第7話:虚構と現実の壁
7月22日午後3時20分、午前中に出没した異星人とは異なるデザインの異星人が姿を見せる。
先に姿を見せた方はクリーチャーにも近いデザインだったのに対し、後から姿を見せた方は機械的なデザインである。
「異星人にも2タイプいたのか!」
次々と斬馬刀で異星人を切り捨てるのは、アルビオンランカーではなくARゲームのランカーである。
彼の装備は斬馬刀以外には、特殊な形状のマントと標準装備の軽装アーマーのみ。
それで、異星人に対して互角以上の戦いを展開していたのだ。これには、周囲のARゲームプレイヤーも驚きの声をあげる。
「厳密には2タイプではなく、アルビオン事件で姿を見せた異星人が再び現れたという解釈が正しいのかもしれない」
両腕に固定されたレールガンで標的を撃破していくのもアルビオンランカーとは別のランカーだ。
彼らのプレイしていたARゲームも、異星人が実体化するという現象に巻き込まれていたのである。
ある意味でも巻き添えなのだが、それに対して不満を口にするようなことはない。
ネットの炎上を避ける為に黙っているという訳ではなく、この状況を楽しんでいるようにも思えた。
しかし、この騒動には妙な個所がある。
確かに異星人は実体化しており、本来は特殊なゴーグルなどを使わないとゲーム空間を見る事は出来ない。
それがゴーグルなしでも異星人を目撃できるのだ。広範囲にAR画像の認識システムを展開するにしても、電力的な問題等もあるだろう。
何故とツッコミを入れようと言う人物もいるにはいるのだが、それを考えさせる余裕もないのが現状かもしれない。
「アルビオン事件では異星人が実体化する前に決着していたようだが、今回は異星人が実体化したという事なのか」
ハンターに情報を知らせている上層部でも、今回の状況は把握できずに慌てている状態だ。
異星人が現れた事自体は把握している。しかし、2種類いると言う事に関しては初耳だったからだ。
「一方の異星人は撤退を始めたようです。しかし、もう一方は超有名アイドルと戦闘を続けています」
「超有名アイドルと? それは何かの勘違いではないのか?」
「間違いありません。ハンターの情報部隊が映像を送っています。今、メインスクリーンに表示します―」
何かの間違いと考えている司令官はオペレーターに確認をするが、メインスクリーンに表示された光景は、間違いなく超有名アイドルのアルビオンパンツアーと異星人が交戦中の映像である。
「どういう事だ……この映像の鑑定を急げ!」
現状では信じたくはない光景だ。ただでさえ、超有名アイドルが今まで行ってきた事を考えると、異星人と戦っている事自体が矛盾する。
むしろ、彼らは異星人を逆に宣伝やネット炎上等に利用していた気配さえあるからだ。
同時刻、情報部隊とは別に超有名アイドルと異星人が交戦している場面を目撃した人物がもう一人いた。
それは、ナイトロードである。彼女は秋葉原駅からその光景を目撃しているのだが――。
「確かに識別は超有名アイドルで間違いないけど……何かがおかしい」
彼女は上層部が感じたのと全く同じ違和感を持っていた。
機体は間違いなく超有名アイドルカラーリングに近いのだが、細かいカスタマイズは超有名アイドルファンが行っている若干雑な物ではなく、精密な計算が仕組まれている。
おそらくは、プレイヤーか相当なマニアでもない限りは見破りが難しいレベルでもあった。
「機体タイプは……まさか!?」
おかしいと思い、彼女はスマートフォンでアルビオンパンツアーのデータベースへアクセスする。
そして、該当する機体に乗っていたのは予想外とも言える人物――。
【ジャンヌ・ダルク】
同名のプレイヤーは複数人いるだろうが、好きでこの名前を使おうというプレイヤーはアルビオンパンツアーにはいない。
下手になりすましをしようと言うのであれば、営業妨害レベルでネット炎上するのは間違いない。
つまり、あのジャンヌが秋葉原駅で無双をしている事を意味していた。
「あの機体はジャンヌ・ダルクが使用しているようです。攻撃を仕掛けないように対応を――」
その直後に上層部へ連絡し、ジャンヌ・ダルクが使用している事を説明する。
上層部も受け入れたようだが、ジャンヌはハンターの一部メンバーが敵視している存在でもある為に、全員が上層部の指示通りに動くとは思えない。
「保険を掛けておく必要があるかもしれないな」
上層部に電話をかけた後に何かを入力してメッセージを誰かへ送信する。送信先は武蔵あずさだ。
午後3時25分、秋葉原駅ではジャンヌ・ダルクの乗るアルビオンパンツアーが異星人を撃破していく光景が展開されていた。
アルビオンパンツアーの知識がなければ、おそらくはこの機体をジャンヌの物とは気付かないだろう。
「この異星人は、やはり過去のアルビオン事件と同じシステムか」
ジャンヌが次々と撃破している異星人はデザイン等がアルビオン事件に使用された物と全く同じ、あるいは一部が酷似している。
事件で使用された物は現存数が少ない関係もあって、システムを再利用して量産している可能性は否定できない。
「結局、考えていた懸念が現実化するとは……」
ジャンヌは異星人の正体を最初から知っていた。超有名アイドル勢が生み出した都合のよい敵、それが異星人と言える。
「ハンターの行動も運営の動きも後手に回った結果が、今回の超有名アイドルファン等による暴走を生み出した」
異星人をハンドガン、アサルトライフル、スナイパーライフル、ロケット砲、ミサイルランチャー、ガンポッドで次々と撃ち落としていく。
ジャンヌの反応速度は上位ランカーと互角、あるいは龍鳳沙耶に匹敵するとまで言われている。
銃火器の弾薬切れを確認し、ジャンヌは両腕のビームブレードを展開、接近戦を仕掛け始めた。
剣さばきも一般プレイヤーとは比べ物にならない程のものであるが――。
「どちらにしても、あの剣を使うのは別のタイミングを待つしかない。今のタイミングでこちらの計画を悟られるのは――」
ジャンヌは通信モードをオフにしてつぶやく。
異星人を片づけてから使うにしても、おそらくは消耗戦を恐れる勢力が利用する可能性はある。
だからこそ、あの剣はタイミングを見極めて使わなければいけない。
「こちらへ高速で向かっている機体……アナザーオブアルビオンだと!?」
正面モニターで確認した機体、それは何とアナザーオブアルビオンだった。
乗っているのは龍鳳沙耶である。持っている武装には変化があり、ブレードを思わせる近接武装を含め、以前とは違うカスタマイズが施されているようだ。
アナザーオブアルビオン自体、カスタマイズ前提な部分もあり、初期装備で戦うのは相当な縛りプレイを求めていると言われても仕方がないだろう。
「私は、戦わないで超有名アイドルの支配を許すのなら、抵抗する道を選ぶ!」
龍鳳の目には迷いと言う物はなかった。
今までの敗北から学ぶべき物、自分が目をそむけていた物だったかもしれない。
おそらく、超有名アイドル依存が続いている背景にある物、それは勝利しか必要ないと考える人間が増えた為――。
売れる為ならば炎上商法やライバル潰しも平然と行う様な勢力――今のままでは、超有名アイドル以外のコンテンツが消滅する世界になると。
その世界を実現させない為、アカシックレコードはタイムリープを繰り返している可能性もある。
「貴様も政府が認めた超有名アイドルを非難すると言うのか!?」
突如姿を見せたのは、無数の軽装型アルビオンパンツアー。
乗っているのは超有名アイドルファンだろうか。
「都合のよい部分だけを見せて、都合の悪い部分は裏でもみ消しをするような……そんなアイドルは必要ない!」
右肩にマウントされていたパーツを外し、そこから展開されたのはリボルバーの形状をした剣の持ち手である。
引き金を引いた次の瞬間、ビームの発生音と共にビームの刃が発生した。
「まさか、それはガンブレード――」
何かを伝えようとした軽装型の1機が真っ二つになる。
そして、機体は消滅しパイロットだけがその場から逃げだす。
どうやら、この辺りのシステムは虚構で展開されていた物と変わらないようだ。
あくまでもアルビオンパンツアーはゲームである。決して、戦争ごっこではない。
「戦う事が避けられないのであれば、この私は徹底的に戦う。そして、そのような考えを持つ事の無意味さを……」
龍鳳が次の敵を相手にしようとした瞬間、何者かの襲撃でアナザーオブアルビオンが大勢を少し崩す。
その機体は、龍鳳には見覚えのない機体なのだが、この状況を見ていたナイトロードにとっては知っている機体だった。
同じ光景を別の場所から確認していたブレイブスナイパーは周囲に敵がいない事を確認し、邪魔な軽装型をアルビオンパンツアーに乗らない状態で片づける。
逃げ出すパイロットは、どれも素人のようだ。背広の人物は普通の会社員であり、議員バッヂを付けているような人物は見当たらない。
「この状況を警察が手を出さない理由は色々あるだろう。下手をすれば防衛軍を出しかねない状況だからな」
ライフルの弾数を確認しながらピンポイントで狙撃し、頭部のカメラやセンサー部分を無力化していく。
その後、龍鳳かジャンヌが撃破していくという流れである。
「どちらにしても異星人のシステムを持ち出す程に、超有名アイドルビジネスは手段を選ばない状況になっていたのか」
ブレイブスナイパーはアカシックレコードの全てを確認した訳ではないが、その一部から超有名アイドルビジネスが崩壊していた事を知った。
別の世界でも異星人ではないが叩くべき存在や勢力を作り、それを超有名アイドルが打倒して国民を安心させるというような事を考えていた事があり、一部では実践もされている。
「しかし、アカシックレコードの世界と同じ事を行っても……同じ事を繰り返すだろう。ならば、我々が行うべき事は――」
その上で彼女はアカシックレコードに書かれていた事をそのまま鵜呑みにするのではなく、そこから自分の考えで超有名アイドルに立ち向かう事が正しいと判断した。
攻略本どおりにそのまま進めるようなゲームとは違った、自分で攻略法を考えるゲームの方が良いという考えだろうか。
午後3時30分、別の場所で異星人を撃破していたのは時雨藍伊である。
パンジャンドラムを使用せず、別のARゲームで使用しているガンビットで異星人を撃破していく。
「これがサタン・ブレイドの望んだ世界なのか? あるいは誰か別の勢力に利用されたのか」
不幸中の幸いだったのは、彼の目の前に現れる異星人のサイズが人間サイズである事だ。
他のエリアに出没している5メートル以上のクラス等が出ていたら、どうなっていた事か。
リアルで狩りゲーみたいな状況が起こるかもしれない。
その後、周囲の敵をせん滅してから時雨は秋葉原の歩行者天国を歩き回った。
一般市民が逃げている様子は全くなく、逆に緊張感がない。
出没しているエリアが限定的な事もあって脅威と感じていないだけなのか。
それに加えて、下手に声をあげて「避難してください」と言うのも逆効果と感じている。
気付かないのであれば、気付かないままで放置しても問題はないとも考えていた。
しかし、本当にそれでいいのだろうか。時雨は疑問に思っていた。
午後3時33分、歩行者天国にも異星人と思わしき偵察ドローンが姿を見せた。
時雨は発見と同時に迎撃をしたのだが、破片などが歩行者天国へ飛散する事はない。
爆発と同時にCGの映像が消滅した為である。これが本物だった場合、被害が広まる可能性は否定できない。
「やはりか。異星人と言いつつ、ARゲームで使用するカメラ等を利用しているだけ……」
時雨は周囲を見回してカメラを操作している人影を探そうとするが、そう簡単には発見できない。
あっさりと足を出すようならば、このような手を使うはずはないからだ。
その後も時雨は監視ドローンを撃破していき、たどり着いた場所は上野公園だった。
別の勢力におびき出されたという訳ではないようだが、時雨に思い当たる節はない。
午後3時35分、その様子を別の監視カメラ経由で見ていたのは冬元一登だった。
彼が手に入れた異星人のプログラム、それは過去にアルビオン事件で使用されたオリジナルその物だった。
どのような経緯で冬元の手に渡ったのかは不明だが。
「アルビオンランカーは良くやってくれている。これで、あるライバルグループの仕業だという事にすれば、そちらを排除しようとまとめサイト等のマスコミが動き出す。そうすれば、こちらの勝利も同然……?」
ネット喫茶から出てきた冬元の行く手をふさいだのは、彼にとっては予想だにしない勢力だった。
ハンターやアルビオンランカーではなく、警察や秋葉原自警団の様な国家権力やフリーランスでもない。
更に別の勢力だったのだ。これに関しては想定外とも考える。
『冬元一登、お前が行おうとしていた事は―超有名アイドル規制法案に違反している。即座にアカシックレコードの名において裁判を行う必要がある!』
目の前には全長がアルビオンパンツアーの倍とも言える10メートル近いロボット、しかも3体が周囲を取り囲んでいる。
歩行者天国に近いという事もあって人影は非常に多い。
しかし、彼らには巨大ロボットが見えていないのだ。これは、どういう事か?
「馬鹿な。これは一体、どういう事だ? これも異星人の技術だと言うのか?」
冬元がうろたえるのも無理はない。
この巨大ロボット、実は彼が元にした異星人の技術が使用されている物であり、これがオリジナルとも言えなくもないからだ。
『こちらとしては穏便に話を済ませたい。過剰な干渉は、この世界のバランスを崩し、世界線も歪む可能性が高い』
先ほどとは別の機体、重装甲を思わせるロボットから声が聞こえる。
パイロットが乗っているのか、それを確認する手段を冬元は持っていない為、その正体は謎のままだ。
『申し訳ないが、こちらとしてもコンテンツ流通の正常化という目的を持っている。私利私欲だけで動くような存在は、邪魔者でしかない』
更に別の青色の機体からは男性の声が聞こえる。
どうやら、女性2人、男性1人と言うメンバー構成らしい。
3対1ならば勝ち目があると踏んだ冬元は、異星人の召喚プログラムを発動させようとしたのだが――。
「プログラムが動かない。何がどうなっている? このプログラムは超有名アイドルに永遠の繁栄を約束する物ではないのか?」
プログラムが一切動かない事に対して冬元が慌て始め、更にはスマートフォンで誰かに電話をかけようとする。
しかし、それも県外と表示されており、電話がつながらない。
『結局、冬元もある組織に操られていただけの存在だったか』
青色の機体の人物(?)がため息を漏らす。
せっかくの黒幕を発見したと思ったら、最後の最後で偽物だったというオチには落胆も見え隠れしている。
午後3時40分、ニュース速報で冬元が警察に逮捕されたというニュースが流れ始める。
しかし、冬元を捕まえたのに異星人が消える気配はない。システムの暴走なのか、それとも別の黒幕がいるのか?
「結局、こちらの作戦も失敗したか」
武蔵あずさが使用した物、それは別のARゲームに登場するロボットだった。
このデータを使って冬元を追い詰めたのだが、かえって逆効果だったらしい。
冬元の逮捕を利用して、黒幕は逃走したとする噂がネット上で急速に拡散していたからだ。
「冬元も金に目がくらむ事がなければ、一流プロデューサーだったのだが―」
あずさがコーヒーを口にしながら休憩所でテレビを見ている。
しばらくして、ニュース速報のテロップで流れいたニュースをアナウンサーが読み上げる。
『―超有名アイドルプロデューサー、冬元一登容疑者が警察に逮捕されました。この画像は、逮捕の様子を映した映像です』
テレビには冬元が警察の車に乗って連行される姿が中継されている。
この映像は日本中及び世界各地でも中継されているのだが、これを見て海外は超有名アイドルをどう思うだろうか。
「これで、事件の一つは解決する。しかし、全ては終わっていない」
次にあずさはタブレット端末を操作し、アカシックレコードのサイトへアクセスする。
すると、あずさの予言していた事が現実となっていた。
【超有名アイドル、またしても別の世界でコンテンツ支配を図る】
【超有名アイドルの暴走、とどまる事を知らず】
【BL勢と超有名アイドルファンは同じ穴のムジナだった。BL税の法案化も視野か?】
【超有名アイドルファンは、コンテンツ業界にとって害悪でしかないのか?】
【BL勢の排除こそがコンテンツ業界にとって有効手段か? 国会議論もありえる?】
アカシックレコードのつぶやきはリアルタイムではないが、他の世界で変動があると内容が追加されるページも存在する。
あずさが確認していたのは、別世界線の日本における反応と言うつぶやきをまとめた記事である。
「アカシックレコードの過剰アクセス、それが意味する物は分かっていたはずなのに」
あずさは何かを感じていた。アカシックレコードの力、それはチートとは別の次元、世界線を変えてしまう程の能力を持つ。
極端な例で言えば、気に入らない世界に対してリセットボタンを押すような事も不可能ではない。
ただし、このような手段で使おうとすれば悪用を防ごうとする勢力が動き出し、自分に対して刺客が贈られるのも時間の問題だろう。
「これが虚構と現実の境界線、いわば2次元と3次元の境界とも言える世界―」
そして、あずさは冬元を逮捕できたとしても神の黒幕を発見しなければ……と考える。
この世界はアカシックレコードから派遣された別の刺客が超有名アイドルをせん滅し、彼らの都合のよい世界にする事も可能と思っていたからだ。
「自分達の世界で起こった事は、自分達の世界の住民で決着をつけなくてはいけない」
外で異星人と戦っている龍鳳達、他のアルビオンパンツアー等に頼ることしかできないのかもしれない。
あずさはそんな状況になってしまった事を、テレビのニュースを見ながら後悔していた。