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異世界に来たけど義母が5人もいた上に結構ハードモードだった。  作者: 雨露口 小梅
第一章 撤退支援戦闘(ウィズドロワル・サポート・バトル)
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◇02 公平な誇り (フェア・プライド)

 【国境・王国側丘】


 見事なまでに調律の取れた人間が横隊になり、青と白の盾に身を隠しこの丘に迫ってくる。

 整然と歩みを進める横隊は、自分の味方である地平線を埋め尽くす青と白の軍団を背にして、言葉にできない圧力を丘の上の俺達にかけてくる。


 周りを見渡すと、老年騎士と共に無数の視線が俺に突き刺さる。

 これをどうしろと?

 恐らく戦わなければならないのだろうが、どうして自分が戦わなければならないのか。

 まったく立場が理解できない。

 

 丘の始まりまで迫った敵を見る。

 白と青の軍装はさほど汚れておらず、金の縁取りは陽光に煌めいているようにも見える。

 敵の兵は自信に溢れ、この柔らかくしっかりしない足場さえも、踏み固めて関係ないように見える。

 目の前の塹壕に潜んでいる兵が槍を抱きながら俺を見ている。


 「相手の顔が見えないから不安になっているんですよ」

 「自信のある顔をしてください。隊が崩れます」


 この老騎士は幼子に言い含めるように、ゆっくりと話す。

 その鋭い眼は迫りくる敵からひと時も話さない。

 俺も同じようにする。


 迫りくる敵を見ても、どこか非現実な感じがして、恐ろしくはならない。

 どう見ても分の悪い戦い。

 どうみても俺達は、丘の下へ進出してきた敵兵と同じくらいか、それ以下しかいなかった。

 それに比べて敵は、進出してきた兵を除いても、平原を埋め尽くすほどいた。

 どんなに頭を回転させても掴めない、自分の存在の方が怖かった。


 老騎士は少しため息をつくと、俺に解説を始めた。


 「敵を十分に引き付けて突撃を誘い、この並んで立っている横隊でしっかり受け止める」

 「敵は我々の横隊に気を取られるから、この壕に潜んだ槍兵の奇襲は成功するでしょう」

 「そして後列の剣士隊の反撃」


 俺は黙って老騎士の説明を聞く。


 「何とも男子にあるまじき汚い戦い方ですが……」


 俺の作戦なのか?

 その悪態を無視して質問を続ける。


 「剣士隊の後ろの弓兵は?」


 「後退する兵を狙撃する為に温存です」

 「この横隊が突破されるか、中隊長が死んでしまったら意味はありませんがね」


 俺がまだ呆けていると思っているのか、老騎士の挑発的な言葉が続く。

 その通り、俺はまだこの状況に馴染めていなかった。


 「ありがとう。状況はつかめたよ」

 「しかし、正々堂々と戦って死んでしまったら、何も意味はないだろ?」


 「少なくとも誇りと名誉は穢れません」

 

 「そうかもしれない。でも俺は生きていたい。周りにいる兵もそう考えるんじゃないかな」


 俺は心の底からそう思った。

 今ここで死んでしまったら、俺は何もわからず死んでしまう。

 ただ、俺が何者かを知る為には、ここで戦い抜かなければならない。

 すなわち人殺しをしてでも自分は生き抜く。

 この作戦は、そんな俺が考えた方法なんだろう。

 人殺しは本当に嫌だが、この作戦には親近感が沸いた。

 俺の性格そのものだ。


 戦気というものがあるのだろうか。

 丘を登り迫ってくる敵の圧力が張り詰める。


 丘を登る準備をする為か、横隊の後ろに兵が並び、一斉に弓を構える。

 すかさず、俺の後ろにいた兵の一人が、盾を俺の頭上にかざす。


 「ありがとう」


 その兵に笑顔を向けると、ほっとしたような顔を浮かべて何度も頷く。

 老騎士が差し出した盾を受け取って、体を隠す。


 「ありがとう」


 そして放たれた矢が雨の様に降ってきた。

 盾によって弾かれた矢が雨のような音をあげる。

 ただし、それはとても重く、俺を殺そうとする矢だった。


 「中隊長の考え方を怯懦と呼ぶのは間違いなんでしょうな。戦い方も時代も変わったという事でしょうか」

 「ご主人様マイロード。いよいよです」


 先頭を進む敵の将校が、剣を天に向ける。

 一斉に盾の壁が開き、槍を持つ敵兵が姿を現す。

 そしてこちらに向かって振り下ろした。


 天を揺るがすほどの雄たけびが丘を駆け上がってくる。


 「ご主人様マイロード。貴方の事は私がお守りします」


 老騎士は金属が触れ合う音をさせながら、剣を鞘から抜く。


 「安心して指揮をお取りください」


 既に敵兵の顔が見て取れる。

 本能を爆発させ、理性を蛮性に変え、普通の人間でも殺人鬼に変える空気。

 もう自分の記憶に拘っている場合じゃない。


 殺さなければ殺される。

 蛮性は俺にも伝染し始めた。呼吸が荒くなる。

 死にたくない。死にたくない。人殺しは嫌だ。でも死にたくない。


 「いいか貴様ら! 剣を汚さずにこの戦いを終えたものは! このシュラーが切り捨ててやる」


 老騎士の怒声があたりに響く。

 頃合いという事か。


 「構え!」


 俺も剣を抜いて、天に掲げた。

 俺は生きていたい。


 「構え!」

 

 俺に倍する音声おんじょうで、老騎士が復唱する。

 その命令は、木魂のように復唱伝達が繰り返される。

 身を晒し圧力に耐える横隊は、盾の中から体を出して槍を構える。


 壕の兵は立膝に態勢を変えて、短く切り落とした槍を斜めに構える。

 後列からは剣を抜く音が聞こえた。


 そういう事か。

 俺の立場が少しはわかった気がする。

 蛮性は俺だけではなく、味方の兵すべてに伝染しているようだ。

 

 「生き残るぞ!」

 

 俺は思わず叫んでしまった。

 余計な事を言ったかと一瞬思ったが、その思いをかき消した。それが余計だ。

 こちらの構えを見て、敵の顔に気迫が漲る。

 気押されれば、それで生は終わる。生を諦めた事になる。


 もう二呼吸。

 再び無音の世界に入る。


 命令を発したかどうかはわからない。

 敵の投げた槍が俺の頭を掠めていく。

 すべてがスローモーションに見えた。


 俺と共に直立する横隊が、敵と接触する一呼吸前。


 「突け!」


 シュラーの号令と共に、塹壕の兵が槍を突き出した。


 敵は俺達目の前の横隊に気を取られていた。

 槍が敵の軍服を貫き、勢いを失って躓いた敵は倒れこみ、体重によって更に深く突き刺さる。

 斜めに構えた槍は、槍尾が壕の壁に突き刺さり完全に固定され、敵の墓標になった。


 目の前で崩れゆく敵兵は、俺を驚愕の目で見つめたまま、視界から消えた。


 「横隊! 突け!」


 壕の槍を逃れた敵兵に、無数の槍が突き刺さる。


 「剣士隊! 敵を倒せ!」


 無数の槍を身に受けた敵兵が、俺に向かって剣を振り下ろそうとする。

 血と涎の混じった液体を口から溢れさえ、見開いた目は血走っていた。

 そしてその敵兵の頭が剣によって縦に砕かれる。


 俺の後ろから、突撃した剣士が振り下ろした剣だった。

 種類の違う蛮声が敵を押し包んだ。


 塹壕に落ちた敵兵は、頭を割られて絶命する。

 地に立つ敵兵は、槍と剣によって切り刻まれた。

 それでも僅かに生き延びた敵兵が丘を駆け下りていく。


 「弓隊! 構え! 狙え! 打て!」


 既に戦意を失った敵兵の背に、無数の矢が突き刺さる。

 

   ※


 ほんの僅かな時間だった。

 ほんの僅かな時間で、あの自信に溢れ、輝いていた敵兵は全て地に伏せた。

 白地に青の制服は、黒と赤に染まり、全て踏みにじられた。


 戦勝の高ぶりが丘を包み、周りの兵も肩を抱き合っている。

 中には折れた槍を見つめているものもいた。


 「終わったか……」


 特に剣をふるった訳ではないのに、胸が苦しい。

 命令すらもしなかったから、俺はただ立っていた事になる。

 人殺しをしなかった、この戦争に参加しなかった安堵感などはなかった。

 俺の作戦で、目の前で無数の人間が死んだ。


 「ご主人様マイロード。大勝利ですな」

 「敵は1,000位でしょうか。1個大隊全滅です」


 老騎士の満面の笑顔が俺に向けられる。


 「こちらは21人損害が出ました。重傷者は5名。それぞれの隊長が慈悲を下しました」

 「正面に布陣した敵の連隊は4個大隊」

 「その内1個を失いましたから、無謀な突撃はしてこないでしょう」

 「時間が稼げます」


 よほど嬉しいのか、言葉がとても多かった。。

 重い鎧を着て剣を振るったのに、息一つ乱れていない。

 その鎧からは血が滴っていた。


 「戦えば当然そうなるか……」

 「教えてくれてありがとう」


 敵は1個大隊。そして俺は中隊長だから、多分味方は中隊規模。

 敵の方が数は多かったという事か。

 中隊が何個で大隊なんだ?

 とにかくそれでも圧倒的に敵の方が数は多いという事……か……。


 「いえ、その……。感謝します、ご主人様マイロード


 俺の感謝に戸惑っているのか?

 老騎士が俺から視線をずらして、地面を見ている。

 まあ、いいか。今は他に考える事がある。


 「ご主人様マイロード勝鬨かちどきを」

 「勝鬨かちどきはあげない。普通それを行うのならばそれを行わない」


 シュラーの顔が曇る。


 「しかし兵隊に自信を与えないと」


 「生き残るためだ。何が起きているのかわからなければ、更に時間が稼げる」


 シュラーがしばらく俺を見つめていると、少し頭を振る。


 「わかりました……」

 「お前ら、中隊長殿のお言葉を聞いたな」

 「生き残るために勝鬨かちどきはない。伝えて回れ」


 シュラーの後ろに控えていた兵士が散らばる。

 これが記憶のある俺の初めての決断で行動だった。


 そして決断できた事実は、俺を次の行動に移すハードルを下げた。

 俺は更に残っている兵士に告げた。


 「弓兵。 矢を回収しろ」

 「横列。敵の剣と盾を回収だ」


 「ご主人様マイロード! それは盗賊のやる事です! 貴方が命令すべきことではない!」


 俺の右腕をつかんで、シュラーが口を挟む。

 口調は怒気に溢れているが、俺をまっすぐ射貫くその目は、懇願するような色をしていた。

 

 周りの兵が固唾を呑んで俺達を見つめている。


 「随分酷い格好になったな」


 「返り血とかすり傷は戦の誉です」


 「まだまだこの丘は血と命を吸い込む」

 「そしてそれは俺たちの命であってはならない」


 「しかし、盗賊の真似をして、敵の誇りを穢すなど、騎士だけではない! 貴族がする事ではありません!」


 シュラーの声が震えている。

 名誉。誇り。

 このシュラーが生きていた世界。

 ロマンチックな騎士の世界。


 「部下たちの中に、どうして鎧を付けていないものがいる?」

 

 「お忘れになりましたか? 撤退の最中、原隊からはぐれた間抜けを片っ端から編入した事を」


 「だとしたら。彼らにも生き残る機会を工面するのが、指揮官の役目だろ?」

 「俺たちは生き残るんだ。もちろんお前も」

 「やれ」


 俺が指示を出すと部下たちが丘を下り始めた。

 俺は死にたくない。

 しかし敵を殺さないと生き残れないのだったら、最大限の努力はしなければならない。


 部下が生き残る事で、俺が生き延びられるのだったら、一人も死なないように努力するだけだ。

 シュラーは何か言いかけるが、目を伏せて諦める。

 唇が震えていた。


 「ご主人様マイロード

 「貴方は誇り高きノイシェーハウ家の義子なのですぞ」

 「ノイシェーハウの名はなくとも、ご主人様マイロード。貴方様はアクティム・ヴァシュリンガー」


 「立派な領家の一員なのです」

 「お母上を悲しむような行動は、これから謹んでくだされ」



 ………………。


なんだって?


 ………………。


 アクティム・ヴァシュリンガー?




 「どうか、どうかそれを忘れないでください」





………………。

 ………………。






 俺の名前は………………。

 ………………。

 ………………。








 岬 統也じゃないのか?








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 次回 連隊長


 2016年05月06日15:00公開予定


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