第6話:始動! AF作戦
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あの時、サタン・ブレイドが聞いた《異星人》と言う単語、ネット上で広まりつつある《異星人》の意味、それは全く別物と言っても過言ではなかった。
『名前など、私にとってはないのと同然。私が《異星人》だからだ』
「異星人だと? まさか、アルビオン事件の異星人だと言うのか?」
『それはご想像に任せる。しかし、我々が動き出した以上は―』
「どういう事だ? 異星人はアルビオン事件でせん滅されたはずではないのか?」
サタン・ブレイドの話を全て聞く前に電話主である異星人と名乗る人物は電話を切った。
電話を切った直後、彼の表情は怒りにも似たような顔で、直後にスマートフォンを投げ飛ばそうという位の感じである。
さすがに、この場で投げると言う事はないのだが。
「一体、あの人物は何者だ? 何故、冬元の電話でかける必要があったのか?」
彼は疑問に思う。普通に電話をするのであれば電話番号を調べれば済む話。
冬元のスマートフォンでわざわざ電話する手間は必要ないからだ。
「まさか? あの電話主は冬元だったのか?」
電話の主が冬元だった場合、あの声とは全く違う。
ボイスチェンジャーを使っていたにしては、話し方にも明らかな違いがある。
しかも、電話の主は冬元を真似ることなく普通に電話をしているのも疑問だ。
電話の主は、何を狙っていたのだろうか?
「どちらにしても、向こうがどう動くか様子を見るか……ハンターの連中を含めて」
彼がパソコンでサイトを開き、チェックし始めた動画はハンターと別のアルビオンランカーによるバトルの生中継だった。
7月22日、異星人が秋葉原で出没するようになった。しかし、人的被害が出ている訳ではないので警察は動けない。
それだけではなく、アルビオンランカーも動けないというおまけ付きである。ここまで条件が絞り込まれると、動ける勢力はごくわずかだ。
「出没機種がアルビオンパンツアーではないと動けないのか?」
「他のARゲームへの過剰干渉は、超有名アイドルファン等に炎上の口実を与えるだけだ」
「せっかくの新兵装も、今のままでは使えないのか」
ハンター勢は密かに開発していた新兵装を試す機会と考えていたのだが、異星人はアルビオンパンツアー以外の作品で出ていた為に動けないのである。
この状況では、いくら異星人対策があったとしても役に立つ事はない。
しかも、機種によっては強力すぎるARガジェット等をチートと誤判定する場合もある為、迂闊に手を出せないのだ。
「しかし、アルビオンパンツアーで仕様の穴を突いた方法でアクセスしていると思われる勢力を確認した。我々は、そちらへの対処を行う。異星人は他のプレイヤーに任せればいい。我々の目的、それを勘違いしてもらっては困る!」
ハンターの司令官と思わしき男性が、指示を出すのに加えてテンションの下がっていた他のメンバーに一喝をする。
この一喝を聞いたメンバーはすぐにテンションが戻り、それぞれの任務に就く。
「本来のハンターが作られた目的、それはアルビオンパンツアーの運営が対処できないような脅威に対抗する事。それを忘れてはいけない」
司令官の方も別のエリアで確認された謎の勢力討伐に向かう。
本部には一部のデスクスタッフ等が残っている程度であり、戦闘部隊は全てで払っている状態に近い。
その一方でハンター勢と違って自由に動けるメンバーがいた。
それは他のARゲームもプレイしているオールラウンダーと言われるプレイヤー。
「向こうは組織として動いている一方で、こちらはフリーで動けるのが大きいな」
「こちらとしては、ハンターとは違って単独、あるいは小規模での行動……ハンターは有名税と言うべきか」
彼らの装備はARウェポンを中心としたガジェット類、アルビオンパンツアーと違うのはサイズ的な部分だけではなかった。
「さすがだな。この武装さえあれば、異星人は敵ではない」
唯一の違い、それは異星人に対して有効な手段である事だろうか。
アルビオン事件当時よりも異星人が強化されている可能性はあるが、アルビオンパンツアーでは有効な打撃が与えられなくなったという事情もあるようだ。
ただし、アルビオンパンツアーでは異星人を倒せなくなった訳ではない。
単純に『一撃では撃破出来なくなった』だけであり、相変わらずのアルビオンパンツアー無双は可能だろう。
そして、午後1時頃から慌ただしくなる。何と、超有名アイドルファンがアルビオンランカー及びハンターに対して攻勢をかけてきたからだ。
【突然の襲撃! 超有名アイドルファンの暴走の真相は?】
【超有名アイドルファン暴走! 原因は非BL作品をBL作品にしようとする勢力の拡大による影響か?】
【八つ当たりとも言える超有名アイドルファンに、音楽業界が困惑】
このような見出しのネットゴシップ記事が出回るようになり、ハンター勢も正確な情報を収集できなくなっている。
これも情報戦なのだろうか? 一方では、コンテンツ炎上狙い、混乱に便乗した悪質な業務妨害、単なるネット荒らしという意見もあるが……。
「このままではサーバーがパンクする可能性もあります」
ハンター本部では、女性スタッフが何処かから送られてくる大量のデータを処理しているのだが、増員しても処理が間に合わない状況である。
「まさか、向こうが先手を打ってくるとは。あるいは沈黙状態を保てなくなった一部ファンの暴走か?」
ハンターの情報担当も、他のメンバーへ正確な情報を送る為に色々な対策をしているのだが、それも後手に回っている状態だ。
「一体、何がどうなっているの?」
情報室へ姿を見せたのは、武蔵あずさだった。
相変わらずバイザー装備のままで、ハンターの幹部にも素顔を見せる事はない。
「実は超有名アイドルファンがサーバーへ攻撃を仕掛けているらしくて……」
別のスタッフがあずさへ事情を説明する。
そして、それを聞きながらあずさはタブレット端末で何かへアクセスをしている最中だった。
【アカシックレコードへのアクセス権限を移行します】
「こういう小さな案件でアカシックレコードのアクセスは使いたくないけど、下手をしたら秋葉原だけではなく全てのARゲームを止めなくてはいけなくなる。それだけは回避しないと」
あずさとしては、小さな事件でアカシックレコードのアクセスをしたくはない。
それを行ってしまえば、超有名アイドルファンにアカシックレコードの存在を明かす事になり、更には海外からもフィクションとされてきたアカシックレコードが実在したと取材が来るに違いない。
強力すぎるリアルチート的な立ち位置、それがアカシックレコードの置かれている現状だ。対応にミスが発生すれば、それを悪用した大量破壊兵器が開発されるのは非を見るよりも明らかである。
「これからアカシックレコードのシステムを使って、サーバーの過負荷を減らします。その後にサーバー攻撃をしている場所を特定してください」
周囲に指示を出した後に、あずさはアカシックレコードへのアクセスを試みる。
そして、彼女のタブレット端末が光り出したと同時に、無数の情報がサーバーへ転送、その後に不要情報は瞬時に削除され、サーバーの挙動も通常レベルへと戻った。
ここまでの作業に約10秒――アカシックレコードの技術がチートと言われる由来でもある。
一方で、サーバー攻撃を仕掛けていたのは超有名アイドルファンだったのだが、少し様子が違う。
異星人にはスルーしてハンターばかりを狙っていたからだ。ハンターに個別の恨みがあるのかと言われると、行動に法則がない為に違うように感じられる
【ハンターの存在が超有名アイドルを何処かの某団体の様な扱いにしている】
【彼らの影響でアイドルのイメージダウンは避けられない】
【何としても、ハンターはせん滅するべきだ】
数名の男性メンバーが漫画喫茶でネット攻撃をしているのだが、声を出すと周囲の一般客に迷惑がかかるのでつぶやきサイトを使ってメッセージを送っている。
しかし、その光景は周囲の客から見れば異様と言えるのかもしれない。
【何か様子がおかしい】
【様子?】
【サーバー攻撃が失敗したのか?】
しばらくして様子が変化する。ある男性が使っていたパソコンで謎のエラーが発生したのだ。
一般客に悟られないように、別の男性がメッセージ送信する。
【そんなに難しいソフトは使っていないはずだが】
【どういうことだ?】
【データの送信に失敗しましたというエラーが出ている。不良品のソフトを掴まされたのか?】
【それはあり得ない。裏サイトのハッキングソフトだと警察の足が付くと言う事で、アカシックレコードのサイトにあったプログラムを応用したはずだ】
もう一人の男性が使っているパソコンでも同じエラーが発生する。
どうやら、ソフトの方が使えなくなったらしい。
さすがにパソコンがエラーで動かないともスタッフに言う訳にはいかず、何とか自分達で対処しようとする。
【このプログラム、あり得ない!?】
【全ての不正プログラムだけを動作不能にするのは不可能のはずだ。まさか、向こうも対抗策に別プログラムを使ったのか?】
【それに対抗出来るなんて、向こうがアカシックレコードを使っているのか?】
この直後、警察が不正プログラムを使用していた漫画喫茶を特定し、店員の協力もあって大きな騒ぎになる事なく捕まえる事が出来た。
これも一般客が協力をしてくれたことによるものかもしれないが、今はその部分が重要と言う訳ではない。
【警察がこの場所を特定するとは。何故、あのプログラムを使って場所が特定されたのか――】
その後のログに関しては警察が押収した訳ではなく、未だに発見されていない。
バックアップが失敗した訳ではなく『最初からなかった』という説があるという話もあるが、真相は不明。
午後1時30分、あるニュースを視聴していたサタン・ブレイドは何かを考えていた。
『たった今入ったニュースです―』
男性キャスターが直接手渡されたニュース原稿を読み上げる。
その内容を聞いた彼は、何かに脅えるような表情をしていた。
「馬鹿な……ハンター以外にも異星人の存在に気付いた連中がいるのか。そんな事はあり得ないはずだ」
しばらくしてテレビを他のチャンネルに切り換えるのだが、旅番組を放送していた1局と教育番組専門チャンネル以外は同じニュースを報道している。
このような状況になるのは、自然災害等の緊急性を必要とするニュースだけのはずだが、超有名アイドル絡みの物が重要なニュースと判定するのだろうか?
「冬元め……図ったな!」
そして、彼は何かを持ち出して芸能事務所を出ていく。
『アルビオン事件に関して、先ほどアルビオンパンツアーの運営から緊急の記者会見が行われ、「異星人は大手芸能事務所が生み出したプログラム、あるいは転売業者によるRMT目的のデータが変化した物」と発表がありました』
テレビは付けたままだが、他のアイドルもテレビを見ていたのでチャンネルを変える事もなく、テレビを消す事はなかったと言う。
『次のニュースです。有名アイドルグループの楽曲を手掛けた事のある人物が、偽のメダルをオークションに出品していた事で警察に逮捕されました――』
異星人が大手芸能事務所の生み出したプログラム、この説に関しては以前から指摘されていた物であり、アルビオン事件もプログラムの暴走がきっかけとする説もあった位。
しかし、アルビオン事件を含めて異星人に関しては情報が少ない。
異星人で判明しているのはファンタジーともSFとも取れるようなデザインをした人型の存在、ARウェポンを初めとしたAR技術を狙っている個所のみである。
ARを狙うと言ってもジャンルによってはバラバラであり、音楽ゲームやパズルゲーム、メダルゲームタイプの物では異星人が出現しない。
更に加えれば、格闘ゲームに関しても異星人と思われるダミーCPUは現れるのだが、上級者プレイヤーの存在や対人戦が盛り上がっている事もあってスルーされる傾向だ。
そう言った事情を踏まえれば、ネット上で異星人と言われても別の映画に出てくる物が検索では上位に来てしまう。
大手芸能事務所が隠し通す為に意図的に別のワードを上位へ来るように仕向けた――というのは考え過ぎかもしれないが。
ネット上のワードその物を鵜呑みにして踊らされていては、それはアカシックレコードの適格者とは言えない。だからこそ、異星人の真相は来るべき時まで隠し通す必要性があったのだろう。
「アルビオン事件の真相、それを知っているのはごく少数と言う事だけは事実と言われていた」
アカシックレコードの考察サイトを確認していたのは、ブレイブスナイパーである。
何故、彼女がアカシックレコードに興味を持ったのかは謎だが、クライアントに対して不信感を抱いた事は確からしい。
「やはり、彼らの目的は自分達にとって都合の悪い物を排除するという事か。仮にそうだとすれば、アルビオンパンツアーで襲撃するというメリットは、存在するのだろうか」
彼女は何かに気付いた。アルビオンパンツアーが超有名アイドルにとって都合の悪い存在と言う事をアピールする為、わざわざアルビオンパンツアーに乗せて排除勧告及び超有名アイドルファンのせん滅させていたとしたら――?
「自分も踊らされていたのか。超有名アイドルと政府与党のパイプを隠すための手段として」
何を思ったのか、ブレイブスナイパーは勢いでクライアントからの依頼を今後は受けない事をメール送信する。
元々、クライアントとは1件単位の依頼限定と言う事で契約をしていたのだが。
異星人が大手芸能事務所と関係があるという話を聞きつけ、都内の芸能事務所前では大勢のマスコミやファンが押しかけるという状態になっていた。
この状態になる事を、芸能事務所側は予想外としている。
「こちらの予想通りか。所詮、彼も我々にとっては邪魔な存在。超有名アイドルは1組が存在すればいい」
人混みの中、冬元一登の姿があったのだが、マスコミに紛れるかのように姿を消した。
一体、彼が何のために芸能事務所を訪れたのかは不明である。
「まさか、こちらを囮にされたというのか?」
別の場所からテレビで報道されていた芸能事務所の様子を見ていたサタン・ブレイド。
予想外とも言える裏切り行為には怒りが収まらない。
「!? 何者だ?」
思わず大声を出した事が失態だったのか、目の前には自分を追いかけてきたと思われる人物が姿を見せていた。
服装は独自すぎる様子だが、腰にぶら下げているチェーンアクセサリーにハンターのエンブレムが確認出来る。
「何者と言われて、あっさりと名乗ると思ったか?」
彼はチェーンアクセサリーを触りながら、サタン・ブレイドを睨みつける。
「そのアクセサリー、貴様もハンターと言う事か」
「ならば、どうするつもりだ?」
「ハンターならば、この俺が容赦なく切り捨てる! この、サタン・ブレイドが!!」
「サタン・ブレイド、お前が異星人プログラムを使ってアルビオン事件を起こしたのか」
目の前にいる人物、それは時雨藍伊である。
サタン・ブレイドとしては一番遭遇したくない相手だった。時雨は自分の名前を名乗っていないが、彼の様子を見ると顔を覚えているような様子だ。
「貴様は確か、アルビオンランカー以外には興味を示さないと聞いたが……何故に俺を狙う?」
彼の一言を聞き、時雨はにやりと笑う。どうやら、答えを尋ねるだけ無駄のようだ。
そして、サタン・ブレイドは近くにあった端末を操作して、アルビオンパンツアーを呼び出す。
「やはり、そう言う事か! ならば、こちらも手加減はしない――」
サタン・ブレイドの動作を見て、時雨は即座にスマートフォンを取り出してアルビオンパンツアーのログインサイトにパスワードを入力する。
どうやら、彼もアルビオンパンツアーを呼び出すらしい。
「パンジャンドラム、歪んだ超有名アイドルに捌きの鉄槌を!」
時雨が呼び出したのは、格闘メインの機体であるパンジャンドラム、ワンオフ型ではなくゲーム中で最初から選択出来る機体だ。
「デフォルト機体で何が出来る!」
サタン・ブレイドが呼び出した機体はオールラウンダーのカスタム機体、その名もサタン・ブレイド。
つまり、彼の名前は偽名でもありアルビオンランカーとしてのコードネームでもあったのだ。
「こちらもそっくりそのまま言い返してやる。違法パーツを使用したカスタム機体で、このパンジャンドラムにケンカを売った事を後悔させる!」
時雨の乗っていたトライクが重装甲のロボットへと変形し、更には両腕の車輪がチェーンソーのような高速回転をし始める。
それを見たサタン・ブレイドが恐れるような様子はない。
「『ゲーム』のアルビオンパンツアーと同じと思うな! 俺の使用している機体は、AR技術を利用して実体化した別仕様のアルビオン――」
サタン・ブレイドが全てを話す前に時雨のパンジャンドラムが機体を真っ二つにしていた。
そして、真っ二つになった後はAR部分が消滅し、そのままサタンが倒れている。
「アルビオンパンツアーが、いつからARポッドだけの機種だと思った? 音楽ゲームの楽曲が他機種に移植されているのと同じように、アルビオンパンツアーも他のARシステムに進出しているのを忘れたか」
時雨がアルビオンパンツアーの端末を確認し、そこにログインされていた名前を確認する。
どうやら、こちらもサタン・ブレイドで登録されており、彼の本名に繋がる手掛かりはないようだ。
一方で、龍鳳沙耶は秋葉原のゲームセンターにいた。
現在はアルビオンパンツアーからは若干離れており、データの削除は行っていないがログインの頻度は以前より目に見えてダウンしている。稀にゲーセンへ向かったりはするのだが、まるで心は別の場所にあるかのような状態だ。
彼女のランキングはダウンこそはしないのだが、35000の間を上下する事が多い。これに関してネット上では『反動』と見る動きが多かった。
彼女が超有名アイドル勢を大量に撃破した事で対戦者が寄り付かなくなり、ほとんどCPU戦やストーリーモード、協力プレイを進めているのが現状である。
そうした現状に嫌気がさした訳ではないが、最近は音楽ゲームの方がメインになっている。ここ最近は移植曲を解禁する為の連動イベントが始まっている為、複数機種を往復する事が日課となっていた。
ある時は上からノーツが落ちてくるタイプ、ギター型やドラム型、太鼓型、洗濯機のような筺体の音楽ゲームやエアホッケーの様なゲーム、タッチパネル式の物もプレイし、気が付くと10機種以上はプレイしている計算になる。
「何か重要な事から目を逸らしているような気がする」
龍鳳はため息交じりにつぶやく。
音楽ゲームのスコアに関しては初見でパーフェクトを達成する等の成績を記録する事もあり、逆に伸びている気配だ。
しかし、彼女が言う重要な事とはアルビオンパンツアーの事だった。
「このニュースは――」
センターモニターを確認すると、そこには見慣れたグループ名があった。
超有名ではないが海外勢でファンも増えているというアイドルグループで、龍鳳も名前くらいは知っている。
本来であれば、アルビオンパンツアーは宣伝行為を受け取られるような参加者を認めていない。
動画投稿サイトの実況主のようなケースは運営が認めているが、大手芸能事務所絡みは『自分達の利益の為に切り捨てる』的な要素もあってか却下するケースが多い。
「運営も超有名アイドルへ対抗する為にアイドルを投入するのか」
心にもないような事をつぶやく龍鳳。そんな彼女の目の前に姿を見せたのは、吉川ハヤトだった。
「お前は敗北から何か学んだのか?」
ハヤトの一言を聞いても、龍鳳には何も響かない。それがアルビオンパンツアーを指している事を分かっていたからだ。
「敗北ではなくて、失敗なら何度も味わった。それも、数えられない位―」
龍鳳が叫ぶが店内という事もあって大声を出す訳にはいかない。あくまでも普通のボリュームで訴える。
「それならば、失敗からお前は何を学び、それをどう生かした?」
この一言を聞き、龍鳳は沈黙する。反論が出来ないのではない、単純に説明出来ないからだ。
「説明できなくてもいい。失敗から何かを学ぶ事、それが重要になってくる。どのジャンルでも同じことだ」
気が付くとハヤトは姿を消していた。店内を出た訳ではなく、別のARゲームをプレイしていた訳だが……。
「失敗から学ぶ事――」
龍鳳は思う所があった。アルビオンパンツアーでは失敗と言えるような大きな物はなかった。敗北も指折り数える程度である。
午後3時、ファストフード店を出て時計を確認していたのはナイトロードである。
今まで何をしていたのかと言うと、密かにハンターとは別行動で超有名アイドルの動向を探っていた。
「アナザーオブアルビオンの停止、これが本当に正しい事なのか。向こうが動かない限りは問題なしと言う事だけど――」
袋からハンバーガーを取り出し、それを食べようとした所でスマートフォンが鳴りだした。
着信音ではなく着信メロディであり、この曲はアルビオンパンツアーのユニット選択時に使用されている。
『ナイトロードか? 少しまずい事になった。超有名アイドルファンが別勢力と手を組んでいるのは知っているな…』
「ええ。その辺りは調査していたので知っていますが、それが何か?」
『実は別のアイドルグループが超有名アイドルに対して宣戦布告を仕掛けてきた。下手をすれば秋葉原が戦場になるだろう』
「秋葉原が戦場になるって?」
電話の主はハンターの上層部スタッフであり、ナイトロードに今回の任務を指示した人物でもある。
彼の慌て方を見る限りでは、かなりの大事件が起ころうとしているのは確実だが……。
『戦場になると言っても、アルビオンパンツアーはARシステムで動いている。実弾が飛び交うような状態にはならないはずだ』
「それでも、異星人が介入すると分からない……ですか?」
アルビオンパンツアーは、あくまでもARゲームであり、使用される武器等は殺傷能力が一切ない。
しかし、問題はARゲームに現れる異星人である。
『向こうの方は何をしてくるか不明だ。下手をすれば虚構と現実の境界線が破られる』
「それが破壊されれば、間違いなく異星人は日本だけではなく世界征服を狙ってきますよね?」
ナイトロードはスタッフに何かを確認する。
慌てるような表情はないが、何かがおかしいと思っているのだろう。
そして、歩行者天国の方を確認したナイトロードが目撃した物、それは――。
「連絡がもう少し早ければ、対処も可能だったでしょうか」
ナイトロードの声が若干震える。
スマートフォンの方も落としそうな状態だが、さすがに落とすと大変なのでそこは何とかした。
『ナイトロード、それはどういう事だ?』
スタッフの声も少し慌てている。
他に聞こえてくるスタッフの声も慌てているような感じなのだが、向こうにも同じ光景が見えているのだろうか?
「アルビオンパンツアーが、ARフィールドを飛び出して現実化しています」
その後、ナイトロードは通話を切って、ゆっくりとハンバーガーを食べ、コーラを少し口に入れる。
午後3時10分、異星人側の本格的侵攻に加えて、超有名アイドルファンや複数勢力が入り乱れる総力戦が始まった。
ネット上では誰が名づけたのか不明だが『AF作戦』と呼ばれた。
【AはARのAとして、Fは何だ?】
【ファイナルのFとは考えにくい。フィナーレも違うな】
【フォーミュラとか、もう少しかっこいい単語かもしれない】
【作戦名はどうでもいい。今は、超有名アイドルの無差別テロに近いような暴挙をどうやって止めるかだ】
【超有名アイドルがアルビオンパンツアーを持ち出した事も問題だが、それ以上に問題なのは――】
ネット上で問題と言われていた事、それはコンテンツ業界にとっては危険な発言とも言える物だった。
【本気か?】
【政府は超有名アイドルに支配されていたとでもいうのか?】
【嘘だ!】
【超有名アイドルが政治へ進出なんて、信じられない】
【自分達に都合の悪いコンテンツはどんな手段をいとわずに排除とか――】
【やっている事が卑怯すぎる。これが超有名アイドルのやってきた事か】
【CDランキングの水増し、廃案になったが超有名アイドルファンに対する税制優遇、それに意図的な自作自演とも言える転売騒動―】
【全ては、あの冬元と言う人物による仕業だったというのか?】
他にも色々なつぶやきが流れる中、このような発言がタイムライン上に出てきた。
【おのれ、冬元。たった一人のプロデューサーがコンテンツ業界を崩壊させ、全てを水の泡にしようとしている】
【これがアカシックレコードの警告してきた事の答えだと言うのか?】
そして、AF作戦は実行される。この作戦が意味する物、それは何なのか?
全てはアカシックレコードが握っている。