一人でのキャンプ
パチパチと、焚き火から出る音を聞きながら、私――シャーロットは一晩ここで野宿するため、簡易式のテントを設置していた。
大人一人が入って寝るのが精一杯といった大きさではあるが、幸い私は背が小さい。
村を出てもう三日目ともなると、このテントの中で眠ることに、何も違和感を覚えなくなっていた。
ただ、自分が考えていた程、一人旅というのは味気ないものだと痛感していた。
――案外、一人旅ってたいしたことないわね……
これならば、両親につけてもらっていた鍛錬の方がよっぽど刺激的だったなぁと、ぼんやりとした頭で作業をしていた。
初日から今までの間、何の問題もなく順調に旅を進めてきていることはいい。
しかし、母から聞いた話みたいに、寝ている際に魔物や動物に襲われることもない。
昼間に遭遇してきた動物は、ウサギやシカなどまったく脅威のないものばかり。
こうして焚き火の音を聞きながら穏やかな時間のなかでテントの設置をするほど、山の中で過ごす夜は静かなのだ。
本来、想定していた緊張感溢れる状況にならず済んでいることは喜ばしいことなのだが、私は少し肩透かしをくらった気分だった。
そうこうしているうちにテントを設置し終え、夕食に保存が効くように干した肉と果物を食べる。
そのまま食べているので、肉は冷たい上に硬い、おいしくないと三拍子揃っていた。
果物の中の木の実を齧りながら、村で食べていた母の温かい手料理を思い出す度に、この冷たくおいしいとは言えない夕食は、なかなか精神にくるものがあった。
こんなことなら、冒険者になるための鍛錬だけでなく、料理も習っておくべきだったと後悔した。
――あと二日くらい歩いたら小さな村があるはずだから、とりあえずそれまでの辛抱ね……
とりあえず、村についたら温かいものを食べようと、私はそう自分に言い聞かせながら夕食を食べ終えた。
お腹を満たすことができた私は、早めに休んで明日の朝早くから出発しようと思った。
焚き火の火を消して、テントの中に入り、何かあったらいつでも起きられるよう警戒は続けながら、私は浅い眠りについた。
☆
――ガサッ……
――ガサガサッ……
小さな足音が、暗闇の中からゆっくりと小さなテントに近づいていく。
しかも、足音は一つではなかった。
それは、まるでテントの周りを囲むようにして、ゆっくり、またゆっくりと距離を縮めていく。
そこには、獲物を逃がさないようにするための狩りをするものとしての経験が垣間見えるものだった。
やがて、その姿が月明かりに照らされて、ゆっくりと浮かんでくると、そこには五匹のウルフの群れがいた。
なかでも他のウルフと比べて、一際大きな体をしたウルフがいる。
毛並みも他のウルフと比べてきれいなものであり、牙に至っては他のウルフの倍はあるような大きさであった。
そいつがこの群れのボスであることは、誰が見ても気がつけるほど格というのが違うのがわかる。
彼らは、自分の縄張りに侵入者が入ってきたことに気がついた。
しかし、すぐさま襲うことはせず、獲物が一番無防備な状態になるまで待てとボスであるウルフが群れに指示を出したのである。
獲物が腰に刺しているものを武器であると認識し、脅威になりえると判断したからだ。
そして、現在。
獲物が寝たであろう瞬間に、群れ全員で強襲をかける。
その準備として、襲える射程圏内に入るために移動していたのだ。
そして、獲物を狩るための距離に入った。
ウルフ全員の口から涎が落ちる。
――今日はご馳走だ……
ウルフのボスがそんな風に考え頭に浮かべながら、全員に突撃の合図を出そうと吼えようとした瞬間……
――ウルフのボスの顔面に、大きく横長で尖った――氷柱のような氷の塊が炸裂したのだった……
☆
――まったく、気を抜きそうになりかけた日にいきなり夜襲があるとか……。これは私に活を入れ直せって、誰かが言ってるってことね!
私は近づいていく気配によって、浅い眠りからすぐに覚めていた。
気配を感じ取る力というのは一朝一夕で習得できるような技術ではない。
母は、いずれ私が仲間を見つけパーティーを組んでいくのだとしても、見につけていて損はない、むしろ自分を助けてくれる技術であると教えてくれた。
冒険者で単独で活動するものはいないわけではないが、大体はパーティーを組んで活動する。
それが固定で組み続けていくのか、または臨時で組むだけなのかは別の話だが、大体パーティー編成としてそれぞれ役職というのがある。
簡単に言えば、攻撃役、防御役、補助役、斥候役であり、パーティーを組むメリットとしては、自分のできないことを他人に補ってもらえるということである。
そうした中で斥候役とは偵察、侵入、隠匿等を得意としている者のことである。
こういったもの達の気配察知の技術は優れており、パーティーを組むとその者に任せっぱなしになる傾向になるのだという。
しかし、パーティー全体の危険に陥るリスクを減らすには、全員ある程度の技術をもたなければならない。
噂になるほど腕のいい冒険者は、気配察知はできなければ話にならない、と言っいるものであるそうなのだ。
そして、母はこの技術を持っていたからこそ、パーティーが全滅しても生き延びることができたと言っていた。
なので、私は冒険者になるために受けた、母の最初の鍛錬がこの技術の習得だったのだ。
おかげで私は、周りの気配を敏感に感じ取ることができるようになった。
そして、今この技術のおかげで、敵の接近に気づくことができた。
――お母さんには感謝しなくちゃ……
そう心で、母にありがとうと感謝の気持ちを伝えながら、敵――ウルフの群れに先手を撃つタイミングを、テントに入ったまま隙間から覗くという姿勢で計っていた。
狙うのは、あの大きいウルフ。
あんな大きさのウルフなんて、一度も見たことはなかった。
一匹だけ他とは全く格が違う。
間違いなく、あの群れのボスだ。
――あいつ、間違いなく強いわね……
私は、旅を始めて最初の戦いに興奮していた。
私の冒険者としての活躍の一ページ。
自分は外でどれだけ通用する存在なのか……
――まずは、お前で試してやるわ!
乾いた唇を一回舌で舐める。
ウルフのボスが吼えようとした瞬間に、私は手をかざし、準備していた妖精魔法を解き放った。
手加減なんてしない。
自分が使える妖精魔法の中でも、高威力の魔法。
――アイシクル・ジャベリン(氷柱の長槍)!
瞬間、山に生えている木の幹と同じ大きさの、氷柱の形をした氷塊が生成され、勢いよくウルフのボスへと射出され……
☆
そのあまりの速さにウルフの群れは誰も反応することさえできなかった。
何が起こったのか、ウルフたちが理解できたのは、大きな氷塊がボスの正面を捉えた後だった。
その威力は、一撃でウルフのボスを後ろに生えていた木まで吹き飛ばした。
ウルフのボスは体を木に叩き付けられ、氷塊が後に続いて当たり、そのまま木をへし折った。
ウルフ全員が後ろを振り向いた。
ウルフのボスはそのまま地面に落ちて行動不能になっていた。
いや、顔の状態からして、絶命していた。
氷塊の先端部分によって顔をミンチに近い状態にされ、顎の部分に至っては吹き飛んでいた。
まさに一撃必殺と言えるほどの魔法を見たウルフたちは、自分たちのボスが一瞬にして倒されたことも相まって、全員が動きを止めた。
「――やったー!!倒したわ!」
ウルフたちは、その声を聞くことで我に返った。
そして、一人テントから姿を出した者を見た。
――ボスがやられた……
――ボスがやられた……
――逃げないと……
――殺される!……
ウルフたちは、お互いに言葉で会話せずとも、意見が満場一致した。
同時に全員が後ろに向きすぐに逃げ出す様は、狩るものと狩られるものの立場が逆転したことが、はっきりとした瞬間だった。
☆
「予想していたより上手くいったわね!」
自分だけで初めて仕留めた大物であるウルフを解体しながら、私は上機嫌になりながらつぶやいた。
実は両親が鍛錬をつけてくれていた頃、父の過保護により父や母相手に実戦形式の模擬戦は何度もやったのだが、実戦そのものをやったことはない。
そもそも命のやり取りというのをしたのは、父と一緒にウサギや鹿、猪を狩ったくらいなものなのだ。
少しでも危ない状況になったと思ったら、既に父が魔法で倒しているのである。
まあ、解体作業を習ったことで命を奪うことへの免疫がついたと言われればそうなのだが、やっぱり自分だけで仕留めたということに意味があると今感じた。
「命を奪うって、あっけないことなのね……」
やっぱり魔法は使い方一つで絶大な成果をあげることはできるが、命のやり取りそのものが薄く感じてしまうのだ。
「あと、すこし威力が過剰すぎたわね……」
初めての本格的な実戦だったので、油断できなかったこともあるが今の私の魔法の中でも単体攻撃呪文の中では中の上はいっている。
それにどんな状況でも使い勝手がいいという魔法なので、つい多用してしまうのだった。
このあたりの加減の仕方も、徐々に身につけていかなければならない。
課題は山済みである。
しかし、こうして私は自分が強くなる努力をするのは好きだった。
目標が高ければ高いほど、やる気が漲ってくる。
私の今の目標は、“冒険者になり世界中を巡って冒険する”ことなのだから足を止めている暇なんてないのだ。
――次は剣を使っての戦いもしたいわね……
そんなことを考えながら、さっき倒したウルフの毛皮を鞣している。
私は、明後日に立ち寄ることになる小さな村にあるかはわからないが、目的地である“大都市”では素材として売ってお金に換える、換金所というのがあるらしい。
そこでウルフの毛皮を素材として、お金に換えるつもりなのだ。
大きさ、毛並みともに上等なものなのだ、高く売れるのは間違いないだろう。
これで目的地に着いても、いきなりお金がなくて困るということはなくなるはずだ。
母からもらったお金も多くはないのだから、やはり資金が増えるに越したことはないのだから……
「この作業が終わったら、少し休んで出発ね!」
鞣す作業のペースを上げながら、まだ明るくなっていない空を見上げ、私は独り言を呟いたのだった。
4/10 04:00頃のお話
一雪:小説情報を見る
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一雪:…………!?!?
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