◇05 把握 護衛隊 (ガーズ)
【国境・共和国側平原】
自分の体より大きなものを運ぶのは大変だ。
背負った者の足が地面を引きずって、重みが増す。
自分の肩から飛び出る頭が時々頬ずりしてくるのは本当に嫌だ。
背負った背中はぬるぬるしていて気持ち悪い。
羽の根元まで濡れている。
黙って先頭を歩く者についていく。
どれだけ歩いただろうか。
足のつめは割れてしまっていてとても痛い。
人間の足と違って足幅が細いから、地面に潜り込んでいく。
やっと前の者が止まった。
そして背負った人間の遺体を放っている。
自分の番だ。
穴の手前まで来ると、中にはたくさんの人間が折り重なっていた。
自分も向き替えると、背負っていた重荷から手を放した。
急に体が解放されて楽になる。
「んんん~~~」
強張っていた羽がほぐれ、パラパラと赤い破片が落ちる。
まだまだ羽の芯が湿っていて気持ち悪い。
おなか減ったな……。
「どけ」
私の後ろに並んでいた猛禽類が私を押しのける。
なによ!
そう言いかけたがやめた。
ここでトラブルを起こせば監督兵に殺される。
目立たなければ生き残る事が出来る。
あいつらは本当に簡単な理由で私たちを殺す。
軽く詫びる声を出して道を開けた。
猛禽類は片手で軽々とあいつらの遺体を持っていて、無造作に放り投げた。
生まれてからずっと、そういう世界だった。
それ以外の世界を知らなかった。
でも、私ももうすぐ死ぬんだな……。
あの穴の中にいる人間みたいに……。
あの丘の上にいた、こいつらとはまた違う人間たちに殺される。
監督兵が集合を告げていた。
「お腹減ったな……」
※
【国境・王国側丘】
「聞きにいってどうするのですか?」
「意味ある行動とは思えませんが」
老騎士が俺の目を覗き込む。
「逃げるつもりはない」
「得られる支援は全て得たい」
このすっぽり抜けた記憶を埋めたい。
それは口に出さないでおいた。
「いつまでここで戦えばいいのか。いつ撤退すればいいのか」
「これだけの敵を相手にするんだ。まだまだ敵は後ろにいるだろう」
「負け戦なら尚更、些細な事で崩れる」
…………。
…………。
…………。
…………。
老騎士が俺から視線を外すとため息をつく。
「わかりました」
「それでここの指揮はどうするのです?」
「誰か適任者はいないか?」
「いませんな」
「んぐ……」
断言された。
指揮官の代わりがいないほど、烏合の衆なのか。
「元々中隊で参謀を置くような所帯ではありませんからね」
「そうか」
「すまないが、俺が帰るまでここの指揮を頼む」
「おっしゃられると思いました」
「わかりました」
「護衛隊!」
老騎士の後ろに5人の騎士が集まる。
みんな髪まで血で濡らして元の色がわからない。
「ご主人様のためだけの護衛です」
「全員ノイシェーハウ家に属しています」
5人の顔を見る。
みんな俺より頭1つ大きい。
俺はそんなに重要人物だったのか。
「リンヴェッカー」
老騎士に呼ばれた1人が一歩前に出た。
「私の孫です」
呼ばれた若者は目鼻立ちがはっきりして、透き通る緑色の瞳をしていた。
髪の毛が血に濡れていても、その笑顔は周りを安心させるに十分な輝きを持っていた。
俺に紹介すると護衛隊へ向き直った。
どうして改めて俺に紹介する?
この老騎士に対する疑念がもたげる。
「わしはここに残って指揮をする事になった」
「お前たちは、アクティム様についていけ」
「そして、何があっても必ず守りきれ」
リンヴェッカーを始め、5人の騎士がうなずく。
「アクティム様は記憶をなくされている」
俺は老騎士の背中を凝視した。
その老騎士が笑みを浮かべて振り返る。
「何を驚いているのですか。剣を教えたのは私ですぞ」」
「砲弾に倒されてからの行動はおかしい」
「まるでこの世の常識すら抜け落ちたような感じです」
「自分が何者なのか早くつかんでください」
俺は言葉を返せなかった。
全てを見透かされていたのか。
「わかった」
「ここは貴方に賭けるしかないようだ」
「シュラー・オスターヴィーカーです。ご主人様」
老騎士が改めて頭を下げる。
孫とは違い白髪だが、昔は金色の髪をしていたのだろうか。
「リンヴェッカー・オスターヴィーカー」
先ほどの好青年が手甲を胸の鎧に当てて頭を下げる。
「シュール・エルヴァーローデ」
血の赤なのか元の髪が赤いのか、短髪に口ひげを生やした若者が優雅に頭を下げる。
「ツム・ドアーレン」
護衛隊の中でもひときわ横に大きい体を持つ男が進み出た。
俺の胴体ほどもある太い腕を胸当てに充てる。
縮れた長髪に胸元まである髭。まるで大きな熊のようだった。
「ヴェーク・シュティンメッケ」
無表情に名前を告げた男は、口ひげもなく血に染めた頭にも頭髪はなく、左ほほに縦についた傷が目立った。
「クライナー・シュタイン」
長髪を結い上げた髪を馬の尾の様に揺らして頭を下げる若者。
全員が自己紹介する。
「ここでアクティム様が死ねば、我々も死ぬことになります」
「ノイシェーハウ家の当主は我々護衛騎士を許さないでしょう」
「ですから信用して何でも申し付けください」
改めて引き締めた表情でシュラーが俺に告げた。
「宜しく頼む」
頭を下げると、5人とも右腕を胸に当てた。
全員の顔を改めて見て決めた。
俺に選択肢はない。
「シュラー。命令を変更する」
「リンヴェッカー。俺が戻るまでここの指揮を執れ」
シュラーの孫だからという訳ではない。
一番最初に俺に挨拶したという事は、この中で2番目の地位にいる男なのだろう。
さっきの戦いは見ていなかったが、生きて今ここにいる。
ならここを任せても大丈夫だ。
俺には老練なシュラーが必要だ。
太陽を見上げた。
まだ東天にある。まだ朝だったのか……。
「太陽が南天にかかるまでには戻る。兵を休ませておけ」
「早い昼食を取らせておきます」
こいつと言っていいのだろうか。年上にも見えるし年下にも見える。
リンヴェッカーは要領がよさそうだ。
「俺が戻るまでに敵の攻撃が予想されたら後退しろ」
「俺と合流して迎え撃つ」
「はいご主人様」
リンヴェッカーに、自分より優秀な匂いを嗅いで老騎士に振り返る。
「シュラー。俺のことを義子と言ったな」
「一族はこの戦場に来ているのか?」
「叔父が本体を率いていますが、先に後退して部隊を再編しています」
「追い付くのは難しいかと」
「なるほど。俺は死んでもいい存在か」
「いえ、むしろ期待されての配置だと考えますが」
「記憶を失う前のアクティム様を……ですが」
シュラーが笑みを浮かべると直ぐに消した。
戸惑っているのは俺だけじゃないわけだ。
その気持ちは良くわかる。
「ありがとう。包み隠さないのはありがたい」
「シュラー。4人を率いて俺についてこい」
「総裁に増援を求める」
「馬をひけ」
シュラーが素早く命令を出す。
みんな跳ねたように動き出す。
俺の部下にならずとも一旗あげられそうな程の有能さを匂わせる。
自分はどうなんだ……。
記憶だけではなく、自分の実力もわからない……。
胸をチラリと炎が焼いた。
…………。
…………。
…………。
…………。
ところで……。
俺は馬に乗れるのか?
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次回 把握 命令
2016年05月17日7:00公開予定
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