エピソード3 【探検クラブ】 その八
緊張する僕に山河さんは破顔してみせた。
「ハッハハ! そんなに身構えるなよ。大丈夫怖いこたぁないからさ。まぁそうだな、俺は街住みの連中の相談役ってところだ」
「相談役、ですか」
思ったよりもまっとうな役割に緊張が少しほぐれる。
どうやら僕は山河さんにからかわれたらしい。
「ああ。街に住んでいる連中は何も好き好んで街に住んでいる訳じゃねえ。金がねぇから仕方なく街の安くて狭い部屋に潜り込んでいるだけの話さ。郊外の家は条例があるからどの家も敷地が広めに作られていて庭付きだ。どうしたって高くなる。その上に仕事を街に持っていれば毎日の交通費だってかなりの負担だ。この国の常識からすれば、郊外暮らしは普通の暮らしなんだろうが、ある程度以下の生活力の人間には手の届かない普通なんだよ」
「それは、わかります」
そう、僕も師匠に弟子入りして街で暮らしはじめてからわかったことがある。
世の中には色々な事情で安全に郊外で暮らせない人もいるのだということだ。
子どもの頃は、石棺病なんて怖い病気に罹るかもしれないのに都市部に住む人がいるのが不思議だった。
僕の周りにいた子達だって、お金持ちという訳じゃなくって普通の暮らしをしていたし、郊外住みが負担になるとは考えてなかったのだ。
でも、そうじゃないんだ。
世の中には毎日をやっとくらせるぐらいの収入しか得られない人もいる。
その最たるものが移民だ。
だいたいの移民は着の身着のままで入国して、生活基盤を作って国民として認定されるために大変な苦労をする。
仕事はなかなか得られないし、働いても国民よりも基礎賃金が安い上に税金が高い。
やっと国民となることができても、そこから生活を豊かにするためにはやっぱり大変な努力が必要となるのだ。
中等部時代の同級生の中にも生活の荒れている人が多くいたけど、あれは周りからの白眼視の影響もあった。
移民というだけで犯罪者予備軍とレッテルを貼られることもある。
「街住みは苦しい上に蔑まれる。そんな連中には後ろ盾が必要だ。あるいは互助会がな」
「確かにそうですね」
立場の弱い人間が集まって自分達の権利を守るのは当然の自衛だろう。
つまりこの山河さんは、そういうお仕事を取り仕切っているということだ。
ううん? でも、それと賭博場とどんな関係があるのかな?
「この賭場と互助会との関係を知りたいか?」
「あ、はい」
なんだろう、すごく心を読まれているような気がする。
この人の気の動きはゆったりとしていて読みにくい。
もし戦いとなったら攻めにくいことこの上ないタイプだ。
無駄なあがきを意味するスライム押しという言葉があるけど、そういう感じになるのが目に見えている。
「この賭場は訓練場なんだ」
「訓練場?」
「裁判で決着の着かない争いは審判で決着する。ならばバトルに強いものこそが正義ということだ。貧しいものは強いものを雇えない。自分が強くなるしかないんだ」
「なるほど」
山河さんの意図はわかった。
街住みの人はさまざまな事柄で不利な状況に陥っている。
だからこそいざというときに状況を覆せるバトルを制することが必要なのだ。
遊戯という形でバトルに馴染んでいれば、いざというときに役立つってことか。
「そういう訳だから、若き姫君と騎士どのも遊んで行ってくれるとうれしい」
「え? でも僕たちお金持っていませんよ」
姫君は納得だけど、騎士どのって僕のことかな? ちょっと照れる。
「子どもの小遣いで挑戦出来るゲームもあるぞ。百Cで目押しゲームが出来る。それで遊技場内で使えるコインを稼いでそのコインでいろんなゲームを遊ぶんだ。帰る時に換金できるからちょっとした小遣い稼ぎに利用している少等部の子だっているぐらいだ」
「うう~ん」
正直に言うと興味はある。
だけど、ゲームっていうのは武術と一緒で、元々の才能と積み重ねた訓練によって強さが決まるものじゃないか?
勝てないよね、これ。
「イツキ、一回ならいいんじゃ?」
「それもそうか」
困った僕にディアナがそっと助言してくれた。
このまま何もしないで帰るというのもカエルさんと山河さんの顔を潰すような気がするしね。
というか、外の部長達のことを考えるとあんまり長居も出来ない。
「じゃあ、一回だけ」
ということで、僕たちははじめて賭博場というものを経験することとなった。
ここのシステムはかなり良心的のようだ。
普通百Cという値段は安いコーヒー1杯とか、パン1個とかを買えるぐらいの金額なんだけど、カウンターで百Cを払うと、コーヒーとチケットを渡される。
このチケットでドラム式の目押しゲームを、時間にして十小節ぐらい遊べる。
このゲームで当たり目が出ると、それに応じてゲーム用のコインが出て来て、そのコインで他のゲームを遊べるという仕組みだ。
ちなみにコイン百枚で百Cになるんだけど、目押しゲームを終わった時点で、僕の手持ちのコインは二十、ディアナは二百となっていた。
え? ディアナ、なにそれと驚愕したら、どうやらディアナには目押しゲームは簡単すぎたらしい。
「でもよく考えられている。この目押しゲームはどんなに勝ってもこれ以上はコインが増えない」
「そうなんだ」
いきなり対人ゲームはハードルが高いので、僕たちは珍しいマシン式のゲームに挑戦することにした。
ディアナが気に入ったのが、きれいなビー玉をいくつか開いた穴に投じると、途中の迷路でイベントを起こしながらビー玉が転がって行くのを、レバーで進路をコントロールして出口まで導くものだ。
最初に投じた穴によっては、出口にたどり着かない通路もあって、一筋縄ではいかないのだけど、途中のカラクリが面白いので、ついつい遊んでしまう。
無事にゴールに辿り着くと飴玉が貰えるのだ。
僕はディアナが夢中になっているのをそのままに、ちょっと他の人のゲームを見学してみることにした。
五十コインで参加出来る対人カードゲームは、コインを追加していくと、勝ったときにその賭け金に応じた賞金が出る仕組みになっている。
元金の五十で百五十になるので、勝てば3倍の報酬があるということのようだ。
今は1対1の白熱した戦いが繰り広げられていた。
鱗族の女性と、牙ある者の男性が、恐ろしいほどの気を張り巡らせて戦っている。
まるで本物の審判のようだ。
美しい絵札と数字札、そして運命札と呼ばれる定番のカードを使っている。
組み合わせによる戦術がとても複雑で、かなりの頭脳と運が必要とされるゲームだ。
子どもがこの札で遊ぶときには絵札と数字札だけで色々な遊び方をする。
運命札を加えると面倒くさいので子どもの遊びには使わないのが一般的だ。
二人の頭上には立体映像で二人の戦いの様子が映し出されていて、モンスターや風景の絵柄が1つの物語のように表示されていた。
「イツキ、飴あげる」
「ありがとう。何か他のゲームする?」
「ううん。これ見たい」
ディアナに貰った飴を口にしながら問い掛けると、ディアナはちょっと興奮気味に映像を眺めていた。
「デュエルカードは初めて?」
「ううん、一回、イツキの友達と遊んだ」
「ああ、少等部時代の女の子たちか」
「そう」
デュエルカードは子どもにも人気の高い遊び道具だ。
絵札と数字札の小デッキと呼ばれるセットは簡易版として安く販売されているので、子どもでも持っている場合が多い。
屋内で人数が集まるときには、しょっちゅうこのカードを使った遊びをしたものだ。
「でもこれ凄い」
「うん。凄いや」
カードバトルにはデュエルのための正式ルールがある。
それはカードを使った代理戦争と言っていい。
二人の上に表示されている映像では、そのルールに則ったバトルの様子を映像で表現していたのだ。
二人の戦い方は対照的だった。
男性は高火力で敵を圧倒するような戦い方、女性はさまざまな罠を使って、隙を覗いつつ、相手の持ち点を削っている。
なかなか甲乙付けがたい対戦だった。
そんな風にけっこう楽しんで賭博場で過ごしていた僕たちだったのだけど、ふいに、ドン! と、弱い衝撃を壁のほうから感じて意識をそちらに向けることとなる。
そちらは僕たちの入ってきた方向。
すなわち、裏市場の会場のほうだ。
「旦那! 大変でス!」
どうやら今まで会場のほうに戻っていたらしいカエルさんが大慌てで飛び込んで来た。
「市でトラブルが起きやした!」
周囲がざわつく。
「あ、お客さんがた大丈夫でス。こっちは全く安全ですかラ」
カエルさんが慌てて説明すると、賭博場のお客も少し落ち着いたけど、何が起きているのか気になるようで、カエルさんが飛び込んだ遮蔽カーテンの向こうを気にしている。
とは言え、僕たちはそれどころではなかった。
裏市場のほうには部長たちサークル仲間がいる。
何かあったのなら大変だ。
「僕、ちょっと見てくるよ」
「一緒に」
扉へと向かった僕の腕をディアナがギュッと握りしめる。
うん、そうだよね。
何も出来ない不安は恐ろしい。
「うん。一緒に行こう」
僕たちはドアのチェックにリングを翳して、ドアが開くその時間をもどかしく思いながら、市場会場へと戻ったのだった。




