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僕が竜人の彼女といちゃいちゃするのに必要なこと  作者: 蒼衣翼


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エピソード5.5 【家族の肖像】

 一節(25日)に一度、離れて暮らす両親と食事をすることを約束した。

 でもさ、だからと言って、普段着では入れないような特別なレストランを予約する必要はないと思うんだ。

 親っていうのは子どもには見栄を張りたいものなのだろうか?


「楽しみだね、ここを教えてくれた人によるととても美味しいらしいよ」

「こういったところでの食事に慣れたほうがいいわよ。どんな仕事をするにせよ、上流階級の顧客の心象をよくするのは大事だもの。上の世界を知っておくのは交渉の武器の一つになるんだから」


 む? 僕の予想は全然的外れだったらしい。

 どうやら両親は子どもの教育の一環として食事会を利用するつもりのようだ。

 普段会えない分、教育熱心になってしまったのだろうか?


 スープとパン、サラダが提供される。

 こういったところの食事は食べる順番も固定であり、使う食器の順番まで決められているらしい。

 このお店が他のレストランと違うところは、予約の際に申し込んでおけば、マナーの所作とその理由とを一緒に、きっちりと説明してくれるところなのだそうだ。

 そのため、社会に出る年頃の子どもを持つ親は、このレストランで食事を摂るようになる。

 そう考えると、このレストランのオーナーはなかなか商売上手だと思う。


「パンは手でそのまま、サラダはセットされているフォークをお使いください。スープはこちらのカトラリーセットの最初の一本であるスープスプーンを使います。手が汚れた場合にはそちらの洗浄用流水で指先を軽く洗われるとよろしいですよ」


 清潔感のある店の制服がびっくりするぐらい似合う男性が、心得たように傍について説明する。

 確かにこれならいきなり高級な食事会に呼ばれるなどという事態に陥っても、恥をかかずに済みそうだ。

 まぁ今のところそういった上流階級に属していそうなのはうちのサークルの部長ぐらいだけど。

 というか、テーブルの上にあるミニ噴水と川を模したジオラマのようなものは、インテリアじゃなくって実践的なものだったのか。

 金持ちすごいな。


 しばらくすると太く平たい麺を使った料理が出て来た。

 これには二つ目のカトラリーセットを使う。

 なるほど、要するに食事の順番とセットされているカトラリーが合わせてあるんだな。案外わかりやすくていいね。


「樹希、そろそろ修行は終えたんだろう。家に帰ってきてはどうだ? どうも我が子が街に住んでいると思うと不安でならないのだよ」


 父さんが真剣な顔で提案して来る。

 前にも一度同じようなことを聞かれたな。

 確かに石棺病のことを考えるなら街ぐらしは両親に心配をかけるに違いない。


「修行は一生を掛けて行うものであって、完成することはないんですよ。でも、父さんの言っていることはわかります。ただ高等部は街中にありますし、どうせほとんどの時間をそこで過ごすのですから、体に影響が出るということもあまりなさそうです。学校の敷地は対策されているんでしょう?」

「う……まぁそれはそうなんだが」


 父さんの歯切れが悪いのは、学園エリアの循環都市計画に関わっているからだ。

 あそこが安全ではないと言ってしまうことは父さんの立場では出来ないんだよな。

 いや、別にそれがわかっているから無理を通したということではないよ。

 僕としても両親の関わった計画を信じているし、あと、山河さんに聞いたことから僕のように魔力を持たない種族にはあまり危険はないのではないか? という思いもある。

 まぁ両親が不安に思うのは仕方ない。

 五年前、僕のわがままを許したのは、そうしないと僕の精神が壊れるのではないかという不安があったからだと思う。

 言うなれば自分という人質を取って、無理を通した形だ。

 すごく申し訳ないとは思う。

 だけど僕はまだ、平穏で優しい場所で暮らすことに恐怖を感じるのだ。

 うまく言えないけど、すぐそこにあるやるべきことを放り出しているような気がするんだ。

 あまりにも理解することの出来ない、この世の悪意を知ってしまって、そこから遠ざかることが逆に恐ろしい。

 あの悪意が、また誰かを害するときに、それを知らないままでいるかもしれないということが何より不安なんだ。


「そうだ。手紙に書いてあったけど、今、あの竜人の子と一緒に暮らしているのですって?」


 あ、来た。

 気まずくなった話題を変えるためのように、母さんがさり気なく切り出したけど、実はそれこそが今回の本題だったことがわかる。

 両親の気が緊張しているのだ。

 あー、大丈夫かな? 僕自身、ディアナのことを悪く言われてしまうと、冷静に対処出来る自信がない。

 常に心配掛けてしまっている両親との関係をあまり悪くしたくはないのだけど。


「うん。こっちで勉強をしたいからって留学して来たんだけど、女の子に街での一人暮らしはさせられないからさ。家には師匠もいるし、部屋だけはいっぱいあって広いしね」

「隠し事をしても仕方がないから正直に言うけれど、お母さんはあなたがあの子と付き合うのは不安なの。だって、そもそもあの子がいなければあなたがあんな目に遭うことなんて……」

「母さんごめん。その話はもうむし返さない約束じゃなかった?」

「っでも!」

「お母さん」


 なおも言い募ろうとした母さんをやんわりと父さんが止めて、僕をみてため息を吐いた。


「わかっている。わかっているさ。あの子のせいじゃないってことはね。でも親だからどうしても我が子の安全が気になってしまう。それは許して欲しい」

「僕もわかっています。ただ、彼女は被害者だよ。悪いのはあんなことをしでかした連中だ。そうだろ?」

「ええ、そうね。ごめんなさい。ダメな母親で」


 母さんがしゅんとする。

 譲れないことだけど、別に母さんを責めたい訳じゃない。

 どちらかというと、僕はディアナをかばっているのではなくて、僕自身の罪から目を背けているだけなんじゃないかなとは思うんだ。

 だから両親にそんな風な顔をされると、とても申し訳ない。


「ダメなところがない人なんかいないさ。僕は母さんが未だに卵をまともに割れないことを知っているし、洋服をたたむのが苦手なことも知っているからね。いまさら完璧な親になろうとか頑張らなくていいよ。完璧じゃない母さんと父さんが魅力的だと思うし」

「……樹希、あなたって子は。……卵なんてどんな風に割ってもカラが入らなければいいんです」

「こないだは入っていたけどな。大きいのが」

「あなた!」


 うんうん、我が両親は未だ仲が良くてなにより。

 仕事がいそがしくなければもっと兄弟とかいたのかもしれないな。


「僕はもう高等生なんだし、ほとんど大人のようなもんだよ。だから心配しないで信頼してくれるとうれしい」

「言うことは一人前ね、本当に」


 母さんが呆れたように言う。


「全くだ。樹希、ナイフを何度も押し引きするのは格好悪いんだぞ? 大人ならやっちゃダメだな」

「……はい」


 だって骨付き肉だからさ、上手に肉を削ぎ取れなかったんだよ。


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