大都市ヘルシンキ
目の前に広がる一面の平原の先に、大きな外壁がそびえたっていた。
高さは、森に生えている木の平均的なものの、およそ二倍は超えているだろうと感じられる。
「……大きいわね……」
私――シャーロットは、あまりの迫力に感嘆の声を上げた。
「……私も、初めて見たわ……」
隣で、ポニカが同じような声を上げる。
あれじゃあ、まるで砦だ。
そう思わせるような佇まいをしていた。
あの外壁の裏側に、目指していた“大都市”がある。
そう納得できるほどの迫力が、あの外壁にはあったのだった。
「……さあ、行くわよ。シャルル!今更怖気づいたわけじゃないでしょう?」
ポニカはそう言って、私に挑発的な笑みを向けてきた。
「……当然!!」
私は、ポニカと同じ挑発的な笑みを返しながら、道の先にある門へと向かって歩いた。
☆
「「こんにちは!」」
「うむ。こんにちは、お嬢ちゃんたち」
私――トーマス=カスバートソンは、いつもの様に門の見張りをしていた。
“大都市”にある東西南北の四つの門のうち、西側に位置するこの場所を見張ることは重責を伴う仕事でもある。
私たちが職務怠慢な態度で仕事に臨むのであれば、それはすなわち外から来る脅威――蛮族などからの攻撃、または侵略の突破口を作ってしまうことになる。
私はこの仕事に誇りを持ちながら、今日も仕事の一つである見張りに精を出していた。
そこに、二人の旅人がやってきた。
種族はエルフと人間であり、エルフの子は女性にしては背が高く、茶色の長髪が美しい美人であった。
人間の子は、目と髪が水色であることが特徴的な元気のいい女の子といった感じのする子供といった印象であった。
怪しいものではないが、仕事として質問をする。
「して、何用で来られたのかな?」
「ああ、それはですね……」
「冒険者になりにきたのよ!」
エルフの子が説明を始めようとした時、横から元気のいい声で横やりが入った。
「……ちょっと、シャルル。今、私が説明しようとしてたじゃない……」
「ごめん、ごめん、ポニー!気持ちが先走っちゃって!」
「まったくもう……」
二人のやり取りを聞きながら私は、まるで姉妹だなと微笑ましくなった。
すこし口調を緩める。
「ふむ、市民権を持っていないなら、中に入るには通行料が発生するな」
「どれくらいかかりますか?」
「五十ガメルだな」
二人は、ごそごそとお金の入っている袋を漁り、十ガメル相当の硬貨を五つ私に渡した。
「……ふむ。確かに受け取った。では、ここの名簿に自分の名前を書くように。書き終えたなら通っていいぞ」
「名前も書くの?」
人間の子が不思議そうに聞いてきた。
「そうだ。ここで“大都市”の中にいる人と外に出た人の変動を監視しているんだ」
「へー。大変なのね!」
ひとまず納得してくれたのか、素直に自分の名前を書く人間の子。
それに続いてエルフの子も名前を書く。
「……ふむ。確かに、確認した。私の名前はトーマス=カスバートソンだ。もし何か身分証明が必要になったら、この名前を言うがいい」
「トーマスさんですね。わかりました」
「じゃあね!ありがとう、トーマスさん!」
「うむ、気を付けてな」
大きく手を振りながら門へと向かう人間の子と、ペコリっとこちらにお辞儀をして慌てた様子で彼女を追うエルフの子。
二人を見ていると私は、無性にあの子たちと同じ歳くらいになる自分の孫娘を抱きしめたい衝動にかられた。
今度の休みにでも会いに行ってみるかなと、柄にも無く仕事以外のことを考えた。
「……おっと、いかん」
あの子たちに、大事なことを伝え忘れていたのを思い出した。
後ろを振り返ると、二人はまだ門を通過していなかった。
私はすこし息を吸い込み、大きな声を上げる。
「――ようこそ!“大都市”ヘルシンキへ!!シャーロット殿、ポニカ殿!!」
名前を呼ばれた二人は、一瞬こちらを振り返り、お互いに目を合わせ、そして再びこちらを向いた。
そこには、こぼれんばかりの笑みを浮かべたまま、こちらに大きく手を振り始めた二人がいた。
☆
「ここが“大都市”……」
私――ポニカは“大都市”――ヘルシンキに入ってから圧倒されっぱなしだった。
まずは住んでいる人の多さ。
私の町もかなりの人数が住んでいたけど、その10倍はいるんじゃないだろうかと思えるほど、人通りがすごい。
そして、建物の多さ。
ここ、ヘルシンキは外壁が正方形になるように作られており、中央部には主に行政を行う人達のための建物がある“行政管理区”というものがある。
その周りを囲うように北、東、南、西の順に行政に携わるかお金持ちでないと住めない“高級住宅区”。
商人たちそれぞれの商会本部が集められている“行商管理区”。
一般市民のほとんどがここに住む“住宅区”。
そして私たちが最初に目指す冒険者ギルド本部や多くの魔術師が集まる魔術師ギルド本部などがある“総合組合区”となっている。
まあ、おおまかに区画を分けるとこの五つなのだが、西の門から入った私たちの前に広がる“総合組合区”だけでも、すでに数えられない程いくつものの建物が並んでいるのだった。
何よりもすごいのは、人の多さによる活気だった。
とにかく、ここにいる人たち全員が忙しなく動いていた。
町に住んでいた身としてもこの熱量は異常だった。
これが里や村のようなところに住んでいたものならば、なおさら受ける衝撃が強いに違いない。
そう。
「……目が……回る…………」
隣の少女――シャルルのように。
彼女の目は、言葉通りグルグルと回っているようだった。
それに合わせて頭も回していた。
初めはこの光景に目を輝かせながら、威勢よくこの活気に飛び込んだ彼女の末路は、人混みで酔いつぶれ、まともに話をすることも難しくなってしまった、お酒で泥酔した近所のおじさんのようだった。
「ほら、しっかりしなさいよ、シャルル。冒険者ギルド本部はすぐそこよ?」
「うぐぐぐぐ…………」
もはや呂律まで回らなくなった彼女は、何を言っているかわからなかった。
溜め息を吐きながら、私を助けてくれた時の勇姿はどこにいったんだと内心呆れた。
しかし、命を助けてもらった時、困ったときはお互いさまだと言った彼女を放っておくつもりは全くなかった。
「ほら、肩貸してあげるから頑張りなさいな」
「……あ……り…………がと……う……助か……るわ……」
――これは、どこかで休ませないと本格的にマズいかもしれないわね……
彼女の様態を心配しながら、私は休めそうな場所を探す。
ちょうど近くに冒険者のような姿をした人たちが出入りする定食屋を発見した。
――ついでに、お昼ご飯も済ませますかぁ……
そんなことを考えつつ、私はシャルルをその店まで引きずって行くのだった。
☆
「んー!これおいしいわね!!」
「……なんで、さっきまで吐きそうな顔してて、そんなに食べられるのよ!?もうおかわり三杯目よね!?」
「この料理が美味しいんだから、仕方ないわ!!」
「いやいや、理由になってないし……」
呆れたような顔をして私――シャーロットのことを見つめているポニカ。
「それにしても、さっきはありがとね!助かったわ!!」
「……はいはい、どーいたしまして」
「お礼を言ってるだけなのに、なんでそんなに投げやりなのよ?」
「…………自分の胸に聞いてみなさいよ……」
「???」
私は言われた通りにしてみたが、結局何もわからなかった。
まあ、わからないなら別にたいしたことじゃないかなっと結論づけ、私は食事に戻った。
私とポニカは、豚肉をこの店特製の甘辛いタレで炒めたものと一緒に野菜、ジャガイモのスープ、柔らかく白い麦のパンがついている定食を頼んだ。
ついさっきまでグッタリしていた私だが、このお店の中に漂う香しい匂いのおかげで一気に正気を取り戻すことができたのだ。
すぐさま店員に注文し(ポニカにやってもらった)、出てきた料理に舌鼓を打った。
やわらかい豚肉から出る甘みのある脂が、タレに絡んで絶妙なものになっていた。
ジャガイモのスープも、程よい熱さでとろみがあり、味も濃厚。
野菜もきちんと処理をしているのか非常にシャキシャキしていて新鮮味を感じれる。
白い麦パンは、まごうことなき焼きたてであることがわかるくらい柔らかいものだった。
これでおかわりをするな、というほうが無理な話だった。
「……で、いつ冒険者ギルドに行くつもりなの?」
「もぐもぐ……ごっくん……もうちょっと待って!すぐだから!」
ポニカに急かされた私は、残りのおかずを素早く口の中にかきこんだ。
「もぐもぐ……ごっくん……よっし!行きましょうか!!」
「はいはい」
食べ終えた食器類を返却し、お金を払って店を出た。
そして、今度こそ冒険者ギルドに向かった。
もう慣れたのか、道中で吐き気を催すことはなかったことに安心しつつ、無事、本当の目的地に到着した。
「ここが……冒険者ギルド本部……」
「……ここも大きいわね……」
ポニカと私は二人して、冒険者ギルド本部である建物全体を見上げたまま呟いた。
全部で三階建てになっている建物は、しかし縦横の幅が広かった。
中はどれだけ広いのか、どんな風になっているのか。
私は逸る気持ちを抑えながら、ポニカを見る。
お互いに目が合い、頷き合う。
そして、同時に冒険者ギルドの扉めがけて、二人で歩みを合わせながら、その中へと入っていった。
☆
入ってみた冒険者ギルド本部の中は、喧噪に満ち溢れていた。
冒険者に対して依頼を張り出す掲示板の前には、これでもかというほど人が集まっていた。
冒険者の仕事は時として、命の危険と隣り合わせになることが多い。
依頼選びを慎重に行うのは当然のことだった。
受ける依頼を決めたら、それを申請するための受付もまた長蛇の列になっていた。
受付の窓口の数は、上にある看板の数字が十になっていることから、決して少ないというわけではない。
なのに、窓口前がこの有様になるあたり、どれだけの冒険者がいるかがわかる。
それとは別に、ほとんど誰も並んでない壁際にある受付の窓口。
上の看板には十一と書かれているそこには、およそ二十代前半の若い金髪の女性が座っていた。
私――ポニカはとりあえず、その女性に話しかけてみた。
「すみません。あの……」
「あ、はい。冒険者登録の方ですか?」
「あ、はい。そうです。」
金髪の女性は、やっぱりっと呟くと私とすぐ後ろにいるシャルルに微笑んできた。
「トーマスさんからお話しは伺っています。えっと、あなたがポニカさんで後ろの子がシャーロットさんよね?」
「え?あ、はい。そうです。」
「トーマスさん仕事が早いわね」
二人して驚きの声を上げたのを見て、受付の女性は吹き出した。
「ふふっ。本当に姉妹みたいね。可愛いわ~」
私は顔がすぐに熱くなっていくのを感じ、慌てて下を向いた。
「ねえ。それより早く冒険者登録をしたいんだけど」
シャルルが代わりに受付の女性を急かす。
「これは失礼しました。私、クレア=フォンテーンと言います。ここで冒険者登録や冒険者ギルドの利用方法についての案内を担当させていただきます」
女性――クレアさんが丁寧に挨拶してくれた。
「では、さっそくですが今からこちらが用意する書類に指定した記入事項をお書きください。名前は必須ですが、あとは任意でお願いします。ただ、こちらとしてはある程度書いてくれた方が、仕事の斡旋の相談がやりやすくはなりますが」
そう言って一枚の紙を渡してきたので、その記入事項を確認する。
名前の欄が一番上にあり、そこから出身、年齢、特技、戦闘スタイルといった項目があった。
私とシャルルは、それぞれ書きたい部分だけを選んで書いていった。
「最後になりますが、一番下の希望階級というのは、G、F、E級を飛ばしたいといった方のみ、自分がどの階級から始めたいかということを書く欄ですので」
クレアさんの説明に、私はこの欄を書いたら、希望通りの階級のテストを受けさせられることに気が付いた。
これは、ある程度実力を持っている人材を腐らせないためか、初めて冒険者になる人たちに身の程を分からせるための処置だろう。
きっと死にはしないが、階級が上になるにつれて、下手をしたら大怪我をするような試験をさせられるに違いない。
しかし私はシャルルとパーティーを組むのだから、相方とあまり階級が離れすぎるのは不味い気がする。
幸い、私は弓をある程度使えるので、G、F、E級から始めなくても、大丈夫な気がする。
下の方の階級試験は、そこまで危険なものではないはずだ。
私は希望階級の欄にD―級と書き、クレアさんに提出した。
遅れてシャルルも提出する。
私たちから書類を受け取ったクレアさんは、記入に不備がないか確認作業に入り……シャルルの書類の一番下で目を止め、眉をひそめた。
「……希望階級……S級ですか……」
……あのバカ…………
「えっと……シャルルさん、本気ですか?」
「え、本気も何も嘘は書いていないわよ?」
……あぁ、もう、そんなこと言ったら……
「――随分と威勢のいいガキがいるじゃねーの!」
後ろから聞こえてきた少し甲高い男性の声に、私とシャルルは振り返った。
「バーンズさん……」
「へへっ、よぉ、クレア!まだちっこいガキが面白い事言ってるらしいじゃねーのよ。これぁ、ちっとお灸をすえてやらにゃーな!!」
「何よ、アンタ?関係ないんだから引っ込んでなさいよ!!」
シャルルが売り言葉に買い言葉で、相手のペースに乗せられていた。
彼――バーンズさんは野性味溢れる笑顔を浮かべて、シャルルに言った。
「おもしれぇーな、嬢ちゃん!なら決闘で白黒つけようや!俺が直々に相手してやるよ!このA-級の冒険者、バーンズ様がなぁ!!」
「いいわ、上等よ!!」
――あぁ、もう……。どうしてこうなった……
私は鈍い頭痛を感じながら、冒険者ギルドを出ていく二人を追いかけた。