19話
また、変なの出してすいませんでした。
消しましたんで、お願いいたします!
高榊と柳さんを置いて店長は川柳を出ると、店の前に迎えが来ていた。
車の車種などを全く知らない人間でも知られる。
ポピュラーな車。
俗に言われるリムジンが川柳の前に止まっていた。
『兼続様、お待たせしました。』
兼続が店から出た事に気づいた運転手は車から出ると、後部座席を開ける。
『うん、ありがとう。』
兼続が車に乗ると運転手は扉を閉めて自身も運転席へ座る。
『兼続様、少し時間的に遅れが見えますので直ぐに発進させて頂きます。』
『頼むよ。』
了承の意を受けた運転手は、いつ動き始めたのかが分からない流暢な運転で車が発進した。
川柳を離れて、一時間強経過した。
某首都の某大企業の親会社が並ぶ地区の一つに存在する高層ビルに到着した。
カチャッと、運転手がつけていたシートベルトを外す音がする。
数秒後、運転手は兼続が座っている後部座席の扉を運転主が丁寧な造作で開ける。
『お疲れ様でした。兼続様。』
『うん、此方こそお疲れ。』
兼続はクルマを出て、本社へ足を運ぶ。
彼が代表取締の息子である事は社員全員が周知している。
その為、カウンターの受付係に簡単な挨拶をしただけで素通り出来た。
エレベーターへ入り、一般社員では絶対に押さないであろう最上階へのボタンを押す。
扉が閉まると高速で兼続が居る鉄の箱で上昇し始めた。
兼続は最上階に上がって行く間、表情筋が一切動かなかった。
『……胃が痛い。』
娘達には、良い返事が貰えると言ってはみたが、ハッキリ言うとそんな気は一切していなかった。
何故か、母親は事あるごとに川柳を潰そうとする。
死んだ父親と頑張って錐揉みして初めて営業した喫茶店なのだから、もう少し大事に扱ってはどうかと良く言うのだが一切相手にはしてくれないのだ。
理由は分からない。
幾ら聞いても、凛とした態度で駄目だとだけ吐き捨てて、あんな店早く潰してしまえと言う。
最終的には仕事を手伝えと何時間もかけて説き伏せられていた。
その為、此れから何度目かも分からない川柳の未来についての話し合いをするのかと考えた時にはストレスで胃が荒れてしまうのだった。
『...帰りたいな。』
思わずそんな弱気を零してしまう。
しかし、兼続の思いとは裏腹にエレベーターが最上階に到着した様で気づけば扉が開いていた。
今逃げて仕舞えば、問答無用で親父との思い出の場所は無くなってしまう...其れだけは嫌だ。
深呼吸をして心を落ち着かせ覚悟を決めた兼続は母親がいる部屋へ向かうべく踏み出した。
別段宝石等で装飾されている訳ではないと言うのに、無駄に豪華だと思ってしまう一枚板で作られた艶やかなニスが繊細に塗られた扉。
何と無く、恐れ多い様な気分になりながらも兼続は数回叩いた。
トントントン。
『誰だい?』
扉の奥から身に覚えがありすぎる声が聞こえる。
言葉を耳にした瞬間心臓がキュッと萎んだ様な気がしながらも返事をする。
『…息子の、兼続です。』
『入りな。』
『はい。』
中からガチャリと鍵が開いた音が聞こえ、扉が開く。
母親の秘書をしている、女性が開けた様だった。
『どうぞ、兼続様。』
『...ありがとう、佐藤さん。』
『いえ。其れよりも、思ってたより時間が遅れています。...恭子様の機嫌が悪い様に見えますのでお気を付けて。』
『…聴こえているよ真礼。』
『ひっ、すいませんでした!』
『歳だからって私の地獄耳を舐めないで貰いたいねぇ。』
兼続へ善意として、聴こえない様に呟いていた筈なのに聴こえていた恭子は秘書の真礼へ文句を言う。
兼続は声のする方を見ると、白髪は一本も存在しない艶の在る黒髮と少しの小皺からは60代の老女とは思えない母親がいた。
歳が経つごとに丸くなるという言葉が在るが目の前の老女には当てはまらないらしく。
顔を合わす度に眼光が強くなっている気がした。
実の息子でさえも、この状態の恭子は恐らしく感じているのだ、赤の他人と言っても良い様な秘書では耐えられなかった様でオドオドし始めた。
『ゔ...ごめんな、さい。』
『別に良いんだよ。アンタの言った通り、わたしゃ機嫌が悪いしね。』
『…………グス。』
プレッシャーに耐えられなくなったのか、秘書官の瞳から涙が溢れ始めた。
流石に見ていられなかった兼続は口を挟もうとする。
『其れより、母さん。川柳の事だけど昨日送った報告書に載ってただろうけど、売り上げが戻ったんだから続けても良いんだよね?』
『…未だそんな事言ってんのかい。確かに報告書は見たけど駄目だね。』
『...理由は?』
『簡単だよ。たった一ヶ月だけ売り上げが戻ったってまた下がって仕舞えば一緒じゃないかい。どうせ閉店するって言ったら昔馴染の客が来たんだろう?』
『…其れは未だ、お客さんには言ってないよ。』
高榊君は従業員になったからセーフだよね?
そう思いながら答える。
『へぇ...なら、潰すって言えば最低でも来月は後5割ぐらい伸びるかもね。』
『母さんっ!』
あまりに酷い言葉を聞き思わず叫ぶ。
『...なんだい』
『俺は、俺は…あの場所を残したいんだよ。』
兼続は、幼い頃に父と母や友人、そして最愛の妻との思い出を形として残したかった。
だからこそ、何度も何度も話し合って来ていた。
そんな彼の想いを一応は理解している恭子は声のトーンを落として答える。
『…私は、あんな所サッサと潰したいね。』
『何時も其れしか言わないけど理由はあるのかい?』
『………売り上げかね。何年も赤字ばっかじゃ、上に立つ人間としては潰すしかないからねぇ。』
『確かに此処数年赤字なのは分かってるけど一件ぐらい良いじゃないか。』
『……はぁ。』
恭子の大きな溜息が聞こえる。
経営者にどれだけ馬鹿な事を言っているのは理解している。
だが、其れでも言わなければならなかった。
『…分かったよ、二つ条件がある。』
恭子が渋々答えた。
『何だい?』
『………来月、この売り上げを5倍に迄持って行きな。』
『『5倍っ!?』』
恭子の言葉に兼続だけでなく離れて話を聞いていた真礼も声を出してしまう。
『ああ、そうさ…5倍だよ。』
『幾らなんでも、タダの喫茶店で其れは無茶じゃぁ...』
『真礼、口挟むんじゃ無いよ。アンタも無理だと思うんなら諦めな。』
『ごめんなさいっ!!』
真礼は兼続の後ろに隠れる。
『………』
兼続は今の条件をなんとか達成出来るのかと考え続けていたのだが、恭子に急かされた。
『即答出来ないんだったら無理さ。諦めな。』
『分かった、やるよ。』
兼続は即答した。
もとより一ヶ月後には問答無用で壊されていたのだ。
悲しそうな顔をする娘を見て頑張ればなんとかなるなんて言っていた兼続ではあったが実際の所はそんな話など一切無かった。
どんな事をしても一ヶ月後には潰す事になる。
最近まで、兼続も理解して諦めていた。
しかし、娘が連れて来た青年が来てから明らかに変わり売り上げも伸びた。
不可能だと思っていた川柳、存続の可能性すらうっすらと見えて来たのだ。
彼となら、何とか出来るかもしれない...そんな根拠の無い自信が何処かにあった。
其れらの理由と何方にせよ此の条件を飲まなければ川柳は無くなるのだという事を理解して兼続は口にした。
『……もっと、無理だとかゴネたりすんのかと思ったけど...まさか即答するとはね。』
少し、恭子は不満げに口を開く。
『なんで驚ろいた顔をしてるんだい。どうせ此の条件を呑まなかったら潰す気なんだろ?』
『…当たり前だよ。』
『なら、そう答えるしか無いじゃないか。』
『...やけに、ハキハキと答えるねぇ自信でもあんのかい?』
『どうだろうね?』
兼続の言葉を聞いた恭子は拍子抜けする。
何か妙案があるのかと思っていたがそうではないのだと判断した恭子は溜息を零した。
『....そんな根拠も自信も無いんだったら労力の無駄だよ、やっぱり今のは
『無い事はないよ、母さん。』
口を挟まれて開けっ放しになっていた恭子は同然質問する。
『……ふぅん。其れは?』
『一人、料理が上手な子が手伝ってくれるようになったんだよ。』
『...料理が上手な子って、まさかっ素人かい?』
『うん、そうだよ。初めなんかオムレツを作ってくれって言ったら固まっててね。遥が連れて来た男の子だったんだけど、此れはダメだなって思っちゃったよー』
笑いながら話す兼続を見て、恭子は少し心配になってしまう。
『...其れ、ホントに大丈夫なのかい?』
『まあ、来てみれば分かるよ。あまり分からないだろうけど地味に凄いから。前なんかね、卵10個使って大きなオムレツを一回で作って見せたんだ。其れも一切の焦げ目無くね。』
『………そうかい。』
『ああ、そうだよ。』
恭子は、何処かで聞いた事がある様な話を聞いて昔を懐かしく思いながら此処で一度話を終わらした。
『今日は、此れから何か用事でもあるのかい?』
『無いから、一度家に帰って父さんとアイツの墓参りに行こうとは思ってる。』
『そうかい、なら私も久々に行こうかね。』
『ちょっ!恭子さんっ!!未だ仕事が.
『あんた秘書なんだろう?なんとかしな。』
『いいゃやああああっ!!』
何時も通り恭子に無理難題を押し付けられた真礼は絶望に刈られて叫ぶ。
彼女の声はビル中に響き渡った様な気さえも感じさせられた。
『うるさいね!黙んなっ!!』
真礼を黙らせる恭子の声はとても60代の老女とは思えないほど、凛として透き通った声で此れは間違いなくビル中に響いた。
ありがとうございました!
なんか評価お願いいたします!