第8話:2体のアルビオン
7月22日午後3時50分、冬元の逮捕がネット上を拡散していた頃、別の動きを見せていたのはハンターではなく超有名アイドル勢力だった。
動いた理由に関しては、別のアイドルグループが解散、つぶやきサイトとは別のログが流出した事で判明した疑惑等ではなく、当然だが冬元の事である。
それだけ、彼が超有名アイドルグループ内で権力を持っていたということの証明かもしれないが。
【冬元が逮捕されたか】
【しかし、冬元は金に目がくらんだ存在。我々には邪魔になってきた以上、これは都合が良い】
【だが、サタン・ブレイドも音信不通になっていると聞く。我々の都合に合わせて動く駒は何処にいるのか】
【小規模のファンクラブを使うにしても、大手芸能事務所が絡むと足が付いた際に面倒だ。賞金稼ぎの路線もブレイブスナイパーが裏切った以上、不可能だろうな】
【では、超有名アイドル関係ではなくBL勢を利用するのは?】
【それこそ、野党に超有名アイドル規制法案に関して言及される事になる。BL勢を使うのは危険だ】
【私が言っているのは、非BL作品をBL作品として認識させる方ではなくて、超有名アイドルのBL作品を書いている夢小説勢の事です】
【それなら尚更だ。超有名アイドルコンテンツを終焉させる気か?】
あるネットサーバー内で行われているチャット、それは超有名アイドル勢を操っていると思われる人物達による物だ。
何処でメッセージを送っているかに関しては、このサーバーが匿名性を強化している為に個別報告はしないというおまけ付きで、警察やハンターも手が出せない代物である。
この技術に関してはアカシックレコードを利用した物ではなく、独自で構築したという話で利用者は10万人以上いると言われている。
しかし、犯罪利用に関しては禁止しており、利用された事が即時発覚した場合、ログは数時間以内に警察へ提出される。
実際、このチャットを使用して振り込め詐欺を計画したグループ、メダルのオークション転売に協力した少年グループ、食品の不正転売ログ等が警察に提供された結果、該当する人物が逮捕されている。
それらの報道では『警察が手に入れたチャットログ』としか言及されず、ここのサイトの名称等は一切公表されない。
最近では不倫騒動等のログが流出した事で話題となり、炎上商法を繰り返す芸能人もいるのだが……こうした炎上商法を規制する手段は、残念ながら存在しないようだ。
【しかし、それ位しか勝てるような手段は存在しない。下手をすれば、このログも警察へ提出される】
【ログが提出でもされれば、我々も終わりだ。回避するべき事は超有名アイドルコンテンツ消滅よりも、この会議の存在だ】
【それもやむを得ないか。しかし、我々の都合よく動くような組織があるか?】
【それならば、心当たりがある―】
そして、ある人物が指定したのは周囲が想定外と思うような人物だった。
午後3時55分、一連のチャットを眺めていた人物が上野内のビルを片っ端から調べていた。
探している人物は逮捕された冬元一登と関連のあるサタン・ブレイドであるのだが、未だに発見できていない。
「ここもハズレ。超有名アイドルに生き残る権利を与えた結果が、アルビオン事件等につながった。やはり、超有名アイドル規制法案は成立させないといけないのか」
秋葉原から上野へと誘導されたような気配を感じしていた時雨藍伊、彼はここへ誘導された理由が何となくわかってきた。
サタン・ブレイドはあの時に倒したはず――。では、あのドローンが意味する物とは何なのか?
おびき寄せや部隊の寸断を考えるのであれば、あのような手は使わない。どう考えても、何かのメッセージがあるのは間違いないだろう。
しかし、ネット上の反応等を鵜呑みにすれば致命傷になりかねない。ここ最近のネットを利用した炎上商法での逮捕例をみる限りでは、鵜呑みにする事が自爆を招くと警告しているようでもある。
「他の芸能事務所もハズレとなると、姿を隠せそうな場所は――?」
時雨が周囲を見回すと、ある人物を発見する。
その人物はコートで本来の体格を隠しているようにも見えるのだが、それでも一般人には気付かなくても時雨には分かるニアミスが存在した。
「超有名アイドルグループのメンバーだな?」
時雨は何かの確信を持って、コートの人物に声をかける。
声をかけられた人物は、走り去ろうとは考えずにハンドガンを時雨に突きつけた。
このハンドガンはARウェポンなのだが……。
「既に空間が変わっている――そう言う事か」
周囲はARフィールドが展開され、一般人では介入できない状態になっていた。
そして、次の瞬間には複数のナイフを用意する。その数は10以上で、その1本1本がARウェポンという。
相手がハンドガンを1発、それと同時に時雨は左手で5本のナイフを投げつける。
しかし、それに気付いた相手はコートに隠していたサブマシンガンでナイフを弾き飛ばす。
ピンポイントで撃ち落とした訳ではなく、適当に振り回して撃ち落とせたというまぐれ当たりのようでもあった。
その後、時雨は5本のナイフを投げた左手で別に所持していたビームブレードを展開し、サブマシンガンの弾丸を切り払う。
「こいつの反射神経、普通のARウェポン使いじゃない!?」
彼が驚くのも無理はない。時雨の技量を見破れなかった、彼の方にも致命的な判断ミスが存在するが……。
彼の所持していたサブマシンガンを時雨は右手に持ち替えたビームブレードで弾き飛ばし、更には持ち替えた5本のナイフを投げると言う離れ業を展開したからだ。
それでも、彼は初心者レベルのプレイヤーではない。仮にも世界大会へ出場、本選進出した事のあるプレイヤーだからだ。
それでも、時雨の動きの方が彼よりも数段上であるのはアルビオンランカー等のプロが見れば明らかだろう。
「あのナイフ、仕込み式だと?」
投げた5本のナイフからビームが放たれ、それによって動きが鈍くなった所をビームブレードの一撃がクリティカルする。
決着は1分も経過しない内に時雨の勝利に終わった。
「話してもらおうか。本物のサタン・ブレイドは何処にいる?」
「そんな人物、聞いた事もない」
「そうか。ならば、この顔と名前に見覚えはあるか?」
時雨は「知らない」と言い続ける男性アイドルにスマートフォンに映ったサイトを見せる。
そこは超有名アイドルグループの公式サイトで、そこに書かれていたのは――。
「そんな馬鹿な事、信じられない。彼が異星人プログラムを手に入れて――!」
彼は口が滑った。この事は他のグループメンバーにもバラエティー番組でも話していない事で、それだけ情報が外部に流れると大変な事になると念を押されていた。
しかし、男性アイドルは恐怖のあまりに思わず口を滑らせてしまった。
「異星人プログラムだと? その話、聞かせてもらおうか?」
「話すから、あの組織には言わないでくれ――」
男性アイドルの方は芸能界追放をされたくない一方で、彼に何度も付きまとわれるのもマスコミ的には危険と考えていた。
最終的には、マスコミへ情報が流れるのを防ぐ為にも条件付きで話す事にする。
5分後、フィールドが解除されると、何者かが男性アイドルに向けてビームライフルで狙撃する。
ビームは男性アイドルを貫通、その場で男性アイドルは倒れた。ただし、ビームはARゲーム上の演出であり、実際に暗殺したという訳でもない。単に気絶しただけだ。
「組織――そう言う事か」
時雨は組織に何かの聞き覚えを感じたのだが、今は田端にあるビルへと向かう事にした。
時雨が去って、フィールドが解除されても一般人が倒れている人物に気付く事はない。
どうやら、コートがステルス迷彩だった可能性もある。
午後4時、秋葉原駅の様子が変わってきた。一番の激戦区に異星人が更なる増援を引き連れて姿を見せたからだ。
「黒いアルビオン――」
アルビオン事件で姿を見せた黒のアルビオン、これはネット上で何も言及された事がない。
その理由の一つとして、それに乗っていた人物の名前が判明すると超有名アイドルの存在自体が危ぶまれる――という事が言われている。
しかし、それらは全て憶測であり、真相は不明のままだった。
ハンター側でもネット上の情報が漏れないように、黒いアルビオンに関しては極秘事項として一部の人物限定で調査を依頼した。
そのハンター勢も黒いアルビオンが、この場に現れた事には驚いている。逆に驚かないメンバーはいない。
「あれが、あの時の黒いアルビオン――」
ビルの屋上で狙撃サポートしていたブレイブスナイパーも自分のアルビオンパンツアーを呼び出し、臨戦態勢に入る。
撤退した一部ハンターと入れ替わるように周囲を警戒していたのは、忍者の様なアルビオンパンツアーに乗った夕立こと吉川ハヤトである。
「乗っているのはネット上の噂が正しければ、サタン・ブレイドになる――」
ネットのうわさを信じたくはない夕立だったが、それでも機体の動きや使用している武器等はサタン・ブレイドのアルビオンパンツアーと酷似しているのだ。
「しかし、彼に関しては時雨から撃破報告があるのに加えて、ランカーによる撃破もネット上にアップされている。果たして、どれが本物なのか」
夕立が気にしていたのは時雨が撃破したという報告以外にも撃破報告がある事だ。
もしかすると、目の前に姿を見せたのは影武者の類かもしれない。
本来、アルビオンパンツアーはサブカードと言われる複数アカウントの所持は不可であり、これに違反した場合はアカウント凍結処分となる。
これは、リアルマネートレードやオークションでの高額転売、振り込め詐欺等に悪用されるのを防ぐ為と言われている。
アルビオンパンツアーで禁止されている行為には無差別テロ、大手芸能事務所所属アイドルの宣伝行為、選挙活動と言った物がある。
こうした禁止事例はあるのだが、アイドルの宣伝以外の実例は存在しない。無差別テロを計画すれば、逮捕以前の問題に発展すると言うのもあるのだが。
あえて記載する事で、そうした行為を事前に防ぐ役割を持っているのか――真相は謎に包まれている。
しかし、今回の事件は禁止行為の無差別テロに該当するのではないか、と言う事で運営が緊急調査を行っている事はネット上でも話題になっており、トレンドワードになる程だった。
午後4時5分、異星人に囲まれ、更には黒のアルビオン。絶体絶命とも言えるような状況にハンターは追い込まれていた。
「このままでは全滅か?」
「日本は超有名アイドルに制圧されるのか?」
周囲のハンターも絶望しており、圧倒的な数と言える異星人に対して対抗策と言えるような物も残されていない。
まさに詰みの状態だ。異星人側が無限に近い状態で増援が現れると言うのもあるのかもしれないが。
その矢先、姿を見せたのはアナザーオブアルビオン、龍鳳沙耶である。
龍鳳はハンターに義理を作るような事はせず、単純に異星人を撃破していく。
「これは……」
「我々は助かったのか?」
「速くログアウトをして下さい。ここは私が何とかします!」
龍鳳には恐れる事はなかった。冬元は逮捕され、超有名アイドルの芸能事務所にも調査が入っている。
ここに残っている異星人を倒せば、全ては終わる――と龍鳳は考えていた。
「すまない、ここは任せる」
ハンター勢はログアウトしていき、それを手助けする形で龍鳳は次々と異星人を撃破していく。
近距離武器、遠距離武器も駆使するのだが――。
【遂に動いたようだな】
【我々が手を下すまでもなくハンターは自滅し、超有名アイドルによるコンテンツ征服は―】
【勝利者はハンターやアルビオンではない。我々、超有名アイドルファンなのだ】
ネット上のチャットでは、超有名アイドルファンがコンテンツ流通の全てを超有名アイドルが支配したと宣言する。
これは、関係する業界も超有名アイドルが制圧したと同然だ。
【これが芸能界のやり方か?】
【超有名アイドル、絶対許さない!】
【超有名アイドルは政府与党と密接な関係にあるらしい。もしかすると、超有名アイドルに反抗的な勢力が物理的に消されていたのは―】
【どこまで卑怯な手を使えばいいのか。CDチャートの水増しだけではなく、ライバルを物理的に消そうとするとは】
【超有名アイドルに制裁を!】
【この世界に超有名アイドルのいる場所がない事を教えるのだ!】
【海外への逃亡を許すな】
ネット上のつぶやきサイトでは、超有名アイドルに反抗的な意見がまとめサイトで取り上げられ、これを炎上のネタにして利益を上げようと考える人物もいた。
しかし、この方法は逆の効果を生み出す事になる。それに加えて、下手に攻撃をすれば超有名アイドルが都合よくライバルをつぶす為にネットにおける印象操作を行う可能性もあった。
午後4時10分、ジャンヌ・ダルクは自分の使用していたアルビオンパンツアーの耐久度が限界に到達した為、機体をログアウトさせ、自分は生身で異星人と戦う。
その装備はジャンヌ・ダルクを連想するような重装の鎧、光の剣にも似たようなARウェポンである。
使用中の装備はチート判定は行われていない、正規品としてのARウェポンだが――その威力は市販品とは比べ物にならない物だった。
「ネット上でも動きがあったか。しかし、超有名アイドルに異論を唱えればまとめサイトの管理人が炎上させようと動き、超有名アイドル側にネタを提供するだけに―」
異星人の動きも静かになり、それを利用して物影へ隠れる。
その直後にスマートフォンを確認すると、そこには超有名アイドルに異論を持ったつぶやきを炎上させる為にまとめられたサイトがアップされていた。
しかし、投稿されているコメントを見ると少しおかしな部分がある。
普通であれば『CDが一番売れているアイドルに対して批判をするのは侮辱罪に当たる』とか『通報しました』と言ったコメントが大半を占めるのだが、今回は何時もとは状況が違う。
【このコメントは閲覧できません】
【このコメントは運営判断で非表示となっています】
何と、コメントの一部は削除されており、逆につぶやきのまとめに対して賛同するコメントが多いのだ。これはどういう事なのか?
「最終的には金で雇われていた人間が参加を拒否、この賛同コメントの増加に拍車をかけているのか」
しばらくして、異星人がジャンヌの存在に気付いた。
そして、ジャンヌに対して攻撃を仕掛けるのだが、あっさりと異星人は撃破される。
「これは――どういう事?」
ジャンヌも異星人が撃破された事には驚きを感じていた。異星人に対抗できるARウェポンが更に発見されたのか――?
その後、援軍がジャンヌの前に姿を見せたのだ。
彼らはアルビオンパンツアーのプレイヤーで、何とかして状況を変えようと考えていた所、今回の事件を知ったのだと言う。
「我々にも協力する事はありませんか?」
「超有名アイドルの強行姿勢は許される物ではありません! 自分達も戦います」
事情説明を彼らから聞いてもジャンヌは疑問に思う。
ニュースで報道されているのであれば、話は分かるのだが――。
そうした疑問もあってか、ジャンヌは男性プレイヤーの一人に話を聞く事にした。
「情報は確かに規制されています。一方で、ハンターが情報を公開している物もあります。それを有志のプレイヤーがつぶやきサイトではなく、別の場所を経由して情報を公開しているようです」
この男性の言う別の場所とは、アルビオンパンツアーの運営サイトの事だった。
運営の取った行動に対し、ジャンヌは驚きを隠せない。彼らは、一体何がしたいのか?
午後4時15分、黒いアルビオンとアナザーオブアルビオンが激突していた。
異常な程の機動力を持った黒いアルビオンも、スペックはアナザーオブアルビオンの二段階以上劣る。決して量産型と言う訳ではなく、カスタマイズ品だが――。
しかし、それを黒いアルビオンのプレイヤーは技量でカバーし、アナザーオブアルビオンは機体性能で何とか持ちこたえている状況だ。
結論から言うと、お互いに技量と機体性能と言う弱点を調書でカバーしている。その為、ほぼ互角の戦いを展開していた。
「あなたの目的は何? このような事をして、何の得になるの?」
「本来であれば、超有名アイドルを滅ぼして新たなアイドルを作りだす為に異星人を利用しようとしただけだ!」
龍鳳とサタン、お互いに譲れない物がある。
だからこそ、対話や交渉等の手段で事態が解決するとは思えない。
ハンターとしては実力行使を行うのは最後の手段と考えているからだ。
「そんな理由で、超有名アイドルファンではない市民も犠牲にして、コンテンツ流通の為には手段を選ばない……それがアイドルのやる事なの?」
「そうさせたのは芸能界だ! 俺は悪くない! 超有名アイドルは何をやっても無罪なのは与党も考えていた事だろう!」
お互いにビームサーベルとレーザーブレードが交錯する。
一歩も譲らない攻防戦は、ハンターの介入も出来ない状況になっていた。
仕方がないので、ハンターは龍鳳の邪魔になる異星人を片づけるだけにとどまっている。
「超有名アイドルは神ではないわ! ただの人よ!」
「だとすれば、この世界には神がいないとでもいうのか? 海外で起きている戦争やテロ事件、その首謀者が神だと言うのか? 冗談じゃない!」
続いてビームライフルを初めとした遠距離射撃のオンパレードだ。
サタンが放つミサイルを龍鳳はガンビットとビームライフルの合わせ技で迎撃したと思えば、サタンのホーミングレーザーが龍鳳のシールドビットを1枚消滅させる。
「あなたは何かを勘違いしている! 超有名アイドルは選ばれた神ではない! タニマチや投資家ファンによって生み出された、日本を動かすのに都合のよい偽りの神――決して、アカシックレコードに選ばれた人類等ではない!」
「偽りの神だと!? そのような言葉に耳を貸すと思ったのか! 逆にお前に問う、アカシックレコードに書かれている事が絶対に起こると断言できるのか? それこそ、幻想の塊、言ってしまえば夢小説にも劣る存在だ!」
お互いに譲れない物がある。だからこそ、発言もヒートアップしていく。
その一方で、これらの発言はネット上にも広まり、超有名アイドルのあり方について本格的に考えるという動きにも発展した。