エピソード1 【再会】 その五
パッと嬉しそうな顔をしたかと思うと、次の瞬間にはディアナは目を伏せて笑顔を微笑みに抑えた。
「あ、うん、わかってる。それってあれだよね、友情的な。だって私達友達だったし、ね」
「え」
ディアナの気持ちの切り替えに置いていかれた感じで、僕は少し戸惑った。
そんな僕の様子にディアナは慌てて僕の手から逃れて、その手を振ってみせる。
「あ、嘘、違う、そんな贅沢言わないよ? で、でも仲の良い知り合いってぐらいは大丈夫だよね? 連絡してくれたし、あ、あの、迎えにも来てくれたから」
あ、これは放っておくとどんどん勝手に自分を追い詰めていく感じのアレだ。
「いや、ええっと、ここは男らしく言わせてもらうけど。僕はディアナが友達以上に好きだよ。あの一緒に星を見た夜に気づいたんだ。君が好きだって」
「ええっ!」
ディアナは勢いよく立ち上がった。
ガシャン! というけっこう派手めな音が響いて、周囲の視線が集まる。
その視線の主達に僕はペコペコと頭を下げてなんでもないことをアピールした。
ディアナはハッとしたようにいそいそと上品に座りなおすけど、細長くしなやかな尻尾がブンブンと振られて床を殴打している。
竜人の尻尾の攻撃を受けながら傷ひとつ付かない床材は、多種族認可店ならではだろう。
「ほ、本当に?」
「もちろんだよ。だからずっと気になっていたし、連絡を取ろうとしてただろ」
「そうだったんだ。……私、ね。ずっと同じぐらいの年頃の友達が欲しくって、あなたに出会って、すごく幸せだったの。だから友達になったみんながとても大切で好きだった。あなたのこともそういうんだろうと思っていたの」
ああうん、そうだよね。
種族特性として、シーズン中にしか恋愛感情が芽生えない者達と、特にシーズンに関係なく恋愛ができる者達とでは好意の意味が違う。
今の僕はそのことをわきまえているので、ディアナの好意を誤解したりしないけど、子どもの頃はみんなが自分と同じだと思っていたからちょっと独りよがりに恋をしてしまっていたのだ。
僕達の種族と違って竜人はシーズンにしか恋愛をしない。
寂しいけど、それは仕方のないことだ。
「私ね、もう大人なの」
ゴフッと、ちょうど自分の気持ちを落ち着けるために口にしていたコーヒーを吹き戻してしまい、口元を押さえる。
何? 何の告白だ、これは。
「シーズンが来れば、も、もう恋もできるの。それでね、そういう感覚でも、きっと、私、イツキが好きなのかもしれないって」
「う、ゲホッ、あ、ごめん。あのさ、僕はちょっとそういう女の子のことに詳しくないんだけど、その、それってこういう公共の場所でしていい話? 大丈夫?」
「あ……」
ディアナは真っ赤になって「ううう……」とか唸っている。
うん、かわいいな。
「じ、実は私も、うちの里の常識しか知らないから、よくわからなくって。里では何もかもあけっぴろげに話しているから、どの辺りから恥ずかしいとかわからなくって。ええっと、私、はしたないって思われている?」
「いや、その、僕もあんまり。……ええっと、もう食べ終わってるならお店出よっか?」
「あ、うん、そうだね」
どうも周囲の視線にいたたまれなくなって来たので、場所を移動することにした。
他種族の性に関する話はかなりデリケートな問題だ。
どこからどこまでを話題にしていいのかさっぱりわからない。
せめて女の子がいればある程度助言してもらえるのだけど。
というか、そうか、ディアナもう大人なんだ。
そう言えば昔はしなやかだけど、スレンダーだった体のラインが、どこかしら丸みを帯びているように感じる。
いや、決して太っているとかじゃなくって、全然、スレンダーなのは変わらないけど。
そんな風に考えた僕の脳裏に、昔見た、彼女の生まれたままの姿が浮かんだ。
異性の裸体とか、本来なら嬉しいような照れくさいような思い出なのかもしれないけど、僕にとってその映像は最悪の思い出に繋がる。
途端に浮き立っていた心が冷たく沈んで行く。
「イツキ、大丈夫?」
店内の魚の泳ぐプールや、その周辺を飛び交う小鳥たちを店を出る前に一周して眺めていたディアナは、少し後ろから追いついて、そんな僕の雰囲気に気づいたのか、心配そうに覗き込んだ。
「あ、うん、大丈夫だよ。お店から出るとさすがに急に明るくなって目が眩むね」
「私は光量に合わせて目が調整してくれるから大丈夫だけど、イツキの目はそうじゃないから気をつけてね」
僕の言い訳を本気で心配してディアナが顔を覗き込む。
僕と全く違う造りの目が間近に迫って、思わずドキリとした。
「あ、あのさ、ディアナ」
「うん?」
駅前は繁華街なので道路も広々としていてところどころにイベントや休憩に使われる露台もある。
とは言え、あまり人の多い所で話し込みたくなかったので、少し中心部から離れて、街の人々がくつろぐための憩いのスペースに向かうことをディアナに提案した。
「家出とかの話をもうちょっときちんとしておこう。僕達の、その、気持ちの話はもう少し時間を掛けてお互いに理解したほうがいいと思うし」
「うん、そうだね」
ディアナの了承を得て、僕は好きという言葉と感情の問題という難しい話をいったん置いておいて、現実的な話を詰めるために場所を移した。
途中、屋台でこの都市の名物の長いホットドッグとお茶のセットを購入する。
「凄い! 長い! なにこれ? え? ソーセージと野菜とポテトと卵と、色々入ってるね!」
この屋台のホットドッグは最後にチーズを乗せて軽くバーナーで炙る。
カリカリッと香ばしい部分としっとりととろける部分が相まって、とても美味しいと人気なのだ。
実はこれ、カップルで食べる時は両端から食べて行くという作法があるらしい。
まぁ、僕達は普通に二個買ったけどね!
この時、今回はディアナが払うと言っていたのだけど、ディアナの手持ちの硬貨はなんと共用金貨で、屋台ではさすがにお釣りが払えないということで断られてしまった。
市民登録してないからデータ通貨を使えないのは不便だね。
結局再び僕が払ったのだけど、おかげでディアナはちょっとむくれてしまった。でも、お試し用のひとくちサイズのホットドッグをもらってすぐに機嫌を直していた。
素直で純粋なところは全く変わっていない。
僕はきっと、そういうディアナが好きなんだ。
憩いのスペースは本格的な公園よりは少し狭いけれど、十分に大勢がくつろげる緑や土、そして水があるスペースだ。
都市部でも最低限の循環環境を作り出そうと行政は四苦八苦していると聞いたことがある。
その偉い人達の努力のたまもので、こういった場所はあちこちにあって、僕達はちょっとホッと息を吐くことができるのだ。
僕達のような体格の人種が一番多いのでそれに合わせた四阿やベンチが多いけど、それ以外にもデザインの美しい止まり木タイプの翼人用のベンチや、巨人タイプの人用の頑丈な天然石のベンチなどが点在している。
翼人の人達ってすごくオシャレなので、止まり木ベンチで寛いでいる風景はとても綺麗だ。
実はここのベンチのデザインはうちの母なのだけど、翼人の人達に評判がいいと言われていて、僕もちょっと鼻が高い。
僕達は一般的な木製の屋根とベンチの四阿に腰を下ろすと、長い名物ホットドッグを齧りながら詳しい話を進めた。
「ディアナが里から許可をもらって家出? をしてきたのはわかったけど、入国手続はどうなっているの?」
「入国証を発行してもらったよ」
僕はディアナの出してきた入国証を確認する。
思った通り観光用の短期のものだった。
「ディアナ、もし本当にここに住むつもりなら、ちゃんと就学か就業用の入国証を取得しなきゃいけないし、それに住む所も探さないといけないよ」
「え? この入国証じゃだめなの? 就学とか就業って、ずっとここに住むためのもの?」
「ずっと住むには移住手続きが必要だけど、移住するには条件を満たさなきゃいけないんだ。最低でも三年はこの国に滞在して、なんらかの実績を残す必要がある」
「実績って?」
「ようするに税金を払うってことだよ。あと、社会的な貢献度が高いと期間が短縮されたりする。逆に犯罪とか犯すと放り出される」
「学生って税金払うの?」
「学生は税金払わないよ。ただし、居住権を購入しなきゃいけないけど、これは居住手続きのときに一緒に払うから特別考える必要はないと思う」
「え? 税金払わないと三年暮らしても移住できないの? 学生だと移住できない?」
「うん。だって考えてみなよ。高等部ぐらいになると国外の学校に勉強に行く人も増えるし、そんな人達がみんな外国の国籍取ったら困るだろ?」
ディアナは「う~ん」とうなると、結論を導き出した。
「とりあえず学校でイツキと一緒に勉強したい。夢だったし」
「じゃあ就学用の入国証を取る必要があるね。それと」
僕は子どもの頃のことを思い出す。
ディアナの知識の偏りはかなり大きかった。
中等部の卒業証を持たないディアナが高等部に上がるにはおそらくは就学試験を受ける必要があるはずだ。
ディアナは今年十四才だから高等部は来年から、今年一杯で偏りをあるていど修正して、試験用の知識を付けなければいけないだろう。
「高等部は自分の学びたいことを学ぶために色々な教室を回ることになるから、一緒に勉強は難しいかもしれないよ。学年も違うし」
「えっ、でも」
ディアナが目に見えてしょんぼりする。
「まぁ同じ教室で勉強は難しいかもしれないけど、フリーの講習とかあるみたいだし、そういうのは一緒に行けるよ。そうするためにはまず、受験勉強だね」
「受験?」
ああ、そうだよな。
ディアナはずっと個人授業を受けていたんだから受験とか知らないよな。
それから安全性の高い環境の良い住居を探さないと。
都会でそんなとこあるのかな? 不安だ。
「このホットドッグ最高に美味しいね!」
すごく嬉しそうに食べ終わったホットドッグの包み紙(新聞紙だ)を綺麗に折りたたんでカバンにしまうディアナを見ながら、僕はまぁいいかと不安を快く受け入れることにしたのだった。




