくださいティアナ様、俺はこのままレイラはと一緒に暮らす事に
します、もうレイラは家の子なので」
ティアナ様は俺の事を良識のある大人と思っていたのか、かなり焦ったように
戸惑っているがそんな事は無視して話を続ける。
「なんでもレイラはお城で虐められてるらしいじゃないですか、そんな事を聞いて
すんなり帰すと言えますか?いいえ言えません」
俺の切迫した表情に押されていたが我を取り戻すティアナ様。
「確かに虐めというのは良くない事です、私も小さい頃はメイドに虐められた記憶
もあります。ですがそれに耐えるのも姫として立派に成長するのに必要なこと
なんです」
お姫様がどんな教育やどうやって人として育てられるかはこの際どうでもいい。
今日の俺は一歩も引く気はない、ここでレイラを国に帰してまた辛い思いをさせる
程俺は冷たい人間ではないんだ。
「人には耐え難い事もあるんです、それがレイラのような小さい子ならたくさん
ありますし世の中には虐められる方にも問題があるとか言う輩もいるようですが
そんなのは虐められた事の無い人間の発言です」
「どうしてもレイラさんをアジュライトに帰す気はないんですね?」
首を縦に振る訳にはいかない、俺も男だ譲れないものがある。
「仕方ありませんね、分かりました」
ため息をつきながら何かを決心したかのような顔つきで俺達を見つめる。
本当に話の分かるお姫様であり頼もしい仲間だなと俺は心の中で関心していた時
、おもむろにティアナ様は右手を上げ。
「アルゼウス!!この者達を捕らえなさい!!」
裏切りやがったなこの野郎!!!