旅の道連れ
ダミアム村を出発してから、二日後のことだった。
私――シャーロットは教えてもらった道筋通りに“大都市”に向けて歩いていた。
山の中で方角だけを頼りに、獣道を辿って歩くのと違い、ある程度整備された道というのは、歩きやすさが比べものにならない程に楽だった。
予定より速いスピードで歩ける上に、疲労もあまり溜まることがない。
――これなら、明後日には“大都市”に入れそうね……
楽観的な考えに、私は口笛を吹き始めた。
“大都市”まであと少しだと考えるだけで、気分がよくなってくるのを感じる。
明日中には着いてしまおうかなぁ、なんて考えながら私は坂になっているところを上っていた。
……その時。
「きゃあぁぁぁぁぁああーーーーー!」
女の子の悲鳴が聞こえた。
――今の悲鳴、どこから!?
さっきまでの弛んだ意識を引き締め、私は集中して悲鳴が聞こえた方向を探った。
――どこ?どこなの!?
「……助けてぇぇーーーー!!」
次に悲鳴が聞こえた時、それがこの坂の反対側から聞こえるのだとわかった。
――お願い、間に合って!……
私は全力で坂を駆け上がった。
そして、坂の反対側、かなり遠いところに二つの道が合流して一本になっている場所で、複
数の人型をした――体全体の色が赤く小柄な者が、その女の子を囲っていた。
女の子は地面に尻餅をつき、必死に後ずさりをしているように見える。
人型をした者が、ゆっくりと追いつめていく。
そいつらの中には、手に武器を持っている奴もいるようだった。
最早一刻の猶予もない。
――魔法で攻撃すると、あの子も巻き込むわね……
――でも全力で走っても間に合わない……!
――なら!
私は、遠距離戦から接近戦へと意識を切り替えた。
母との鍛錬で行った、接近戦における実戦形式の模擬戦を思い出す。
その中で、私が編み出した戦術。
あれなら、なんとか間に合うかもしれない。
私は集中した。
そして、地面に対して魔法を放つ。
――アイス・フィールド(凍る大地)!
魔法を放ったと同時に女の子がいる方向に向かって、地面が凍り始める。
この魔法は至って簡単な効果で、地面を凍らせて相手の移動を阻害させるもの……のつもりで作った魔法だった。
だが、使っていくうちにもう一つの使い方に気が付いた。
それが……
――スケーティング・シューズ(氷上を滑走する靴)!
この魔法との併用による移動力の大幅な強化である。
この魔法は地面が、凍っている状態でないと真価を発揮しない。
自分の足に、一本の刃に近いものがついている靴の裏についているような形状のものを、氷で生成、装着した状態にする魔法。
こうすることで凍った地面を素早く滑走することが出来る上、変則的な動きも可能になったのだ。
――いくわよ…………!!
凍った地面を滑走する。
下り坂ということもあり、離れていた距離がものすごい勢いで縮まっていく。
私は、腰に差さっている小剣に手をかけた。
接敵するタイミングを計る。
……三
……二
……一
――ッ!ここだぁ……!!
☆
私――ポニカ=オータム=スプーナーは何故こんなことになったのだろうと、頭が混乱していた。
私はただ自分の故郷を出て、“大都市”に住みたかっただけだった。
私の故郷は、本来エルフのみが住んでいた村であった。
当時、オータム村と名乗っていた私の故郷は数十年前、人間たちが交易をしようと話かけてきたことを機に、生活が少しずつ変化していったらしい。
自然とともに生きてきた生活から、人間が作った便利な道具――魔導機具を取り入れた新しい生活へとなっていった。
もちろん、その中で変わっていく生活に馴染めない、反感をもった者たちはいたが、そういうエルフはみんな村から出て行ったそうだ。
そして時が流れ、オータム村は人間と手を取り合って発展していき、今ではオータム町と呼ばれるほどの大きさになっていた。
そんな町で聞く“都市”や“大都市”の話に、私はいつも心躍らせていた。
多数の人族が集まるため、あらゆる文化が存在、調和する場所。
多くの刺激が溢れている退屈することのない、楽園のような場所。
――絶対、私は“大都市”に住むんだ……!
そう決意してから数年、十二歳となり晴れて成人として認められた私は、両親に“大都市”に移住する許可を得た。
町にいた友人たちと旅立ちの前に宴会をし、みんなが私の新しい人生の道を歩むことを祝福してくれた。
旅立ちの日、両親に定期的に帰ってくるようにと何度も念を押され、二人に抱きしめられた。
私の我が儘を許し、愛していると伝えてくれる二人に、私は感謝しながら町を出た。
……その日から三日後。
私は、蛮族――ゴブリンに襲われていた。
“大都市”へ続く道の中で、私たちの町がある方に続く道とは別に、小さな農村に繋がっている道との合流地点。
そこでゴブリンは奇襲を仕掛けてきた。
彼らは、商人や少数で動く旅人といった比較的弱そうな獲物を中心に襲うと聞いたことはあった。
しかし、自分が襲われるということについては、まったく思いもしなかった。
――ああ、私、ここで死ぬのかなぁ……
私の心は折れかけていた。
あたり一面を見回しても、近くに私を助けてくれそうな人は誰もいなかった。
自分が得意とする弓も、ここまで接近され、且つ複数の相手と戦うには状況が不利すぎた。
――嫌だ、死にたくない!……
そんな思いから、私は誰もいないこの場所で、大きく泣き叫んだ。
「……助けてぇぇーーーー!!」
――誰でもいいから、お願い……!
涙を流しながら、私は天に住む“神族”に祈りを捧げるような気持ちだった。
「コイツ、ウルサイナァ……」
「ギャハハ!コイツ、モラシテヤガルゼ!!」
「カワイソウニ!イマ、ラクニ、シテヤルヨ!!!」
私を囲むようにして出てきた六匹のゴブリンの中から、錆びた剣、棍棒、小さな鉈を持ったやつがそれぞれ言った。
そして手にしている武器をそれぞれ掲げる。
――お母さん、お父さん、ごめんなさい……!
私は絶望の中、目の前に迫りくる死に対して、拒絶するように目を強く瞑った。
――その時、衝撃波に似た風圧が、私に襲いかかった。
何かが、削れているような甲高い音に、鈍く鋭い風を切る音。
しばらくして、ゴブリンたちの悲鳴が聞こえた。
……一体、何が起きているの?
死の恐怖とは別の不安が私の中に生まれた。
しかし、目を見開いて状況を確認するには、私には勇気が足りなかった。
そうして、目を瞑ったまま固まっていること数秒後、あれだけ激しかった音が止んだ。
そして、ふーっと誰かが溜め息を漏らす音が聞こえた。
「アンタ、大丈夫?」
自分の頭の上から、可愛らしい女の子のような声が聞こえた。
意を決して目を見開く。
――そこには一面が凍りついた地面と……ゴブリン全員の死体があった。
死因は、ほぼすべて頭と胴体を切断されたことが原因であることがわかる。
しかも、その切断面すべてが凍っていた。
私は目の前の光景に驚愕した。
そして、私の目の前にはこの状況を作り上げた――目と髪の色が水色な、わたしより小柄な女の子がいた。
美人というよりは可愛いといった顔の作りは、今私の目を上から覗き込みながら、心配そうな表情を浮かべている。
「うーん、パッと見て怪我もなさそうだし、無事だったみたいね!」
そう言うと、途端に笑顔を浮かべた彼女は、短髪に揃えた髪も相まって、非常に活発な性格であるといった印象を受けた。
「立てる?」
「あ……はい、ありがとうございます……」
差し出された彼女の手を掴み、私はなんとか立ち上がった。
「あの……」
「あたし、シャーロットっていうの!シャルルでいいわ!あなた名前は?」
助けてくれて、ありがとう。
そう感謝を伝えようとしたところ、彼女――シャルルは自己紹介を始めた。
……嬉しいんだけど、ちょっと強引な子だなぁ……
そうシャルルに評価を下し、自分も自己紹介を始める。
「私はポニカって言います。あの、先ほどはありがとうございました。……おかげで命拾いできました。」
「困っていたらお互いさまってね!気にすることじゃないわ!」
自信満々な笑顔で胸を張るシャルルを見て、私は深く感謝しながら子供が自分の手柄を親に自慢しているように見えて、少し微笑ましい気持ちになった。
「とりあえず、早く着替えないといけないわね!換えの服ある?」
「えっ?」
いきなり彼女に言われたことがすぐに理解することができず、私は間抜けな返事をした。
「えっ?だってポニカ、あなた……」
そう言って彼女はきょとんとしながら、私のお腹のあたりに視線を向けた。
釣られるように私もシャルルの視線を辿った。
そして、気づく。
「下、濡れてるわよ?」
私は、今度は羞恥心によって絶叫を上げることになった。
☆
「えええっ!?シャルルって、私と同じ歳なの!?」
そう驚きの声を上げるのは、先ほど着替えを済ませたポニカだった。
今は、お互いの目的地が同じだったことがわかり、一緒にそこまで行こうと誘われたので、二人で道を歩いていた。
「何よ、ポニー!私は成人したようには見えないお子様だって言いたいの!?」
私――シャーロットは少し唇を尖らせながら、抗議の声を上げた。
背が低いのは昔から少し気にしていることだった。
母からは、気にすることはない、シャルルはそのままで十分可愛い、と言われてきた。
しかし、私としてはもっと背を伸ばして大人の女性として見られたいと思っていた。
「ごめん、ごめんって、シャルル!そんなに怒らないで!」
そう笑いながら言ったポニカは、どうみても反省の色が見られなかったが、優しく大人な女性(精神面で)を自負する私は、溜め息を一回吐くだけで許してあげた。
「……それで。ポニーも“大都市”を目指して旅してるのよね?」
「ええ。昔からの夢だったの。ああ、今から“大都市”で生活している自分を想像するだけで……もう最高!」
さっきまで蛮族――ゴブリンってやつ?に襲われて泣き叫んでいたのが嘘みたいに、幸せそうな顔をするポニカだった。
「あーわかるわぁ!私も冒険者になるのが夢だったの!」
「……私としては、あれだけ強いのに冒険者じゃなかったってことが驚きだわ……」
ポニカを見ると、若干口元をピクピクさせながら笑っていた。
「というか、シャルルは冒険者に拘っているみたいだけど……冒険者になって何をするの?」
ポニカが怪訝な顔をして聞いてくる。
「それはもちろん、冒険をするためよ!!」
「…………聞いた私がバカだったわ…………」
溜め息を吐くポニカに、私はムッとした。
「じゃあ、ポニーは“大都市”でどうやって生活していくつもりなのよ?」
「えっ?」
ポニカは面食らった顔をしながら黙り込み、少し考え始めた。
「……最初は冒険者になるつもりだったわ……」
恥ずかしそうに顔を赤らめて、ポニカは小声で答える。
「あれ?そうだったの?」
「うん……」
「ふーん……」
私は、その返答に一瞬驚いたが、すぐにあることを閃いた。
「よし!ならポニー!一緒に冒険者のパーティーを組みましょう!!」
「ええぇぇぇえーー!?」
ポニカは素っ頓狂な声を上げた。
「何よ?私とじゃ不満?」
「いや、そうじゃなくて!……明らかに、実力が離れすぎている気がするんだけど……」
私はその心配はいらないとポニカに伝えるため、自分の胸にこぶしで軽く叩いた。
「大丈夫よ!私だって、まだ冒険者じゃないんだもの!お互いに経験不足なんだから、大した差じゃないって!」
「でも……」
「それに、何かあったら私が必ず守るから!!」
ね?っと私が声をかけると、しばらくして溜め息を吐いたポニカは、ゆっくりとこちらに向き直り、笑った。
「……そうね。ならお願いしようかな。よろしくね、シャルル。頼りにしてるわよ?」
「任せなさいって!こっちこそよろしくね、ポニー!」
私たちは、こうしてパーティーを組んだ後、“大都市”に着くまでお互いのできることや趣味などを楽しく話しながら、旅を続けた。