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マシン・ブレイカー ―Crusaders of Chaos―  作者: マシン・ブレイカー制作委員会
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六話 罠

 ほの暗い廊下には二つの人影があった。

 逃げる『モノ』と追う『者』の影が。

 逃走する側を『者』と称さなかったのは、それが人間ではないからだ。

 逃げる、その動きさえ計算された合理的なものである。まるで機械のような人間のように見えるが、実際は異なる。


 人間のような機械――つまりアンドロイドなのだ。


 それがアンドロイドというのは、その手首を見れば分かる。

 光沢のある黒い筒――銃口。

 それが手首から覗いているのだ。

「……逃げても、無駄だと思うぞ」

 追跡者――国崎亮平はゆっくりと歩きながら、アンドロイドに言いかけた。

 彼の手には銀光を放つ長い得物が握られている。

 剣――ではない。

 鉄槌――でもない。

 ただの金属の棒だ。

 その金属の棒を持っただけの人間に対して、アンドロイドの人工知能は危機を抱いているのだ。

 亮平の足並みはなおも緩慢だ。その所為で距離は開く一方だが、亮平は一向に歩を速める素振りを見せない。

 彼にはその必要がないのだ。

「そっちは、袋小路だぜ」

 亮平は呟くように告げた。

 彼は建物の事前調査をしているので大体の地理が分かるのだ。

 アンドロイドを袋小路に追い込んだのも彼の計画通りなのだ。

「諦めろ……って言っても聞かないんだろう?」

 アンドロイドが遂に行き止まりに付いて立ち往生しているのを亮平は確認した。

「ならば、精々わめけ!」

一斉射撃(フルバースト)

 アンドロイドは踵を返して、亮平に迫った。身体中の至る部位から銃口が飛び出す。

 チッと追跡者は舌打ちを鳴らした。

 壁を見て、金属製の扉である事を目で確認してそれに触れた。そして力を込めたように顔をしかめた。

 それとほぼ同時に彼が触れていた扉が刹那、青い光を放った。その時、隣接した扉がガタガタと揺れ始めた。


 ――無数の銃声ッ!


 全ての銃口が火を吹いた。

 しかし放たれた弾丸は明らかに曲がった軌道を描き、亮平が先刻触れていた扉に穴を穿うがった。


『磁力を観測』


 アンドロイドが淡々とそう述べている間に亮平はアンドロイドとの距離を詰めた。

 アンドロイドは怯むことなく、亮平に突っ込んだ。



 勝負は一瞬だった。



 亮平が金属の棒を振るった。

 アンドロイドはそれの軌道を首を傾げてかわした――が。

 再び軌道内に頭を戻した。

 否、戻されたのだ。


 金属の弾き合う音と共にアンドロイドの顔がへこんだ。


『磁力を……観測……』


 機械的にそう告げて、アンドロイドは膝から崩れた。




「フィグネリア。こっちは終わった。今から戻る」

 亮平は瓦礫に腰掛けて、トランシーバーに向けて、そう言った。

『流石です。亮平様』

 と返ってくるねぎらいの言葉。

 亮平はそれに大して気にした様子を見せず、

「それで依頼はあと何件だ?」

『一件です。これは警察の方からですね』

 トランシーバーから聞こえる平坦な声に、亮平は驚いて、訝しげな表情を見せた。

「警察?」

『魔導課からです。人員が不足状態にあるのでお手をお貸しいただけないか、と』

 魔導課というと、警察の中でもアンドロイドの殲滅や奪還作戦を行う覚醒者ウェイカーを集めた先鋭部隊と聞く。

「俺がそいつらのお呼びにかかったってわけか」

『ええ。報酬は破格ですよ』

 魔導課から声が掛かったという事はつまり亮平の魔法の腕は彼らに認められるほどのものになっているという事を意味する。

 亮平はその事実を実感して、小さくほくそ笑んだ。

「……それで、何機ぶっ壊せばいいんだ?」

『亮平様はいつもそちらを重要視されますね』

「そのためにこんな事をしてるんだからな」

 そう。彼がアンドロイドと戦っているのは犠牲者を『これ以上出さないため』ではなく、『仕事として』でもない。

 アンドロイドの破壊だけを目的としているのだ。

 彼が受けている破格の報酬も目的を達成した際の副産物でしかない。

 それを彼が受け取っているのもアンドロイドの破壊をするために生き永らえるためでしかないのだ。

『目安は二百機のようです。生産工場を潰す計画のようですね』

「つまり、上限はないのか?」

『生産工場ですから無限に湧いてきますからね。作戦が長引けば、湧いてくるだけ倒さなければならないでしょうね』

「面倒だな。規模を最小限に抑えるためには早く片付けなきゃな」

 そう言って彼は面倒臭そうに頭を掻いた。

『お断りいたしますか?』

 トランシーバーからそんな疑問が聞こえる。……否、その疑問は、彼にとっては愚問でしかなかった。

「あり得ないな」

 と亮平は口の端を釣り上げた。

「開始は何時いつだ?」

『午後十一時三十分です』

 亮平は腕時計に目をやった。彼の時計は現在正午を指していた。

魔法アギトでバグっちまったか」

 そうぼやいて、彼は腕時計を見て苦笑をこぼした。

「今、何時だ?」

『午後十時二十……と二十一分になりました』

 彼は「了解」と頷いて、腕時計の時刻を修正した。

「どうせ、また壊れるんだろうが……」

 言い終えてから、彼は立ち上がって、

「さて、行くか」

 そう言って、出入り口に向かって歩きだした。




 工場の扉を開けて、彼が最初に確認した光景は闇色に染まった見慣れない廃墟だった。

 気配の一つも感じない、奇妙な風景だ。

「フィグネリア。ここはどこだ?」

 亮平はトランシーバーに向けてそう問うた。

 彼がこの場所を知らずにここに来れたのは道順をフィグネリアに説明させているからだ。

『生産工場の中ですが……』

 とフィグネリアは何かを疑うような口調で言った。

 その異常には亮平も気付いていた。

 いくら開始の少し前に来たとはいえ、人影がない。

 奇襲ではない限りは、むしろ早めに来て、作戦を立てて攻撃を仕掛けるべきだ。

 しかし、作戦を立てて突入するどころか、既に建物の内部で待てとの事。

 通常、工場を破壊するには中に爆弾を設置して、別の場所で起爆するものだ。つまり作戦拠点は別の場所にあるべきなのだ。

 明らかに不手際が過ぎている。

「……そうか」

 そこで亮平は頭を押さえた。

 やられた、と言いたげな顔で顔を顰める。

「罠か……」

『どうやら、そのようですね』

 突入作戦が虚偽という事に気付いたのだ。


 しかし、貶めようとした犯人は誰だ?


 可能性は幾つかあげられる。

 アンドロイドが亮平宛に罠を送った。

 若しくは、亮平の派手な動きに目を付けた警察が亮平を抹消しようとした。

 それか、フィグネリアの失態。

 或いは……


 ――銃声。


 亮平は咄嗟に金属の棒を振るって、飛来した弾丸の軌道を逸らした。

 彼の背後で壁が穿たれる音がした。

緊急事態エマージェンシー。侵入者を観測。戦闘部隊に総動員を命令する』

 工場内に機械的なアナウンスが響く。

「今は原因を考えている場合ではないか」

 亮平は後退しながら、嘯いた。彼がジリジリと近寄っているのは、ワープパネルだった。

 ワープパネルを用いれば、逃走など容易なものだ。

 だが、

「……やはり、動かないか」

 亮平が扉の開閉ボタンに触れても、ワープパネルは動こうとはしなかった。

 それもその筈、四年前アメリカで何らかの事件が発生して、ワープパネルが不具合を起こし始めたのだ。例に洩れず、工場内のワープパネルも使用不可能になっていた。

「まあ、俺がする事は変わらないがな」

『いえ。依頼を放棄してください』

「断る」

『しかし、その依頼は虚偽のもので……』

「無理はしない」

 と、亮平が言った時、トランシーバーが射抜かれた。それは戦闘開始の号砲だった。

「……さて、ミッションスタートか」

 亮平は掌の中のトランシーバーを投げ捨て、銃声に向かって走り出した。




 鈍く光る、無数の人工的な輝き。

 パソコンの画面を前に座していたフィグネリアは、頭に着けていたヘッドホンマイクを外して机の上においた。

 銃声らしき音が聞こえた後、一方的に通信が切断されたのだ。恐らく、銃撃によって通信機器が破壊されたのだろう。

 亮平の身が危険に晒されている事をフィグネリアの人工知能は伝えていた。そして警鐘を鳴らしている。

 亮平の性格上、無茶をするのは容易に想像がつく。

 いくら彼が強いといえど、彼がいるのはアンドロイドの生産工場だ。敵の本拠地に装備も整えず、突入していることに等しい。無限に湧き出てくるアンドロイドに彼はどれほど対抗できるだろうか。

『亮平様……』

 フィグネリアはそう呟いて立ち上がった。




 目の前の敵を金属の棒で殴りつけながら、階段を駆け下りる。

 負傷は左肩、腹部、左手の三箇所。左肩以外の傷は深くはないので血が足りなくなるような事態はしばらくはないと思われる。

 しかし彼を悩ますのは外傷ではなく、体力である。

 今も大きく息をあららげながら、歩を進めている。

 しかしこの足がいつ、機能しなくなるのかも分からない。すぐにでも休憩を取りたいところだが、ここで立ち往生してしまえば取り囲まれて殺されるのがオチだ。したがって、彼には走り続けるといった選択肢しか残されていいないのだ。

「……そろそろ、集まってきたか」

 彼は振り返って、アンドロイドの大群に目を向けた。

 雲霞うんかのごとく押し寄せる機械の群れは統率の取れた動きで亮平を追う。


 銃声が轟いた。


 亮平の体はバランスを崩して、階段を転がる。

 踊り場で亮平は右腕を押さえて呻いていた。

 更に銃声が降り注ぐ。

 彼は何とかそれを躱して、階段に沿って付けられている手すりをつかんだ。

「くたばれ……!」

 彼がそう言うと、手すりを全体が青く光った。

 その時、アンドロイドが手すりに吸い寄せられた。

「出力アップだ……!」

 手すりが更に輝きを増した。

 アンドロイドたちはその圧力に耐えられず、自壊してゆく。

 全てのアンドロイドが戦闘不能になり終えるのを確認して、彼は安堵の息を吐いた。

 当面の危機は取り払われたが、状況は未だ変わっていない。

 否、むしろ右肩を撃ち抜かれた事で事態は悪化している。

 亮平は紐を取り出し、止血をしながら息を整えた。

「工場の生産機器は上だろうな」

 彼はそう言って、天井を見上げた。

 上階に登るにつれて、アンドロイドの数が多く、警備が厳重になっている。侵されたくない場所があるに違いない。

「さて……どうしたものか」




 風になびかれて、亮平は目を細めた。

 そう、彼は今、屋外にいるのだ。

 だが逃走したわけではない。というより出入り口の警備が厳しく、逃走できるような状況ではなかった。

 彼は窓を割って外に出たのだ。

「始めるか。見つかるのも時間の問題だからな」

 そう言って、彼は地を駆けた。……否、()を駆けているのだ。

 壁の内部に在る骨組みの金属を吸い付かせて、重力に勝る力で体を固定している。つまり今、亮平は壁を地にして走っているのだ。

 屋上まで辿り着いた亮平は、下の階に降りられる場所を探した。

 そして鉄製の蓋を見つけて、彼はそれを持ち上げて、再び工場に侵入した。


 その時、銃声が響いた。


 対応が早すぎる。恐らくはこちらの手の内を読まれていたのだ。

 しかし、銃弾は鉄製の蓋に命中した。

 亮平が力の消耗を抑えるために魔法アギトを用いて、蓋を開けたからである。

 彼は蓋を掌に吸い寄せ、それに強い掌と同じ磁極を付与した。

 反発力が働いて、鉄製の蓋は高速でアンドロイドを襲う。

 そしてアンドロイドの頭を潰した。

「……」

 亮平は頭の潰れたアンドロイドに目をやった。

 彼の心の何処かで倒れているアンドロイドの影が、昔見た光景と重なったのだ。

 彼は首にぶら下げていたネックレスを握った。

「……俺は終わらせる」

 そう嘯いて、彼は駆け出した。




「ここ……か」

 亮平はボロボロの服を身に纏って、電気制御室の扉に手を掛けた。

 痛みが走る。

 さすがに無理をしすぎたのは、

亮平自身が何よりも理解していた。

 しかしここまで来て、引き返せない。というか、無事帰れるのかどうかも分からない。

 受電器を破壊したところで、既に製造されたアンドロイドはどうしようもない。

 だが、これ以上の生産を中止させる事ができるならば、小さなものかもしれないが、進展にはなる。

「……」

 世界に何万とあるアンドロイドの生産工場の一つかもしれない。

 しかし無ではない。確かな有だ。

 亮平は口元に僅かな綻びを見せた。

 彼が扉を開くと、薄暗い部屋に無骨な箱がそびええていた。

 チカチカと光を放つそれから、パイプが幾十本も伸びている。

 これが受電器だと、亮平は直感した。

 彼はそれに歩み寄って、冷たい受電器に触れた。

 彼がすることは一つだけ。

 魔法アギトを流すだけだ。

 それだけで、終わる。

 彼の掌から青白い光が放たれる。そしてそれが受電器全体に広がって受電器が悲鳴を上げた。

 電気制御室の明かりは一瞬だけ落ちて、再び灯った。

 予備電源に切り替えたのだろう。彼は受電器の横にあった予備電源にも磁力を流し、回路を混乱させ、ショートさせた。

 そして彼はくずおれ、嘆息を漏らした。

「ひとまず、ミッションコンプリートか」

 とその時、扉の辺りに人影が現れる。亮平は反射的に身構えた。

 もう戦う力はほとんど残っていない。

『家に帰るまでがミッションですよ』

 その言葉を聞いて、亮平はホッと息を吐いた。

「フィグネリア。何故ここに?」

『亮平様が無茶をするのは火を見るよりも明らかでしたから』

 亮平はフィグネリアから目をそらした。

『さあ、帰りましょうか』

 フィグネリアは微笑んで、亮平の手を取った。

 彼女に引かれながら、亮平は、ふと思い巡らせる。

(偽の依頼を送ってきた犯人は……)

 派手な事をしているのは、亮平自身が最も知っていた。

 だから、自分が狙われたということも。

 これは亮平が予期していた事の一つだ。

 ついに自分を消そうと、闇が動き始めた。その闇を追えば、いつか黒島に行き着く事ができるはずだ。

(怪しいのは、警察の魔導課とかいう部署だな。……当たってみる価値はあるか)

 依頼主であった警察の魔導課が犯人と彼は睨んだ。

 そんな思いを胸に彼は工場を後にした。


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