あまんじゃきのカンタ
ひだまり童話館「にょきにょきな話」参加作品です。
「くぉらー、かん太あー!」
先生の怒鳴り声と、ぎゃははと笑いながら駆けて行くかん太の足音が学校中に響き渡ります。
これはいつもの光景。生徒たちも見慣れたものでした。
「こら!」
先生はかん太を捕まえると、ゴツンとげんこつ一発をかん太の石頭にくれてやり、自分のげんこつに“はあ”と息をかけました。
「もうするんじゃないぞ」
「はあ~い、ごっめんなさ~い」
反省の色のない謝罪をしながら、かん太は嬉しそうに頭をさすってスキップで去っていきました。その姿を先生は後ろから眺めて、やれやれというふうにため息をつきました。
かん太はいたずらの名人です。
いつも誰かにいたずらばかりしているのです。でもそれは、他愛もないことです。靴を履こうと片足で立っている子の足を払ったり、前の席の子の椅子を、座る瞬間に引いたり、掃除の時間にチャンバラしていたり、そんな程度です。
先生との追いかけっこの末に、いつもげんこつが降ってくることも分かっていますが、かん太はそれが楽しくて、飽きもせずにいたずらを繰り出していました。
ある日の午後のことでした。
もうすぐプール開きがあるため、6年生が学校のプールを掃除する時間がありました。
6年生たちは体操着になり、デッキブラシやタワシやバケツを持って、それぞれプールを洗っていました。
勿論かん太だって掃除をしています。プールが大好きですから。
だけどその姿はとてもプールの掃除には見えません。体操着姿でデッキブラシを持って踊っているのです。
「かん太!やめろよ!」
かん太が振り回すデッキブラシからプールを擦った水が飛び散って、みんながキャーキャーと逃げ回りました。
かん太は嬉しそうにデッキブラシを振り回しながら女の子たちを追いかけます。
その時、急に小さな黒い雲がかん太のそばまで降りてきました。かん太はそれに気づかずに、デッキブラシを空に向かって突くような変な踊りをしていて、ちょうどその真っ黒雲を突き刺してしまいました。
― プス ―
次の瞬間、その黒雲は雨を降らせました。かなりの雨です。
バケツをひっくり返したという表現がぴったりのものすごい雨が、かん太の上だけに降りました。
「うわあ、かん太!大丈夫か!」
黒雲は雨を降らせるとみるみる縮んでしまい、すぐに雨も止みました。
そしてその土砂降りの中から現れたのは、びしょ濡れになったかん太と・・・もう一人、かん太が立っていました。
いきなりものすごい水をぶっかけられて、やっと目を開けてみれば、隣に立っている誰かさんはまるで自分の分身のよう。
かん太は目を丸くしてもう1人のかん太と見つめ合いました。
「「おまえ・・・誰だ?」」
「「俺は、かんた」」
目の見開き具合から、指のさしかたから、声の調子までバッチリ同じ。本当にかん太が二人になってしまいました。
「うわー、かん太が増えた!先生!せんせー!」
他の子どもたちも驚いて大騒ぎをしていると、さっきの小さな黒雲よりもずっと大きな黒雲が、ビュービューと大風を吹かせて降りてきました。
そして二人のかん太のそばに雷のような鋭い光りを放ち、ビューっとものすごい勢いで通り過ぎて行きました。
近くにいた子どもたちは、あまりの風の凄さに頭を押さえてうずくまっていました。叫んでいる子もいましたが、そんな声も聞こえないほどのすごい風でした。
ほんの一瞬とはいえ、急に大雨が降ったり、強風が吹いたりして、プールの周りは嵐の後のように凄まじい状態になっていましたが、子どもたちもブラシもバケツもみんな無事でした。
ただひとり、デッキブラシを持った「かん太」がいなくなっていました。
そこにいたのは、デッキブラシを持っていない、運動着ではなく、くすんだ虎柄のパンツを履いたかん太だけでした。
よく見れば、かん太とは違って、茶色いアフロヘアをしています。
さっきの大雨で現れた二人目のかん太がここにいて、デッキブラシを振り回していた元祖かん太はいなくなっていました。
◇◇◇
デッキブラシを持ったまま、かん太は大きな黒い雲に載せられて、大きな鬼にガミガミと怒られていました。
「くおら、カンタ!まあた、失敗したな、このへなちょこめ!あんなプールのど真ん中に雨を降らせたってダメだろうが、まったく。いいか、あの場合は風を吹かせた方が効果的だ。わかるか?あそこはもともと水を使ってるんだから、雨をちょっと降らせたってダメなんだよ。どうしても雨にこだわるなら、体育をやっている校庭のほうだろうが。それならば、だれかが、雨だーって叫んでくるだろうが。おい、わかるか?そういう声が聞こえるってことが大切なんだよ。誰も見向きもしないような雨を降らせたって、俺たち天んじゃ鬼の意味ないんだよ。わかったか、こら、聞いてんのか、カンタ!」
あんまりにも長いセリフのため、かん太は説教に飽きて、ついきょろきょろと辺りを見回していました。
どう考えてもここは雲の上で、どう考えても空の上で、どう考えても目の前にいるのは鬼のコスプレをしているおっさんです。
「おっさん、誰?」
かん太が聞くと、おっさんは顔を真っ赤にして息をいっぱいに吸いました。それからまた轟くような大声で、説教が始まりました。
「おっさんって言い方はないだろう!先生のことをなんだと思ってるんだ。先生はお前のために、こうして助けに行ってやったんだろうが。良いか、ちゃんと聞かなかったこともだし、今回の雨の失敗もだし、お前はだいたい、集中力が足りん。それに、おっさん誰?って言い方はないだろうが。先生のことは、必ず先生と言え。そもそもお前は、小さなころから、ひとの顔や名前を憶えないところがあったが、こうして毎日顔を合わせている俺の顔くらい覚えているだろうが、それを忘れたとは言わせないぞ。だいたいお前だって今何やっているのか分かっているのか。昔から・・・」
「先生」
あまりにも説教が長いので、かん太は口を挟みました。
「なんだ」
「俺、東小学校6年1組南田かん太」
かん太が自己紹介をすると、鬼の先生の顔が固まりました。
それから徐々に口を開いて、もう顎が落っこちそうというところまで口を開ききると、両手をゆっくりと頭に載せて、自分の角を掴み
「間違えたー!」
と大声で叫びました。
「俺の隣に落ちてた俺っぽいヤツと間違えたんだろ?」
かん太はシレっとして言うと、鬼の先生の角を触ってみました。本当に頭に角が生えています。先生はしばらくされるがままに角を触られていました。
「俺っぽいやつ、名前なんて言うの?」
「カンタ」
「わはは、顔も似てたけど、名前もかぶってら」
かん太はゲラゲラ笑いました。
「で?先生は何の先生なの?」
かん太が聞くと、先生はちょっと複雑な表情をしてから話しはじめました。
「俺たちは、にわか雨を降らせるお天気鬼、天んじゃ鬼だ」
「天邪鬼じゃないの?」
「天邪鬼じゃなくて、天んじゃ鬼だ。まあ、細かいことはいい。俺たちは、お天気部が降らせるれっきとした雨とは違って、人間たちが、うわ~、雨だ~、困ったわ~、っていうようなにわか雨を降らせるのが仕事だ」
「変な仕事」
「そうか?だけど、これがまた、気楽で良いもんだ。いつどこに降らせたって良いんだからな。それにいたずら心が混ざっているっていうのがまた良いだろ?」
「いたずら心?」
「そうだ。天んじゃ鬼の雨は、うわ~、雨だ~、困ったわ~っていうような雨だからな。いたずら心でちょっと困ったところに降らせるもんだ。だけど、アイツは、ああ、お前と間違えたカンタはな、そのいたずらがどうしたってできないってんで、なかなか角も生えてこない。それで、特訓してたんだよ」
「ふうん。特訓ってどんなことするの?面白そうだね」
かん太は天んじゃ鬼に興味を持ちました。どうも話を聞いていると、かん太の大好きないたずらし放題のようなのです。
「さっき言った通りさ。人間たちが、雨だ~、困ったわ~、っていうようなにわか雨を降らせるだけだ。ターゲットを決めて、このボタンを押すと雨が降る」
「楽しそー!俺、やってみたい!」
鬼の先生は、かん太を見て、それからウンと頷きました。
「まあ、一回くらいやってみるか。そら、じゃあ、よーく下見て決めるんだぞ」
「わあい!お、あそこあそこ!」
かん太は、すぐに雲の上から下を見て、ターゲットを決めました。
雲をターゲットの洗濯物の上に移動させて、ボタンを押しました。するとザーっと雨が降り出しました。
家の中からおばさんが出てきて、慌てて洗濯物を取り込んでいます。
雲の上からかん太はゲラゲラ笑いました。
そうこうしているうちに、雨はすぐに止んでしまいました。
「あれ、もう終わり?」
「にわか雨だからな。3分しか降らない」
「へえ~、オモロ。ねえ、どうだった?俺、合格?」
先生は腕を組みました。
「筋は悪くない。だがな、単なるいたずらではダメだ。今の隣の家の洗濯物だったら、合格だな」
「なんで?」
「隣の家の洗濯物に、体操着があっただろう。あそこの家のガキは、体育が苦手だからな。体操着が濡れたら喜ぶだろう」
かん太にも、その家の子どもが体育が苦手というのが分かりました。雲の上からだと、なんとなくそういうことも分かるのです。
「だって、いたずらなんだろ?なんで、喜ぶことやってあげんの?」
「いたずらってのは、ただ嫌がることをすれば良いんじゃない。ちょっとばかり、誰かの“ため”になることも必要なんだ」
それを聞いて、かん太は、なるほど、と思いました。にわか雨とはいえ、ちゃんと考えて降っているのです。先生は話を続けていました。
「子どものいたずらっていうのは、悪気がない。それが良いんだ。その悪気のなさの中に、少しだけ誰かの“ため”が入った時、それはもう子どものいたずらではなく、鬼のいたずらになる。俺たち天んじゃ鬼は、そういういたずらをするんだ。洗濯物ひとつ濡らすんでも、そこんところが分かるようにならなけりゃな。ただ洗濯物を濡らすだけでは芸がない。芸がないことをするのは俺たち鬼の・・・」
「先生」
かん太はまた話を遮りました。
「なんだ」
「話長いよ~」
先生は怪訝な顔をしました。
「なんだって?」
「だってさ、俺の先生って、俺がいたずらをすると、げんこつ一発で許してくれるぜ?そうすると、なんか嬉しくなっちゃうんだ。だけどさ、鬼の先生みたいにくどくど言われると、やる気なくすっていうか、なんか俺ってダメなヤツって気がするんだよな。カンタも嫌だと思ってるんじゃねえかな」
「くどくど、だあ?」
鬼の先生は、ものすごく怖い形相をしてかん太を睨みました。それでもかん太はケロりとしています。
その時、かん太の頭から「にょき」と音がしました。
鬼の先生はしばらくかん太を睨んでいましたが、フッとため息をつくと、少し表情を和らげて言いました。
「じゃあ、もう一回やってみろ」
「うん」
かん太は嬉しそうに地上を見下ろして、ターゲットを決めました。それは誰もいない小さな家の庭でした。かん太は近づいて行って雨のボタンを押しました。
ザーっと3分間雨が降りました。
小さな家からは誰も出てきませんでした。では、何が濡れたのでしょう。
「どう?」
かん太が聞くと、先生はまた腕組みをして、それから大きく頷きました。
「合格だ。あの長靴に目が留まるとは大したもんだ。よく気づいたな」
「うん。長靴はびしょびしょだけど、きっと新しいの買ってもらえるだろ?」
かん太はサイズが小さくなってしまった長靴を見つけて、たっぷり水を注ぎこんでやったのでした。お母さんにとっては迷惑な話でしょうが、長靴を履く子にとっては少しばかり嬉しいことになるでしょう。
鬼の先生はこのかん太のいたずらの才能に驚き、そして思いました。
このかん太はすでに一人前の天んじゃ鬼のようだ、と。この際、カンタは地上に残してしまおうか。その方がお互いのためにずっと良いと思いました。
「かん太。お前、本当に天んじゃ鬼にならないか。お前ならすぐに立派ないたずら鬼になれるぞ」
そう言われて、かん太は少し喜びました。
だけど、地上に残されたカンタはどうなるのでしょうか。いたずら者のかん太として生きて行くのでしょうか。
かん太は、急に立ち上がると、大声でわめきだしました。
「いやだいやだ、そんなのいやだー!俺は地上に帰るんだー!帰りたい帰りたーい!」
あんまりにも大声でわめくので、大きな黒雲はあっちこっちに揺れ動きました。
「お、おい、やめろ、わかった、わかったから!」
先生は手を焼きながらなんとかかん太をなだめようと必死です。
かん太は大声で泣き叫びながら、先生の様子をチラリと見ました。すると、かん太の頭がまた「にょき」と言いました。
「か、かん太!お前、角が生えてきてるぞ」
先生が驚いてかん太の頭を指しました。
「え?角?」
「俺たち天んじゃ鬼の角だ。ほら、頭に」
そう言われて、かん太が頭を触ると、先生のように頭に角が生えていました。
「え、俺、本当に鬼になっちゃうのかよー!」
かん太が、カンタのためを思って、先生を困らせるように泣いたので、かん太のいたずらに反応した頭から、天んじゃ鬼の角が生えてしまったのです。
そんなことになると思っていなかったので、かん太は困って本当に大声で泣いてしまいました。
かん太が泣いている間に、鬼の先生は黒雲を学校の校庭に連れてきてくれました。かん太を地上に帰してあげるのです。
「ほら、ほら、お前さんの小学校に戻ってきたから、さあ、降りろ」
鬼の先生は優しく言いました。
「え、良いの?俺、角が生えちゃったのに、地上に戻って良いの?」
かん太は嬉しそうに聞きました。もう降りる体勢になっています。
「おう、お前を手放すのは残念だが、ウチには大切なカンタがいるからな。さ、降りてカンタを呼んできてくれ」
「うん、先生、ありがとうな」
かん太は、先生にお礼を言って、黒雲から飛び降りました。
校庭には、黒雲を見上げていたカンタと、6年生たちがワラワラと集まっていました。
突然現れた黒雲からかん太が飛び降りてきたのを見て、みんなは歓声を上げました。
「ただ~いま!」
かん太が手を振ると、みんながドっと笑いました。
だけど、カンタだけは笑いませんでした。神妙な顔をしてかん太のところに走り寄ってくると、渋い顔をしてかん太の角を触りました。
「俺の代わりに、天んじゃ鬼になったのか」
そこで、かん太はどうしようか、少し考えました。かん太は天んじゃ鬼になんてなりたいと思いません。だけどこう言いました。
「そうさ!俺は天んじゃ鬼になるんだ。どうだ、立派な角だろう!」
かん太の頭の角は、またにょきにょきと大きくなりました。
カンタはびっくりしています。だけど、すぐに気づきました。かん太が天んじゃ鬼になってしまったら、地上のお母さんが悲しむでしょう。それにかん太だって、住み慣れた地上を離れたらきっと寂しくなるに違いありません。
カンタは、意を決してかん太に言いました。
「はは~ん、そんな角なんて、こうして取ってやらあ!」
カンタは、かん太に近づくと、その鼻を押して頬っぺたをブニョとつぶしました。それから鬼の呪文を唱えました。
「鼻ぺちゃまんじゅう、あっかんべー、角よ取れろ!」
すると、かん太の角がポロリと取れました。
それから、カンタの頭ににょきと角が生えました。
角の取れるいたずらをしたので、カンタに角が生えたのです。カンタはちゃんとひとの“ため”になるいたずらをすることができて、初めて、頭に角が生えたのでした。
「あ!俺の頭に角が生えた!やった、やったよ、先生!」
カンタは大喜びで黒雲に走り寄ると、ぴょーんと飛び乗って黒雲ごと去って行きました。
◇◇◇
かん太は天んじゃ鬼にならずに、地上に帰ってきました。
だけどかん太は変わりました。単なる子どもっぽいいたずらはもう卒業して、少しばかり誰かの“ため”になるようないたずらをするようになりました。
かん太のいたずらは、相変わらず先生にげんこつを食らいましたが、それでもみんなかん太のことが大好きでした。
やっぱりかん太が戻ってきて良かったと、みんな思っていました。
あのカンタは、立派な天んじゃ鬼になれたのでしょうか。
あの日から、少しして、かん太の体操着袋に、新しい体操着が10枚も入っていました。あの時カンタが着て帰ってしまったために、なくなっていたのが10枚になっていたのです。
こんないたずらをするのは、きっと天んじゃ鬼です。
「こらー!カンター!」
かん太が、教室の窓から大声で叫ぶと、向こうの方の黒雲がザーっと雨を降らせるのが見えました。
おしまい
イラストは九藤 朋さんに描いていただきました。
ありがとうございました。