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マシン・ブレイカー ―Crusaders of Chaos―  作者: マシン・ブレイカー制作委員会
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十二話 悪しき因習

「……随分と騒々しい様子だな」

『ですね。久我原様が足止めを五日もいただいた理由はこれでしょうか?』

 到着から叢雲の言うとおり五日が経過し、ようやく久我原たちは壁の向こうへと入る許可を得られたのであった。

 だが、入った先で見たのは忙しなく、というよりも落ち着きなく動き回り、不安そうに話し合う人々である。

 アンドロイドの襲撃が激化して以降、平穏などは遠く彼方へと消えていったが、それとは違う不安を抱えているようにも彼らには見えた。

『……どうしますか? とりあえず情報収集も兼ねて聞き込みでもしてみますか?』

「……いや、やめておく。噂程度では確証を取れるとは思えん」

 人目を避けるように待機する叢雲の提案に、久我原は静かにそれを却下した。

 傍から見れば独り言をつぶやく不審人物なのであろうが、周りはそれに気づかないほど自分たちのことで精一杯の様子である。

「それに、彼の準備ももそろそろ終わるだろうからな」

『そのようですね……では、私はしばらく離れますが、有事の際には絶対に呼び出すようにお願いします』

 言うと叢雲は音もなくその場を離れた。全身黒の装甲に狼の姿は大通りに出れば間違いなく注目の的になっていただろうが、裏通りではその姿はむしろ薄暗さに溶け込んでいた。

 そして久我原が一人になったところで、一人彼に向かって走ってくる者がいた。

「お、お待たせしました! 樋川、ただいま到着したっす!!」

 そして数メートルほどの距離になったところで、彼は辺り一帯に響き渡るような大音量でそう言った。

「お疲れ様です。ですが、そこまで急ぐようなことではないので……」

「いえ、ただでさえ久我原さんにはお時間を取らせてしまった以上、これ以上お待たせしてしまうのは申し訳なく……!」

「樋川さん、もう少しだけ抑えていただけますか? 周りにも何事かと思われていますので」

「……あ」

 言われてようやく気付いたように樋川は辺りを見渡した。

 先程まで不安げに話していた者たちは揃って久我原たちを物珍しい者でも見るように顔を向けていた。これをようやく理解できた樋川は口を噤む。

 表情は恥ずかしげに沈み、今すぐにでもこの場を立ち去りたいという気持ちが他人である久我原でも手に取るように分かった。

「……それでは、お願いしていた通り本庁への案内を頼めますか? いかんせん自分は不案内なので……」

「! は、はい! それではこちらです!」

 久我原が助け船を出すと、樋川はそれに申し訳なさと共にありがたいという感情の入り混じった笑みで返した。

 ……久我原は足止めを食らっている五日の間、樋川に頼みこまれて戦い方などの指導を受けていた。

 そのこともあってか、樋川は何かと久我原を『師匠』とでも言わんばかりに付いて行動することが多くなっていた。

 実際、目に見えて成果が出ている以上樋川も自身の夢を実現できる可能性が出てきたことを実感しているため、当然ともいえよう。

「……しっかし、まさかこんなに長く留められるっていうのも珍しい話っすね」

「やはり長い方なのですか?」

「当然ですよ! しかも警視総監の書類在りなら尚更っす! ……と言いたいところっすが、実を言うと本庁の方でも結構な問題があったそうで……」

「問題、ですか?」

「えぇ……えっと、これは上司の話を盗み聞いての情報っすが……どうやら、本庁の人間の中にアンドロイドが入り込んでいたらしいっす。しかも、。結構な高官だったそうで」

 久我原の疑問に対し、樋川は小さな声で答えた。

「その一件の処理のせいで井伊総監も動かなきゃいけなかったようで……久我原さんの報告も昨日になってようやく上がったそうっす」

「……そうでしたか」

「……まぁ、総監はそれを聞いてかなりご立腹だったそうっす。うちの上官、知っての通りかなり威張り散らすことで有名っすが、昨日ばかりは顔真っ青でしたっすよ」

 久我原に何かを察したのか、樋川は空気を和らげるために冗談交じりにそう言った。

 樋川の言うとおり、外に滞在している間久我原はその上官に何かと嫌味を言われていた。

 それを間近で聞かされた樋川は、慕っているからこそ無視できず、常々気にかけていたのだった。

「けど、人手が不足しているっていうのなら久我原さんの手を借りれば良かったんじゃ……?」

「天下の警視庁ともなれば機密情報も扱う以上そういうわけにもいかないでしょう。ましてや金で動くのが基本の傭兵となれば尚更です。いつ金で裏切ったものかわからないのですから」

「……にしても、協力を頼んでおきながら、待たせるっていうのも……」

「何か事情があったと思うべきでしょうね。そうでなければこちらもしかるべき手段に出ますが」

 そう言った久我原の顔は、にこりともしない相変わらずの無表情であった。


「……確かに、問題があるとは聞いていましたが、まさかこう……物理的なものだとは予想していませんでしたね」

「そうっすね……いや、情勢を考えりゃおかしくない話っすけど……何が起きりゃこうなるんっすかねぇ?」

 目の前の光景を見て、久我原と樋川はそう零した。

 窓際にはガラス片が散乱し、何もない窓枠から陽光が差し込んで煌めいている。

 天井も壁もひびが入っており、警視庁の中に居る人間の大半はその修繕などに追われていた。

「……とはいえ、このまま突っ立っているわけにもいきませんので」

「そですね……ってぇ、久我原さん!? ちょ、ちょいちょいどこに行くんですか!?」

 驚く樋川を余所に久我原は躊躇う様子もなく建物の奥の方へと入っていった。

 その途中、服装や胸章で明らかに下の階級とは思えないような中年男性を見かけると同時、久我原はその方向へと向かっていく。

「……ん? どちら様で?」

「失礼ですが……井伊総監はただいまどちらにおられますか?」

 いぶかしげな表情をする中年に対し、久我原は堂々とした態度で臨んだ。

 ようやく追いついた樋川は、その中年の胸章を見るなり慌てて久我原を止めようとしたが間に合わなかった。

「……人に物事を頼む場合は、先に名乗るのが礼儀ではないのかね?」

「人を一方的に呼び出した挙句五日も危険な外で待たせるような組織の方々に礼儀を説かれるとは意外ですね」

「……外? ということは……」

「……申し遅れました。自分は傭兵の久我原勲と申します。今回は井伊総監直々の依頼によりこちらへ移った次第です」

 『外』という単語を聞いて中年は露骨に嫌悪の色を示した。

 しかし、久我原にとっては既に慣れたものであり……変わらない調子で答える。

「依頼内容は不足している戦力の提供。その証拠としては少々弱くはありますが、敵アンドロイドのAIを複数こちらに所持してきました」

 言って久我原は懐から三つのAIを取り出し、中年に手渡した。

 突然のことに驚きながらも中年は手渡されたそれを見る。

「……アント三体、か。点滅がまだ見られるところ、取り出してからそう時間は経っていないのだろうが……まぁ傭兵の末端としては上々程度だろうな」

「……それで足りない、と?」

「あぁそうだ。私たちとて金食い虫の傭兵を何人も抱えられる余裕はない。ただでさえ世界に捨てられ、人権も無いような貴様らがこの程度で人にでもなったつもりか? そうでなくとも、ようやく傭兵を名乗れるような実績だけでは……」

「……ならばこれで」

 話を続けようとした中年を遮って久我原は、今度は背につるしていた袋からAIを取り出した。

 その数十は優に越えており、しかもアント以上の大きさのものばかりであった。

「……は?」

「中級戦闘用アンドロイド【ソルジャー】六機、重量級迎撃型戦術機兵【ティターン】二機のAIです。こちらまでの道中で得た土産ですが、よろしければどうぞ」

「…………」

 そこまで言われては中年も返す言葉が無かった。

 どちらも道端で動かなくなっているものから引き抜けばいいというものではない代物である。それどころか、量産型の雑魚とは違い、これらは全て普通に破壊するだけでは自爆されてしまうために入手が困難なものだ。

 それを知っているからこそ、中年もそれ以上認めないという言葉を口にすることができず……

「……井伊総監なら、そこの階段を昇った先、最上階の部屋にいる。私は都合で案内はできないが……下手な真似はしようとするな。井伊総監には貴様以上に戦果を挙げているウェイカーが何人も護衛をしているからな」

「そのつもりならばここに入る前に爆破などの手段を取らせてもらっています。まともに相手をして消耗する必要もありませんので」

「……はっ。これだから傭兵というものは嫌いだ。言っておくが、俺はお前のような奴らを認めたわけではない。全く……新垣といい、貴様といい、外部の、しかも外の人間を招き入れるとは……総監殿は一体何を考えているのやら……」

「あー! あー! すいませんっした、総監の部屋は向こうですね分かりましただから俺たちはこれで失礼します大事なお時間を取ってすいませんでしたー!!」

 久我原と中年のやり取りを傍から見ていてに耐え切れなくなったのか、樋川が早口でそうまくし立てると、久我原の背中を押してその場を離れた。

 ……しばらく離れたところで、息を荒くした樋川は深呼吸をして息を整えていた。

 そして、落ち着きを取り戻したところで……

「何やってるんっすか、久我原さん!? あんなことを言ったら警視庁……いえ、それどころか国家全体を敵に回すことになるかもしれないんですよ!?」

「……? いえ、自分は思ったままの事を口にしただけですが」

「だとしてももうちょっとオブラートに包むとか工夫してほしいっす! 本気で寿命が縮んだかと……」

 何が悪いのか分かっていないような久我原の態度に、樋川はため息をついた。

「……とにかく、総監の居場所が分かったんで、向かいましょう……って、昇る手段って階段だけっすか!?」

「……なら好都合。少しばかり自分と競争をしませんか?」

「はい? いや、突然何を……」

「いえ、建物の様子からかなりの段数はあるでしょうから、訓練の延長線上には丁度いいかと思いまして。当然、アギトは無しで」

 『訓練』という言葉に、樋川は思わず反応した。

「……それじゃあ、何を賭けるんっすか?」

「そうですね……自分はあくまで勝敗の目安になるだけなので、そちらが勝った場合もしくは自分より十五秒以内の遅れで到着した場合知人に頼んで樋川さんの戦い方にあった武器を作ってもらいます」

 ……そこまで言われれば、樋川もやる気が上がるのは当然だろう。

「分かりました! んじゃあ、合図はお願いするっす」

 言うと同時、樋川はクラウチングスタートの構えを取る。

 対する久我原の構えはスタンディングスタート。

 合図の有利を無くすため二歩ほど引いた上で……

「……始めっ!!」

 その掛け声と同時、二人は何百段と続く階段を駆けだした。



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