エピソード2 【未来のためにできること】 その二
今日はたまたま僕のほうが講義の時間が早かったけど、授業によっては僕のほうがディアナより出るのが遅いことも多い。
そんなときは僕が「いってらっしゃい」を言う番になる。
むちゃくちゃ照れるんだよね、ただの挨拶なのに。意識しすぎなのかもしれない。
高等部になってまだ間もないので、色々と中等部時代と勝手が違うことに慣れるのが大変だ。
小等部、中等部は一つの校舎の決まった教室で授業を受けて勉強していたのだけど、高等部は自分で講義を選んで、勉強をしていかなければならない。
高等部の身分証を貰ったら、自分の興味がある教科がある学校に登録して、講義ごとに料金を支払って勉強するのだ。
もちろんいちいち決算していたら大変なので、チケットが用意されている。
そんな授業形式なのだから、学校同士の距離が離れていると、学生は移動に時間を取られてしまって勉強以外でクタクタになってしまう。
そこで、高等学校は地域の条例で建設区画が決まっていた。
それがいわゆる学園特区と言われている地域だ。
講義の時間はバラけているとは言え、やはり朝は同じ方向に向かう学生で駅が混んでいる。
大人の姿も多いけど、彼らは行き先が違うはずだ。
おそらくはセンター街辺りに出勤する人達だろう。
中央駅に到着して学生の流れに乗ろうとしていた僕は、ふと背後に気配を感じた。
そしてさり気なく横にスライドする。
途端に大柄な男が、まるで見えないラケットを振るような体勢で僕の脇で転びかけた。
「おわ! くそっ! 今日は絶対いけると思ったのに!」
「いや、お前に背中を叩かれたら骨が折れるから」
「ちゃんと加減するさ! 俺を脳筋馬鹿みたいに言うなし」
「お前脳筋だろ」
「おいおい、見た目はこうでも俺はインテリなんだぜ。最近は航空機関連の授業も取っているからな」
「なんでもかんでも手を出すなよ。卒業するのが遅くなるだけだぞ」
「お前、うちのかーちゃんと同じこと言うな。説教は親だけで十分だぜ」
唐突に背後から忍び寄って僕の背中を叩こうとしたのは同級生のカイだ。
同級生と言っても取っている授業がよくかぶっているというだけの話だが、学年は一緒なのでまぁ同級生でいいよな。
カイは大鬼の母親と鱗人の父親との間に生まれた子どもで、その両方の特徴を備えている。
要するに大柄で、鱗は見える範囲にはあまり無いけど、皮膚はとても硬い。
しかも力がやたら強いので、うっかりすると冗談ではなく骨を叩き折られてしまう。
絶対に彼からのスキンシップを受け入れる訳にはいかないのだ。
「ぐだぐだ喋ってないで急がないと舟が出るぞ?」
「舟って呼ぶなよロマンがないな、揚力機関ボートだろ。おお、麗しの七番ボートちゃん、待ってておくれ」
「変態め」
「いやいやまて、工学系男子がマシンを愛しても変態ではないだろ」
「舟をちゃん付けする奴は総じて変態だ」
「おいおい、お前今、ボートを愛する全ての男を敵に回したぞ」
「いいから、急ごう」
「ちっ、いつかあの駆動部の芸術的な動きにメロメロにさせてやる」
「ならないから」
僕たちは本当にわりと余裕なく舟に乗り込んだ。
都市空間には網の目のようにさまざまなレールが入り組んでいる。
初めて都会に来た時に驚いたものの一つがこの滑り台のようなレールだ。
このレールの上を走るのが揚力機関というエンジンを使った舟で、目的地までかなりの速度で運んでくれる便利な乗り物となっている。
舟は都会ではなくてはならない足なのだ。
この舟のレールや高層建造物などが多いため、都会の上空を勝手に飛ぶのは基本的に禁止されていて、ディアナも飛行ルールが難しいとぼやいていた。
とは言え、どこにでも跳ねっ返りはいるもので、時々レールの間を縫うように飛んでる翼人らしき若者を見ることがある。
まぁでも、僕ももし翼があったら、この複雑に入り組んだ空間を飛んでみたいという誘惑に抗えるとは思えない。
楽しそうだよね。
カイは僕と同じ授業を多く取っているけれど、バウンティハンター志望ではない。
海軍のメカニックになりたいというのがメインの目標らしい。
駄目だったら戦闘用のエンジンの開発メーカーに勤めたいのだそうだ。
僕がバウンティハンターを目指すと言うと、たいがいの人に変わっていると言われるけど、カイもかなりの変人として知られている。
いや、僕の変わっているというのは断じてカイの変態仕様とは違う。
調べて驚いたのだけれど、バウンティハンターの免許を取得するには必須資格の数がかなり必要だ。
僕はフリーの捜査官ぐらいの気持ちでいたけど、比べるなら軍の士官候補生とかになれるぐらいのエリートじゃないと試験で落とされてしまうらしい。
なんとなくならず者に近いイメージがあったので、いい意味で裏切られたと言えるだろう。
実際にプロのバウンティハンターに会う機会があったので、色々と尋ねてみたのだけど、一言で言えば、不毛の地で一人で生きていけるぐらいの能力が必須ということだった。
まるで古い時代の冒険者や開拓者のような条件だ。
さて、学校に向かう舟の中では、皆思い思いに過ごしている。
運良く座れた人は授業のおさらいなのか記憶端末を操作していたり、リングにアクセスして音楽を聴いていたりと様々だ。
中には二階席の吹き抜けの床に腰掛けている人もいて、席がなくてもそれなりにリラックスしている。
舟の周囲には風防の力場があるのだけど、完全に空気の流れを遮断するものではないので、微風が吹いていて少し寒い。
まぁそれでも速度を考えたら全く風が無いと言っていいだろう。
「そう言えばさ、スラムの連中が新入生にヤキ入れるとか言ってて、こないだついにぶつかったらしいんだけど、見事に返り討ちにされたっぽいぞ」
カイがにししと笑いながらそんな噂を教えてくれた。
「スラムって、都会住みの人達のこと?」
僕が眉を潜めると、カイは慌てて手を振って説明を続ける。
「いやいや、自分達でスラム組って名乗っている連中だよ。まぁ確かに大半は都会住みみたいだけどさ」
「その人達がどう名乗ろうと、うかつにそんな風に呼ばないほうがいいよ。言葉として口に乗せると、それは自分の魂に刻まれるって言うだろ」
「お、勇者の言葉か。深いよな」
「……カイ」
「おう、わかったわかった気をつけるって」
「カイはさ、ただでさえ体が大きいから目立つんだから、あんまり好戦的に振る舞ってるといつかとんでもないトラブルに巻き込まれるよ」
「お、おう。うん。やっぱお前の言葉はすんなり納得できるな」
「なに?」
カイの態度に僕は疑問を覚えて聞き返した。
「いや、同じようなことを親や先生に言われても、あんま直そうと思わないけどさ、な~んか樹希の言葉って納得するんだよなぁ。不思議だ」
「それはカイのほうが受け入れる気持ちになっているからだよ。身構えている時には何言われても反発しちゃうだろ?」
「あーうん。そうだな。大人はなぁ~」
「僕らも高等生なんだからある意味大人のようなもんだよ。いつまでも文句ばっかり言ってる側ではいられないのさ」
「うおお、世知辛いね」
それにしても都会住みの新入生か。
僕は中等部の五年間を共に過ごした同級生達を思い出す。
彼らはみんな個性的で、それぞれいろんな事情を抱えていた。
上級生を返り討ちにしたっていうんならリーダー格の人達かもしれない。
高等部になってからは時々見掛けるぐらいですっかり関わらなくなったけど、みんな元気で頑張っているのかな?
そんな風に考えていたからだろうか、舟の中でいきなりトラブルが発生してしまった。
「お前! 誰に向かって言ってんだ! ああん?」
突然、区切られた隣の連結客室から扉越しに大きな声が響いて来た。
客室内の空気がいっせいにざわりと変質するのがわかる。
ピリピリとしたそれぞれの危険に対する警戒の気配が空気をも帯電させるようだった。
「ちょっと見てくる」
「マジでか?」
僕の言葉にカイはむしろ嬉しそうに言った。
こいつ本当にトラブル好きだよな。
僕はトラブルは嫌いだけど、誰かが理不尽に酷い目に遭うかもしれないと考えると、胸の奥がざわざわしてくるのだ。
到底放っておくことなど出来ない。
僕は軽く息を整えると、隣の客室へと続く扉を開いたのだった。




