7話 陣、奈月vs星葬機構
「じゃあ、奈月はそこでまっとけ。さっさと片付けてくるから。――て、おい」
奈月の前に出て、彼らの相手をしようとする。
だが奈月は後ろで待っている気がないのか、敵集団に向かって前へ。
「くす、いつもなら陣に任せるんだけど、興が乗ったわ。ちょうど夜遅くに働かされてることや、彼らのつまらない話で鬱憤がたまってたところなの。それを少し晴らさせてもらうとしましょう」
奈月は口元に手をやり、不敵に笑う。
「うわー、うちのお姫様がやる気だ。ははは、これだと病院送り確定だな」
敵側に起こるこれからの悲劇について、あわれむしかない。
陣ならば軽く追い払う感じで倒すので、ある程度痛い目にあうだけで済んだだろう。だが奈月が出てくるとなると、それなりの怪我は覚悟してもらわなければならない。なぜなら彼女は自身の力を使う気でいるのだから。
「さあ、始めましょう。この神代奈月が直々に相手してあげるんだから、光栄に思いなさい」
髪を優雅に払いながら、冷ややかな声で告げる奈月。
「言われなくても! ッ!?」
彼女の言葉に隊長格の男は戦闘を開始しようと一歩前に出るが、次の瞬間そこで足が止まってしまった。
なにが起こったかというと、場の空気が急に氷つくかのように重くなったといっていい。その発生源はなんと奈月。彼女が力を発動するにあたり、空気が悲鳴をあげるかのごとく震えだしたのだ。常人ならばこの空気にあてられた瞬間、身の毛のよだつような寒気に全身が襲われるだろう。それはいわば未知への恐怖。あまりの人智を超えた力を前に、理解したくないと恐れおののいてしまうのだ。
それゆえ彼らもまた、奈月から発せられるあまりの重圧に動けなくなってしまっていた。
「あら、最初の威勢はどうしたのかしら? まさか足がすくんでしまった?」
「ええい、化け物が。我らがこの程度で怯むものか! 行くぞ!」
隊長格の男は震える足に喝を入れ、前へ。軍刀を抜き奈月に突っ込んでいく。
「――はぁ……、引き下がれば、見逃してあげたものの。その正義感は賞賛ものだけど、ごめんさない。少し目障りよ」
対して奈月は苛立ちの色を帯びた瞳をして、そっと腕を前へと伸ばした。
「来るか!? ふん! 炎よ!」
隊長格の男は接近しながら魔法を使う。すると軍刀に燃え盛る炎が発生。彼は刃に炎をまとわせながら、奈月を斬ろうと振りかぶった。
その動きは洗練されており、このまま距離を詰めきれれば見事奈月を斬り伏せられただろう。そう、彼が奈月のテリトリーに入ることができればの話だが。
「ああ、おわったな」
陣がそうつぶやいた瞬間、奈月は冷然たる声色で宣告を。
「――あなたはいらない。アタシの世界に入ってこないで!」
「なッ!」
刹那、男はまたたく間に後方へと吹き飛ばされる。
まるでアクセル全開のトラックに跳ね飛ばされたかのごとく、なすがままにだ。隊長格の男はもはやなにが起こったかわからなかっただろう。空間が歪んだように見えた瞬間、突然見えない力にはじかれ後方の廃墟のビルの壁にたたきつけられたのだ。
これは決して魔法という馴染みの深い力ではない。それをはるかに凌駕する、さらに上位位階の力。これこそ神代奈月とい少女の星の形。もはや神代一族の中でもトップクラスの力量を誇る奈月であるがゆえに、普通の魔法使いが勝てる道理などはなからなかったのである。
「はい、おしまい。次はだれかしら?」
奈月は冷笑を浮かべながら、星葬機構の集団へ視線を向ける。
「よくも隊長を! うわぁぁぁ!」
すると一人の兵士が奈月に立ち向かおうと突撃を。そのあとに続きもう一人も地を駆けた。
未知の力を見せつけられ、恐怖のあまり錯乱でもしたのかもしれない。雄叫びをあげながら、二人とも自暴自棄に突っ込んできた。
「やれやれ、仕方ない。炎よ、踊れ」
陣はそんな二人に呆れながらも、指を鳴らす。
「うわっ!?」
その直後、彼らと奈月の間に燃え盛る炎の波が割り込んだ。
さすがの出来事に、星葬機構の二人は足を止めるしかない。もしこのまま前へ出れば、うねる炎の波に飛び込み焼かれることになるのだから。
そんな彼らを怯ませた炎であったが、それも一瞬の出来事。すぐさま消え、彼らを遮るものは再びなくなった。よって二人は再び足を動かそうとするが、ふと異変に気付く。
「足が凍っている!?」
なんと彼らの足もとが凍って、身動きが取れなくなってしまっていたのだ。
だがこの程度、身体強化や炎系の魔法を使えば割となんとかなるもの。彼らもそうしようと意識を集中するが、即座に中断されてしまった。
「はい、動くなよ。なにかしようとしたら、その首掻っ切られることになるぞ?」
それもそのはず彼ら二人の首元には、水で生成されたナイフが突きつけられていたのだ。
二つの水のナイフを持ち、ぶらぶらと見せびらかすのはもちろん陣。二人が下に気を取られている隙に、尋常でないスピードで接近していたのである。
「ありえない!? これほどの魔法を一瞬で、しかも連続行使だと!?」
「いやいや、こんなショボい魔法に時間なんてかけてられないだろ?」
驚愕する兵士に対し、冷静にツッコミを。
今回放った魔法はどれも初歩中の初歩。威力などたかが知れているものを、ただ連続で行使しただけなのだ。これがもっと高位クラスの魔法ならば賞賛されるのもうなずけるが、そうでもないのに驚きすぎであろう。
「あのね、陣。それ全然普通じゃないから。魔法の素養が高いアタシでも、もう少しマナを練る時間がかかるわ。もちろん今陣が使った魔法のうち、一つだけの話でね。そんな同時に複数の魔法を撃つなんて、到底できやしないんだから」
そんな大げさなという陣の反応に、奈月は頭を抱えながら主張してくる。
この様子だと、どうやら陣の価値観が間違っていたらしい。陣にとって魔法は簡単すぎてあくびが出るほどのものなので、これがすごいと言われてもあまりピンとこなかった。
「へー、そういうものなのか」
「――はぁ……、陣の才能に関しては、今さらだったわね。というか、なに人の獲物取ってるのかしら?」
奈月は腰に手を当て、不服そうにしてくる。
「いやー、やられる彼らがあまりに気の毒に思えてな。それ受けたら、大抵骨の何本か折れて病院送りだろ?」
「まあ、いいわ。実力の違いはわかっただろうし、もう戦う気力なんてないでしょ」
やれやれと肩をすくめ、不問にしてくれる奈月。
「ははは、あれほどの戦力差を見せられたらさすがにな」
陣は水の刃を下ろし、兵士二人の足を凍らせていた氷を解除。そして奈月の方へと戻る。
今の二人はというと足がすくんだのか、その場に膝をついてしまっていた。
「ッ、まだまだ!」
これで先に進めると思いきや、後方にいた一人の若い兵士がまだ戦う意志を。どうやらよほど正義感の強いバカみたいだ。
「――はぁ……、やめとけよ。あんたたちがいくら束になったところで、オレたちにはかなわないぞ?」
「陣の言う通りよ。星詠みを使えない時点で話にならないんだから、さっさと道を開けなさい。今はまだ手加減してあげてるけど、これ以上邪魔するならここで全員消えてもらうことになるわよ」
奈月はギロリと殺意を込めた視線を、敵集団へと向ける。
「おー、怖いねぇ。うちのお姫様は怒らすとほんとおっかないから、素直に言う通りにした方が身のためだぜ」
「――クッ、そんな脅しが通用するとでも……」
立ち向かおうとする兵士は、奈月の殺意に後ずさりしながらも反論を。
「――脅しか……。ははは、面白い冗談だ。神代の人間がどれだけヤバイかなんて、星葬機構が一番わかってるはずだろ? 神代はきっすいの魔道の求道者。人体実験みたいな倫理に反することを平気でやる連中が、今さら人を消すことに躊躇するとでも思ってるのか? 悲願のためなら同じ神代の身内さえも、始末する連中なんだぜ。なっ、奈月」
「そうね。魔道に手を染めるということは、ありもしない軌跡にすがるようなもの。そんなの常人の思考とは言えないわ。もう狂い狂った狂人の類ね。求めるモノこそすべてなんだから、そこに善悪の定義なんてあるはずがない。欲望のままに、いかなる犠牲も厭わず進み続ける。それがアタシたち、力に魅入られ狂気に染まった求道者よ」
奈月は前に出した手を意味ありげににぎりしめながら、どこか冷めた口調でかたる。
「――き、貴様らは狂ってる……」
魔道に手を染める者たちの怖さを改めて実感したのか、兵士は声を震わせながら口に。
すると奈月は心底おかしそうに笑い、声高らかにこの世界の心理を告げた。
「くす、ええ、その通り。でもね、そんな感想今さらよ? なんたってアタシたち以前に、もうこの世界そのものが手遅れなほど狂ってるんだから! 世界は魔法や星詠みといった力に浸食され、かつての平和な人の世なんて消え失せた! もはやあるのは混沌だけ! こんななにもかも滅茶苦茶な世界で、まだまともなものが存在するとでも思っているのかしら!」
今や世界中の誰もが、魔法という本来ありえなかった力を使えるのだ。その時点でこれまでの人類のあり方と、大きく外れている。さらには魔法より上の人智を超えた力。神の御業レベルの世界に干渉する星詠みまで当たり前になった今、かつての平穏など存在するはずがない。これを狂っているといわず、なんといおうか。そう、すでに人々がすがれるまともな部分など、この世界に存在しないのであった。
「話はおわりよ。今すぐ道を開けなさい! これ以上あなたたちにかまってるヒマはないの!」
「ッ!?」
奈月から放たれるあまりの重圧に、星葬機構の集団は今度こそ全員戦意を喪失。道を開け始めた。
もはや奈月の年ごろの少女とは思えない凛とした立ち振る舞いに、感嘆せずにはいられない。
これこそが神代奈月。陣が付き人になっていいと思える少女なのだ。
「ははは、さすが奈月。惚れ惚れしちゃうぐらいの凛々(りり)しさだな」
「あら、うれしいことを言ってくれるじゃない。でも、神代の人間ならこれぐらいできないとやっていけないものだし、あまりいばれることでもないわね。次期当主の妹としては当然の立ち振る舞いよ。さあ、陣、道も開けたことだし、先へ進みましょう」
奈月は髪を優雅にかき上げながら、さぞ当然のように主張する。
もはやさすがとしか言いようがなかった。
「おうよ」
こうして陣たちは星葬機構の集団を抜け、目的地へと歩みを進めていく。
次回 暴走した創星術師