二十二話 無機質な機械が示すそのケッカ
モニターに映るのは、ヨシオカ・インダストリーズが作成したという、パルスの資料だった。
「ふーん、実に下らないマシンだ。下らないが、性能は野良マシンよりは、若干上のようだな……」
ため息混じりに呟くのは、長い銀髪を揺らすA-S。
「怖気づいたか?」
声をかけるのは、久我原。傍には彼と共に行動している叢雲もいる。
ここはとある廃屋。そこにある、まだ動くコンピュータの前で彼らは出会っていた。
「いや、全く。より一層、破壊したくなったよ。これくらいのマシンなら誰だって作れるからな」
モニターから視線を外し、A-Sは、久我原に尋ねた。
「それと、頼んでいたものは持ってきてくれたか?」
その言葉に久我原は黙って、A-Sに何かを放り投げた。A-Sはそれをしっかりと受け止める。
「あったのは、それくらいだ。全く、俺をこき使う奴らだ」
シュボっとライターに火をつけると、久我原は咥えたタバコに火をつける。
「ああ、間違いない。助かった。これは僕からの報酬だ。受け取ってくれ」
A-Sから渡された液体の入ったボトル。それは叢雲にとって大切なエネルギー源でもあった。よく見るとボトルには小さな巾着がつけられ、その中にいくつかのパーツやAIチップが入ってる。
「ほう、まだ残ってたか。それになかなか良い物を持っている」
「それくらいはするさ。ありがとな、久我原のおじさん」
「おじさんは余計だ」
「じゃあ、おじ様にするか?」
ふふっと笑い、A-Sは手を軽く振って、その場を去ってゆく。
『良かったんですか? パルスは最新鋭で、かつ高等なプログラムが構築されています』
「俺に助言を求めなかったことが何よりの証拠だ。俺の力を借りずとも、あいつは大丈夫だろう。もっとも、腕の一つや二つ失いかねないが」
『……良いんですか?』
「ああ、ああいう奴ほど、助言を聞き入れないことが多い」
ふうっと白い煙を吐いて、僅かに微笑む。
「何だかんだと言いながらも、似た者同士なのかもな。魔導課のやつらは」
そして、数日後が経ち、訓練初日を迎えた。
魔導課のメンバーが勢ぞろいしている。しかし、この場にはあの久我原の姿はない。
一番手はA-S。選択した機種は、接近戦を得意とするパルスだ。
「さて、お手並み拝見としましょうか?」
なんと、ヨシオカ・インダストリーズからは、吉岡本人を含むロボット製作チームが派遣されていた。
その様子にA-Sは思わず、眉根を顰める。
「訓練前に一つ確認したい。武器の使用は問題ないんだな」
「ええ、問題ありません。それと、あなた方がお得意とする魔法……アギトと言いましたか。それの使用もかまいませんよ。こちらはただ、全力でお相手させていただくだけですから。でも……」
そう区切って、吉岡はにやりと微笑む。まるでゲームを楽しむかのような無邪気さ漂う微笑で。
「高性能すぎて、あなたを傷つけてしまうことになっても知りませんよ?」
迎え撃つA-Sは、ふんと鼻を鳴らすと。
「ああ、そっちも壊れても文句を言うなよ。こっちは命を掛けているんだからな」
「おいおい二人とも、それくらいにしないか」
堪らず井伊が間に入る。
「それにパルスの装備は、全て訓練用のものだろ? A-S、変なことを言って、相手の機嫌を損ねないようにな」
「……分かった」
吉岡達と離れ、A-Sは自分の装備を確認し、訓練への準備を始める。
「さて、我々も準備を始めましょう」
スタッフを集めて吉岡も、いつものメンテナンスをパルスに施すのであった。
訓練は屋外の訓練場にて行われた。
四方を壁で覆っただけの簡易的な場所だ。それに完全な外でやるには、危険が伴う。未だ駆逐されていないマシンが人を襲っている状況なのだから。
また屋外でも壁のある場所をと申請したのは、井伊の方であった。
A-Sは外でもかまわないと言ったのだが、万が一の事があれば一大事。それに今回は訓練だ。実践ではないのだ。その為、こうした自警団の使う広場を使わせてもらうこととなったのだ。
「こちらは準備はいいが、魔導課の皆さんはどうかな?」
「僕も問題ない。始めよう」
吉岡が手を上げ合図を出すと、パルスが目覚める。人に例えるならば、瞳部分だろうか、頭部のカメラセンサーの明かりが灯り、僅かに胸部から蒸気が排出されている。それと同時に静かだけれど、重量を感じる駆動音が響き始めた。
それを見て、A-Sも腰につけた二本の剣を引き抜く。
パルスはじっと品定めするかのようにA-Sを観察している。
「そっちが動かないなら、こっちから仕掛けるまでだ。《身体強化》!!」
まずはとA-Sはパルスの右腕に狙いを絞り、剣を振り上げる。
キイィィン!!
「やるな」
A-Sの言葉と同時に、キュイとパルスの頭部も動く。
剣は腕を切り裂くことなく、パルスの持つトンファーで防がれていた。
―――……ん?
A-Sは違和感を感じる。確か今回のパルスは訓練用装備だと先ほど聞かされていた。しかし、今、剣を凌いだトンファーは、訓練用とは少し違っていた。
―――訓練用にしては、重すぎやしないか?
相手が訓練用仕様ならば、これほどの力を発揮するはずはない。だとしたら、既に見せてもらっていたデータと食い違うことになる。
「厄介だな……」
呟き、アギトを使ってパルスのトンファーをはじき返すと、A-Sは一気に間合いを広げる。
そうなると、目の前のパルスは訓練用ではなく『実践用仕様』となる。
下手したら、こっちも死に兼ねない状況だ。
そう判断したA-Sはしばらく防御に入る事にした。
自分の仮定が、本当ならば……。
その異変にいち早く気づいたのは、井伊だった。
「A-S、何をしている? 攻撃しないか」
耳につけているイヤホンで、戦うA-Sに通信を送る。
『今はしばらく様子を見ていてくれ。仮定の話はしたくない』
井伊はちっと舌打ちして、吉岡を見た。
「おや、何かトラブルでも?」
「それはこっちの台詞だ! 貴様、何か細工をしたなっ!」
「細工も何もしていませんよ。ねえ、皆さん?」
吉岡に言われ、こくこくと頷くスタッフ達。
「なら、なんでA-Sが防戦する一方なんだ? お前達が何かをしたとしか……」
「待ってください。彼……A-Sと言いましたか? しばらく様子を見ていてくれと言っていたはずです。何かあれば、すぐにでも連絡があるのでは? それがない以上、訓練を止めるわけにはいきません。それとも」
そこで区切り、吉岡は意地悪そうな笑みでこう告げた。
「あなたの優秀な能力者は、我々のパルスに敵わない……そのことを認めるのですか?」
「ぐっ……」
明らかに吉岡は、何かを企んでいる。
けれど、それがまだ明るみになっていないのなら、魔導課側から言うことは得策ではない。
「わかった。だが、本当に何らかの事故が起きたのなら、そのときは……覚えておいて欲しい」
「ええ、わかりました」
吉岡の楽しげな笑みに井伊は、一瞥しただけで、A-Sの訓練の様子へと視線を移す。
―――無理だけはするなよ、A-S……。
目の前のマシン、パルスに記された『ヨシオカ・インダストリーズ』の社名とロゴ。
A-Sはそれを見つめながら、つい数日前に久我原から受け取った『鋼鉄の塊』のことを思い出していた。
そう、久我原に頼んだのは、自分が襲われた場所に行き、壊れたマシンからロゴの入ったものを持ってきて欲しいという1点であった。
久我原は嫌とは言わず、黙ってそれを成し遂げてくれた。
A-Sへと投げたもの。
それが、A-Sの手元にあった。
装甲パーツの一部らしいそれの汚れを取り、浮き上がった部分の装甲を剥がす。
そこにあったものは。
―――ヨシオカ・インダストリーズ。
当時は壊すことに必死で、なぜそこにそれがあるのかさえも考えていなかった。
今なら、それが分かる。
「データ収集のための、実験……か」
それなら腑に落ちることもある。あの混乱時に乗じて、データを取るのはむしろ、有益なのでは? 人を殺す兵器を作るのなら、なおさらだ。事故の所為にすれば、マスコミもそれ以上騒ぎ立てることもない。なぜなら、工場にあったロボットが人を襲うなんて事はあってはならないこと。それが実現するのは、『防ぎ切れない事故』があった場合のみ。
「そんな……そんな下らないもので、僕の両親も、大切な彼も失ったというのか……」
抑えられないくらいの憤りを感じ、思わず拳を強く握り締めた。アギトを使っていたら、恐らく、それで手を切っていたかもしれないほどの力だった。
「早苗、君ならどうする? フィグネリアで仇を取ってくれるか」
たぶんと、A-Sは思う。
「いや、君なら仇なんか取らずに別の方法で、敵をぎゃふんと言わせるんだろうな」
思わず苦笑を浮かべる。自分にはそんな力はない。
代わりにあるのは、この力だけだ。
何も書かれていない要らない金属片を、A-Sは思いっきり剣の柄で叩き割った。
まるで、機械の全てを打ち壊すほどに。
パルスは、トンファーだけでなく、時折、腕に内臓されているナイフまでも使い始めた。A-Sはそれも剣で何とか防いでいる。
これまで相手の攻撃を受けて、A-Sは、その仮定を確信へと変えた。
―――間違いない、これは実践用だ。
距離を取りながら、ミラーシェードの電源を入れる。レンズの裏に映し出されるのは、パルスの数値データ。訓練用と実践用の二つのデータを比較して、A-Sは思わずため息を零す。
しかし、だ。
ここで井伊に伝えれば、すぐに変えてもらうことができるだろう。
もしかしたら、中止にすると言ってくれるかもしれない。
ふっと、A-Sの口元が緩む。
それでは面白くない。相手の思う壺だ。
なら、どうすればいい?
A-Sは、戦いながら、その道を探す。
相手はかなり高度な戦闘用マシン。
「なら、やることは一つか」
まずはどれくらいの力を発揮すれば、相手が傷つくのかを測らなくてはならない。
防戦一方だったのを、今度はこちらから攻撃を仕掛けていった。
弱く、強くそれを織り交ぜながら、多少手加減もしつつ、剣とトンファーでの打ち合いを行う。
相手は、A-Sの動きに即座に合わせてきていた。
隙を見せれば、すぐにでも打ち込んでくる。
「長期戦は、キツいな」
内部にはダメージが幾分か入っている様子が感じられる。
僅かに攻撃を重ねた部分の力が、若干弱まっている。
だが、その些細な違いも、戦いには、特に訓練や実践には影響しないくらいの微々たるものだった。
このまま戦い続ければ、スタミナという限りある力を使っているA-Sに分が悪い。
短期決戦、それしかないとA-Sは感じ取った。
相手はこちらの動きを読み取り、かつ反応している。
恐らく、高性能なプログラムがそうさせるのだろう。
―――なら、僕はその上を行くまでだ。
相手は『攻撃』することを前提として、プログラムが成されている。
では、その逆を行ったら?
パルスがナイフを突き出した瞬間、A-Sは。
「ぐっ!!」
ざくっと、重い一撃が腕を貫く。じわりじわりと染み込んでくるのは、自分の赤い血。
「やっと捕まえた」
パルスは、相手が攻撃を受け、それを抜かせないことを『想定』していなかった。
キュインキュインと頭が左右に動き出す。まるで、嫌々言う子供のように。
パルスのナイフを持った腕を、A-Sは受け止めた腕でしっかりとアギトを使って、ホールドしている。至近距離での。
「これでも、喰らえってんだっ!!」
渾身の力を込めた、全力のフィジカルブースト。それは体の制御を司る頭部へと突き刺さった。逆手に持った剣の刃を突き立て、一気に下へと引き裂いた。
バリバリバリバリッ!!
激しいスパーク。それが消えたかと思うと、ヒュウンという風に似た音と共に。
高性能マシンパルスは、機能を停止した。
それと同時に、A-Sの力を抜く。なんとかナイフを引き抜いて、腰につけたメディカルセットから包帯を取り出し、きつく巻いた。
その間に、魔導課のみんながA-Sの元へやってきて。
「何をやってるんだ、お前はっ!!」
丸めた資料でぱこんとA-Sの頭を思いっきり叩く。
「痛いってば。僕はこれでも怪我人だよ?」
「そうじゃないだろっ!! 俺は最初に言ったぞ。怪我するなとっ!!」
そんなに怒る井伊に、思わず自分の父親の影を重ねていた。
―――なんか、父さんに怒られてるみたいだ。
思わずくすりと笑ってしまった。
ぽこん。二度目の資料アタックを喰らって、A-Sはやっと謝罪の言葉を口にする。
「すまない……少し調子に乗ってた」
「反省してるなら、いい」
と、そこへ感情のこもらない拍手がもたらされた。
吉岡だ。
「素晴らしい、まさかあんな方法でパルスの動きを止めるとは。恐れ入った」
「そうじゃないだろっ!!」
A-Sの代わりに食って掛かったのは、全てを見ていた国崎だった。
「訓練用仕様には、ナイフを使用するなんて、書いていなかった!! なのに、あのパルスはナイフを使用していたっ!!」
『併せて、あのトンファーは訓練用のウレタン製ではなく、実践用の鋼鉄製トンファーでした』
「おやおや。ですが、そんなパルス相手に一撃で仕留めた皆さんの能力に、私はいたく感心いたしましたよ。今回は皆さんの勝利です」
そう意に介さない吉岡の様子に、魔導課のメンバー全員、睨みつけていた。
「次回も実践仕様でないと……」
「訓練仕様だっ!! 二度は絶対に許さない! このことは我々の上層部にも報告させていただく」
「おや、手厳しい。皆さんの能力を買っていますのに」
「こちらは、怪我人が出ているんだ。今日の訓練は中止だ。次は日を改めて実施する。それで良いですね!?」
井伊の殺気じみた凄みに吉岡は。
「おお怖い怖い。こちらも最新鋭の機体を失ってるのですから、おあいこですよ?」
まあいいでしょうと、吉岡はスタッフに指示を出し、壊れたパルスの回収を進めた。
「次の訓練日時は、また追って知らせます。我々はこれで」
そう井伊は言い放ち、A-Sをさっと抱き上げた。
「ちょ、ちょっ……おじさんっ!? 他の人たちが見てるっ!!」
「怪我人は大人しくしてろ」
こうして最初の訓練は、魔導課の勝利で幕を下ろしたのであった。