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27話 弁当

お願いいたします

家に帰った後の事。


家賃三万五千円の超ボロアパートに帰った俺は、無駄に広い部屋のど真ん中に置いている粗大ゴミで拾ったちゃぶ台の上で作業をしていた。



数種類の布を組み合わせて、川柳で簡易的に作ったメイド服とは全くの別物を作る。


何も参考にした物が無い為に、もしかすればガーターベルトは正規のメイドさん達が身につけているかもしれないから、作った方が良いかも....


等と考えながら気持ち悪い笑みを浮かべていた俺は、途中で思い止まって、真面目にマトモな衣装を縫い続けた。



ミシンの様に完璧な縫合と言うのはやはり、常人の手捌きでは難しく丁寧にを心掛けていた所為か無駄に時間が掛かってしまっていた。


チクチクと、縫い続けながらも綻びが無いかを丁寧に見回す。


流石に無いと思うが、綻びが大きくなって身につけていたメイド服が一人で地へ落ちる様な事が無い様に注意しながら縫い続けた。





『よしっ...出来た。』


俺は布から不自然に延びていた一本の糸をハサミで切りながら独り言を零した。


粗大ゴミから拾った、大きなノッポの古時計を見ると作業開始から一時間程が既に経過していた。


川柳で作った時と比べると十数倍時間が掛かっているので正直言うと、時間をかけ過ぎたかなとは思ってしまう。


けどまぁ、より綿密さを求めて作ったんだし、しょうがないなと思う事にした。



其れから持ち続けていた針を針山へ刺し、特にする事が無いので机の上に置いている裁縫道具を眺める。



『暇だ……』


思わずそんな言葉が出てしまう。


何時もならまだ川柳を手伝っている時間に家に居て、更にする事が無いという事が俺にとって珍しかった為にそんな言葉を口にしていた。


『……』


取り敢えず紙袋に今作ったメイド服を入れる。


俺は散らかった卓袱台を眺めながら此れからどうしようかと考えていると、今日あった出来事を思い出し始めた。



今日は色々あった……本当に。


朝、店長の話を聞いた時はもう駄目かもしれないとも思わされた。


だからこそ俺は、森宮に自分から動いて貰おうと頼んだ。


その甲斐があるのかは、まだ分からない..


けど、絶対に何かが変わる


其れだけは確信を持って言えた。


逆に動こうとしなければ、何も変わる事は無い。



…だから、逆説的に考えて俺の考えは間違い無い筈だ



『頑張ろう。』










『やべ...寝てたわ。』


気付けば仰向けで倒れて寝むっていた俺は、眠気などが一切無いスッキリとした顔で思わず呟いていた。


首だけを動かして時計を見て分かったが、新聞配達へ向かうのには丁度良い時間帯に目が覚めた様だった。


息を吐きながら、腹筋を鍛えているのかと思う程、ゆっくりと起き上がり、両頬を軽く叩いた。


ぽんっ。


大して痛くも無く、大きな音が出る訳も無かったが少しは気合も入ったので立ち上がり玄関を目指した。


『 行くか。』






其れから二時間程経ち、一度家に帰った俺はシャワーを浴びた後、何時も通り川柳へ訪れた。



『おはようございまーす。』


そう言いながら扉を開けると、店長はカウンターにいる常連さん達の相手をしている。


….そして視線を横にずらすと、森宮がカウンター以外の軽い改装を行なっていた。


『おはよう、高榊。』


『森宮…来てたんだな。』


『昨日、店長にお前は毎朝来てるって聞いたからな。』


『そうか...一応聞くけど、今のでどれくらい進んだんだ』


俺は森宮の周りを見回す。


正直に言うと雰囲気などはあまり変わり無かった。


少し年代を感じさせられるカーテン等が取っ払われて、机と椅子が増えていただけであった。


見る人からすれば、シンプル イズ ベスト! っと言うのかもしれないが、俺からすれば全く進んで無い様にしか思えなかった。



『ごめん、あんまり進んで無いんだ。…取り敢えず席を増やして客が入るキャパを少しだけだが増やして掃除まではしたんだけどな...』


森宮は少しだけ罰が悪そうな顔をしていた。



見た目通りやはり、あまり進んではいなかったか...とは本気で思ったが森宮の顔を見て本音を言う気には無らなかった。


『まあ、此処から内装をどうするのかは知らないけど、今日中に終われば良いんだし大丈夫じゃないかな?』


『…そうだな、今日中には終わらせるよ。一応、頭にはどんな内装にするかの構想はあるから放課後に小物店で買ってくるかな。』


そう言うと、今出来ることを見つけたのか森宮は再び作業に取り掛かった。


邪魔をしては悪いと思った俺は紙袋を片手に、店長がいるカウンターを素通りして厨房へ行こうとする。



『やぁ、また来たよ...裕也くん。』


『裕ちゃん、見たことの無い人が来てるけど新しいバイトの人なの?』


店長と談笑をしていら二人のお客さんが座ったカウンターの後ろを通り過ぎようとした瞬間、俺の方へ顔を向けて話し掛けてきた。


今、俺の目の前にいる二人は若くても60前後であろう老夫婦である。


この老夫婦は殆ど毎日訪れてくれる常連客の一人だったので、何時も通りの返事を返した。



『おはようございます、いつも来てくれてありがとうございます...山田さん。其れと、あいつは俺が手伝って貰いたくて呼んだ知り合いですよ。』


『あらっ、そうなの?なら後で挨拶させて貰わなきゃ。』


山田家(妻の方)にきっと喜ぶと思いますよ、とだけ伝えて厨房に向かた俺は、机に紙袋を置き、皿洗いを始めた。


すると、数分後に俺を追いかけて来たかの様にタイミングを見計らって、店長がカウンターからやって来た。


『おはよう、高榊君。』


『おはようございます、店長。メイド服は其処の机の紙袋に入れてますんで後はよろしくお願いします。』


『うん、分かったよ...ありがとう。』


洗い物をしているので、音しか分からないが背後から紙袋を漁る音が聞こえる。


『…どうです?』


『うん...良いと思うよ。』


『そうですか...ありがとうございます。』




『……』


何故か事務的な会話になっていた俺と店長は、これ以降喋れなかった。


食器や料理器具についた泡を洗い流す為の水音だけが嫌に響いていた。


しかし、此の時は未だマシであった。


水で洗い流した後は、本当に無音である。


お互い、働いている身分なので作業中に別段喋らない

様な時間がある事は何ら不思議ではない。


なのに、この瞬間は人生のベスト3には入りそうな居心地の悪さだった。


さっさと皿を拭いて片付けたらカウンターに逃げよう。


そう考えた俺は皿拭き用のタオルに手を伸ばしていると、柳さんが降りて来た。


『おはようございます!高榊君。』


『おはよう...柳さん。』


『おはよう遥、メイド服出来たみたいだよ。』


店長が柳さんにメイド服を見せる。


柳さんはメイド服を見て何とも言えない顔をしていた。


『...可愛い服ですね。 此れを私が着るのかぁ...』


柳さんメイド服を身につける事に未だ少し抵抗があるようだった。


『別に着たくないなら着なくても大丈夫だと思うよ?ね、店長?』


『うん、俺もそう思うよ。森宮君が言うには其処其処の人数が手伝ってくれるって言ってたから』



やりたくないと言うのならやらせないほうが良い。


昨日はああ言ったけど、改めた柳さんを見て感じた思いは此れだけだった。



一着無駄になっちゃったなぁ、手伝いに来てくれる人に誰か似たような体型の人がいないかな...


デザインは一緒なので作ろうと思えば、もう簡単に作れるし少しサイズを変更するぐらいな容易だけど、ぶっちゃけて言うと面倒だった。


…此ればっかりは、願っとくしかないか


どんな人が来るかなんて全く知るよしもない俺はそんな結論を出しかけていた途中で柳さんが口を開いた。



『やります!やらせて下さい!!』


『本当に...大丈夫なの?やりたくないんならやらなくても』


『大丈夫です!』


俺の言葉を遮るようにそう言った。


初めは、ヤケになって空元気で答えている様にしか思えなかったがやりたいと言うのなら頑張って貰おう。


『じゃあ、それ柳さんの衣装だから。俺が帰った後にでも着て見てね』


『はい、ありがとうございます!』



そんな話をしているうちに全ての食器を拭き終える事ができたので、店長と柳さんを残してカウンターへ逃げだした。



其れから何事もなく30分程が経った。


大体7時40分頃になった頃に、俺は一人少しだけ速く学校へ向かわして貰うことにした。


『すいません店長、ちょっと用事があるんで先に行かせて貰いますね』


『お疲れ様、高榊君』


店長が何時も通りわざわざ作ってくれた弁当を俺に渡す為に厨房に戻ろうとしている。


『じゃあ、失礼しまーす!』



俺は、店長から弁当箱を渡されないうちに川柳を後にしたのだった。






ありがとうございました!

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