エピソード4 【古の詩】 その三
「んん? 図書館に収蔵されているのに図書館の中にない? 部長お得意の謎掛けか?」
そう唸るように言ったのはエイジ先輩だ。
アーモンド型の両目の間にシワを寄せている。
「いや、そんなつもりじゃないよ。だって考えてみてくれ。あの山河という人は明らかにそれなりの立場の人だ。そんな人が手を尽くして探させているんだ。正攻法での調査は全て行っていると思っていい」
「あーうん、なるほど」
その部長の言葉にマサ先輩がうなずく。
僕もなるほどと納得した。
山河さんは街住みの人たちの顔役だ。
街住みの人の中には当然高等生もいるし、正規の方法で調べることは簡単だろう。
「んじゃあなんで俺らに依頼したわけ?」
エイジ先輩がますますシワを深くして言った。
「そりゃあ当然、聞き分けのない子どもをあしらったのさ」
部長がニコニコと笑いながら答える。
あーなるほど、山河さんは償いをしたいと言って聞かない僕達に辟易していたってことか。
そして部長はそれをわかっていて受けた。
「なんだよ! それ! じゃあ最初から無理な依頼を押し付けられたってことか?」
堪え性のないエイジ先輩が爆発する。
その姿に、斜め前に座っているマサ先輩が「ちっ」と聞えよがしに舌打ちをした。
そのマサ先輩をエイジ先輩が睨む。
ディアナがちらっと僕を見るけど、安心させるように微笑んでみせた。
この二人はこういうのはいつものことなのだ。
「相手は達成不可能な依頼を押し付けて、体よく面倒を排除したつもりではあるだろうね。だけど、その書物を探しているのは嘘ではないと思うよ。あちらとしても探し手は多いほうがいいはずだ。あわよくばという気持ちがなかったとは言えないだろう」
「う~ん。でもさ、それって見つかるの?」
カイが大鬼らしい巨体を揺すって姿勢を変えながら尋ねた。
カイの体格ではここの椅子は少し小さいのだ。
「ふむ、そこでだ。君たちは図書館の七不思議は聞いたことあるかい?」
「ああ、なんか地下のダンジョンがあるとか」
「見えない美女の司書さんがいるとか」
「閉館後に唸り声が聞こえるとか」
カイ、マサ先輩、エイジ先輩がそれぞれ答える。
「人の魂が封じられた書物があるという噂もありますね」
僕も噂を追加する。
「そういうのってさ、学校に必ずあるよね。大体はちょっとした噂に面白がって尾ひれをつけた結果でしょ」
現実主義の美空先輩が馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに切って捨てた。
まぁそうなんだけど、普通女の人ってこういうの怖がったりするものなんじゃないかな?
僕はそう思ってちらりとディアナを見てみたが、ディアナはきょとんとしてみんなの話を聞いているだけだった。
そして話の合間に紅茶を飲んで少し笑みを浮かべている。
今日は女性が二人いる記念すべき日ということで、凝り性のマサ先輩がハーブティーと紅茶をブレンドして淹れてくれたんだよね。
その成果として、ふわりと花の香りがする、うっすらとピンク色のお茶が完成していた。
ディアナが気に入ってくれたみたいだし、マサ先輩も本望だろう。
花好きのうちのハルまでリュックから飛び出して僕のお茶を試し飲みしていた。
というか、目を離している内に全部飲んじゃったみたいだ。
「その大本になった噂というのがなかなかバカにできなくってね。七不思議と言っても人によって語る内容が結構違うのだけど、必ず共通する話がある。それが地下室と夜に異変が起こるということだ」
「でもそれが事実とすると、管理側は把握しているはずですよね。なにしろ元の城から図書館に改装していますし」
「それがそうでもないんだ」
部長の言いたいことをなんとなく把握して問題点を指摘した僕の言葉に、部長は意味深に答える。
周囲に重ねた書物の中から大きなものを何冊か取り出すと丸テーブルの真ん中近くに広げた。
「改装当時の設計図と計画書だ。こちらのほうに注意書きがあって、外壁と大広間の大扉には手をつけるべきではないということが記されている」
部長の示す部分を見てみたが、専門用語で書いてあってとてもわかりにくい。
うちは両親が建築設計関係だから、僕もある程度の記号や専門用語は読めるけど、その注釈にはなんと魔法陣が記されていたのだ。
「これは、魔法?」
美空先輩が不思議そうに尋ねた。
それもそうだろう、この辺りは魔法とはあまり縁のある土地ではない。
それなのにまさか僕達の学校のど真ん中にある図書館に魔法と関わりがあるものが存在するとは思いもよらなかったのだ。
「は? じゃあこれがその古のなんとかってやつなのか?」
エイジ先輩が早呑込みをしてそう言った。
てか、探しているのは古詩だって言ったじゃないですか。
案の定部長はふうと溜め息を吐き、マサ先輩に至っては「ハッ!」と鼻で笑ってみせた。
「なんだ、違うのか?」
エイジ先輩がむっとしたように言う。
「これは城の外壁に施されているという魔法を解説したものだね。どうやらあの元お城である図書館の外壁は岩塩の塊を成形して作られているようだ」
「岩塩、ですか?」
「ああ、形状固定の魔法がかかっているらしい」
「ええっ! あれ全部塩なのか?」
「そんな話聞いたこともなかったですね」
確かに図書館の案内にもそんなことはひとことも載っていなかったな。
それだけ珍しい造りなら売りにできるのになんで発表していないんだろう?
「知れば外壁を削ろうとする連中が出るからじゃないかな?」
「あー」
学生の好奇心は凄いからなぁ。
以前外国から最先端の簡易転送装置を教材用にとある高等学校が購入したところ、三日も経たずに完全に解体されたという話だった。
倉庫に鍵を掛けて保管してあったのに、あるという噂が広まった途端の出来事で、先生が頭を抱えていたものだ。
「でも形状固定で壊れないんでしょう?」
「壊れないとなればなおさらなんとかして壊そうとする連中がいるものさ」
「ああ」「うん」「なるほどね」
全員の目が部長を見ていたのは仕方のない話だろう。
なにしろその教材のときだって部長は容疑者の一人として挙がっていたのだ。
本人には自覚がないらしいのが始末に負えないところかもしれない。
「大扉も塩なんですか?」
今日見てきたばかりだからはっきりと言えるけど、あれはどう見ても塩には見えなかった。
とても分厚いけど、どこからどう見ても木製だ。
「いや、それがこの話のさらに面白いところなのだけど、あの大扉は壁と直接つながっているらしい。外そうとするなら城全体を壊さないといけないような造りなのだそうだ」
「ああ、それであの扉だけ古いものが残っているのね。見た目がいいから残したのかと思っていたけど、そう考えると今の図書館の全体のデザインからは少し浮いているものね」
美空先輩が思い浮かべるような顔でそう納得した。
僕も同じように思い浮かべる。
図書館は外装のパールホワイトに合わせて、今風の機能的でおしゃれなデザインで統一されていた。
その中で古い木製の大扉は確かに浮いている。
「あの扉は開けるにも閉めるにもとても手間がかかるので、開館後はずっと開けてあって、閉館後は閉め切ってだれも入れないようになっている。そして出入り口はあの扉一箇所で他に出入りできる場所もないらしい。閲覧室には窓もないだろ?」
「確かに」
「でも、城として考えると、それはすごくおかしい話なんだ。大扉というのは基本的にお客用の入り口だ。本来は使用人が使う裏口や、荷物を出し入れする搬入口があるものだ。そしてこの設計図を見ると、壁の厚みが四帯(※六メートル)ほどある。形状固定を使っているのならこんな厚みは必要ないはずだ。つまり壁の中に通路のようなものがあるんじゃないかと思う。そしてその仕掛けは大扉を閉めていないと動かない」
「……部長、何か隠していますね?」
図書館と大扉についての推測を述べた部長に、美空先輩がツッコミを入れた。
途端に部長の挙動が怪しくなる。
「僕だってミステリーの探偵役をやってみたいと思うことだってあるんだよ?」
「そういうのはいいですから」
美空先輩手厳しいです。
部長はため息と共に、新たな書物を取り出した。
「これは昔の王族の手書きの回顧録だ。王家の子孫のお宅へ伺って、高等部で歴史のレポートを作成するので資料を借りたいと言っていろいろ見せてもらった中にあったんだけど、そこに城の隠し部屋や隠し通路のことが記されているんだ」
「ははぁ、なるほど」
マサ先輩がニヤニヤしながら部長を見た。
「城に何か仕掛けがあるはずだと推測したからこれにたどり着いたんだぞ? さっきの推論の全部が後づけじゃないからな」
後づけで理屈をこじつけた部分もあるんですね。
部長はほんと、変なこだわりがあるんだから。
僕はディアナのお茶を狙っているハルの気をそらすように転がしてやりながら、少ししょんぼりした部長を眺めた。
結局、僕達は夜間に城の外にあるという隠し通路から図書館の閲覧室へ、さらにそこから地下の隠し部屋へと侵入することになったのだった。




