小さな村
「やっと着いたわ……」
旅に出てから五日目、私――シャーロットは昼頃に、目的地への中継点と考えていた小さな村の入り口前にたどり着いた。
木材を紐で結い合わせて作られた、非常に簡素な作りの柵が村全体を囲うように置いてあり、入り口には見張りが一人しか見られない。
なんとも特徴的なものが無いような村だった。
「まぁ無事に辿り着けて、とりあえず一安心ってとこね!」
ウルフの群れに襲われたあの夜の場所から少し歩いていくと、人がよく通っていることがわかる道に出る。
そこから東の方向に沿っていくとある村で、私が住んでいた隠れ里から一番近い場所に存在しているのだ。
なので、村のみんなは自分たちの里が発見されていないか、逐一この村の動向を隠れて探っている。
この村の人口は大体、百人前後の小さな農村の一つで、住んでいる人族のほとんどが人間だということはわかっている。
聞いた話によると、なんとものどかな雰囲気の村だけあって、住人も穏やかな人らしい。
「こんにちは!」
その話を信じ、私は早速見張りの人に挨拶してみた。
「こんにちは、お嬢ちゃん!」
見張りの人が笑顔で返事をする。
「お嬢ちゃん、見た感じ冒険者みたいな格好しているけど、この村に何か様かい?」
「いいえ、私は旅人よ!これから冒険者になるために“大都市”に行くの!ここには物資の補給をしに来たってとこね!」
私は、聞かれた質問にはっきりと答えた。
「なるほどね。ならどこから来たの?」
「ここから遠い小さな村からよ!ここと同じで農業が盛んだったの!」
嘘は言っていない。
私が住んでいた里では、食べ物は自給自足だったので農村と言ってもおかしくはない。
というか、父にこの隠れ里のことはそう説明するように言われているので、こう答えることしか出来ないのだった。
「そっかぁ~、わかった!なら入っていいよ。何も無いとこだけど歓迎するよ!俺の名前はジェーン!よろしくな!」
「シャーロットよ!シャルルでいいわ!」
お互いに笑顔で握手を交わす。
そして、見張りの人――ジェーンは握手したまま私に言った。
「――ようこそ、ダミアム村へ!」
☆
「へぇ、じゃあシャルルは一応剣士なんだ」
「まぁね!剣はお母さんに教わったのよ!」
俺――ジェーンは、今日知り合ったシャルルという女の子に、今日泊まれるところはあるかと聞かれたので、俺の家なら大丈夫と紹介した。
彼女から了解の返事ももらったので、俺は家に案内することにした。
家族は両親二人のみで、もし旅人が泊まりたいと言って来たらいつでも受け入れられるよう家の隣に小さな小屋があり、この村の中にある唯一の小さな宿泊所みたいなことをしている。
こんな小さな村に来るのは、“大都市”から物資を運ぶ商人や村で依頼を出し雇った冒険者くらいなものである。
“都市”や“大都市”、その近辺にある町ならまだしも、こんな小さな村に宿は必要ないとのことで、代わりに俺の家がその代わりをしているのだった。
俺は、道案内をするために休憩所で待機していた仲間と見張りを交代し、シャルルと他愛もない話をしていた。
「ならシャルルのお母さんは元冒険者なの?」
「そうよ!お母さんは確か階級がC+って言ってたわね!」
へぇ、と俺は感心してしまった。
冒険者の階級は、全部で十五段階ある。
下からG級、F級、E級、D―級、D級、D+級、C-級、C級、C+級、B-級、B級、B+級、A-級、A級、A+級、そしてS級となっている。
下の三つであるG級、F級、E級は言わば冒険者になったばかりの人であり、騎士でいうところの見習い騎士にあたる。
この階級では他の冒険者から技術を教わったり、雑用などの仕事をこなして冒険者としての基礎能力を養う段階である。
また、各地に冒険者学校というものができており、卒業すればこれらの階級を飛び越えてD-級から始めることができるのである。
階級を一つ上げるには、冒険者として名を上げて冒険者ギルド本部が自動であげるか、それぞれにある“試験”を受けて、それに合格しなければならない。
そしてD、C、B、A級の4段階の中にさらに三段階ずつあり、一般的に才能のない者はC級が限界。
B―級以上になるとベテランと呼ばれるようになり、A―級以上になれば凄腕の冒険者という評価になる。
そして――S級。
これは他のどの階級とは一線を画し、英雄と呼ばれ名前が後世に残るような活躍をしたもの、またはその実力があるもののみが与えられる階級である。
なので、シャルルのお母さんはかなりのベテランに近い冒険者だったことがわかる。
「すごい人だね、シャルルのお母さん。……シャルルはその人から剣術を学んだってことはシャルルも実はすごいの、剣術?」
「ふふん、まーね!」
すごい自信を持った顔と声で胸を張って答えたシャルルを見て、俺は微笑ましかった。
少し話をしてみてわかったのだが、シャルルは実に素直な子だった。
ゆえに、シャルルが自慢げに話をしていても、その背格好も相まって、近所の子供を相手にしているようだった。
「シャルルもすぐに冒険者として有名になれるといいね」
そんなシャルルを素直に応援したくなって、言ってみた。
「ありがとう、ジェーン!」
彼女は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにニッコリと笑って返事をしたのだった。
☆
「お味はどうかしら?シャルルちゃん」
「とってもおいしいわ、ケイリ―さん!」
「ふふっ、ありがとう」
ジェーンの両親に挨拶をして、小屋に荷物を置きゆったりとくつろいだあと、ジェーンの母――ケイリ―さんから晩ご飯ができたと教えてもらったので、私――シャーロットは急いで食卓へ足を運んだ。
メニューは、この村で収穫された野菜を煮込んでスープにしたものと少し硬い麦のパン。
そして、メインの鶏肉を丸ごと焼いたものに塩をかけたものが、テーブルの上に並んでいた。
「今日はすこし張り切ってみたのよー」
ケイリ―さんは、人懐っこい笑顔で言った。
聞けばケイリ―さんは、そろそろ三十代を折り返す歳らしいが、まったくそうは見えないほど若々しかった。
ジェーンと同じ赤い髪を短くそろえていて、ジェーンの姉だと紹介されても違和感がないほど童顔だった。
「いつもこれならうれしいんだがね」
そう言いながら苦笑していたのは、ジェーンの父――ダレルさんであった。
ダレルさんも村に住む農家の一人であり、その体は一目見ただけでわかるほど黒く日焼けし、少し長い茶髪を一つに纏めていた。
こちらはケイリ―さんと比べて背がジェーンと同じくらい高く、歳相応といった具合に、顔にしわがあって老けていたが、四十歳を超えている程の雰囲気ではないといった感じの人だった。
「あら、あなた。いつもこんな贅沢ができる余裕が家にあると思ってるの?」
「わかった、わかった。私が悪かったよ」
そんな風にいちゃつき始めた二人を見ていると、私は里にいる自分の両親について少し思いを馳せた。
――今頃、何してるのかなぁ……
おそらく、まだ幼い自分の妹であるアルシアの世話に手を焼きながら、いつものように二人でいちゃついているんだろうなと、私は苦笑した。
――今はこの美味しいご飯を、冷めないうちに食べないともったいないわね……
私は食事を再開した。
スープからは野菜そのものの甘みがほんのりと出ており、そこに硬いパンを浸して食べるのが美味しい。
鶏肉からは、ジューシーな脂が噛むごとに流れ出ており、匂い味とともに非常に食欲をそそる。
たった五日とはいえ、冷たい干し肉と果物だけ食べていた私にとって、目の前の料理は本当に素晴らしいものだった。
次第に無言になって食べ続けていた私を、ケイリ―さんとダレルさんは優しい目で見つめていたことに気が付いたのは、晩ご飯を食べ終えた時だった。
私は恥ずかしくなって顔を俯けると、二人は堰を切ったように声を上げて笑い始めたのだった。
「ッ!ごちそうさまでした!!」
慌てて私は、食後の挨拶を済ませ、二人から逃げるように部屋を飛び出した。
その途中、食器を片付けていなかったことを思い出し,すぐに戻って片付けた。
恥の上塗りをしてしまった私は、顔を真っ赤にしながら、ジェーンが帰ってくるまでの間、
小屋でふて寝するのであった。
☆
「お世話になりました!」
そう俺たちに別れの挨拶をしたシャルルを、俺――ジェーンと父さんと母さんは見送るために村の入り口まで出てきていた。
昨日は夜遅くまでシャルルと話し込んでしまった。
何故、冒険者になりたいと思ったのかとか、特技はあるのかとか、好きなことや嫌いなことは何かなど、話題は尽きなかったのだ。
それでも朝早く起きて、ご飯をしっかり食べているシャルルを見ると、やっぱり元気な子だなぁ……と笑ってしまった。
そして彼女は旅に出る前に、大きなウルフの毛皮を売りたいと言ってきたので、村にある唯一の商店に足を運び、そこで換えたお金で宿泊代を払ってきた。
そのまま買い物を始めた彼女と尻目に、ここの商店の店長が、あの子は誰だとシャルルについて聞いてきた。
聞けば、彼女が持ってきた毛皮はウルフリーダーのものであり、冒険者としてベテランに近い者でなければ倒すことは難しいという代物だった。
俺はその時、改めて彼女が口だけではない、本当に才能がある子なのだと感じたのだった。
物資の補給(主に食料)を済ませたシャルルは、今日中に“大都市”に向けて出ると言ったので、母さんがシャルルにお弁当を持たせるために昼頃に出発するよう言い、それならと家族みんなで見送ろうということになったのだ。
「またいつでも遊びにおいで、シャルルちゃん」
「歓迎するよ」
「ありがとうございます、ケイリ―さん!ダレルさん!」
母さんと父さんが、それぞれシャルルに思い思いの挨拶を済ませた。
シャルルがそれに応えていく。
「ここから“大都市”まで五日ほど歩くようになる。この道をこのままずっと沿って歩き続ければ着くからね」
「わかったわ!ありがとう、ジェーン!」
最後まで明るい調子で、彼女は自分の荷物を持って歩き始めた。
そこには,別れを悲しんでいるなんて雰囲気は全くなく、顔にはまた来るよーって書いてあるように見えた。
「元気でなー!シャルル!!」
「あなたもねー!」
俺たちは最後に一回手を振り、別れたのだった。
今度会うとき、彼女は立派な冒険者になっているだろう。
その時を楽しみにしながら、自分もシャルルに笑われないよう精進しますかっと、右手に持っている槍に目を向けた。
何となく、これから鍛錬の時間を増やそうと思った。
そして……
「……あの子、うちの娘になってくれないかしら?……」
「無茶言うんじゃないよ、ケイリ―。それに、それはジェーン自身の問題だよ?」
「でもジェーンとも歳は離れていないし、素直で可愛いし、嫁として来てもらうには文句なしでしょ、シャルルちゃんは?あなたも、早く孫が見たいって言ってたじゃない」
「さすがに、会って二日でってのは……」
「でも、そろそろ相手見つけないと、ジェーンの婚期が……」
俺は正面を向いたまま、後ろで聞こえる両親の内緒話を、聞かなかったことにした。