A-級冒険者
「ルールは簡単だぁ!この闘技場の中で、お互いのうちどちらかが気絶するかぁ、降参するかまで戦うんだぁ!まぁ要するに、最後まで立ってたやつが勝ちってことさ!」
「わかったわ!」
「よーし!!ならいつでも来な!」
私――シャーロットは今、自分の身長の倍はあるかもしれない男と決闘することになった。
さっきまで冒険者ギルドで冒険者として登録をしていたはずが、いきなり後ろから出てきて、私に喧嘩を売ってきた。
正直、意味がわからなかった。
冒険者登録のための書類に希望の階級を書いただけなのに、受付の女性――クリスさんには怪訝な顔をされるし、隣にいるポニカはまるでバカを見るような顔をしていた。
挙句の果てには、全く関係ない男に、難癖をつけられる始末である。
全く、意味がわからない。
――まあ、でも売られた喧嘩だし、買うしかないわよね……!
意識を戦闘に向けて切り替える。
“大都市”ヘルシンキに着くまでの旅の中で、ポニカに言われたことを守りながら戦うため、今回は剣での接近戦でいく。
妖精魔法は使わない。
私は、腰に差した小剣を抜刀し、構えた。
対する男――バーンズは小盾から片手剣(というより鉈に近いもの)を抜いたまま、構えない。
私は、そのことに眉をひそめた。
「……?何してんの?構えなさいよ」
「あー?ガキ相手に構えるとか大人気ないだろぅ?ほら、格上である俺様が相手してやるんだから、さっさと来な!!」
「っ!!上等じゃない!!」
相手のなめた態度が気に入らなかった私は、足のバネを使って一気に距離を詰め、相棒である小剣を全力で振るった。
☆
――まったく、危なっかしい嬢ちゃんだぜ……
俺――バーンズ=マーサーはその日、パーティーメンバーと一緒に金になりそうな冒険者の依頼を探していた。
冒険者ギルドの掲示板にはそれぞれの階級に応じた依頼を、ギルドメンバーの人が仕分けしている。
俺はこれでもA-級の冒険者であり、この“大都市”ヘルシンキではトップレベルの実力を持っていた。
もちろん俺がパーティーリーダーであるパーティーの階級もB+であり、事実上この冒険者ギルド本部でのトップパーティーの一つであった。
そんな俺たちなのだが、いつも受けられる依頼があるわけではない。
冒険者が受けられる依頼の階級は自分の階級から、上下に二つ差までしか原則として受けることはできない。
つまり、パーティーとして受けられる階級はB-からAまでとなる。
A―、A階級の依頼なんて、頻繁に貼りだされているはずもない。
結果として、B-、B、B+階級の依頼を探すのだが、A―、AほどではないにしろC+以下の依頼の数に比べると圧倒的に数が少ない。
まあ、頼み込めば下の階級の依頼も受けられるが、一回で入る報酬額がB-とC+では差が大きすぎる上に、後輩の冒険者が育たないから、あまり推奨はされていなかった。
「全然ねーなぁ、依頼」
「そうねー、全然ないわね……」
「今日はもうやめて、明日出直しますか?リーダー」
俺のパーティーのメンバーである三人がそれぞれ話しかけてくる。
上から、エディ、ロミー、デニスだ。
俺の信頼できる仲間である。
「そうだなぁ~……」
パーティーメンバーに返事をしようとしたその時、ギルドの扉が開き、そこからエルフと人間の女の子二人がギルドに入ってきた。
二人して顔をキョロキョロしているあたり、今日冒険者となるために来たのだろう。
そのまま受付のクリスのところに行き、書類を書き始めた二人。
「……あれ、人間の女の子、まだ子供じゃない?」
「確かに、そう見えるな」
「いや、あのエルフの子もまだかなり若そうですよ?」
俺の視線に気がついたのか仲間があの二人を見て、それぞれが二人に評価をつけ始めた。
それは、周りにいた冒険者たちも小声でやっている。
別に冒険者なら、周りの同輩がどんな実力か探りを入れるのは当たり前である。
冒険者はお互いに仲間ではあるが、同時に商売敵でもあるのだから相手の実力を測る力がないと上の階級には行けないからだ。
しばらくして、二人が提出した書類に不備がないか確認を始めたクリス。
その目の動きが突然ピタッと止まり、唇をピクつかせながら呟いた。
「……希望階級……S級ですか……」
俺は吹き出しそうになった。
周りの連中も俺と同じようになっているか、呆れ返っているか、隠れて嘲笑を浮かべているかのどちらかであった。
……おいおい、なんて嬢ちゃんだよ……
あまりのバカさ加減に、今にも頭を抱えそうなクリスがどうやって諭そうかと考えているのかがわかる。
普段の笑みが固まって、冷や汗が流れ続けていた。
……仕方ねーなぁ……
俺の愛しの彼女が困っていることだし、何よりあの嬢ちゃんは自分の実力はきちんと理解させないといけない。
冒険者になる者でも、あんな子供が無茶して死んじまいましたなんて、さすがに寝覚めが悪すぎる。
「――随分と威勢のいいガキがいるじゃねーの!」
柄の悪い冒険者を演じて、嬢ちゃんに声をかける。
少し挑発したら、すぐにムキになって噛み付いてくるあたり、まだ成人したばかりだなとあたりをつける。
クリスは軽く目を瞑る動作でお礼を表してくる。
仲間の三人が遠くで、お節介だなぁと優しい笑顔をこちらに向けていた。
そんな視線がむず痒くなって、さっさと嬢ちゃんを闘技場まで連れ行った。
そして現在、闘技場の中央で、お互いに向かいあうように立っていた。
――まあ軽く捻って、後はクリスに任せるか……
武器を抜き、構える嬢ちゃんにダメ押しで挑発する。
それを戦闘開始の合図として、嬢ちゃんが勢いよく飛び込んできた。
その流れを殺さず、小剣を水平に薙ぐ。
風を切る音は、なかなかに鋭いものだった。
俺は、嬢ちゃんの一度目の斬撃を小盾でいなしながら、その勢いを殺さず懐に蹴りを入れる。
たったそれだけのことで嬢ちゃんは、うっと呻きながら、最初に立っていた場所まで押し戻される。
手加減はしたが、腹に激痛が走っているはずだ。
嬢ちゃんは、一体何が起きたのかと驚いた顔をしてこちらを向いた。
しかし、すぐに小剣を構え直し、再びこちらに踏み込んできた。
――へえ、良い筋してんじゃねぇか……!
剣速も気迫も悪くない。
小剣を振っている時の体の軸も、かなり安定している。
一目見て、付け焼刃で覚えた技術ではないことがわかった。
なるほど、これだけの技術をこの歳くらいの子供が身につけていたら、それは勘違いも起こすだろう。
そう納得できるだけの実力は備えている。
闘技場の観覧席にいる野次馬共も、まさかこんな子供がこれ程動けるとは思ってもいなかったのだろう、みな驚きを隠せていなかった。
――まあ、C+ってとこだなぁ……
あの動きからして、教えていたのはそれくらいの冒険者だろう。
よくこのくらいの歳の女の子に、ここまで技術を洗練させたものだ。
そこは認めよう。
だが、俺もA-級の冒険者だ。
この程度の斬撃を見切り、避け、受け流すことなど造作もなかった。
懐に入り込む時、斬撃を受け流された後にできる、常人なら隙とも言えないわずかな時間。
しかし、それだけあれば俺にとっては十分だった。
何度も最初の激突のようなことを繰り返す。
嬢ちゃんが突撃してきては、避け、小盾でいなし、時にはそのまま小盾で殴りつけた。
最初はすぐに立ち上がってきた嬢ちゃんも五回もすれば疲労が見え始め、十回も繰り返せばすでに満身創痍になっていた。
――ちょうどいい頃合いか……
十五回目の、攻防というには一方的な戦いを経て、嬢ちゃんは立ち上がるのでさえ辛そうに見えるまでになっていた。
体中の擦り傷による出血によって皮鎧の下に見える服が、所々で真っ赤に染まっていた。
おそらく服の下も打撲によるアザだらけになっているだろう。
息も絶え絶えな姿は、この状況も相まって、完全に弱いものイジメのそれだった。
もう十分自分の実力を理解しただろう。
これからは、無茶なことは言わずに努力を積み重ねていくはずだ。
――まあ、俺からC級くらいにはなれるよう、クリスに推薦しておくか……
A-級の俺と、手加減ありだがここまで粘れたんだ。
冒険者ギルドの幹部連中も、文句は出ないだろう。
「そろそろ降参し――ッ!?」
――ゾクッ
突然、嬢ちゃんの雰囲気が変わったような気がした。
嬢ちゃんがゆっくりと顔を上げる。
その目には、まだ闘志の炎は消えていなかった。
――そして、見た。
「………………は?」
彼女を中心として、地面がいきなり凍りつき始めたのを。
☆
――すごい…………
私――ポニカは闘技場の観客席に座りながら、目の前で行われている決闘を見て素直にそう思った。
魔法を使っていないとはいえ、あのシャルルが一方的にボコボコにされていた。
頭ではわかっていたつもりだったが、やはり直接見るのとただ噂を聞くだけでは全然違うことを思い知らされた。
――ああ、でも……まずいなぁ……
A-級がすごく強いことはわかっていたし、今回はシャルルの方が悪かったのだ。
冒険者として登録しに来ていきなりS級になりたいとか、周りの冒険者の中には馬鹿にしているのかと怒られても仕方なかった。
目の前でA-級の実力を持つ冒険者と戦うことでシャルルも懲りて、いきなりS級になりたいとか言わなくはなると思う。
問題は……シャルルが、まだ全力を出していないことだった。
それは“大都市”ヘルシンキに着くまでの、シャルルとの旅での出来事だった。
「ねぇ……聞いてもいい?どうやって一瞬で地面を凍らせたの?」
「え?そんなの、魔法でやったに決まってるじゃない。私、得意なのよ!」
「――……詠唱もなしで魔法使ったの?」
「…………あー…………」
「普通、詠唱なしで魔法を使えるようになるのは、不可能って話を聞いたんだけど……」
「…………うー…………」
「それに、氷を操る魔法って確か、相当腕のいい魔法使いじゃないと使えないって聞いたわ……」
「………………」
「ねぇ?どうやったの?……」
「……ごめん、それは秘密なんだ……。お父さんになるべく、そのことは隠しておきなさいって……」
「そ、そうなんだ……」
「うん……」
シャルルは、申し訳なさそうに頷いた。
――秘密にしておけと言われたのなら、そのこともバラしたら意味ないんじゃ……
私はその時、きっとシャルルのお父さんが感じていたであろう気苦労が、すこしわかった気がした。
「――なら、そんなにすぐ魔法に頼ったらダメなんじゃない?」
「えっ?なんで?」
「詠唱なしで魔法が使えるってわかったら、それこそ隠し通すのって無理じゃないの。絶対、あなたのその秘密に興味を抱かれて、調べ上げられるわよ?きっとね」
「……確かに、そうかも……」
「……まあ、命の恩人にこんなこと言うのも失礼だと思うけど……」
「あー、いいの、いいの。ポニーの言う通りだし!」
そう言って、視線を下げ、真剣な顔で考え始めたシャルル。
しばらくして、私の方に向き直って、こう言った。
「よしっ、決めたわ、ポニー!私、なるべく多くの人前で魔法は使わないよう気を付けるわ!!戦闘も、接近戦を中心にやる!」
ここ数日一緒にいて、シャルルはとても素直な子だということはわかった。
だからシャルルは、今もあの時自分が言ったことを忠実に守っているのだろう。
だが同時に、彼女が非常に負けず嫌いなことも知った。
戦いの中で、全力を出さずに負けるなど、彼女のプライドが許さないだろう。
多分、そろそろ我慢の限界が……
「そろそろ降参し――」
そう、シャルルと戦っている人が降参を促そうとした時。
シャルルが顔を上げた瞬間、彼女を中心として、地面が凍りつき始めた。
……やっぱりかぁ……
観客席が目の前の光景にどよめき始めた頃、これからシャルルに訪れる問題を想像し、それに悩まされる日々が来ることを考えると、私は頭痛で額を押さえたのだった。