86話 リルお姉ちゃん?
3章 第1部 入学式前日
時刻は朝十時ごろ。四条陣がいるのは、ロストポイントの神代特区旧市街。建物は長い間、誰も使っていないため荒廃しまくっている。さらに窓ガラスが割れ、壁のいたるところが崩れ落ちたりなどの破壊された痕跡も。一応空は晴れているが、廃墟の街並みの雰囲気のせいか景色が全体的に少し暗く感じた。そして今いるのはそんなゴーストタウンと化した、廃墟街のとある七階建てのビルの屋上。今日は朝早くから魔道の求道のためここに来て、創造の疑似恒星の同調に励んでいたのだ。
「やっと手に入れたオレの輝き、創造の星……」
手に持っている真紅の宝石が入った、ロケット式のペンダント。創造の疑似恒星を眺め、ふと物思いにふける。
すでにアンドレ・ローラントとの激闘から、一週間近く。やっと手に入れた星への興奮は今だ冷めず、陣の中で激しく燃え続けていた。
(――そういえば、あれはなんだったんだろうな……。夢なのか、それとも本当にあの場所に……)
陣は創造の疑似恒星を手に入れてから、二日目の夜。起こった出来事を再び思い返してみた。
「ふんふんふーん、はい、ジンくん、紅茶を入れてあげたんだよ。どうぞ!」
銀色の髪のリルの面影を残す少女が、鼻歌を歌いながら紅茶を入れ手渡してくれる。
ここは見渡す限り白い花が咲きほこる、花畑のような場所。空はなにもないかのごとく空虚であり、闇に染まっている。ただ月に照らされたかのように淡く輝く白い花々によって、あたりは明るくどこか幻想的な風景をかもしだしていた。
そして陣がいるのはそんな月夜の花畑の中、設置されている白いガーデニングテーブルの席。ここで向かいに座る謎の少女と二人っきりなのであった。
「――ああ、ありがとう、――リル……、さん……」
紅茶をいただきながらお礼を。一瞬いつものようにリルと呼びそうになるが、すぐさまさんをつけてだ。
「うーん、なんだかわたしの名前を呼ぶとき、ぎこちなくないかな?」
リル・フォルトナーはほおにポンポン指を当てながら、首をかしげてくる。
「いや、実はオレのすぐそばに、きみによく似て、しかも同じ名前の女の子がいるんだ。一応十歳ぐらいだから見分けがつくんだけど、なんか混乱してしまうというか」
彼女はあまりにリルの面影がありすぎる。そのためどういうふうに接していいのかよくわからず、ぎこちなくなっているのだ。
「つまりその子とわたしを同一視してしまって、調子が狂ってるみたいな感じかな? それは少し不便だね。そうだ! なら、キャラ付けをはっきりしちゃおう! ジンくんは何歳かな?」
「オレは十五歳だけど」
「やったね! わたしの方が年上なんだよ。それじゃあ、今日からわたしは、ジンくんのお姉さん役ということにしよう! リルお姉ちゃんって呼んで、いっぱい甘えてくれたらいいんだよ!」
リル・フォルトナーは迎えるように両腕を差し出し、うきうき気分で提案してくる。
「ちょっと待て、なんでそうなるんだよ」
「むっ、わたしがお姉さんだと不服なのかな?」
「いや、どこぞのお姉さんぶる子供よりは、ぜんぜんありだけどさ」
かわいらしくほおを膨らませるリル・フォルトナーに、陣は頭の後ろをかきながら思ったことを口にしてしまう。
リルも自分が年上だからだと、お姉さんぶっていた。だが彼女の場合は明らかに十歳ぐらいの外見のため、ただ子供が背伸びしようと必死になっているふうにしか見えなかったのである。しかしリル・フォルトナーは外見的にも、一つ歳上の少女。しかもどこかはかなげで大人びた雰囲気をしているため、ミステリアスなお姉さんという言葉がすごくしっくりくるのだ。なのでつい肯定してしまっていた。
それがあだとなることを知らずに。
「ふふっ、そっかー、うれしいなー。ジンくんがお姉ちゃんとして認めてくれて! じゃあ、早速呼んでみてほしいんだよ! さん、はい!」
するとリル・フォルトナーはぐいっと身を乗り出し、目を輝かせながら催促してきた。
どうやら今の発言でその気にさせてしまったらしい。お姉ちゃんと呼ばれるのを、今か今かと待ちわびている様子。ここまで期待させてしまうと、非常に断りづらい。なので一回だけ仕方なく呼ぶことに。
「――くっ……、り、リルお姉ちゃん……」
「えへへ、はい、よくできました!」
とびっきりの笑顔を浮かべ、陣の頭をなでてくるリル・フォルトナー。
「それでリル……、さん」
「お姉ちゃん、だよ!」
さすがに恥ずかしいため呼び方を戻すも、リル・フォルトナーに満面の笑顔で訂正されてしまった。どうやらお姉ちゃん呼びは、確定してしまったらしい。
「――はぁ……、リルお姉ちゃん、聞きたいことが山ほどあるんだ。まずここはどこなんだ? オレは自宅で普通に寝ていたはずなんだが」
そう、陣は灯里、奈月たちと遊び、そのまま帰宅。そしてベッドで就寝したはず。なのに今自分は、なぜこんな場所にいるのだろうか。そもそもここはどこなのだろうか。
「ふふっ、そうだね。ここはいわゆる最果てだよ。世界の中心であり、魔道を求道し続けた果ての終着点」
リル・フォルトナーはくすくす笑いながら、意味ありげに答えてくれる。
「え? なんかすごいやばいとこに来てないか? じゃあ、リルお姉ちゃんって一体何者なんだ? 疑似恒星に宿ってる魂の一部なのか? それとももしかして……」
「もう、ジンくん、さっきから核心に迫る質問ばかりしてないかな? だめなんだよ、ずるしちゃ。そういうのは自分の手で答えを見つけていかないとね!」
くい気味に問うと、リル・フォルトナーが陣の口元に人差し指を当て笑いかけてくる。
「リルお姉ちゃんも、リルみたいなことを……」
言い返そうにも正論のため、しぶしぶ納得するしかない。
「――あ!? 魔道の求道の話で思い出したんだよ。まだあれをやってなかった」
「あれ?」
「うん、ジンくんが自分の星を見つけた祝杯をね!」
リル・フォルトナーは紅茶が入ったティーカップを掲げ、ウィンクを。
「ジンくん、改めておめでとう。星を手に入れた今、これよりキミは魔道の深淵に足を踏み入れていくことになるんだよ。星詠みという人智を超えた力を求道する、創星術師への道へとね」
そして彼女は心からの賛辞とともに、もう片方の手を差し出してきた。陣を創星術師の道へと、手招くように。
「けど安心するのはまだ早いかな。この道はジンくんが思っている以上に険しく、果てしない。これまで多くの創星術師が目指してきたけど、ここまでこれたのは今だわたしとあの人だけ。みな力及ばず、その魔道の人生をおえていってるほどなんだから」
目をふせ、どこか悲しげに告げるリル・フォルトナー。
その忠告には重みがあった。まるでこれまで数え切れないほどの創星術師の人生を、見てきたかのような。
「――ふふっ、でもジンくんなら、あるいは……。その尋常ならざる素質に、創造の疑似恒星まで。うん、ここまでお膳立てされてるんだもん。キミならわたしたちが歩いてきた軌跡を、追えるかもしれないね! 魔道の求道の果てに、この最果てへと……」
彼女は意味ありげに笑う。真っ暗の闇の中、一筋の光を見いだしたといいたげにだ。
「――あぁ……、すごく楽しみなんだよ……。そのときが来るのを、心待ちにしてるからね……、ジンくん……」
リル・フォルトナーは祈るように手を組み、期待に満ちたまなざしを向けほほえんできた。
一体その瞳に映る大望は、どのようなものなのか。今の陣には想像もつかなかった。
「――えっと……、リルお姉ちゃん……。――ッ!? この感じ、意識が……」
困惑していると、意識が途切れだした。どうやらこれ以上ここにいるのは無理みたいだ。
「お別れの時間が来ちゃったみたいだね。もっといろんなお話がしてみたかったんだけどなー。まあ、お祝いの言葉は伝えられたし、よしとしとこうか。ばいばい、ジンくん、また近々遊びに来てくれたらうれしいかな」
リル・フォルトナーは名残惜しそうにしながらも、笑顔で別れを告げてくる。
そこで陣の意識は闇へと墜ちていくのであった。
(あれ以来、リルお姉ちゃんとは会えていない。もう最後まであの場所にいけないのか、それとも求道していけばちょくちょく行けるようになるのか)
そう、あれから眠りについても、リル・フォルトナーがいる場所にはいけなかった。とくに行きたいとも思わないが、行ければなにかしらの情報が得られるかもしれない。なのでちょっとは期待していたりするという。
(もしそうなら、もっと創造の星に同調すれば……)
疑似恒星とのリンクを、さらに上げていく。すると意識がどんどん創造の疑似恒星の中へと。
「はい、マスター、そこまでなんだよ」
しかし少女の声がしたと同時に、リンクが切れてしまった。
次回 リル先生の講義




